心の経営コンサルタント(中小企業診断士)白倉信司の「一言日記-2004.3」

心の経営コンサルタント/中小企業診断士/白倉信司

山梨県活性化の参謀本部長 中小企業診断士 白倉信司(しらくらしんじ)

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一言日記

2004.3.1(月) 昨夜寝たのが遅かったので、起きたのは6時半と起床した。連日の仕事続きで体が睡眠を求めているようだ。さっそく玄関先でたばこを一服。居間に戻って新聞記事をスクラップした。日本経済新聞の一面に毎日掲載されている「春秋」が目に止まった。

 ”大学受験は終盤に入った。既に志望校に決まってほっとしている人もいれば、最後のチャンスに望みをつないでいる人もいるだろう。特定の大学の入試は相変わらず激戦である。人生は学歴だけではないと言っても、多くの受講生や親は簡単には納得しない。ソニーの創業者、盛田昭夫さん「学歴無用論」を書いてから四十年近くたつが、まだ世の常識にはなっていない。「学歴を追い払ったら、人を評価する手段がなくなってしまう、という気持ちをだれもがなんとなく持っている」との指摘を古いと言い切れるだろうか。学歴信仰はあちこちに根強く残っている。しかし高級官僚や大企業トップの不祥事が続いて、学歴が当てにならないこともだいぶ知られてきた。大切なのは人格も含めたその人固有の実力である。例えば京セラを創業した稲盛和夫さんは第一志望の大学の受験に失敗したが、何の障害にもなっていない。これから人物評価の尺度はますます多様化する。ゲルハルト・プラウゼ著「天才の通信簿」(丸山匠・加藤慶二訳)には、米国の発明王エジソンが学校では劣等生だったとか、ドイツの鉄血宰相ビルマルクの成績が平凡だったという話しがたくさん出てくる。もっとも彼らは努力の天才だった。何事も最後まであきらめるなということだろう。”とのことである。

 読んでいて、そのとおり、そのとおりと感じるのは、わたし自身大した学歴がない(専門学校のような短大卒)からであろうか。高校時代「引きこもり」で「落ちこぼれ」であったわたしは、勉強をほとんどしなかったので、成績はビリに近かった。高校三年にもなると担任の先生から「おい、どうする、困ったもんだ」と言われ続けたものだ。たまたま写真が得意だったから、東京工芸大学短期大学部写真技術科というところに推薦で入ることができた。しかし、写真の道には進まず、その後2年間のフリーター時代を迎える・・・というへんてこな経歴である。そんなわたしが、商工会連合会が主催する3回連続セミナーで、東大出の二人の先生の後を受ける形で講師を務めることになった。最後まであきらめないことの大切さを痛感している。

 同新聞には「神戸大助教授が分析・大阪市の1400社調査」と題して、”忽那憲治・神戸大学助教授がまとめた調査結果によると、事業計画を作った起業家が経営する企業は573社中188社で、平均7.78人の雇用を生み出している。事業計画を作らなかった起業家による企業は3.96人にとどまった。忽那助教授は「失敗を経験した起業家は同じ過ちを繰り返さないように慎重に行動している。事業計画のある会社が成功していることは、起業家が自らのアイデアを冷静に見つめ直すことの重要性を示している」と分析している。”とのことである。

 昨日まで、二日連続で「創業講座」の講師を務めたが、事業計画のある会社が成功しているという新聞記事のコメントを見て、その作り方を教える役割の重要性を再確認した。

 さて、今日は終日内勤である。午前中は依頼されたアンケート調査の設問を考え、午後からは、商工会連合会が開催する「トップマネージメントセミナー」でわたしが任させた、経営者のためのわかりやすい「経営戦略の立て方」のテキストを作成した。そして、月刊コラムを作成。気がつくと23時。予想外に時間がかかってしまった・・・。写真は書類が散乱する事務所の光景。

 明日も終日内勤。事務所に籠もってコツコツと作業をする。

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2004.3.2(火) 起きたのは6時と、ちょっと寝坊だ。さっそく玄関先でたばこを一服。居間に戻って新聞記事をスクラップした。日経流通新聞に掲載されている「リサーチ--トップの目--成長続く中食市場(オリジン東秀社長・山崎泰弘)」が目に止まった。ちょっと長いが要約して紹介する。

 ”持ち帰り弁当や作りたて総菜といった「中食」市場が広がっている。中食関連商品の市場規模は外食産業総合調査研究センターによると2002年で6兆903億円。5年間で8.5%増えた。2003年もさらに拡大したと思われる。外食産業の市場規模が1997年をピークに減少しているのとは対照的だ。消費者は健康を重視している。この食品を食べて「肝臓は大丈夫か」「アトピーの心配はないか」といったことを常に考えて商品を選択している。様々な食品があふれる中、消費者の健康志向は言い換えれば「生活防衛」ともいえる。こうした意識の変化が中食の成長を支えている。オリジン弁当の場合、20−30歳代が顧客の中心。課題は40−50歳代を含めた中高年層をいかに取り込んでいくかだ。総菜や弁当を販売するコンビニエンスストアとの競合を指摘する声もあるが、コンセプトが全く異なる。中食は作りたてが勝負。店内で作りたてをその場で提供する点が売り物だ。「食べる」という生活シーンは同じだが、工場で作ってから家庭で食べるまで何十時間という時間を見込んでいる商品とは大きく異なると思っている。”

 ”消費不況が続く中で中食市場もその影響は免れない。景気の底離れも話題になっているが、一度冷え込んだ消費マインドはそう簡単に回復するとは思えない。さらに相次ぐ中食市場への参入で業界内の競争も激しい。中食の特徴の一つは市場への参入障壁が低いということだ。消費者が総菜を手にする機会は、話題を集めたデパ地下や専門店だけでなく、コンビニやスーパーと様々な場所にある。ファミリーレストランやコーヒーチェーンなど他の外食企業の挑戦も多い。たとえ景気が底離れしても可処分所得が飛躍的に増えるとは考えにくい。価値ある「エブリデーロープライス」こそが顧客をつなぎとめることになると思う。ただライバルの登場は脅威ではなく歓迎したい。コンビニではセブンイレブンが一万店を達成した。中食でも千店チェーンが成功する事例を示さなくてはならない。千店チェーンが2社、3社と出てくるようになってはじめて市場が確立してくると思うからだ。”

 ”中食市場は今、二極化の時代に入った。現在は最初から市場にいた企業と新規参入企業が混在している。多店舗化の壁を乗り越えるところと数十店以内で多店舗化しないところに分かれる。言い換えれば一千店舗規模の企業とグルメ化及び徹底した差別化を図る企業とにすみ分けされていく。今後重要になる要素はなにか。中食を支えているのは一にも二にも「人」だ。店舗網が小さいうちは一人で全部見渡してい舵をとり、船のバランスもとれるが、大きくなるとそうはいかない。従業員一人ひとりの意欲や行動が収れんするためには企業としての明確な目標と戦略を掲げる必要がある。”

 ”当社では「未来の組織図」を従業員に公開している。千店舗になる数年後には部長代理が十人必要などと試算。今の時点であいているポストには白丸が付いている。従業員は「私は数年後にあの白丸の役割を担う」と意識する。年間百店を超える出店を続けるためには人材育成が重要だ。当社ではパート店長を年間百人、店舗の運営を時間帯ごとに取り仕切るリーダーを年間四百人のペースで育成している。社員の離職率も入社一年で5%程度と外食産業の中では低い。パートが職を離れる時も「店が困らないように」と後継者を自ら連れてきてくれる人が多いのも企業が目標と戦略を提示している効果だと思う。”

 ”最近気になる傾向は人材や能力の判断を下すまでの期間が短くなっていることだ。「待つ」「耐える」といった長い時間をかけ人を育てる勇気が必要と思う。次々と新しい商品や質の高いサービスを繰り出すためには長期的な視野が必要だ。顧客の生の声を聞き、表情を感じとるのは店頭に立つ従業員たちだ。彼らが抱える経験とデータはまさに金鉱脈といえる。「人」を重視するのはこのためでもある。”とのことである。

 以前の日記で、外食産業は使い捨てのように人を使う、と書いたが、この記事を読んでちょっと訂正しなければいけないな、と感じた。「待つ」「耐える」といった長い時間をかけ人を育てるオリジン東秀の姿勢に共感する。そして、企業として明確な目標と戦略を掲げているということも同様である。目標などいらない、なくていい、という立場もあるし、わたし自身はあえて目標を掲げないようにしているが、多数の従業員を抱える企業においては目標がないと将来のイメージが掴めないから従業員が不安になってしまう面もある。その意味で明確な目標と戦略を掲げることは意義のあることだと思っている。

 さて、今日も内勤である。午前中は、これから本格的な分析を始める、とある調査事業の事前準備をする。統計資料が必要なので役所に問い合わせて、色々とお願いすると、担当者は丁寧に対応してくれた。昼間を挟んで、役所に出向き、統計資料をお借りする。これで調査事業の準備は整った。あとは分析あるのみ。その後、家内と一緒に確定申告書の最終仕上げをする。

 夕方税務署に行き、申告書の提出。やれやれ、これで一安心である。税務署を出ると、青空が美しかったので写真を撮影した。

 そして、馴染みの洋服屋さんタマヤへ向かった。あれこれ話しをしたり、品定めをしていると夜になっている。その後、近くのスーパーで晩ご飯のおかずを購入して、家に戻ったのは19時半であった。そして今、日記を書いている。明日も終日内勤。そして夜は読書研究会である。ちょっと風邪っぽいので今日はこれで店じまいにしよう。

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2003.3.3(水) 昨夜風邪っぽかったので21時には布団に入ったので、3時前に目が覚めた。また寝ようかとも思ったが、今日の夜開催される読書研究会の課題本「嘘つき男と泣き虫女」をまだ読み終わっていなかったので、そのまま起きて本を読むことにした。5時過ぎにほぼ読み終えたので、玄関先に新聞を取りに行く。居間に戻って新聞記事をスクラップ。日本経済新聞に掲載されている「鶏感染、消費に混乱、卵を店頭から撤去、売上高3割減も」が目に止まった。

”京都府丹波町の養鶏場で鳥インフルエンザに感染した鶏などが各地に拡散していた問題を受け、関西を中心に流通、外食産業などに深刻な影響が広がっている。鶏肉などの売り上げが減少する店が続出、商品を撤去するところも出てきた。行政の対応が後手に回り混乱に拍車をかけたが、政府は二日、関係省庁対策会議を設置、遅まきながら感染の拡大防止に動き始めた。生活協同組合最大手のコープこうべは浅田農産船井農場で鶏インフルエンザが確認された2月27日以降、鶏卵の売り上げが前年の同時期と比べ約三割減少した。コープこうべは年間約31億円の鶏卵の仕入額のうち19億円弱を浅田農産とその関連会社から購入していたが、取引を停止。売り場に「取り扱い中止のお知らせ」を出した。イオングループは2月28日付で浅田農産との取引を停止し、関西・中国地方の203店で商品を回収した。消費撤去の動きはコンビニエンスストアにも拡大。サークルKを展開するサークルケイ・ジャパンは船井農場の卵を使ったサンドイッチを27日に全国約三千店の店頭から撤去した。船井農場の鶏肉や卵を扱っていないスーパーなどでも売り上げが減り始めた。”

”感染経路--鳥インフルエンザは、鳥どうしでは接触や飲み水などを介して原因ウイルスに感染する。ウイルスは鶏など家禽(かきん)の間では感染力が強いうえ、水の中でも数週間生き続けるといわれており、被害が拡大しやすい。”

”人への感染--鳥インフルエンザが人間に感染することは通常ないとされている。ウイルスは、ヒトの細胞に入り込みにくい仕組みになっているためだ。香港やベトナム、タイなどで鳥インフルエンザの感染者が相次いで発生したが、国立感染症研究所の岡部信彦・感染症情報センター長は「(アジア各国の感染例は)いずれも感染した鶏に濃厚に接触したり、鶏の排せつ物などを大量に吸い込んだりするなど、まれなケースではないか」と話している。”

”肉・卵は食べられるか--鶏卵や鶏肉を食べて人間が鳥インフルエンザに感染したという報告は世界で例がない。鳥インフルエンザウイルスは熱に弱い。世界保健機関(WHO)によると、摂氏70度以上で中心部まで火が通るように加熱調理すればウイルスは死滅するという。”

”感染防止策--養鶏業者や感染した鶏を処分する防疫作業者などは、鳥インフルエンザに注意する必要がある。WHOなどは感染防御マニュアルを作成し、医療用マスクやゴーグルの装着、作業終了後の手洗いの徹底など注意を喚起している。ウイルスは普通の消毒でも死んでしまうため、感染拡大対策としては有効だ。”のことである。

それにしても浅田農産の対応はひどいものである。食に関しては様々な企業が問題を起こしており、教訓を得ているはずであるが、何にも生かされていない。山梨日日新聞の記事によると浅田農産社長は船井農場を閉鎖することを決定したようだが、後の祭りである。浅田農産は船井農場を含む五ヵ所の農場で計175万羽を飼育しており、西日本有数の規模を誇る。創業者の会長は日本養鶏協会副会長や兵庫県養鶏協会会長を務め、兵庫県内の養鶏業者に鳥インフルエンザの早期通報や行政への協力を呼び掛けていたという・・・。

今日は早めに事務所に行き、調査事業の資料を作成した。統計資料から必要箇所をエクセルに転記する作業である。どんなデータを使用してどう分析するかを明確にして、調査事業の骨格を作り上げる作業である。12時前に家内と一緒に下町へ向かう。映画に連れて行ってくれと下の息子にせがまれたのでチケットを買いに行ったのであるが、今日は映画館の休館日であった。せっかくここまで来たのだからと近くの中華料理店でつけ麺を食べる。これがなかなか美味しいのである。その後銀行で用を足し、久々に岡島百貨店をのぞく。地下を見て回ったが、以前に比べてなかなかよくなった。デパ地下の魅力がでてきた。がんばれ、岡島と心の中で叫んだ。その後、ついでに有機村に行き、正観さんグッズを少々購入。お手紙をいただいたKMさんのバンダナと絵はがきなどである。事務所に戻ったのは14時であった。

さっそく調査事業の資料作成の続きを行なう。地味であるが重要な作業である。18時に一旦家に戻り、HPを途中まで更新する。今夜は夢甲斐ネットの読書研究会である。19時15分に家を出て会場であるカトリック教会へ向かった。

19時半過ぎから読書研究会が始まった。今日の課題本は「嘘つき男と泣き虫女」である。参加者は、夢甲斐塾4期生候補のAさん、3期生のKさんとSさん、1期生のIさんとNさん、2期生のSさん、そして、わたしの7人である。面白くためになる本なので質問がたくさん出た。

 そして、それぞれの体験を話し合った。終了したのは22時を回っていた。それにしても今日は勉強になった。ありがとうございます。家に戻ったのは22時半前。そして今、日記を書いている。

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2004.3.4(木) 昨夜寝たのが遅かったので、起きたのは6時と寝坊した。さっそく玄関先でたばこを一服。居間に戻って新聞記事をスクラップした。いつもとはちょっと趣を変えて、日本経済新聞に掲載されている「食あれば楽ありき(東京農業大学・小泉武夫教授)--日本酒:季節の料理と織りなす風流」を紹介する。

”なんだかこのごろは、焼酎、焼酎、焼酎と、多くの日本人が焼酎に夢中になって、日本酒の素晴らしさを忘れてしまっているようだが、どっこい日本酒の世界は奥が深く、そして何よりも日本料理と合うのでうれしく楽しい。この時期、早いものはもう搾りたての酒が町に出始めて、とてもピカピカで、初々しいほどの香味の酒が味わえる。まだ、甘い麹(こうじ)の香りが残っていて、口に含むと草原を駆ける若駒のように、はたまた清流にピラピラと遊ぶ小アユのように、実にすがすがしい味わいを与えてくれる。それを燗(かん)もせず、冷やしもせず、ただ春風漂う空気にまかせて置いて、透明のグラスに注いでコピリンコ、コピリンコと飲(や)る。サンショウの木(こ)の芽の味噌和えでもいい。豆腐の田楽でもよろしい。アサリのヌタなどあれば、もっとうれしい。そんな肴(さかな)を少しずつつまんでは、またコピリンコ・嗚呼(ああ)いいですなぁ。痺(しび)れちゃいますねぇ。芽には萌(も)え出し始めた若葉がちらほら、耳からはチチッ、チチッと鳴くメジロの初音
梅が終わり、桃のつぼみもふっくらと官能的にふくらむ。なんだか歌舞伎の世界を思わす風情がありますねぇ。焼酎、ウイスキー、ビールなどでは、ちょっと招き得ない日本酒ならではの境地だ。そして日本酒は、これから月日を繰り返すごとにじっくりと成熟していき、夏を越し、秋に入ると、もう古酒にまで至って円熟する。その間、初ガツオの時を歩き、もろきゅうと出合い、アジのたたきや冷や奴と歓合し、やがて鍋料理にたどり着く。このように、それぞれの旬のものや、季節の料理と交わり合いながら織りなす日本酒の風流さは、日本人が忘れてはならない日本の粋さなのである。とにかく日本酒をじっくりと味わってごらんなさい。酔うために飲むのではなく、味わうために飲む。するとそこからは、日本人なら誰にでも感じられる「風情」が伝わってくるものなのだ。”とのことである。

毎晩日本酒で晩酌をしているわたしにとっては、実に心強い、そして魅力的な文章である。やっぱり日本人は日本酒を飲まなきゃ、などと一人うなずいた。早くも今日の晩酌が楽しみになった。ただし、酔うために飲むのではなく、味わうために飲む、というのはできないかもしれないが・・・。

今日の午前中は事務所で調査事業の資料作成。お昼前に昨日休館日で買えなかった映画の前売り券を購入するために中心部へ向かった。旧トポス(現オギノとあるじゃん)の7階の映画館でチケットを購入。ふと窓から街並みを見ると、普段見ることのない中心部の姿が浮き彫りになった。けっして美しいとはいえない風景である。

その後、市役所で用事をすませて、富士屋ホテルの中華レストランに行き、ゆったりとお昼を食べた。写真は富士屋ホテルから望む街並である。

そして事務所に戻って仕事の続きをする。夕方、昨日依頼した有線放送の設置作業のため業者が来所した。しばらく作業を行ない設置完了。これでBGMを快適に聞きながら仕事をすることができる。18時に事務所を出て長坂町に向かった。長坂TMOの会議である。19時半過ぎから始まり、終了したのは21時半過ぎ。家に戻ったのは22時半である。そして今、日記を書いている。明日は駅前掃除だ、軽く晩酌をして早く寝ることにする。

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2004.3.5(金) 4時半前に目が覚めたが、再び寝てしまい、気がつくと6時15分前。あっまずい、今日は駅前掃除の日である。慌てて布団から出て、バタバタと用意をしたが、家を出たのは6時を回っており、駅前に着いたのは6時10分前であった。

すでに夢甲斐塾3期生(+4期生候補)のMさん夫妻(奥さんは今年初めてである。久しぶりだ)、4期生候補のAさん、1期生のNさんが掃除を始めている。今日の駅前は、木の枝を切る作業を大々的にしており、車が止めれない。近くの道路の隅っこに車を止めてから、掃除に加わった。すると、いつも持参しているほうきとちりとりを忘れていることに気がつく。慌てているとろくなことがないのである。仕方ないので、軍手でごみを拾うことにした。

いつものようにタバコの吸殻が多く、また、ビニール袋ごと捨てられているごみも目立った。相変わらずマナーの悪い人が多いことを物語る。やがて2期生のSさんも合流した。今日は従業員を一人連れてきたとのこと。総勢8人と、いつになく人が集まった。掃除の後はいつものファミレスに移動して食事会。

今日の話題は、夢甲斐ネット読書研究会の課題本が斉藤一人さんの「絶対成功する千回の法則(講談社)」に決まったこと、ありがとうの効果などについてであった。ファミレスを出たのは7時半である。家に戻り、さっそく新聞記事をスクラップした。今日目に止まったのは、日本経済新聞に掲載されている「豚丼戦略で明暗」という記事である。

”牛丼チェーン大手4社の売り上げが米国産牛肉の禁輸措置後の「豚丼」戦略で明暗を分けている。2月の既存店売上高は、豚丼投入が遅れた吉野家ディー・アンド・シーが前年同月比20.9%減と大きく落ち込んだ一方、「すき家」を展開するゼンショーは低価格販売が奏功し7.6%増。吉野家は豚丼の取扱店舗を全国に拡大して巻き返したい考えだ。吉野家は客数も22.0%減。2月上旬は「最後の牛丼」を食べる客でにぎわったが、販売を休止した2月11日以降、客数は大幅に減少した。ゼンショーの売り上げ増のけん引役は、280円の「豚丼」。大手では最も安い価格設定で集客に成功した。販売当時の牛丼を上回る6割以上の来店客が注文しているという。客数は16.9%増と大きく伸びた。「豚どんぶり」を400円で販売するなか卯の既存店売上高は3.5%減。松屋フーズは集計作業中だが、「昨年並み」という。松屋はもともと牛丼以外の人気メニューを持ち、「豚めし」も他社に先駆けて投入したことで、集客を維持できた。今後を占ううえでポイントとなるのが吉野家の「豚丼」の販売動向。3月1日から3日にかけ全国975店で320円で順次販売。牛丼での圧倒的な強さを見せていた最大手の吉野家が豚丼で最後発となった。他社がいち早く豚丼へ切り替える中、吉野家もカレー丼やマーボー丼を販売したが、業界では「牛丼再開までのつなぎ的メニュー」との見方が多かった。豚丼販売が遅れたのは、牛丼に絞った商品構成のため、生鮮豚肉の調達ルートが既に豚肉メニューを扱っていた他社に比べて弱かったことが背景にある。さらに吉野家の看板である牛丼のイメージを豚丼が損なうのではないかという懸念が決断を遅らせたようだ。”とのことである。

以前の一言日記に、牛丼休止後に吉野家を訪れて、マーボー丼を食べたところ「???」だった。これでは客数3割減どころか半減だ、というコメントを書いたが、そのとおりになっているようだ。他社がいっせいに豚丼を投入する中で、それをしなかったのは、記事に書いてあるように牛丼のイメージを守るため、であることは安部社長が再三言っていることを新聞記事を通して知っていた。それとは逆に松屋の社長は、これからの牛丼チェーンの業界地図は豚丼戦略で塗り替えられる、と言っていた。短期的には松屋社長の予測が的中したことになる。今後牛丼チェーン店がどうなっていくのかを注目していきたいが、問題は米国産牛肉の輸入再開がいつになるかということであろう。米国と日本との意見は大きく乖離しており、かなり長期化することも考えられる。いずれにしても、今回の牛丼チェーンの動きから、経営とは何か、戦略とは何か、ブランドとは何か、ということが見えてくる。

さて、今日はやまなし産業支援機構に勤務する日である。駅前掃除を終え、家に戻って新聞記事をスクラップしてから、アイメッセに向かった。午前中は資料の整理を行い、昼は下のレストランですまして、車の中で本を読む。午後も引き続き資料の整理をして、夕方は来客に対応した。定時過ぎにに機構を出て一旦家に戻る。写真はその時に撮影した夕暮れの空である。

朝忙しくてできなかったHPの更新を行い、夜開催される夢甲斐塾の打ち合わせ会場に向かった。今日は3月10日の上甲晃塾長との打ち合わせに向けての事前準備である。

今日の会場は2期生のYさんがお母様が経営するブティック REV(りぶ)である。センスのいい婦人服を扱っている瀟洒な店である。

10人の塾生が集まり、3月10日の上甲先生との話し合いに向けての打ち合せである。4期生募集にあたり今後何をするかを具体的に決めた。議論は白熱して終了したのは22時を回っていた。

家に戻ったのは23時前。HPを見ると掲示板に投稿があった。先週の土日に講師を務めさせていただいた創業講座の受講生のHさんからである。なんと、わたしのHPのバナーを作成してくれたとのこと。しかも動くバナー。ありがとうHさん、感謝・感激・感動の気持ちでいっぱいである。このバナーをこのHPのシンボルとして使わせていただくことにしようと思った。そして今、日記を書いている。明日は、午後から高根町で創業塾の講師を務める。楽しく、面白く、幸せな毎日が続く。

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2004.3.6(土) 昨夜(というか今日)寝たのが遅かったので、起きたのは7時と寝坊した。窓の外を見てビックリ。雪が積もっているではないか。そういえば昨夜、夢甲斐塾の打ち合せの時に「今日はこれから雪が降るらしい」と誰かが言っていたのを思い出した。さて、いつものように玄関先でたばこを一服してから、居間に戻って新聞記事をスクラップした。日本経済新聞の土曜日版に掲載されている「牛丼以外に食べたいご飯もの」が目に止まった。

”米国でのBSE発生に伴う牛肉の輸入停止を受け、店頭から姿を消した牛丼。屋台骨を失い苦戦中だが、大手各社は代替メニューを続々投入している。週2回以上食べていた牛丼ファンに牛丼チェーン店大手5社の「食べたいご飯ものメニュー」を聞いたら、ずらり豚肉メニューが並んだ。断トツ1位は吉野家ディー・アンド・シーが展開する吉野家の豚丼。全国販売は今月3日からで、調査時点では一部店舗での実験販売だった。「吉野家の味付けに期待している」など、ファンの前評判は高かった。牛丼よりあっさり目だが、ゴボウがしっかりとした味わいを作る。実験販売していた『豚鮭定食』など2メニューも本格発売した。2位、いくら鮭丼、4位の豚キムチ丼、9位のカレー丼も、吉野家が1月に発売した代替メニュー。いくら鮭丼は当初、現在のようにサケに卵をまぶしていなかった。豚キムチ丼も調査時点では、豚肉とキムチをまぶした具に生キムチを乗せていたが、3月から豚丼に生キムチを乗せる形に改めた。価格も見直すなど、新メニュー定着に向け迅速に対応している。豚丼系では、松屋フーズの松屋が1月に発売した豚めしが3位、ゼンショーのすき家の豚丼が6位に入った。甘辛いタレが具によく染み込んだ松屋の豚めしは「今までの牛どんの味に一番近い」(21歳男性)と、実際に食べた人の評価は高い。発売当初、並290円だったが現在は350円。吉野家より高いが、こちらはみそ汁付きだ。各社の代替メニューは従来の牛丼より高めだが、すき家之の豚丼は並盛り280円と、牛丼並み。「お小遣いが少ないわれわれの強い味方」(46歳男性)。”とのことである。

ちなみにランクは次のとおりである。

1位:豚丼(吉野家)並盛320円
2位:いくら鮭丼(吉野家)450円
3位:豚めし(松屋)並350円(みそ汁付き)
4位:豚キムチ丼(吉野家)並盛370円
5位:豚角煮丼(なか卯)550円

昨日の日記に吉野家の2月の売り上げが対前年比で20%ダウンと、他の牛丼チェーン店が検討するなかで、その落ち込みが目立っていることを書いた。吉野家ピンチ、との感が強かったが、今日このの記事を見て、これからの追い上げが期待できる。すると、無性に豚丼が食べたくなった。近々出向いて、吉牛ファンが期待している「吉野家の味付け」を体験することにしよう。

さて今日は土曜日。午前中が空いている。久々に渡辺篤史の建もの探訪を観た。その後ものんびりと過ごし、10時過ぎにお風呂に入ってから、11時に事務所に向かった。今日の午後開催される創業塾の準備をしてから、11時半に会場である高根・大泉商工会に向かった。

高根町に入ると八ヶ岳が美しい。12時半過ぎに商工会に到着。商工会の前に広がる田んぼには雪がうっすらと積もっていた。

13時過ぎに創業塾が始まった。今日のテーマは「事業プランの必要性と作り方」である。いつものように事業プランの重要であるが、それ以上に経営者の気の持ちようが大切である、という話しから始め、事業プランの作成手順までを説明した。

後半は、受講生に簡易ビジネスプランを書いてもらい、発表してもらった。その後、お茶を飲みながらの親睦会を行ない、商工会を出たのは17時を回っていた。帰り道では富士山を眺めながら運転できた。いつ見ても富士山は美しい、そして、幸せな気分になる。家に戻ったのは18時半過ぎ。19時からはお袋の誕生会を子世帯で行なった。

わたしはいつの間にか寝てしまい、気が付くと翌日の朝だった。ということで、この日記の後半部分は3月7日(日)の早朝に書いたものである。

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2004.3.7(日) 昨夜寝たのが早かった(いつ寝たのかさえ記憶にないが、9時前には寝たらしい・・・)ので、起きたのは4時と早起きした。昨日更新できなかったHPの日記を更新して、新聞記事に目を通した。気が付くと5時半になっている。

今日は坐禅会の日である。6時10分前に家内と一緒に家を出て円光院に向かった。今日で四回目、坐禅を組むのは三回目である。先週は空の境地にはほど遠く、瞑想中に雑念が沢山湧いてきたが、今週はそれほど雑念が湧かなかった。それは呼吸の仕方を工夫したことにある。呼吸一回するごとに数を数えて、かつ息を吐く時に「ありがとうございます」と心のなかで唱えると一呼吸が約三十秒と長続きする。前半三十分で六十回、後半三十分で六十一回という呼吸数であった。坐禅の後はお茶会である。住職を始め諸先輩のお話しを聴かせていただいた。円光院を出たのは8時を回っており、途中コンビニで朝ご飯を購入して家に戻ったのは8時半を回っていた。

さて、今日の新聞記事は、日本経済新聞の日曜日の連載コラム「人生の四季--カネは天下の回りもの(堀田力)--14:地域貢献の知られざる波」である。たしか先週も取り上げたと思うが、二週連続で要約して紹介する。

”旭日重光章というのは、経団連会長クラスの貰う勲章である。それを、茨城県の石油販売業、関彰商事の会長である関正夫さんが貰った。関さんは、六年前から全石連(全国石油商業組合連合会)の会長もされているが、もともと社会貢献の志の厚い方で、九年前、私がさわやか福祉財団を立ち上げた時から理事をして頂いている。だから、先日行なわれた叙勲の祝賀会にも進んで参加したのだが、頬を紅潮させた関さんは、謝辞で、会社の幹部たちも初耳だという、事業精神の原点を語った。「私がまだ駆け出しの三十歳くらいのころ、旧日本石油の栗田淳一社長に石油の値段について相談にうかがったところ、栗田社長はこう言われました。『君は事業を拡大して儲けることを考えているね。そうじゃなくて、みなさんに喜んでもらうことを考えて努力し、毎年地道に頑張って、後で振り返ってみればああ良かったなと思えるような仕事をするのがいいよ』。私はそれで目から鱗が落ち、その精神で今日までやってきました」。関さんの精神は関彰商事の社員に浸透し、彼らは、まだ日本のボランティアの黎明期である九十年代初めから、高齢者の支援や地域の環境保持など、多彩な活用を展開してきた。関さんは全石連の会長に就くと、全国の代表たちに「ガソリンスタンドは地域に密着した存在であり、単にガソリンを売るだけでなく、地域のために貢献できる貴重な存在ではないでしょうか」と訴えた。ガソリンスタンドは競争が厳しく、利は薄く、倒産の少なくない。そういう厳しい経済的条件の中にあって、働く人たちの、人に役立ちたいという心意気が花開きつつあることが、うれしくてならない。関さんの受賞に、乾杯!”とのことである。

ここで紹介されている関彰商事の関正夫さんが実践している経営こそ、まさに「心の経営」である。「みなさんに喜んでもらうことを考えて努力し、毎年地道に頑張って、後で振り返ってみればああ良かったなと思えるような仕事」をすることは「心の経営」そのものである。最近のセミナーでは、「心の経営」に共感してくれる受講生が多くなったような気がする。

先週の甲府商工会議所創業講座に参加してくれた、ミュージシャン本庄照之進さんもその一人である。本庄さんはなんと、自らこのHPのバナーを作ってくれた。「受講生の多くがかかえているブラックホールのような迷路的心を、先生のパワーでいつしかありがとうの言葉と共に『青空』に変えてしまう、そんなコンセプトで作ってみました」とのこと。わたしは嬉しくてすぐにHPのトップページで使わせていただいた。すると、そのことに対してたいへん感謝しているという趣旨の投稿を掲示板にいただいた。本当に、ありがたいことである。

人との縁というものは不思議なもので、最近は沢山の方々との縁が広がっている。その縁から多くのことを学び、また気づきをいただき、わたし自身が徐々にではあるが、成長しているような気がする。思えば、このHPを立ち上げてから売り上げ目標などは一切立てずに、仕事の予算も気にしないで「喜ばれる」仕事をするように心がけてきた。一昨年は、対前年比700万円ダウンの1,100万円まで落ちた売上高が、昨年は1,500万円まで戻った。ピーク時には及ばないが、売り上げや利益を求めず、喜ばれることを最優先して仕事をしてきたことが、結果として売り上げや利益につながったのである。この姿勢を今後も貫いていこうと思っている。

さて、坐禅会から帰ってきて、ご飯を食べると睡魔が襲ってきた。昨夜はたっぷりと寝たはずなのにまだ眠い。疲れが溜まっているのだろうと、休むことにした。気が付くと12時を回っている。それから今日の日記の前半部分を書き終え てご飯を食べた。

その後、事務所に行って細々とした仕事を片付ける。そして、週刊メッセージの下書きを作成。気が付くと17時を回っている。家に戻り家内と一緒に近くのスーパーで晩ご飯の買い出し、それから馴染みの洋服屋さんタマヤに行って、入荷したばかりの春物の洋服を物色した。わたしも家内もお気に入りの洋服が見つかった。

いつものようにコーヒーをいただいた。ご馳走様です。家に戻ったのは19時過ぎ。それから、週刊メッセージを書き上げて、今日記を書いている。明日は内勤、調査事業の資料を作成する。

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2004.3.8(月) 起きたのは5時半過ぎと、やや寝坊。さっそく玄関先でたばこを一服。居間に戻って新聞記事をスクラップした。相変わらず、月曜日はこれといった記事がない中で、日本経済新聞の一面に掲載されていた「経営充実度、病院ランキング」が気になった。

”日本経済新聞社が全国の主要病院長を対象に行なったアンケート調査によると、四分の一の病院が企業出身者を事務長などの経営幹部に据えていることが分かった。二割強が医師らの賃金に成果主義を導入、「準備中」や「検討中」を含めると約七割に上る。診療報酬の抑制など経営環境が厳しさを増す中、企業のノウハウを取り入れて経営改革を進める病院の姿が浮き彫りになった。回答を基にランキングを作成したところ、トップは洛和音羽病院(京都府)。二位は赤穂中央病院(兵庫県)で、三位に聖路加国際病院(東京都)やトヨタ記念病院(愛知県)など四病院が入った。上位百位のうち八十五病院が医療法人など「民間(日赤、済生会など公的含む)」で、国立や公立(自治体立)は計十三病院。「民」の取り組みが「官公」を引き離している実態が鮮明になった。”とのことである。

顧客志向が希薄といわれる公的施設の中でも、お客様との接点がもっとも多いのが病院であろう。つまり、病院こそ顧客の立場になった運営が求められるのである。その病院の経営充実度において国立や公立(自治体立)の取り組みの遅れが今回の調査で明らかになったようだ。病院は顧客という意識すらない、という手厳しい意見もよく聞かれる。これを機会に「民」から「官公」に人材を送り込むべきではないだろうか。

さて今日は、終日事務所に籠もり細々とした仕事を整理した後は、調査事業の資料作成に明け暮れた。その間、区切り時間を利用して、船井幸雄さんと水野隆徳さんの共著「本音100%の経営塾」を読破した。この本は実に示唆的であるとともに、最近「心の経営」で到達した結論に驚くほど似ており、びっくりした。たとえば、この本の中で船井幸雄さんは次のように書いている。

「宇宙の意志に従えば日本人は、世界でモットも『和』のぴったりする人間です。おそらく日本にとんでもない人間が出てきて、日本人をリードしてそれいにより日本人が変わるのではないかと思うのです。経済とか政治とか、そういうレベルの問題ではなく、もっと大きなところで思想的・哲学的・技術的に世の中の見方を変えるようになるのではないかということです。どう見てもエゴ中心の資本主義には限界があります。資本主義はすでに自己矛盾を露呈しています。だからものごとを充分に視える人はいままでの資本主義とは違った、循環経済的な、未来永劫続くような経済システムをつくるよりほか生き延びる道はないのではないかと、そういう発想に変わってきているのではないでしょうか。」
「いつも自分中心に物事を考え、自分さえよければいいというエゴがこの世に渦巻いています。それが結局はこの世を住みにくくしているのです。これからはそうしたエゴを取り去って、この世の社会を差別や嘘のないあの世に近づけていかないといけないと思います。私はそういうことに気づいたリーダーが日本にも多く出てくるはずだと思っているのです。そして彼らが啓蒙をはじめ、ほかの人たちも「そうだ、そうだ」といい出すときが近々にやってくると考えています。」

これは、最近わたしが「心の経営」で提唱している「資本主義から幸福主義へ」のイメージとまったく同じです。そして、小林正観さんや養老猛さんなどは、まさに「そういうことに気づいたリーダー」の一人だと思います。船井幸雄さんの世界観とわたしの世界観がまったく一致していることに驚かされました。そして、極めつけは、次の文章でした。

「本質的に世の中を変えられるきっかけになれるのは日本人だけのように思うのです。〜中略〜今年(2003年)10月あたりから心ある日本人は変わりはじめると、わたしは見ています。」

このHPで毎週書いている「週刊メッセージ」で、わたしは2003年10月19日に「今を生きる」と題して、初めて小林正観さんのことを書きました。そして、やがて仏教に行き着き、これらの世の中の方向性が見えたのです。つまり、船井幸雄さんの予測どおり、2003年の10月から、わたしの方向性が転換したのです。わたしが心ある日本人かどうか、自分でも疑問ですが、船井幸雄さんの予測とわたしの行動が不思議なほど一致することに驚きを隠しきれません。

さらにもう一人の著者である水野隆徳さんは、次のように書いています。

「バブル崩壊を受け、日本は不況に突入しました。政治家やエコノミストが景気回復策や構造改革の処方箋をいろいろ打ち出しました。ところが、そのどれもが役に立たない。そのとき私は、この不況の本質は経済的・金融的な問題にあるというより、もっと深いところに根ざしているのではないかと思ったのです。つまり『物質的不況』ではなく、『心の不況』ではないかと感じたわけです。」

わたしが「心の経営」と命名して、このHPやセミナーなどで意見を述べていることは、水野隆徳さんとまったく同じ問題意識を持っているからなのです。どうやら、わたしが「心の経営」で示している方向性は間違っていない、というよりも確かであるということが証明されたようです。

仕事を終え、帰宅したのは19時半過ぎ。そして今、日記を書いている。

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2004.3.9(火) 5時に起床。さっそく玄関先でたばこを一服。居間に戻って新聞記事をスクラップ。日本経済新聞に掲載されている「値下げ競争豚丼も」に目が止まった。

”吉野家ディー・アンド・シーが3月3日から全国発売を始めた豚丼を早くも値下げする。11日から15日まで全国975店で関連メニューを含め6品を70円値下げする。4月上旬にも販促策を検討する。低価格キャンペーンにより、出遅れた豚丼で巻き返しを図る。11日は吉野家が牛丼の販売を休止してから1ヵ月にあたる。豚丼は通常320円の並盛りを250円に、同様に豚キムチ丼の並盛りも370円から300円にする。牛丼に比べて割高感が指摘されていた豚丼を値下げ、「来店客数の8割が注文する主力商品に育てたい」という。牛丼業界では業界2位の松屋フーズが、現在350円の豚めしを1月末の導入時に290円で売り出し、集客に成功した。今回の吉野家の値下げに、松屋も対抗策を準備中。牛丼で繰り広げられた低価格競争が豚丼でも激しくなりそうだ。”とのことである。一方、日経流通新聞には「モス、全店カフェ風に」という記事が掲載されている。

”モスフードサービスが「モスバーガー」の全店をカフェ風に改装する。スピードよりゆとりを求める方向に消費者の志向が変わってきたと判断。高級感の演出を重視する。早さと安さを追求してきたファーストフード業界では異例の戦略。ブランド価値を高めることに重点を置き、サービスレベルが高いことなど十項目以上の基準を満たした店から転換を進める。同社は新型店を「ファーストカジュアル業態」としており、転換への基準は主なものだけで14項目ある。店舗では完全分煙が整っていることや、男女トイレが分かれている必要がある。サービスでは本部公認の店長資格を持つ人材や、製造責任者を配置しなくてはならない。厳しい基準を設けることで、新型店が優良店舗であることを消費者に浸透させる狙いがある。商品では高品質・高付加価値の一環として個数限定で販売する「匠味」「匠味レタス」を全面に出し、味でもほかのファーストフードチェーンとの違いを鮮明にする。”とのことである。

同じファーストフードチェーンでも、吉野家とモスはまったく異なる戦略を採用している。「はやい・やすい・うまい」を追求する吉野家の戦略がファーストフードチェーンの王道であるのに対して、「おいしさとゆとり」を追求するモスの戦略は斬新である。ファーストフードの王道を行く吉野家とファーストフードの括りからファーストカジュアルへと業態転換するモスの行方に注目したい。

さて、今日は午前中県庁に借りた資料を返したり、車を洗車に出したりしながら、事務所で調査事業の資料を作成した。写真は県庁と情報プラザの通り道から見えた春の空である。

昼間は、あの吉野家に行って豚丼を食べた。以前マーボー丼を食べたときには「???」という感じだったが、豚丼はなかなかいける。豚丼で後れをとった吉野家であるが、これなら、ばん回可能だと感じた。牛丼に変わるメニューとして豚丼を育ててもらいたいものである。そして午後からはクライアント先に行き、あれこれと打ち合わせをする。終わったのは17時を回っていた。 写真は事務所に戻る途中で撮影した。

事務所に戻って、調査事業の資料作成の続きをする。ところで、今日仕事の合間に読んだ「傑僧説法、ビジネスに響く百八のことだま(日経BP)」のまえがきに次のような文章があった。

「この本をなぜ発刊したのか、その話から書きます。ちょうど一年前、2003年の正月休み明け、私は中堅・中小企業経営向けの『日経ベンチャー』という月刊誌の発行人を担当することになりました。これを機に、私は記者時代に取材した多くの経営者に再びお会いしたのですが、そのほとんどの方が共通の悩みを抱えていることに気が付きました。『今までの経営手法が通用しない。どうしていいのかわからない』。混迷の時代が続いています。多くの経営者、ビジネスマンは手がかりをつかめぬまま、出口の見えない不況の中で苦闘しています。グローバリズムを背景に一時期、経営者の間でブームとなった『アメリカ型経営』も、決して問題の解決にはならず、最近はすっかり色あせています。何とか抜け出す糸口を見つけられないだろうか。『壁にぶつかったとき、行き詰まったときは原点に帰る』ということばがあります。『経営の原点』というより、『日本人の原点』に帰って考えてみよう。そして行き着いたのが『仏教』でした。日本人に1400年余にわたり語り継げられてきた仏教。私たちの心の奥底に脈々と流れている仏教の教え。それは日本人の『遺伝子』といってもよいのではないでしょうか。」
「心の経営」が最近仏教に辿り着いたように、経済の専門家である日経の記者が辿り着いたのが仏教であった、ということは、これからの日本の方向性は間違いなく仏教的なものにある、と確信した。帰宅したのは21時過ぎ。そして今、日記を書いている。

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2004.3.10(水) 昨夜寝たのが早かったので起きたのは4時半といつもより早起きした。しばらく居間でぼ〜とテレビを見てから玄関先でたばこを一服。新聞記事をスクラップした。今日目に止まったのは日本経済新聞の一面に掲載されている「消費税総額表示に揺れる--下:税率上げに備え」である。

”税率6%、10月実施---。衣料品販売大手、しまむらの藤原秀次郎社長は消費税率引き上げを想定した価格政策のシミュレーションをするように指示した。「税率見直しはいつあってもおかしくない」。しまむらは総額表示導入を契機に税率引き上げに備え始めた。今回の総額表示対応では値下げを決めたが、「5%なら何とかなる。しかし、6.7と上がっていくと従来通りの合理化努力では税率分を吸収するのは不可能だ」と説明する。欧州など消費税率が10%を超えるところでは総額表示が一般的。税制が把握できる主要30ヵ国では10%以下でも8割が税込み表示という。今回の総額表示義務化は税率引き上げの布石とみる向きが多い。ユニクロを展開するファーストリテイリング。取引先を持たない製造小売り型という事業モデルを築いた同社も二段構えの戦術をとる。まず値下げを実施、売れ残りが発生しないよう商品管理を徹底することで粗利益の減少を補う。その先に税率引き上げをにらむ。税率改定分を吸収しきれないとみたら、商品の質や使用を大幅に高めるなどし価格設定を一挙に変えてしまう構想だ。柳井正会長は「従来よりも高い価格帯でも売れる商品を作ることは可能」と話す。昨秋、ヒットしたカシミア商品で自信を深めた。看板は100円。表示価格は105円。価格に対する感度が高く、対応が注目された100円ショップは価格政策を変更しない。100円ショップの粗利益は30%程度。消費税率5%なら税込みで100円とすることも経営的に可能だが、利益を削って価格を維持する作戦ではいつかは税率引き上げに対応できなくなると判断した。”とのことである。

同記事に添付されているグラフ「各国の消費税率と表示方式」を見ると、消費税率20%を超えているのは「スウェーデン」、20%ジャストが「イタリア」と「フランス」、10%台後半が「英国」と「中国」と「ドイツ」、10%ジャストが「韓国」と「インドネシア」、5-10%が「米国(ニューヨーク市)」と「カナダ(オンタリオ州)」と「スイス」と続いている。日本は現在5%であるが、やがて10%に近づき、その後は20%に近づいていくことは避けられそうもない。

さて今日は一日、事務所に籠もり、調査事業の資料作成である。午前中は効率が上がり、はかどった。昼間散歩がてらにエクランまで歩いて行き、レストラン街にある「あのラーメン屋さん」で塩らあめんを食べた。やっぱり美味しい。汁まで飲み干してしまった。塩分取りすぎなのはわかっているが、ついつい美味しくて・・・。ついでに本屋さんに寄り、船井幸雄の「人間塾」を購入した。今までは斜め読みだったが、これからは、日本、そして世界がどうなるかというこれからの方向性が、わたしとほぼ一致する船井幸雄さんの本をしっかりと読むつもりである。帰りに駅前の風景を撮影した。毎週掃除をしている北口で大がかりな工事をしていた。

午後からも、調査事業の資料作成、単調な作業が続くため、やや効率が上がらず、途中気分転換に近くのホームセンターに行ったところ、駅前掃除の仲間で夢甲斐塾3期生であるMさん夫妻に会った。昨年末生まれたばかりのHちゃんを連れていた。赤ちゃんはかわいいものである。それに比べて、うちの息子どもは・・・。

事務所に戻り、再び調査事業の資料作成にとりかかった。作業の合間に読んだ「傑僧説法、ビジネスに響く百八のことばま」に「経営」という言葉は本来仏教語であると書いてあった。

以下、一部引用する。「経営者の皆さんは意外に思われるでしょうが、『経営』という言葉は本来、仏教語なんですね。一般にはしっかりと計画を立てて物事を運んでいくことを経営といいますが、仏教では修行などのことを意味します。〜中略〜これはもう企業経営という意味ではなく、人間を教育する、育てるのが経営の意味であることがおわかりになると思います。」とのことである。

まさに、「心の経営」である。経営者自らが人格を高めて、従業員を育てる、これが本当の経営である。今日は夢甲斐塾3期生の塾活動を、わたし達1〜2期生が聴講。その後、上甲晃塾長と、夢甲斐塾の今後の運営をどうするかを話し合う。19時20分頃、甲府市総合市民会館に向かった。

会場に着いたが満車で車を止めるところがない。なんと今日はこの会場でプロレスが開催されているとのこと。グルグル回ってなんとか止める場所を見つけた。そんな事情もあり、3期生の定例会が始まったのは定刻をちょっと過ぎた19時50分であった。まず3期生の活動報告。それぞれのグループの代表者が活動内容を発表した。その後、今日のゲストである函館大学教授の土橋信男先生の話を聴いた。そして、これから自主運営に移行する夢甲斐塾の総決起大会である。

まず、経過説明、商工労働観光部次長の挨拶、事務局からの説明の後、上甲先生の話を聴いた。上甲先生からは4期生から会費を徴収すること、選考会という言葉を使わないことなどが指摘された。その後、会場をファミレスに移して、24時過ぎまで熱く語り合った。ゲストの土橋先生が付き合ってくれて、色々と教えてくれた。本当に勉強になった。

 自宅に戻ったのは24時半。そして今、日記を書いている。あっもう1時だ。眠い・・・。

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2004.3.11(木) 昨夜(今日)寝たのが2時半を回っていたため、起きたのは8時前と思いっきり寝坊した。もう新聞が入れてある。2階のベランダでたばこを一服しながら、新聞に目を通した。今日目に止まったのは日本経済新聞に掲載されている「吉野家、誤算の1ヵ月、苦肉の豚丼シフト」である。

”吉野家ディー・アンド・シーは経営戦略を転換する。凍結していた出店を今月中旬から再開、営業も全店で24時間に戻す。2月11日に牛丼販売を休止して1ヵ月の節目を迎え、豚丼を核に米国産牛肉の輸禁長期化に対応できる体制にする。牛丼休止後、吉野家の売り上げが大きく落ち込む一方で、松屋フーズなど他社は逆に伸ばしており、巻き返しを図る。吉野家は1月以降、1部フランチャイズ店を除き凍結していた出店を再開する。17日に市ヶ谷駅前店、3月下旬にはつくば学園大通り店を相次ぎ開業する。05年2月期に予定していた100店は下回るものの、大量出店を維持する。看板の24時間営業も全国で再開する。禁輸後は、全店舗数の2割弱に当る174店で休止していたが、早期に全店での再開を目指す。商品戦略も見直し、豚丼を牛丼に代わる中心商品に据える。11日から5日間、全店で320円の豚丼を250円の低価格で販売するキャンペーンを実施。安部修仁社長自ら都内の店頭で販促を行なう。休止直後に相次ぎ投入したカレー丼などはキャンペーン中一時休止する。牛丼休止後、吉野家は郊外で5割近く落ち込む店舗が出るなど、大手4社の中で最も大きな影響を受けた。競合する松屋フーズやゼンショーの2月の売上高は、逆に前年同期を上回った。「新メニューがブランドに与える影響を考えると、ちゅうちょしてしまう(安部修仁社長)」。牛丼販売休止直前に東京・大阪で開いたFC加盟店向けの説明会。他社がポスト牛丼の主力にした豚丼の発売を求める声が相次いだが、安部社長は慎重な応答に終始した。米国産牛肉の味にこだわり、拙速に新商品を投入してブランドイメージが低下するのを何より恐れたからだ。安部社長は若手社員だった70年代、コスト削減を優先して牛丼の味を変え、消費者の反発を招き80年に会社更生法申請に追い込まれた苦い経験がある。豚丼投入望む声は社内にも強かったが、「本格的な代替メニューを扱うことが牛丼再開の障害になる可能性もある」と首を縦に振らなかった。「数字がもっと厳しくなれば、FC救済の意味も込めて豚丼でも豪州産の牛肉を使った牛丼でも何でも扱うつもりだ」。安部社長の発言が微妙に変化し始めたのは、休止後の各店の売り上げの報告があがりはじめた2月中旬以降。郊外店を中心に客数や売り上げが軒並み落ち込み、「3割減までなら耐えられる」としていた安部社長の想定を下回る店が出てきた。「今後は店舗への追加投資もして商品開発の幅を広げる」。吉野家は、今後、店舗によっては新たな厨房設備を導入する。親子丼などの新メニューのさらなる追加にも対応、柔軟な商品戦略ができるようにする。今後は、他品目を扱う店舗などを立地や地域特性に応じて展開していく。”とのことである。

外部環境が激変したとき、それをどう捉えるかが経営者に問われる時代である。今回の牛丼業界をみても、ピンチと捉えた吉野家に対して、松屋などはチャンスと捉えて積極的な商品開発をおこなった。その結果、吉野家の売り上げが大幅に低下したのである。しかし、さすが安部社長の対応は早い。1ヵ月様子を見て、今後はピンチをチャンスと捉える経営戦略に転換した。牛丼業界からは、しばらく目が離せない。

寝坊したため、事務所に行ったのはお昼前、午後から伺うクライアント先で用いる資料を整え、昼過ぎに大月に向かった。途中、吉牛に寄り豚丼を食べた。今日から豚丼セールで320円が250円に割引になっている。わたしが豚丼を食べるのは2回目である。以前マーボー丼を食べた時には「???」という感じだったが、豚丼はまずまずだった。今日はそれを再度確認したが、やっぱりまずまずである。先月は一人負けだった吉野家であるが、その底力を感じた。みそ汁と合わせて300円と早い、安い、美味いという経営理念に沿った内容であった。

さて、クライアント先に着いたのは14時前。14時から打ち合せをはじめる。あれこれと話しをして終了したのは16時半。写真は大月から戻るときに撮影したものである。

家に戻ったのは17時半を回っていた。事務所に行くかどうか迷ったが、今日はこれで店じまいとする。明日は駅前掃除だ。このところ、駅前掃除が楽しみだ。嬉しい・楽しい・幸せな毎日が続く。

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2004.3.12(金) 目覚まし時計の音で4時に目が覚めたが、しばらくうとうとしており4時半に布団から出た。さっそく玄関先でたばこを一服。居間に戻って新聞記事をスクラップする。日本経済新聞に掲載されている「甲州印伝の印傳屋上原勇七、直営3店を強化」が目に止まった。

”山梨の代表的な地場産業である高級革製品、甲州印伝を製造販売する印傳屋上原勇七は山梨県の東京都、大阪府の三ヵ所で展開する直営店を強化する。十二日に山梨県の本店が新装オープンし、直営三店舗の改装が一巡する。店舗のイメージ一新で直営店の2005年2月期の売上高を04年2月期比2億円増の10億円に引き上げたい考え。本店の改装では、売り場面積をこれまでの1.5倍の332uに拡大する。増床などの総投資額は1億5千万円。1987年にオープンして以来、本店の全面的な改装は初めて。品ぞろえは改装前と同じ400種類前後だが、従来は一ヵ所だった接客スペースを四ヵ所に増やしたほか、これまでよりも商品をゆったりと陳列する。「来店者にくつろいでもらえる空間にすることに主眼を置いた(上原社長)」という。同社の04年2月期の売上高は約26億円。このうち直営三店の売り上げが約三割を占めるなど重要な分野となっているため、02年2月に大阪府の店舗を移転拡張して心斎橋店をオープン。続いて02年11月に青山店の売り場面積を従来の倍に拡大するなどここ数年、集客力の拡大につながる店舗改装に重点投資してきた。甲州印伝は鹿革に色漆で柄を施した高級革製品で、ワインや宝飾品などと並ぶ山梨県の代表的な地場産業の一つ。名刺入れ財布、バッグなどが商品化されている。”とのことである。

甲州印伝は山梨が誇る地場産品であり、特に印傳屋上原勇七のブランド力は群を抜いている。わたしも印傳屋の製品は複数持っており、とても気に入っている。新装オープンだということで、是非覗いてみたい。

さて今日は駅前掃除の日。6時前に甲府駅北口に着いた。すでに夢甲斐塾3期生のMさん主人が来ている。さっそくわたしも加わる。すぐに4期生候補のAさんがやってくる。やがて2期生のSさんが、1期生のNさんが、そして3期生のSさんがやってきた。これでいつものメンバーが揃った。

掃除の後はいつものファミレスで意見交換会兼食事会。今日の話題は先日放映されたビフォーアフターのこと、夢甲斐塾4期生募集のこと、メーリングリストのことなどである。そして2期生のSさんから、有り難い提案をいただいた。今年の課題として進めることにした。ファミレスを出たのは8時前。家に戻ったのは8時10分過ぎであった。そして今、HPを更新している。

その後入浴してから事務所に向かった。今日も調査事業の資料を作成。今月第4週前半に行なう中間報告へ向けての作業である。

昼間はエクランまで歩いていき、レストラン街にあるあのラーメン屋さんでしょうゆらあめんとおにぎりを食べる。やっぱり、やっぱり美味しい。これからは内勤のときは散歩を兼ねて毎日のように来ることにしようと思った。駅まで歩いて15分、往復30分といい運動にもなるし一石二鳥である。

午後からも事務所で午前中の続きを行なう。18時からは長坂町に向かった。19時半から商工会で会議をこなし、家に戻ったのは22時半である。そして今、日記を書いている。明日は午後から甲府商工会議所で専門家相談会に参加する。今日もまた嬉しい・楽しい・幸せな日だった。

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2004.3.13(土) 6時前に起床。学校の行事で甲府駅前の掃除に行く上の息子を起こす。それから玄関先でたばこを一服。居間に戻って新聞記事をスクラップする。日経流通新聞に掲載されている「こだわりの自然派スーパー、旬楽膳(愛知県一宮市)」に目が止まった。

”昨年9月、愛知県一宮市に回転した「旬楽膳(しゅんらくぜん)」は、扱うどの食材にも有機栽培や食品添加物、合成着色料の無使用にこだわる。規模的にも初の本格的な『自然派』食品スーパー。地域で着実に固定客をつかみつつ、農業生産者や食品メーカーからも注目を集めている。JR尾張一宮駅から西北西に約800m、地元幹線道路が交差する角に、カネスエの「旬楽膳」がある。変哲のない住宅地で、店構えも普通の食品スーパーと変わらない。出入り口は一ヵ所。ここから側面に青果、魚介、食肉、パン、総菜などのコーナー、レジが並び、中央が調味料などの加工食品類だ。商品のアイテム数は細分化して約2千。95%を食品が占める。100%ではないが、青果を中心とした生鮮類から日配品、加工食品の素材までほとんどが有機・無農薬。豆腐、めん類、パンなどの原料となる大豆、小麦も有機無農薬栽培、非遺伝子組み換え。食肉のための牛、豚の飼料、店内で焼くパンの酵母にもこだわる。少し店内を歩くと、店の個性がわかる。例えばナショナルブランド品の少なさである。酒類だとコンスターチが入ったビールは置かないため大手メーカー品は数種。これに比べ、各地中小メーカーの日本酒、焼酎などの品ぞろえは豊富だ。スナック菓子がほとんどなくインスタントラーメン類も少ない。食品添加物を避け、「この店そのものの『一番のごちそうは母親の作る料理』と思っている」(今尾幸造カネスエ取締役)ためだ。包装の派手な商品が少なく、売り場全体の色調は地味だ。総菜売り場の後ろには、バイキング方式のレストラン「ダイニング膳」を併設している。総菜もレストランの料理の素材も、店で販売しているものと同じ。有機・無農薬などの食品を味わってもらうことと、店での販促を兼ねている。運営主体のカネスエは1892年創業。創業110年を迎える数年前から「会社の新たな方向を模索していた」(牛田彰社長)。このころ、BSE問題など食品関連事件が相次いだ。何度も商品撤去に追われながら、メーカーだけでなく「店の責任はないのか」との反省が生まれた。親しい有機農業を営む農家や地元の医師から食の大切さを指摘され、農家に派遣した若い従業員は「顔つきが変わって」帰ってきた。こんな要因が重なって、有機・無農薬農産物などをベースに、体によい食品を、生産から店頭までの過程に責任を持って並べるとのコンセプトが生まれた。加工食品の取引先は数百社。米・野菜の80%は生産者と直接契約。北海道から鹿児島まで生産者・メーカー一つひとつに社長を含め責任者が足を運び、生産や経営の姿勢を確かめた。「旬楽膳」は、マニュアル化、パート化で効率を追求してきた多くの食品スーパーとは違った方向を模索している。店は名古屋市郊外の住工混在地域。主な商圏の一宮市、尾西市を合わせて35万人程度の人口だ。高所得者や若者が多いといった特色があるわけではない。「有機・無農薬」が、この国の食生活にどんな風に根付くのか、「旬楽膳」が、大きな実験となることは間違いない。(編集委員 山形健介)”とのことである。

ここにも「心の経営」を実践している企業があった。週刊メッセージや月刊コラムでも時々取り上げてきたが「食」の問題は、今の日本における最大の課題である。有機栽培や食品添加物、合成着色料の無使用にこだわり、安全で健康的な食生活を提案する「食楽膳(カネスエ運営)」に注目したい。

今日の午前中は事務所で内勤。引き続き調査事業の資料を作成した。午後からは甲府商工会議所の「経営相談会」に出席。わたしを含めて4人の中小企業診断士が参加者の相談に応じた。同商工会議所が先月開催した「創業塾(わたしが講師を務めた)」の受講生が4人顔を出してくれた。有り難いことである。相談会を終え一旦家に戻り、家族を連れて「北海道物産展」を開催している岡島百貨店に向かった。写真はその時に撮影した。

あれこれと買物をしてから家に戻る途中、近所のお寿司屋さんで夕食をすませた。ここからの運転は家内に任せることにして、わたしは日本酒をいただいた。お銚子2本飲んだらすっかり、いい気持ちになってしまった。家に戻ったのは20時半過ぎ。わたしはそのまま居間で寝てしまったらしい。気がつくと翌朝であった。ということでこの日記の後半部分は翌日書いたものである。

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2004.3.14(日) 5時15分過ぎに家内に起こされて目が覚めた。昨日お寿司屋さんでお酒をいただき、いい気持ちになり、家に帰るとすぐに居間で寝てしまったのである。今日は坐禅会に出席する日である。あわてて準備をして6時10分前に円光院に向かった。

5分前に到着。事前の準備をして、6時から坐禅会が始まった。先週と同様、一呼吸ごとに頭の中で一、二、三・・・と数え、息を吐くときに「ありがとうございます」と言った。今日はなかなかうまくいかずに余計なことを随分考えてしまった。まだ4回目であるから、こんなことを言うのもおこがましいが、坐禅は奥深いものだと感じた。

坐禅の後はお茶会、まず住職が本を朗読して聴かせてくれた。その内容が心に残ったので紹介する。「仏光国師語録拾遺---電光影裏(でんこうようり)に春風(しゅんぷう)を斬(き)る」と題する一文である。

”夏目漱石は鎌倉円覚寺の名僧、釈宗演(しゃくそうえん)について禅を学んだ経験があり、彼の代表作『吾輩は猫である』の中で哲学者八木独仙(やぎどくせん)をしてときどき語らしめている言葉がこの「電光影裏に春風を斬る」の語です。すなわち、---何でも昔の坊主は人に斬り付けられた時、電光影裏に春風を斬るとか、何とか洒落た事を云ったと云う話しだぜ---。鎌倉円覚寺の開山、仏光国師は名は祖元(そげん)、別に無学(むがく)と号し、いわゆる南宋の末期、 モンゴール民族の元の中国征服が着実に進みつつある時代に生まれ、十余歳にして和尚に弟子入りし、研鑽すること数年、ついに禅定ようやく熟して、師の法を嗣(つ)ぐに至ったのです。師の禅定の深さについては古来より評が高く、あるときなど、禅定に入ったまま、三日三晩、木仏の如く微動だにすることなく、ついにこれを見たら僧たちは師が死んだのではないかと疑い、近くに寄って見ると微(かす)かに息をしていたので安心したという逸話も伝わっているほどです。後に台州(だいしゅう)真如寺(しんにゅじ)に住しましたが、南下した元兵が国土を蹂躙(じゅうりん)し、至るところで乱暴狼藉(らんぼうろうぜき)を働く噂を聞いて、温州(うんしゅう)能仁寺(のうにんじ)に難をのがれます。しかし、元軍の侵攻は急で能仁寺にも乱入して来ます。一山の僧たちは逃げまどうけれども、無学祖元禅師、ただ一人踏み止まります。禅堂にどっかりと坐り禅定三昧に入って、泰然自若、動ずる気配もありません。群がり囲んだ元兵の一人が太刀を揮(ふる)って、師の首に当て、「坊主!起て」と怒鳴ります。そこで初めて禅定を出た禅師は、やおら、一円相(いちえんそう)を描いて静かに句を唱えます。---この広大無辺の大地も、ただ一本の杖を立てる余地もないほどにあなた方「元(げん)」の天下である。どこかに行けと言われても、どこへ行くこともできません。しかし、私は幸いに一切皆空(いっさいかいくう)の理を体得することができたので、執着するものとて何一つない。無一物(むいちもつ)の心境です。私を斬るというけれど、言ってみればその太刀も空、私も空、空で空を斬る、あたかも稲妻がピカリと閃く間に春風を斬るようなものではないか。さぞかし、手応えの無いことだろうよ!死ぬもよし、生きるもよし、どうぞご自由にこの老いぼれ坊主の首を斬りなさい!---。一切皆空の理。すなわち自分を含めて、目にうつるすべての物体が皆実存するのではなく、いろいろな働きの関係の中にあるのであって、それを縁といいます。仮に寄り集まっているのに過ぎません。縁が尽きればまた分散してゆく、この現象を理論として了解するのではなく、実地に体験した一人の禅僧のぎりぎりの生死(しょうじ)感が、この「電光影裏に春風を斬る」の語です。私たちにも好むと好まざるとにかかわらず、「死」がやってまいります。「武士道とは死ぬことと見つけたり」と言われるように、「死」という現実に対してガップリ四つに組んで生きていくことが、真摯な生き方ではないでしょうか。”

一切皆空の理を理論として了解するのではなく、実施に体験した禅僧の言葉は、実に奥深いものである。そして、人間いつかは必ず死ぬ。死ぬために生きているようなものだ。だからこそ、今日この瞬間を大切にしなければいけないという仏教の教えが心に響く。

住職の朗読の後は、一人ひとりが感想を述べて、お茶会が終了したのは8時を回っていた。帰りにコンビニで朝食を購入していたので、家に戻ったのは8時半を回っていた。

さっそく朝食をいただく。坐禅会に出席するとなぜかお腹が減るのである。その後新聞記事をスクラップしていると、お腹が膨れたので眠くなった。横になり、10時までうとうとした。そして、作業が遅れてしまったHPの更新を行なった。 昨日の日記の続きを書き写真を更新して昨日の今日のありがとうを書き、新聞記事スクラップを更新して、今日の日記を書き、写真を更新していると、あっという間にお昼になってしまった。ちょっとさぼると大変な作業になってしまう。昨日うっかり寝てしまったことを反省・・・。そのまま自宅で昼食をとり、事務所に向かったのは午後である。

事務所では、細々とした仕事を片付け、そして週刊メッセージを書き上げ、調査事業の資料作成の続きを行った。気が付くと20時を回っている。それから家に戻り、その足で夢甲斐塾の任意の会合に出席するために家を出た。 会場である2期生のIさんの事務所に着いたのは20時半前。

集まった塾生は8名程度とみんな熱心である。話し合いは白熱して終わったのは23時を回っていた。実に有意義で楽しい時を過ごせた。やっぱり夢甲斐塾は素晴らしい集団であると実感した。家に戻ったのは、23時半。そして今、日記を書いている。明日は事務所で一日内勤。そして夜は夢甲斐塾の事務局会議である。嬉しい、楽しい、幸せな毎日が続く。

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2004.3.15(月) 6時過ぎに起床。さっそく玄関先でたばこを一服。朝焼けの空が美しい・・・。しばらく眺めていと、わたし達が広大な自然の恩恵の中で生かされていることを実感できる。万物に「感謝」である。さて、今日は新聞休刊日なので、昨日同様、坐禅会で住職が朗読してくれた本について紹介する。

---春は千林(せんりん)に入(い)る処々(しょしょ)の花、秋は万水(ばんすい)に沈む家々(かか)の月--(葛藤集)からである。

”「処々」も「家々」も、ところどころではなく、「至るところ」ということ。寒い冬が終わり、春ともなれば、貧富大小の別なく、公平無私にうららかなる春光がふりそそぎ、「千林」すなわち至るところで芽を出し花を咲かせます。同じように秋にもなれば明月が皓々(こうこう)と輝き、「万水」、すなわち洋々と広がる海洋にも、滔々(とうとう)と流れる大河にも、満々とたたえる湖水にも、また小さな蹲(つくばい:茶庭などに据える手水((ちようず))鉢)の水にも月影を写し出します。そこに何人(なんびと)の取捨選択の心もありません。皆な平等にその姿を映じます。「春は千林に入る処々の花、秋は万水に沈む家々の月」は、大自然の働きに喩(たと)えて、仏の慈悲がいかに公平無私にして広大無辺であるかを示した句です。仏の慈悲とは他人事ではありません。私たちの思いやりの心のです。私たちはえてして、老若、男女、美醜、賢愚、大小等の違いによって差別しがちです。春の陽光のように、秋の美しい月のように千差万別の区別を越えて、誰にでも同じようにその恵みを及ぼさなければなりません。先日の『毎日新聞』に「広げたい!! 代筆受験」という記事がありました。福岡県稲築高校に、一人の脳性マヒの少年が「代筆受験」によって合格した話しです。彼の名は山本宣弘(やまもとのぶひろ)君。宣弘君は生後七ヶ月のとき、脳性マヒと診断され、上下肢ともに不自由で、食事、用便も介助が必要、言葉も慣れないと聞きとれないという状態の中での中学生活。車いすの宣弘君にはいつもお母さんが付き添い、授業中は机を並べてノートをとり、試験のときは先生の見守る別室で宣弘君の言葉を聴きとっての代筆でした。宣弘君も真剣に勉強し、口に絵筆をくわえて絵を描き、床を這って雑巾がけをする姿に、級友たちが感激し、学校の階段の上り下りは級友たちが数人がかりで運びます。やがて違和感がなくなり、差別意識を払拭して、山本君の真の友だち、即ち級友にとっても、山本君は「ごくふつう」の友だちになります。ですから、一緒に高校に進学することもごく当たり前だったのです。ところが一月になって山本君の受験に関する中学校側の問い合わせに、「代筆による受験は公正さを欠く」理由で断られます。「高校に行きたい」という宣弘君の当然の希望と、「なぜ宣弘君だけ駄目なの」という当然の気持ちが級友たちを動かし、生徒会を動かし、署名運動も始まります。町ぐるみの運動になって、ついに山本君の口述による受験が実現します。(昭和61年4月12日「記者の目」参照)。考えてみれば、「なぜ、同じ山本君なのに、彼だけが受験できないの!」という素朴な疑問が、この運動のきっかけだったのです。文明が発展し、経済が複雑化し、社会が階級化し、人間性喪失が云々(うんぬん)される現代社会で、「同じであるのに、なぜ!」という認識は、一番求められているのではないでしょうか。「同じであるのに、なぜ!」。この認識、まさに、「春は千林に入る処々の花、秋は万水に沈む家々の月」の働きではないでしょうか?”

以上である。素晴らしい文章に目頭が熱くなる。わたし達も日々の生活の中で常に「春は千林に入る処々の花、秋は万水に沈む家々の月」という慈悲の心をもっていたいものだ。

さて今日は、一日事務所で内勤である。9時に事務所に行き、調査事業の資料を作成した。昼間は散歩を兼ねてエクランの5階にある「あのラーメン屋さん」に行く。

ローテーションどおり、今日は「味噌らあめん」そして「おにぎり」を食べた。何度食べても美味しい。満足、満足、明日も来よう!事務所に戻り、調査事業の資料作成の続きを行う、スタッフとエクセル入力を分担して行ったため、効率的に作業ができた。

郵便受けを見ると、先月28-29日に開催した甲府商工会議所創業講座の受講生から、お礼に手紙が入っていた。感謝・感激、さっそく返事を書いた。本当に有り難いことである。気がつくと19時半 を回っている。一旦家に戻り、その足で夢甲斐塾の事務局会議の会場に向かった。

会場であるブティックリブに到着したのは20時ちょっと過ぎ。すぐに会議を始めた。今日の出席者は1期〜3期生の有志11名である。

4期生募集に向けて行なうべきことを議論し、決めるべきことを決めた。そして3月26日には塾生全員に声をかけて、これまでの経過報告をすることを決定した。 会議が終了したのは23時を回っていた。その後、雑談などをしていたので会場を出たのは23時40分過ぎ、家に戻ったのは24時である。そして今、日記を書いている。それにしても夢甲斐塾の活動は、楽しく、嬉しく、面白い、そして幸せな気分になるのである。この縁を大事に育てていきたい。

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2004.3.16(火) 昨夜(というか今日)寝たのが遅かったので、起きたのは6時と寝坊した。眠い目をこすりながら玄関先でたばこをいっぷく。居間に戻って新聞記事をスクラップした。日経流通新聞に掲載されている「消費行動--データで読む--昼食はコンビニ弁当」が目に止まった。

”「コンビニで弁当などを買う」が「外食」に迫っている---。勤め人(パート・アルバイトを含む)の昼食の取り方がこのように変わっていることが、日経産業消費研究所の調査で分かった。外食と中食の競争は以前から指摘されているが、あらためて競合を裏付ける結果になった。調査は首都圏に住む、同研究所の消費者モニター(20−60代)700人を対象に1月下旬に実施。有効回答者数は593人(回収率84.7%)。調査は平日の昼食の取り方について、「飲食店に出かける」「勤め先で出前をとる」など10項目を挙げて、どうすることが多いかを複数回答で答えてもらった。飲食店が56.7%で一番多かった。ただ、「コンビニで弁当、パンなどを買う」も51.7%で、5ポイント差で飲食店に迫る。これら二項目が過半数に達した。男女別では、女性は二項目の差がほとんどない。飲食店ァ48.7%、コンビニで弁当が48.1%となった。さらに「コンビニ以外の店で弁当、パンなどを買う」(46.8%)、「家から弁当持参」(47.4%)も拮抗している。男性は飲食店(62.1%)、コンビニ(54.2%)などやや差は広がった。だが、男性を年齢別に見ると、20代はコンビニで弁当が75.6%で飲食店(66.7%)をしのぎ、30代は62.7%で飲食店と同率になった。男女とも若年層ほどコンビニ利用は多かった。ビジネス街で昼食時、若年者がポリ袋を手にしている姿をよく見かけるが、それがうなずける結果だ。全体の順番は飲食店、コンビニに続き「コンビニ以外の店で弁当、パンなどを買う」(39.4%)、「家から弁当持参」(34.5%)、「社員食堂で食べる」(27.7%)、「自宅で自分や家族が作ったものを食べる」(21.7%)など。自宅が予想以上に多いのは女性のパート・アルバイトが44.9%と多かったことが影響した。自宅近くに仕事場があることなども少なくないのだろう。(日経産業消費研究所)”とのことである。

21世紀は「便利」から「命(健康)」という価値観へ移行する、とはいうものの、やはり便利なコンビニは生活に欠かせない存在になっているようだ。わたしも日曜日の朝坐禅会に参加した後はコンビニ弁当で朝食をすませている。いつでもどこでも手軽に弁当を購入できるコンビニは限られた時間に限られた場所で食事をする外食に比べて優位性があるといえる。

さて今日は、自宅に保管してある新聞記事スクラップから、明日の夜のセミナーで資料として用いる新聞記事を抜き出した。その後、事務所に行き、昨夜夢甲斐塾の事務局会議で白倉が作成することになった資料を作成した。昼間は、家内と一緒にエクランへ行き、あのラーメン屋さんで昼食。写真は昨日と同じ甲府駅通路で撮影した。

わたしはローテーションどおり塩らあめんを、家内は醤油らあめんを食べた。家内が食べきれなかった醤油らあめんもいただいたので、一回で二度得した感じである。昨日今日と連続で来たが、何度食べても美味しいのである。店を出たところで、創業講座に参加してくれたIさんと遭遇。Iさんとは4月になったら飲みましょうという約束をしている。わたしと波長(波動)が合う怪しいおじさんなのである。最初に出会ったのも、あのラーメン屋さんだった。これもまた必然(シナリオ)なのであろうか。家に戻る途中馴染みの洋服屋さんタマヤに寄り道をした。事務所に戻り、家内に今朝用意した新聞記事のコピーをとってもらい、わたしは現在進行中の調査事業の資料を作成した。なかなか効率よく進めることができた。気が付くと20時である。

連日遅かったので、今日は早めに店じまいとすることにした。早く寝て英気を養おう。今日もまた、楽しく、嬉しく、幸せな一日であった。

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2004.3.17(水) 6時前に起床。よく寝た・・・。それにしても昨夜は予期せぬ出来事に翻弄された感じだ。世の中で起ることは「すべてが必要・必然・ベスト」という船井幸雄さんの言葉を噛みしめよう。さて、いつものように玄関先でたばこを一服。居間に戻って新聞記事をスクラップした。日本経済新聞の一面に今日から連載が始まった「働くということ---第7部:巣立ちのとき--1:やってみなはれ」が目に止まった。

”「何してんだ!まだ覚えてないのか」。上司の怒鳴り声が耳から離れない。仕事のことを考えるだけで吐き気がした。気が付けば、たばこを買いに行く以外は部屋を出ない毎日。「引きこもり」になっていた。鈴木信靖(29)は一年前を思い出す。二十歳で大学を中退。七年間フリーターだった。「ぶらぶらしてもいられない」。一念発起して地元の三重県で電力設備工事会社に就職。職人気質の先輩からスパナの渡し方が悪いとののしられた。ささいなミスで全人格を否定された気がした。「僕は世の中に通用しないのか」。放心状態で職場を離れ、家に閉じこもった。昨年、親元を離れ東京都福生市の青少年自立援助センターに入所。少しずつ社会に戻るプらグラムで、ごみ回収など日課をこなすと職員が励ましてくれた。「やればできるじゃない」。心の殻がはがれていった。宅配のアルバイトも始めた。同僚との世間話も新鮮。「月収は十万円。早く実家からの仕送りをなくして自立したい」。鈴木は今、都内で一人暮らし。失い駆けた社会との接点を取り戻そうと、賢明にもがく。大学就職率は五五%まで下がり、定職に就かない層は四百二十万人に迫る。UFJ総合研究所はフリーターの増大が国内総生産を1.7%押し下げ、税収低迷や年金などの担い手のゆがみを招くと警鐘を鳴らす。”とのことである。

わたしも昔はフリーターを二年間経験している。工場のラインで働いたり、交通整理の旗振りをしたりして過ごしていた。昼と夜が逆転した生活も数ヶ月経験した。ほとんど話しをする相手もいないような状態に「これからどうなるのだろう・・・」という不安に怯えていたものだ。それが今、ちゃんと仕事をしている。人間その気になれば、出来ないことはない。

写真は、昨日遅くまで起きていたため、朝食の後、座ったまま寝てしまった下の息子である。

さて今日も一日内勤であるが、午前中は、金融機関で用足しをした。写真は用足しを終え、家に戻ったときに撮影した愛車、ビートルとミニである。

さすがに今日はあのラーメン屋さんには行かずに自宅でお昼を食べた。午後からは、連日の調査資料の作成に追われる。17時前に自宅に戻り着替えてからトップマネジメントセミナーを開催する商工会連合会に向かう。17時20分に連合会に到着。用意して頂いたパソコンとプロジェクターをセットするなど事前準備をした。18時にセミナー開始。

最初にわたしの経営に対するスタンスを話して受講生のニーズを把握して、前半は経営の心構えを後半は吉野家の事例研究を中心に環境分析の手法を説明した。終了したのは20時半過ぎ。家に戻ったのは21時であった。そして今、日記を書いている。今日もまた、嬉しく・楽しく・幸せな一日であった。

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2004.3.18(木) 6時前に起床。最近5時に起きられなくなってしまった・・・。さっそく玄関先でたばこを一服。小雨がぱらついているのに朝焼けが見られるという不思議な風景であった。ハトが三羽電線で戯れている。自然の恵みを感じさせてくれる朝でもあった。今日も新しい一日を迎えることができたという感謝の気持ちが心の中から湧いてきた。居間に戻って新聞記事をスクラップ。日本経済新聞の一面に掲載されている「売上高経常利益率、バブル期上回る」という記事が目に止まった。

”上場企業の収益力が向上している。日本経済新聞社が集計した上場企業の2004年3月期の連結売上げ経常利益率は4.3%と、前期の3.7%から上昇する見通しだ。バブル経済期の1989年3月期の4.0%を上回る。コスト削減や不採算部門の撤退などリストラの成果が鮮明になった。対象は金融と振興三市場を除いた全国上場企業で、89年3月期までさかのぼってデータのある1,240社。売上高経常利益率は90年3月期以降、おおむね2-3%台で推移。今期は情報技術景気で収益が伸びた2001年3月期の3.9%を上回り、15年ぶりに4%台に乗る。利益率上昇の背景には、リストラの浸透や業界再編による過当競争の解消などがある。自動車の今期は5.9%と89年3月期以来で最高。日産自動車は2000年3月期には経常赤字だったが、合理化をテコに今期は10%強という高い利益率を確保する。99年3月期に業界全体で赤字だった鉄鋼は、今期の利益率が4.8%に回復する。再編で設備過剰が緩和されたところに、中国向け需要という追い風が吹いた。電機は3.2%と二年前の赤字から改善するが、2001年3月期の4.8%に届かない。今期予想の経常利益率が高いのはヤフー(53%)、キーエンス(50%)、武田薬品工業(39%)、ファナック(32%)など。競争力のある商品やサービスを抱え、市場占有率の高い企業が多い。”とのことである。

経常利益とは企業の「経営力」を示す指標であり、企業の収益性を端的に現わすものである。よって、上場企業の経常利益率が改善したことは企業の収益力が回復していることになる。

しかし、問題はその中身である。リストラで中高年層を解雇し、新入社員の採用も抑え、下請け企業に無理難題を突きつけるといったことで収益力を上げている企業も少なくないはずだ。そのような企業はやがて化けの皮がはがれる。本当の収益力は10年という長期スパンで見ないとわからないのである。V字回復などというのは短期的には凄いことのようにみえるが、長期的には様々な問題を孕んでいると思われる。

さて今日も内勤である。事務所で調査事業の資料作成を続けた。スタッフと分担して作業しているため、効率がいい。昼ご飯を挟んで、午後からも作業が続く。途中商工会のKさんが来所した。わざわざ来ていただいて、恐縮している。18時前に家に戻り、その足でコーディネーターを務める雇用能力開発機構山梨センターに向かった。18時半から衛星放送を利用した講演会が始まる。テーマは「新しい時代を拓く経営者へのメッセージ」。講師は堀場製作所の堀場会長である。内容は、21世紀は20世紀と全く異なる時代になる。何が違うのか、何が同じか、何を変えるのか、何を変えてはいけないのかを明確にしなければいけない、というものであった。講演が終了したのは20時。その後、交流会に移行。わたしがコーディネーターを務めて参加者からの意見を引き出した。議論は盛り上がり、終了したのは21時40分である。

家に戻ったのは22時。そして今、日記を書いている。明日は駅前掃除だ。早く寝ることにする。

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2004.3.19(金) 4時半に起床。まだ眠い・・・。布団から出て居間に降りてきたが、横になってうとうとしてしまった。5時前に玄関先でたばこを一服。昨夜パラついていた雨はやんだようだ。居間に戻って新聞記事をスクラップ。日本経済新聞に掲載されている「ニット生産国内回帰、コスト中国並み」が目に止まった。

”オンワード樫山はセーターなど中国で生産するニット衣料を国内生産に移管する。中国と同等のコストで生産が可能なシステムを本格導入し、まず全生産量の一割を国内に戻す。中国への生産流出で空洞化したニット製造業で、国内回帰の動きが広がる契機になりそうだ。アパレル大手では無縫製自動編み(ホールガーメント)システム導入がニット衣料の国内生産を後押しし始めた。高級ニット製品の海外生産移転を防ぐとともに中級品でも競争力が高まる要因となっている。ホールガーメントの特徴は人出作業が省略できるだけでない。接ぎ目がなく、着心地の良さやデザイン性の高い商品を作ることも可能になる。このため高級婦人服から採用の動きが出た。三陽商会は国内生産する高級ニット製品の二割を、ホールガーメント製にすでに切り替えた。昨秋は九万円台の高価格商品を販売し、国内生産を維持する体制を整えている。一方、オンワードはボリュームゾーンと呼ばれる二十−三十代の女性向けに一万円前後の商品を中心に販売する。単価は低いが販売規模が大きいため、コスト管理や販売動向に応じて生産調整すれば利益を上げることは可能と判断した。ワールドもニット製造の第一繊維と組み、昨秋冬に二万−三万着を発売した。現在日本で販売されているニット外衣はほとんどが輸入品。日本貿易統計などによると最大の輸入国である中国からのニット外衣の輸入量は年間約12億着。金額ベースで約5700億円と中国からの繊維製品輸入額の三割、ニット外衣全輸入の八割以上を占める。一方、国内のニット外衣生産は1億1千万着まで縮小している。”とのことである。

国内の製造業が中国へとシフトして空洞化が進行するなかで、これは朗報である。コスト一辺倒だと、予期せぬリスクに対応することが難しいため、生産拠点を分散しておくことは、企業経営の観点からも望ましいといえる。

さて、今日は駅前掃除の日である。6時前に甲府駅北口に到着した。すでに夢甲斐塾4期生候補のMさんが掃除をしている。さすがである。わたしもさっそく掃除を始めた。やがて4期生候補のAさん、2期生のSさん、3期生のSさんといつものメンバーが揃った。それにしても今日の南アルプスは素晴らしく美しかった。どんよりとした曇り空のなか南アルプスだけにスポットを浴び、光り輝いていた。自然の素晴らしさを満喫できた。

掃除の後は、いつものファミレスで食事会。今日の話題は夢甲斐塾4期生募集のこと、坐禅のこと、読書研究会のこと、ありがとうに関することであった。楽しいひとときに、ありがとうと感じた。家に戻ったのは8時前。HPを途中まで更新した。

その後入浴してから、9時過ぎに家を出て上九一色村役場に向かった。今日は上九一色村の農業経営者を対象とした診断である。県の担当者と役場の駐車場で待ち合わせをして、車に乗せてもらい対象農家に向かった。午前中1件、午後2件の診断を実施した。診断を終えたのは16時。家に戻ったのは17時半前であった。事務所に行き簡単な用事をすませ、自宅に戻ってHPを更新。今日はこれから県庁のときの仲間と飲み会。その後夢甲斐塾の飲み会とはしごである。

きっと遅くなる。いや確実に遅くなると思うので今日の日記はここまでとする。続きは明日の日記をお楽しみに。

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2004.3.20(土) 昨夜は19時から県庁時代の仲間との飲み会、その後夢甲斐塾の親睦会と飲み会のはしごで帰宅したのは2時を過ぎていた。それぞれ楽しいひとときを過ごすことができた。おまけに帰りに夢甲斐塾3期生のSさん(断っておくが、彼はお酒を一滴も飲んでいない)に車で家まで送ってもらってしまった。誠に有り難いことである。わたしは相当お酒を飲んだため、人前では平静を装っていたが、家に戻ると、ばたんキューと寝てしまったのである。

目が覚めたのは9時を回っていた。もう新聞は家に中に入れてあった。ぼう〜とした頭で新聞に目を通す。やがて渡辺篤史の建もの探訪が始まる。密集地に建てられた瀟洒な家であった。何だか頭が痛い・・・。久しぶりの二日酔いである。横になっていると寝てしまった・・・。

気がつくと2時前。よく寝られるものだと自分でも感心する。知らず知らずのうちに疲れが溜まっているのかもしれない。あっ!疲れという言葉は「否定語」だから使ってはいけないとある本に書いてあった。その本では「お疲れ様」と言わずに「お元気様」と言おうと、書いてある。だから「お元気様!」と自分に語りかけることにした。

遅めの昼食を取り、新聞記事をスクラップする。日本経済新聞の土曜版に掲載されている「せいかつミステリー:30分ルール(編集委員:足立則夫)」がおもしろい。

”デートの相手が魅力的な人なら何十分待たされようが、一般的にはそうイライラしない。待たせる側と待たされる側の心理を比較すると、待たされる方が不利な状況にあるからなのだろう。購入した商品に欠陥があり、メーカーに電話で苦情を申し入れる。「支給調べて連絡します」と言われたまま長時間待たされる。この場合、待たされる側の立場は逆転する。待つ時間が長引くほど怒りはぐんぐん増幅する。消費者のイライラや怒りをいかに最小限にくい止めるか。清涼飲料メーカーのキリンビバレッジが消費者の苦情対策として一年前から始めた営業現場の「三十分ルール」はそんな狙いを込めている。本社のお客様が商品に対する苦情を受ける。「一時間以内に連絡します」といったん電話を切る。はっきり時間を明示することで無用な不満をやわらげる。その上で苦情が発生した支社に苦情の概要をインターネットで送信し電話で説明する。さらに支社から現場の営業担当者に内容を伝える。この作業にかかるのがほぼ十五分。営業担当者は三十分以内に消費者に連絡する。苦情処理を優先し、事業をきちんとつかんだ上で、すばやく消費者とコンタクトをとり解決を図る。これが三十分ルールだ。元白鳳大学教授の佐藤和恭さんによると、苦情処理に不満を抱いた顧客が及ぼす口コミの影響は、満足した顧客のそれに比べると二倍も強く売上げにブレーキをかける。この会社が三十分ルールを導入したのも、こんな法則を強く意識してのことだ。”とのことである。

苦情処理にどう対応するかでその企業の姿勢が問われる。どんなに無理難題を言われても苦情は苦情、お客様からの有り難い声である。「感謝」の気持ちで、わざわざ苦情を言っていただきまして「ありがとうございます」と受け止めたいものである。

HPを更新していると16時前である。事務所に向かい、調査事業の資料作成をする。自宅で作業する家内と同時に作業を進めたので効率的に仕事を進めることができた。今日でようやくこの作業を終えることができた。あとは分析である。迫る中間報告に向けてラストスパートだ!

その後、一日早いが週刊メッセージを作成した。明日の総長参加する坐禅会のことを書いた。自宅に戻ったのは21時前。恒例のトイレ掃除を行ない、お風呂に入った。そして今、日記を書いている。写真は今日の晩ご飯とありがとうノートを手にする下の息子である。

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2004.3.21(日) 5時前に起床。今日は坐禅会の日である。さっそく玄関先でたばこを一服して、居間に戻って新聞記事をスクラップする。

6時10分前に家内と一緒に円光院に向かった。5分前に到着。坐禅の準備をする。6時に坐禅を開始。今日はどこまで心を無にすることができるか、と調身・調息で気持ちを落ち着ける。大きく息を吸い込んで、ゆっくり長く吐く。吐くときには「ありがとうございます」と心の中でつぶやく。相変わらず煩悩が浮かんでくるが、前回よりもよくなったような感じだ。無私にはなれないものの、ずいぶん気持ちを落ち着けることができるようになった。

坐禅会の後はお茶会。住職が本を朗読してくれた。その中から、心に残った文章を紹介する。題して「野火焼けども尽きず、春風吹いて又た生ず(白楽天)」である。

”中国唐代の有名な詩人、白楽天の「古原草(こげんそう)を賦(ふ)し得て別を送る」という詩の一節です。

離々(りり)たり原上(げんじょう)の草
一歳(いっさい)一(ひと)たび枯栄(こえい)す
野火(やか)焼けども尽きず
春風吹いて又た生ず

「離々」とは草の生い茂るさま、「野火」とは野を焼く火。青々と茂った野原の草も、一年に一度、栄えてはまた枯れます。冬になると野火で焼かれて灰燼(かいじん)に帰してしまうけれど、不思議に根だけが生き残って、三月、春風に吹かれて、また芽を出し、青々と茂ります。

「野火焼けども尽きず、春風吹いて又た生ず」。毎年一月十五日に行なわれている、奈良の若草山の山焼きを思い出します。真っ黒に焼けて寒々しいけれど、その灰が却(かえ)って養分となって、三月には青々と芽を出し、前にも増して新鮮な美しい若草山をつくり出します。誠に生命(いのち)あるものの躍動に圧倒されます。

生身の肉体(からだ)を持つ私たちは、生命のある限り、憎い、可愛い、欲しいというような本来的な欲望(心の働き)から逃げ出すことはできません。いま、その心の動きを煩悩妄想(ぼんのうほうぞう)というならば、私たちは毎日、次から次へと煩悩妄想に押し寄せられています。煩悩妄想はいくら追い払っても、切り捨ててもまた、襲ってきます。まさに、「野火焼けども尽きず、春風吹いて又た生ず」です。

禅では煩悩妄想がすなわち菩提(ぼだい)、悟りであるとよくいいます。しかし、煩悩妄想がそのまま、ストレートに悟りというのではありません。煩悩を転じて悟りに至るのです。煩悩妄想が悟りの種子(たね)になるのです。煩悩妄想をいったん断ち切り、否定し尽くして、初めて煩悩即菩薩、現実即理想といえるのです。否定し尽くすためには、それは血のにじむような修行が必要です。禅は理屈ではありません。あくまでも実践、体験です。理屈で煩悩即菩薩がわかっても、絵に描いた餅です。”

以上である。煩悩が多い俗物のわたしでも、坐禅を通して理屈ではなく、実践、体験として煩悩妄想を断ち切ろうと務めることはできる。

坐禅会はまだ6回目であるが、これからもずーっと続けていこうと思っている。坐禅会に参加して感じたことを「週刊メッセージ」に書いたので読んでほしい。

写真は円光院で撮影した春の朝の風景である。気持ちのよい朝であった。家に戻ったのは8時半過ぎ。コンビニで買ってきたお弁当をいただき、HPを更新した。

その後、事務所に籠もり、昨日ようやく完成した調査事業の資料を用いて報告書原案を作成する。これがなかなか効率よく進み、あっという間にページが進んだ。お昼を挟んで、午後からも報告書を作成する。項目とグラフだけで文章はまだ入っていないが、何と139Pまで書き上げることができた。感謝・感激・雨霰である。

気がつくと21時半を回っている。完全燃焼である。もうこれ以上できない、ということで店じまいにすることにした。明日は都留市商工会で経営相談会に参加する。ちょっと晩酌してからできるだけ早く寝ることにする。

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2004.3.22(月) 5時半に起床。さっそく玄関先でたばこを一服。居間に戻って新聞記事をスクラップ。これという記事がないため、昨日同様、坐禅会で住職が朗読してくれた本の一文を紹介する。題して「尋常(じんじょう)一様(いちよう)窓前(そうぜん)の月、纔(わず)かに梅花(ばいか)有れば便(すなわ)ち同じからず(槐安国語:かいあんこくご)」である。

”禅語の中には梅がよく出てきます。梅はただ単に花が美しいからというわけではなく、厳寒の中を堪えぬいて、美しい花を咲かせ馨(かぐわ)しき薫りを発するために、何かしら私たちの人生に暗示を与えてくれるようです。

「尋常(じんじょう)」とは、ふつう一般のこと。窓辺に月が光をさしかける風景は、大小貧富の差なく、どこの家でも美しいものです。その窓辺にたった一枝の梅花があれば、その風情を一変させてまた格別の趣を呈します。

わずか梅花一枝を添えるか否かで、その風景を香り高いものにすることができます。その一枝が大切です。

夫の先立たれた老婦人の二つの例を挙げてみます。

近所に住むAさん夫婦は、子どももなく、定年を間近にひかえた仲のよい平凡なサラリーマン家庭でした。ある日会話の折りに、「自分たちには子どももないし、一緒に死ねればそれに越したことはないが、それはなかなかできない相談である。お互いどちらが死んでも気落ちしないように、一つ自分の好きなことに精を出すことにしよう」ということとなりました。

ご主人は絵に没頭し、奥さんは人形づくりに熱中して、今までとは違った張りのある生活を始めました。不幸にして先年、ご主人が亡くなられましたが、一人残された奥さんは別にふけ込むこともなく、「主人は先に行ってしまったけれど、あの世に行って腕が落ちたなんていわれないようにがんばります」と言って、せっせと人形づくりに精を出しておられます。数年前には及びもつかないことでした。一枝の梅花を添えることができたのです。

今一つの例は、昨年十月頃だったと思います。

老醜をさらしたくない枯れススキと、一人の老婦人が辞世の句を残して焼身自殺したという記事を読んだことがあります。

この老婆は一年ほど前に夫に先立たれ、子どもが四人いたけれど皆遠くに住まいを持っていて、一人暮らしのようでした。遺書にも、「昨年八月、夫に先立たれ、子供たちも大きくなり、私の役目は終わりました」とあったそうです。

役目が終わった!裏を返せば生き甲斐がなくなったのです。一枝を添えることができなかったのです。そこに何か一枝を添えることができたなら、このような形で終わることはなかったはずです。

「尋常(じんじょう)一様(いちよう)窓前(そうぜん)の月、纔(わず)かに梅花(ばいか)有れば便(すなわ)ち同じからず」。毎日の生活の中に一枝の梅花を添えて、すなわち不同にしたいものです。”以上である。

わたし達も厳寒の中を堪えぬいて、美しい花を咲かす梅のように、日々の生活を淡々と送りたいものである。

さて今日は、都留市商工会で経営相談会に出席する。8時半に家を出て都留市に向かう。笹子峠に差し掛かると雪が降っていた。商工会に着いたのは10時前。10時から相談会が開始。さっそく企業の相談に応じる。昼食は近くのコンビニ弁当ですませ、現在読書中の「私的ブランド論(秦郷次郎著)」を読破した。ルイ・ヴィトンジャパン社長が語るブランド物語は参考になることが多かった。午後は、甲府商工会議所の創業講座OBのHさんの相談に応じる。相変わらずバイタリティ溢れるHさんの話に聞き入った。がんばれHさん!とエールを送りたい。16時に商工会を出る。相変わらず雪は降り続き、道路にもうっすら積もっている。

念のため大月から高速で甲府に向かった。ゆっくり帰ってきたので家に戻ったのは17時半を回っていた。そのまま、家で仕事をする。調査事業の報告書作成である。明後日の中間報告に向けて詰めの作業である。終了したのは22時前。そして今、日記を書いている。明日は昼間事務所で内勤。夕方からは山中湖村に出張である。

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2004.3.23(火) 5時に起床。それにしても最近寒い日が続く。昨日は郡内を中心に大雪が降ったし、今日も平年よりも気温が低いようだ。居間に降りていき、ストーブを点けしばらく暖まってから、玄関先でたばこを一服。居間に戻り新聞記事をスクラップする。昨日国土交通省が今年1月1日現在の公示地価を発表したので、各紙の一面にはその記事が掲載されている。その中から山梨日日新聞の一面に掲載されている「下落率全国最大10.2%、県内公示地価、全調査地点ダウン、住宅地甲府周辺で大幅」という記事を取り上げる。

”国土交通省は22日、今年1月1日現在の公示地価を発表した。山梨県内は住宅地、商業地など全用途の平均価格が昨年と比べてマイナス10.2%となり、12年連続で下落。下げ幅は昨年より0.8ポイント広がり、調査開始(1974年)以来の最大幅を更新、初めて全国一位となった。東京など都心部では下げ止まり現象が定着したのに対し、県内はすべての調査地点が昨年同様にダウン、地域経済の回復の遅れを裏付けている。下落幅は住宅地が9.5%で昨年より1.2ポイント拡大、商業地は11.7%で昨年と同率となり、下げ幅は住宅地が全国一位、商業地は二位だった。住宅地は長引く景気の低迷で宅地需要が減退し、特に中巨摩郡竜王町など甲府市周の下落が目立った。商業地は、郊外型店舗の増加や事務所撤退に伴う空洞化が相変わらず続いている。調査は、県内33市町村の12の都市計画区域の計197地点が対象。公示価格は選定替え(4地点)を除きすべてで下落した。全調査地点の1u当たりの平均価格は63,600円。住宅地は55,400円、商業地は94,900円だった。住宅地の下落幅を市町村別にみると、昨年に続いて竜王町が13.8%で最大。次いで田富町(12.5%)、山中湖村(12.2%)だった。調査地点で最も下落幅が大きいのは、山中湖村山中の富士急行線富士吉田駅南東約9キロで14.9%。竜王町西八幡のJR竜王駅南方約3.8キロ(14.4%)が続いた。竜王町は上位十地点のうち七地点を占めた。最も価格が高いのは、大月市大月一丁目のJR大月駅南方約400メートル(98,000円)だったが、10万円を下回った。一方、市町村別に商業地の下落幅をみると、甲府市の16.5%を筆頭に、東八代郡石和町の12.9%、大月市の12.3%が続く。甲府市の下落幅は昨年より0.9ポイント縮小したものの、全国の人口十万人以上の地方都市では三番目に大きい。全国の商業地下落率をみると、上位十地点のうち甲府市中心部が四ヵ所を占めた。商業地で最も下げ幅が大きかったのは、同市丸の内三丁目の「ユニタス外語学院」の23.8%。最も価格が高かったのは、同市丸の内一丁目のJR甲府駅前「甲府ターミナルホテル」の65万円。同地点は13年連続で県内トップを保ったが、調査対象に加えられた1992年(401万円)当時の五分の一以下まで落ち込んでいる。”とのことである。

東京都心部などの首都圏の一部では下げ止まり感もでているようであるが、山梨県にみられるように地方都市の地価は下落し続けている。これはまだまだ当分続くとみるべきであり、わたしの予測では、全国の商業地を平均的にみて昭和46年頃の水準まで土地の価格は下落する。よって、当分、借金して土地を買うことほどリスクの高いことはない。

さて今日は8時過ぎに事務所に行き、明日中間報告を行なうことになっている調査事業の報告書を作成した。午前中でなんとか中間報告できるものを作り上げることができた。254ページと膨大な量になった。やれやれと家に戻り昼食を取る。午後からは報告書を必要部数コピーする。

そして今日の夜山中湖村で開催する会議の準備と明日の夜富士吉田市で開催する商人塾の準備をした。空き時間を利用して「梅原猛の授業 仏教」を読み始める。これは凄い本である。わたしの知りたいことがすべて書いてある。しかもわたしが日頃主張していることと方向性がまったく同じだ。この本はこれからのわたしの進む道を示しているように感じた。この本の存在を知ったのは坐禅会に参加したからである。これもまた、運命のシナリオ通りかと感じた。夕方商工会連合会のSさんが迎えに来てくれて山中湖村に向かった。商工会で開催される会議に出席するためである。山中湖村に到着すると雪が沢山積もっている。

夕食を御馳走になり、会議が始まる。この会議は今日で5回目であり、最後の会議である。参加者は熱心で無事に事業を終えたことに感謝の気持ちでいっぱいである。 写真はSさんがわたしが気がつかない間に撮ってくれたものである。実に有り難いことである。Sさんに送ってもらい家に戻ったのは22時半前である。そして今、日記を書いている。明日は午前中、調査事業の中間報告会。夜は富士吉田で商人塾である。

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2004.3.24(水) 今日は出掛ける時間が遅いので、6時過ぎまで寝ていた。さっそく玄関先でたばこを一服。たしか天気予報では曇りのち雨だったような気がするが、久しぶりに朝焼けを見ることができた。やはり美しい・・・と、自然の恵みを感じることができた。居間に戻って新聞記事をスクラップ。日本経済新聞に掲載されている「日中韓経営者300人アンケート、企業競争力の源泉」が目に止まった。

”企業競争力の源泉を何に求めるのか---。グローバル市場で優位に立てるかどうかを左右する経営上の大テーマについて複数回答で聞いたところ、三ヵ国の経営者の考え方に大きな差があることが明らかになった。日本では競争力の重要な要素として「新商品・サービスの創造力」を挙げる経営者が39.6%と最も多かった。これに「コスト競争力」が34.9%、「製品開発力」が28.3%で続いた。本拠地である日本市場は低成長が続き、国外では中国や韓国企業が激しい攻勢をかける。厳しい経営環境の下で売り上げを伸ばし高い利益を上げるためには、コストを下げながら、これまでにない商品やサービスを生み出し、自ら市場を切り開くことが不可欠と考える経営者が多いようだ。日本の経営者がモノやサービス、そしてそれを生み出す現場の力を重視しているのに対し、中国と韓国ではトップの力を重視する傾向が顕著だ。「経営者の資質」を重要な要素とする経営者は中国で43.0%、韓国で46.0%とそれぞれ最多となった。中国ではこれに続いて「新商品・サービスの創造力」が25.0%、「マーケティング能力」が19.0%で上位を占めた。豊富で低賃金の労働力がもたらすコスト競争力を背景に、新商品を強力に売り込んでいこうとする姿勢が読み取れる。韓国でも「マーケティング能力」が32.0%で二番目に多く、中国と同様の傾向が見て取れる。”とのことである。

このアンケート結果をみて、「経営者の資質」を挙げる日本企業の割合が少ないことに驚いた。「企業は99%経営者で決まる」というのは経営指導の神様である船井幸雄さんの言葉であるが、わたしもまったく同感である。先日もあるセミナーで、理念は人格に従い、戦略は理念に従うという話しをしたばかりである。つまり、いくら優れた戦略を立てても理念との整合がなければ意味がなく、いくら素晴らしい理念を掲げても経営者の人格に裏付けられたものでなければ誰にも共感されない、と話したところである。「経営者の資質」を軽視する日本企業の姿勢には疑問を感じざるを得ない。

さて、今日は午前中調査事業の中間報告を行なった。クライアントから意見を伺い最終報告へ向けての方向が定まった。基本的に今のまとめ方で了解を頂くことができた。「感謝」である。

昼食は家内と一緒に某お菓子屋兼飲食店でのんびりといただいた。気分転換も必要である。午後からは、事務所で調査事業の今後のまとめ方を検討。夕方、富士吉田に向かう。途中、吉牛で豚丼を食べる。これで三回目である。牛丼には及ばないが満足できる味である。御坂峠を越え、河口湖に差し掛かったところでアクシデントが起きた。その内容は日記には書けない・・・。

とほほ、というような出来事であった。いろいろなことが起こるものだ。まあ〜これも、必要・必然・ベストと、気を取り直し、富士吉田商工会議所に向かった。

今日はふじやま商人塾の最終日である。受講生にそれぞれの行動計画を発表してもらい意見交換をした。熱心に意見交換をしたため、終了したのは22時半を回っていた。

昨年9月から始まり今日が8回目の最終日である。最後までお付き合いいただいた受講生の皆様に感謝の気持ちでいっぱいである。本当にありがとうございます。商工会議所の事業としての商人塾は終了したが、これからは自主運営で継続することになった。これまた、嬉しいことである。本当に一年間お世話になりました。家に戻ったのは24時前である。色々と課題山積であるが、嬉しい・楽しい・幸せな日々が続いている。

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2004.3.25(木) 昨夜(というか今日)寝たのが遅かったので起きたのは7時半過ぎと寝坊した。さっそく玄関先でたばこを一服。居間に戻って新聞記事をスクラップする。う〜ん、今日はこれといった記事がない。ということで、先週の日曜日の坐禅会で住職に読んでいただいた「禅語に学ぶ生き方 白馬蘆花に入る 細川景一」から「明々(めいめい)たり百草頭(ひゃくそうとう) 明々たり祖師意(そしい) (龐居士(ほうこじ)語録)」と題する文章を紹介する。

”馬祖道一(ばそどういつ)禅師の法を嗣いだ龐居士(ほうこじ)の娘、霊照(れいしょう)もまた親に劣らず、禅の心をもつ人物です。この親娘の問答が語録にあります。

父、龐居士(ほうこじ)が娘に問いかけます。「古人(こじん)道(い)う、明々たり百草頭、明々たり祖師意、如何に会(え)すや」。霊照が答えます。「老々大々(ろうろうだいだい)、這固(しゃこ)の語話(ごわ)を作(な)す---お父さん、いい年をして何をいっているのですか」。

龐居士(ほうこじ)、驚いた顔をして問います。「なんじ、そもさん---じゃ、お前ならなんという」。霊照、徐(おもむろ)に、「明々(めいめい)たり百草頭(ひゃくそうとう) 明々たり祖師意(そしい)」。龐居士(ほうこじ)、頷いてにっこり笑います。

答えは一緒です。どう違っていたのでしょうか。龐居士(ほうこじ)は、ただ古人の言葉として取り上げたにすぎません。霊照はこの「明々(めいめい)たり百草頭(ひゃくそうとう) 明々たり祖師意(そしい)」の語を、自分の見解(けんげ)として呈し、その真意を体得したのです。そこを看(み)て取って龐居士(ほうこじ)は頷いたのです。

「明々」とは、はっきり、ありありとしているさま。「頭」は意を強める助辞(じょじ)。また、文字通りの頭、先のことと解することもできます。「百草」とは、草花に限りません。森羅万象、山河大地、草芥(そうかい)人畜、一切の存在と現象を意味します。「祖師意」とは、祖師西来意といわれるもので、達磨大師がインドから中国にやって来た本当の意ということから、禅問答の中では、仏法の真髄とか悟りとかの意に用いられます。

「明々(めいめい)たり百草頭(ひゃくそうとう) 明々たり祖師意(そしい)」。私たちの目前に拡がる山川草木(さんせんそうもく)、禽獣中魚(きんじゅうちゅうぎょ)、瓦礫塵芥(がりゃくじんかい)等一切の存在と現象一つ一つが、そのまま仏法の心理であり、悟りであるというのです。故に一草、一木、一匹、一箇の事々に、物々の一つ一つに耳を傾け、目を凝らし、心を通わせ、その真実の姿を取得しなければならないのです。霊照は父親の手引きで、目前の一草一木の先に輝く仏の命を学び取ったのです。”

以上である。
煩悩が多いわたしも「明々(めいめい)たり百草頭(ひゃくそうとう) 明々たり祖師意(そしい)」という心境に少しでも近づきたいものである。

今日は午前中、事務所で調査事業の資料を作成した。報告書を仕上げるに当たり必要な資料である。午後からは、会議に出席するためにベルクラシックに向かった。会議終了後、昨日のアクシデントの後始末をするため某所に行く。写真は用事を終え家に戻る途中に撮影した。

その後、自宅で資料作成の続きを行ない、その後事務所で仕上げをした。気がつくと22時前である。明日は早朝駅前掃除だ。早く寝ることにしよう。

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2004.3.26(木) 5時前に起床。外は雨が降っているようだ。玄関先でたばこを一服。やはり雨がけっこう降っているが、大丈夫。掃除を中止するほどの雨ではない。居間に戻って新聞に目を通す。日本経済新聞に掲載されている「キャンパス狙う悪質商法」が目に止まった。

”大学生がマルチ商法など悪質商法の被害に遭うケースが一段と増えている。国民生活センターによると、それに関する大学生や専門学校生らの相談件数は、1998年度に658件だったのが、2002年度には1516へほぼ倍増している。増加する被害を重くみた経済産業省は文部科学省を通じて今年一月、全国の大学に学生への注意喚起を求める通知を出した。この種の通知は、ねずみ講被害が拡がった78年以来のことだ。有料サイトなどの利用料金を請求される架空請求の被害も急増中。大学生のYさん(19)は最近、債権回収業を名乗る会社から、30万円を支払うように命じる内容の通知書を受け取った。「もしかしたら有料サイトを使ったのかも」と思い込んだYさんは、高額な請求額に疑いを持ちつつも激しい督促に20万円を振り込んだ。支払い後、不安になり、消費生活センターへ相談に行き被害に気付いたが既に手遅れ。「身に覚えのない請求に応じる必要は全くないはずだが、利用したかどうかがあいまいなほど支払ってしまう(国民生活センター)」。一度振り込むと銀行口座からすぐに引き落とされるため、センターなどは対策として銀行側に口座の閉鎖を求めている。だが最近は通知書に口座番号を記さず、すぐに連絡するよう促す文面が多い。電話すると「現金自動預け払い機(ATM)の前まで行け」と言われ、その場で振り込むよう命令される例もある。他にも消費生活センターなどの公的機関を名乗ったり、法的な手続きを取ると言って脅すなど手口が巧妙化しており、国民生活センターなどでは警戒を強めている。”とのことである。

そういえば最近、同様のメールが届いた。しかも契約年月日と時間まで書いてある。「?」と思い、この日記のバックナンバーをみたところ、その日のその時間にはすでに就寝していることがわかった。新手の詐欺かと思っていたが、すでに被害者が出ているとのことである。読者の皆様もこのような架空請求には気を付けてほしい。

さて今日は駅前掃除の日。6時ちょっと前に甲府駅北口に到着した。すでに夢甲斐塾4期生候補のMさんが掃除を始めている。小雨の中わたしも掃除に加わる。最初傘を差して掃除していたが、ジャマになるので途中から雨に濡れながら掃除した。やがて2期生のSさんが、そして3期生のSさんも揃った。掃除の後はいつものファミレスで食事会。

今日の話題は、最近読んだおもしろい本について、夢甲斐塾の活動について、超能力についてなどである。その後2期生のSさんとプライベートなことで打ち合せをしていたため、ファミレスを出たのは8時過ぎ、家に戻ったのは8時半前であった。

午前中書留が届く予定なので、そのまま事務所に向かった。午前中は昨日同様締め切りが迫っている調査事業の資料を作成した。かなりいい報告書ができそうである。13時に自宅に戻り昼食を取り、ひと休みした。それから朝できなかったHPの更新作業をしてお風呂に入り再び事務所に向かった。午前中の資料作成の続きである。

18時半に自宅に戻り、19時前に夢甲斐塾の全体会議が開催されるシグマホールに向かう。今日は激論となることが予想される。きっと遅くなるので、今日の日記はここまでとして、会議の様子は明日の日記に書くことにする。

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2004.3.27(土) まず、昨夜の夢甲斐塾全体会議について書くことにする。シグマホールで20時から夢甲斐塾の全体会議を開始した。まず事務局からこれまでの経過と今後の予定を説明した。その後、質疑応答と議論。参加者は20名弱と思ったほど多くなかったが、活発な議論がされ、有意義な会議であった。今日の議論を受けて、30日に最終的な決断を下すことになった。

終了したのは24時を回っており、自宅に戻ったのは1時半近くであった。というわけで、寝たのが遅かったので、今日、起きたのは7時と寝坊した。さっそく玄関先でたばこを一服。居間に戻って新聞記事をスクラップしていると、上の息子の友達から電話があった。上の息子は今日野球を見に行くことになっており、早朝待ち合わせ場所に向かったのであるが、時間が変更になったとのことである。これは息子に知らせねばと、車で息子がいそうな場所を見に行くがいない。しばらくグルグル回って探すが見つからない。仕方ないと、家に戻ると息子も家に戻っていた。やれやれである。さて、今日目についた記事は日本経済新聞に掲載されている「米牛肉輸入再開へ半歩」という記事である。

”昨年末にBSEにかかった牛が米国で見つかり途絶えていた米国産牛肉の輸入が再開する可能性が出てきた。米農務省が民間業者の自主的な全頭調査を承認する方向で調整に入ったためだ。米国での政治的な判断や日本での食品安全チェックなど越えるべきハードルは多いが、半歩前進した。日本の業者は政府間交渉の推移をにらんで再開準備に入る構え。順調に進めば5月にも米牛肉が食卓に戻る。「部分解禁の道が開けば値上がりが続く輸入牛肉価格が落ちつくかもしれない」。農水省幹部はこう歓迎する。BSE感染の有無を調べる検査。日本政府は日本向け食肉にする牛すべてを検査するよう米政府に求めていた。民間業者が自主的に検査し、米政府がお墨付きを与えればゴーサインを出すというのが今回の妥協案だ。ただハードルはある。まず米農務省がこの計画をすんなり承認するかどうかだ。米畜産・食肉加工業界の大勢は費用のかかる全頭検査に批判的。「全頭検査は科学的に不要」としていた米農務省の方向転換への不信感は強い。日本の厳しい審査もパスする必要がある。ハードルを順調に乗り越えた場合、日本政府の手続きは早ければ1ヵ月あまりで終わる。それから空輸すれば早ければ5月に、船積みでも7月には日本に届く。ただ、高級牛肉中心とみられ、牛丼店に並ぶ可能性は低そうだ。逆に部分解禁すれば、全面解禁が遅れ、普通の牛肉が届くにはかなり時間がかかるとの見方も出ている。”とのことである。

膠着状態に陥っていた米国産牛肉の輸入禁止問題に部分解禁のシナリオが見えてきたようだ。しかし、全面解禁までには当分時間がかかりそうだ。また安易に輸入すべきでなく、時間をかけて消費者の納得を得るべきだ。

その後、事務所に向かい調査事業の資料を作成する。締め切りが迫っているので気合いを入れる。昼間は風邪をひいて病院に行った下の息子を迎えに行く。まったく忙しいときに限って手がかかる息子どもである。午後からも引き続き資料の作成。思ったよりも時間がかかり悪戦苦闘である。おまけに・・・いけない、いけない、前向き前向きと気を取り直し作業を続ける。気がつくと22時。もう限界である。今日はこれで店じまい。

写真は薬を飲んでちょっと元気になりバナナをむさぼる下の息子である。明日は坐禅会だ。早く寝ることにしよう。

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2004.3.28(日) 目覚まし時計の音で5時前に目が覚めた。さあ、今日は坐禅会である。さっそく玄関先でたばこを一服。居間に戻って新聞記事に目を通した。山梨日日新聞に株式会社田丸の全面広告が出ていた。わたしは代表取締役の藤巻眞史さんから「凛として生命」という素晴らしい本をプレゼントしていただき大変感動したことがある。紙面からインタビューでの藤巻社長の話しを取り上げる。

”「田丸グリーン基金(社員は年俸の0.1%を、会社は経常利益の1%を基金に納め、植林・保全活動に取り組む団体に協力するなどして環境保全に貢献している)」は、社員の環境意識が形になったといえるでしょう。廃棄物リサイクルの業務自体が社会貢献ともいえますが、それ以上の貢献をしたいという声が社員から上がり、実現したんです。本社周辺の花壇の手入れも自主的な動きで、うれしいことですね。また、ISO14001の取得に向けた取り組みは、20代の若手社員に任せたのですが、よく頑張ってくれました。社員には、廃棄物リサイクルの可能性を広げることはもちろんですが、環境保全への意識も高めていってほしいと思っています。”

”企業の成長の秘けつは、いかに新しいことに挑戦できるか。経営者として常に課題をとらえ、次にすべきことを考える一方、経営セミナーに参加するなど勉強を重ね、原点に戻る時間も大切にしています。生ごみを肥料化し、安全な食品を作る「アグリ事業」では、不況で雇用が減っている障害者の方たちや、精神的な疲れで仕事を離れている方たちの参画を考えていて、リサイクルと農業を通して、生きる活力や働く喜びを見つけてもらえたらと思っているんです。いわゆる、心のリサイクルです。「リサイクルできないものはない」という考えのもと、これからも新しい取り組みを展開していきたいですね。”

藤巻さんが経営する株式会社田丸は素晴らしい企業であることがよくわかる。「心のリサイクル」とはいい言葉である。まさに「心の経営」を実践しているのが藤巻さんである。

さて、6時10分前に家を出て、円光院に到着したのは5分前、本堂に入り坐禅の準備をする。すぐに坐禅が始まる。いつものように生活信条を読み上げ、般若心経を読経してから坐禅を開始。わたしは最近、いろいろなことがあったので、頭の中は煩悩だらけの状態だ。

はてさて今日はうまく瞑想できるであろうか・・・。最初のうちはなかなか集中できなかったが、しばらくすると徐々に気持ちが落ちついてきた。しかし心はまったく無にならない。次から次へと煩悩が浮かんでくる。呼吸もうまくできない。時間がやけに長く感じた。といわけで、今日はうまく瞑想することができずにおわった。しかし、心の中にあったモヤモヤした気持ちは軽くなったように感じた。これもまた坐禅の効用であろうか。坐禅の後、いつもはお茶会に参加するのであるが、今日は締め切りが迫っている仕事を抱えているので早々に変えることにした。

途中、コンビニで朝食を買い、家に戻ってさっそくいただいた。その後HPを更新してから、事務所に向かった。 さて、今日はいよいよ詰めの作業である。報告書の構成を頭に描きながら必要な資料をひたすら作成した。ところが、トラブルが発生した。内容はちょっと書けない・・・。とにかく何とかせねばと、スタッフ(=家内)動員の総力戦となった。時間との戦いである。何とか修復することができた。集中して作業したため、疲れがドッと出る。これはもう限界だと作業を終え、早く寝て明日の早朝から一気に仕上げることにした。ということで早々と20時過ぎに就寝した。

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2004.3.29(月) 3時前に起床。3時過ぎに事務所に向かう。昨日の遅れを取り戻し今日一気に書き上げるのである。出だしが大切と、全体の構成を考えながら前半部分を書き始める。

よしよし調子が出てきた。順調にいきそうである。7時前に自宅に戻り軽く朝食を取って、すぐその足で事務所に戻る。集中力は高まり、作業はどんどん進む。その後、ちょっとした事情があり、自宅に戻って仕事をすることにした。遅めの昼食を取っていると疲れを感じた。

そういえば今日はもう一日分の仕事をしたことになる。ちょっと休んで、仕事を続行。今度は事務所で最後の詰めをする。残る力を振り絞っての作業である。時計の針は22時を指している。今日一日で二日分以上の仕事をした計算になる。本当に仕事しかしなかった一日であった。

そのため、HPの更新も一時ストップ。週刊メッセージが書けず、日記の更新もできなかった。ということでこの日記は翌日の朝に書いたものである。

写真は一仕事終えた後、早朝事務所の近くで撮影した風景である。春である。

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2004.3.30(火) 6時に起床。昨日の疲れがまだ残っているような感じだ・・・。さっそく玄関先でたばこを一服。居間に戻って昨日と今日の新聞記事をスクラップした。目に止まったのは日経流通新聞に掲載されている「リサーチ--昨年の家計消費支出」である。

”総務省がまとめた2003年の家計調査(速報)は、一世帯当たりの消費支出が実質ベースで二年ぶりに前年水準を下回った。イラク戦争、冷夏など消費に悪影響を及ぼす出来事が多かったこともあるが、根本には一世帯当たりの実収入が減り続けていることがある。企業業績の回復などにより2003年末からは消費マインド好転の兆しも見られるが、サラリーマンを中心に個人所得の減少は続いており、消費が本格的な回復過程に入ったと言い切るのは難しい。今回、職業別での消費支出に大きな格差が表われた。勤労者世帯全体では実質1.2%減となったのに対し、非勤労者世帯のうち法人経営者(世帯主が社長など会社団体の役員)は同9.8%と大幅に増加。また自由業者も同3.7%増となった。非勤労世帯でも個人営業者及び無職者は前年割れ。法人経営者の実質消費支出の伸び率は過去10年間で最高となった。一方で、勤労者の収入は減少を続けている。月平均収入は524,542円で名目で2.3%減、実質でも2.3%の減少。いずれも現行調査を開始した1963年以来初の6年連続の減少で、過去6年間ではいずれも最大の下げ幅となった。年間を通じてみると全般に消費は低調だったが、昨年秋からは変化も生じているように見える。10-12月の実質経済成長率は7.0%とバブル後最高に達し、企業の業績回復傾向も目立ってきた。こうしたことが消費マインドを多少刺激しているふしはある。ただ、今の景気回復は輸出産業の設備投資が中心で、現実には雇用・家計への波及が遅れている。1月の完全失業率も再び5%台に上昇している。このまま消費が順調に回復していくとみるのはやや楽観的であろう。(日経産業消費研究所 研究員 白井徹)”とのことである。

大企業を中心に経常利益が前年比で大きく伸びた企業も多く、また株価も上昇傾向にあることから、このまま景気は回復するような見方もあるようであるが、いやいや、日本の景気が回復するのはずーっと先の話しである。今は大転換期の始まりであり、既存の仕組みが音を立てて崩れつつある。いわば終わりの始まりの時代だ。何が終わり、何が始まるかをしっかりと見極めることが大切である。むろん、わたしにはそれが何かわかっているつもりであるし、そのことはこのHPを通じて情報発信している。

さて、今日は午前中、仕事の打ち合せ。昨日ようやっと仕上げた調査報告書をクライアントに説明した。最終的に仕上がるのはあと一週間ほどかかるが、基本的に了承されたので、ほっとしたところである。写真は、クライアント先に向かう途中で撮影した。近所の光景である。とても今が平成16年とは思えないような光景なので、この前を車で通るたびに気になるのである。

午後からは金融機関での用足しとお得意先である公的機関の担当者と打ち合せである。また新しい仕事を実施することとなった。次から次へと仕事が続く。ほんとうに有り難いことである。

それから事務所に戻って明日が締め切りの仕事を一つこなし、二つ目を途中まで仕上げた。これを入れてあと三つを仕上げなければならない。いつものことながら年度末はバタバタするのである。19時過ぎに自宅に戻り、今日記を更新している最中である。写真は年度末のバタバタを現わす事務所の様子。片付けねば・・・と思っているのであるが次から次にやることがあるため、こんな状態になってしまったのである。

さて今日はこれから夢甲斐塾の会議である。多分また遅くなると思うので、今日の日記はここまでにして、続きは明日書くことにする。

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2004.3.31(水) まず、昨夜行なわれた夢甲斐塾の臨時総会について書くことにする。20時にシグマホールで臨時総会が開催された。委任状を提出した人が7人と出席者はそれほど多くなかったが、今日は年度末であり、色々と忙しい塾生が多いものと考えられる。活発な議論を経て、これまで積み重ねてきた議論に結論が出た。

すなわち、4期生募集に当たり年会費として1万円を徴収する(分割可)ことに決定した。これからは、パンフレットの配布、マスコミへのリリースなど塾生募集に向けての広報活動に力を入れることになる。まずは、4月17日(土)に萌木の村舩木上次さんを招いて〜観光カリスマ・舩木上次氏と語る「山梨の未来」〜と題する公開例会を開催する。場所はシグマホール。時間は19時から(参加無料)である。

さて、今日は家内に起こされた。もう6時である。5時に起きるつもりが寝坊だ・・・。いかん、いかんと思いつつ、気を取り直し、玄関先でたばこを一服した。昨日の雨が嘘のように青空が広がっている。春であることを実感しつつ、居間に戻って新聞記事をスクラップする。山梨日日新聞に、あの養老孟司先生のインタビュー記事「現論--家畜の疫病は人への警告」が掲載されていたので、要約して紹介する。

”鶏、牛海綿状脳症(BSE)、コイ、いずれも状況がよく似ている。大量に飼育され、飼育条件が統制される。その模範がヒトである。ヒト自体が家畜化された動物だという見方は、解剖学では十九世紀から常識に近かった。いま家畜に起こっている疾病は、ヒト社会の歴史を繰り返しているように見える。それなら統制は簡単で、ヒト社会で行なわれてきたことを繰り返せばいい。すなわちインフラを整備し、動物を衛生的な環境においてやればいい。次に起こる問題はなにか。ヒト社会の問題と同じであろう。そうした状況で飼育された動物は、はたしてまともな動物かという問題である。つまり都市社会を当然として生きているわれわれは、まともな人間か、ということである。本当かどうか知らないが、チベット民族の鳥葬に変化が起きているという。鳥がヒトを食べなくなったという。ヒトは生態系の頂点にあり、さまざまな毒物が濃縮して蓄積されている。フグ毒もまた、フグが自分でつくるわけではない。えさのなかにあった毒をフグがため込んでいるだけである。BSEも似たことだと、気づかれるであろう。牛に羊を食わせたために、牛がフグになっただけである。どうせ食料として「殺してしまう」動物だから、いいかげんに育てたっていい。そう思う人もあろう。それは「人間はどうせ死ぬんだから、いま死んでも同じ」という論理である。そこにみごとに見えているのは「生きる」とはどういうことか、それを置いてけぼりにした近代思想であろう。「どうせ死ぬ」からこそ、「いかに生きるか」が問題なのである。家畜の大量飼育が示しているのは、われわれ自身の生き方への警告である。幸か不幸か。自然派そんな安意を認めはしない。だからインフルエンザなのである。そういうものが大きく広がらないためには、どうすればいいか。多様性を保つしかない。家畜のそれぞれが勝手気ままに行動したら、飼い主は怒り出すに決まっている。それでも上手に生き物の多様性を保つこと、それができなければ、じつは「飼い主である」資格がない。ヒトは自分が他より偉いと思う動物である。しかし、天災つまり自然は、「わすれたころにやってくる」のである。”

以上である。養老孟司先生の文章は、最初は何気なく読んでしまうが、繰り返し読むと実に奥深いことが書いてあるのだ。ここでは「天災」あるいは「自然」と称して「神」や「宗教」について語っているようにわたしには思える。〜「どうせ死ぬ」からこそ、「いかに生きるか」が問題なのである。家畜の大量飼育が示しているのは、われわれ自身の生き方への警告である。〜というところを、どう受け止めるかが、今を生きるわたし達に問われているのである。

さて今日は、今日(年度末)が締め切りである三つの仕事を片付けるために事務所に籠もった。午前中は昨日途中まで作成した報告書を仕上げた。昼を挟んで、午後から二つの報告書を作成。とにかく集中することを心掛け、何とか三つの報告書を仕上げることができた。ファイルをクライアントにメールで送付して、今年度の仕事は一部手直しを残して完了することができた。やれやれと、思った途端に力が抜けた。時計の針はもう22時を回っている。今日はこれで店じまい。明日からは新年度である。遅れているHPの更新に手をつけて仕切り直すことにしよう。写真は愛用しているデジカメ(鏡に向かって撮影したので「ありがとう」が反転している)。

どこにも出掛けなかったので写真を撮る機会がなかったのである。

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