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心の経営コンサルタント/中小企業診断士/白倉信司 |
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山梨県活性化の参謀本部長 中小企業診断士 白倉信司(しらくらしんじ) 〒400-0016 山梨県甲府市武田3-13-3 tel 055-254-3208/fax 055-254-3209 keiei@mx2.nns.ne.jp |
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心の経営コンサルタント白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! |
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講演・研修内容と料金 企業調査研究内容と料金 地域調査研究内容と料金 ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ |
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一言日記 ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ 2004.7.1(木) 5時前に起床。今日から7月だ。気分新たに「うたし」と「おかか」でいこう。「うたし」とは、小林正観さんの「うれしい、たのしい、しあわせ」、「おかか」とは、さっきわたしが思いついた「おもしろい、かんしゃ、かんげき」である。「おかか」な毎日を過ごしたいものである。 さていつものように、玄関先でたばこを一服。そして目の前に見える愛宕山の頂上にそそり立つ仏舎利塔に合掌・・・。最近は毎朝、これをするようにしている。今日の朝も湿度が低く、さわやかである。ほんのりとピンク色に染まる東の空が美しい。有り難いことである。 今日の松下幸之助の一日一話は「素直な心の初段」と題して、「素直な心になりたいと朝夕心に思い浮かべ、そうしてたえず日常の行いにとらわれた態度がなかったかを反省する。一年、二年と続けて、一万回、やく三十年を経たならば、やがては素直の初段ともいうべき段階に到達することもできる。素直の初段になったら、一人前の素直な心である」という内容である。 さすが、国家百年の計を抱く政治家を育てるために松下政経塾を立ち上げた松下幸之助の言葉である。毎朝毎夕心に「素直な心になりたい」と思い浮かべて、実に三十年で、ようやく素直の初段をいただけるというのだ。誠に気の長い話しであるが、やはり、それほど長く続けなければ心に定着したものにはならないということだろう。 わたしは、その松下翁から薫陶を受けた夢甲斐塾塾長上甲晃先生から「なんでもいい、どんなに小さなことでもいいから、なにか一つだけ人の役に立つようなことを毎日続けなさい」ということを教えられて、この日記を書き始めた。昨日でちょうど一年十ヶ月。あと二ヶ月で二年となる。 続けてみると、いろいろなことに気がつく。まず毎日続けることは最初は楽しいがやがて苦痛になる。しかし、その苦痛を乗り越えると癖になる。つまり生活の中の習慣となる。習慣となればほっといても続けることができる。毎朝歯を磨くことと同じである。歯を磨かなければ気持ちが悪いように、日記を書かなければ気持ちが悪くなる。 そして一つのことを続けられると、他のことも続けられるようになる。毎週金曜日の早朝夢甲斐塾の有志で行っている駅前掃除も出張で行けなかった二日を除いて毎週行っている。同じく夢甲斐塾の有志で毎月行っている読書研究会にも毎回参加している。今年の二月に始めた坐禅会も毎週皆勤賞である。このように続けるということを癖にすると根気よくなる。何か困難にあっても諦めずに打開策を見い出すことができる。上甲先生は「十年続けて一人前、二十年で適がいなくなる、三十年で歴史になる」とおっしゃった。わたしは今、四十五歳だから、三十年後は七十五歳である。それまで生きているかも、わからないが、生きている限り続けていきたい。 今日の日本経済新聞には、また「吉野家」関連の記事が掲載されていた。最近吉野家の記事を日記でよく取り上げるが、それはわたしが吉牛ファンであり、吉野家という企業の行方が気になって仕方ないからである。さて記事によると、米国でBSEの疑いのある牛が相次いで見つかり、米国産牛肉の輸入禁止が長期化する可能性が出てきたということである。そんな中で、吉野家の8月中間決算は15億円の赤字となり、これは株式公開後で初めてのことだという。今後、牛丼抜きでも黒字化できる収益構造に転換するために、十種類以上あるメニューを全国共通の四品目に集約する。豚丼に次ぐ基幹商品として牛カレー丼を今日から、すき焼き風の牛鉄鍋膳(380円)を八月三日から扱い、残りの一品は今後詰めるという。 つまり、今後の吉野家のラインナップは次のようになるということだ。 @豚丼(320円) A牛カレー丼(?円:今日から) B牛鉄鍋膳(380円:8月3日から) C検討中 そういえば最近吉野家に行ってないなぁ。そろそろ行って様子を見ることにするか。 今日の午前中は事務所で内勤。 細々とした仕事を片付けた。家に戻ってお昼ご飯を食べ、ちょっと一休みしてから、自転車で街中に出掛ける。調査事業の打ち合せのためである。あれこれと話しをして打ち合せが終わったのは16時半頃である。写真は家に戻る途中で撮影した。
家に戻り、事務所に向かう。残っている仕事をテキパキと片付ける。時計の針は18時を回っている。今日はこれで店じまいにすることにして家に戻る。そして今、日記を書いている。明日は早朝駅前掃除である。写真は家の窓からいた夕焼け空である。美しい、そして有り難い・・・。
>>> 心の白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! <<< ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ 2004.7.2(金) 4時半に起床。寝ている間に足やら手やら数ヶ所を蚊に刺されたらしく、あちこちが痒い・・・。さっそく玄関先でたばこを一服。愛宕山の仏舎利塔に合掌。生かされている自分に感謝しながら、今日もいい日でありますようにと願った。 今日の松下幸之助の一日一話は「経営力の大切さ」である。「商売を発展させるためには、経営者自らが経営力を持つことが望ましいが、そうでない人もある。そういうときは、しかるべき番頭さんを求めるなどして経営力を大切にすればよろしい」という内容である。 創業した会社を大きく発展させた松下幸之助のように、会社を大きくした創業者はこの経営力というものを持っているといっていいだろう。しかし、難しいのは世代交代の時であろう。とくに同族会社の場合は、身内から二代目を選ぶことになるから、経営力がない人が会社のトップになることが少なくない。そのような時でも、企業内部にいる経営力のある人を登用したり、あるいは外部から連れてきたりして、番頭さんのような役割をしてもらえば、経営というのは何とか成立していくものである。しかし、実際には自分を過大評価してそのような番頭さんに頼らず、自分の決断や判断で会社を引っ張っていこうとする二代目が少なくないと思われる。そういう会社は、やはりどこかでつまずいて、うまくいかなくなることが多いように思う。二代目経営者は、自らを客観的に分析して、足りないものは外から補うという度量の大きさが求められる。 日本経済新聞には「紀伊山地の霊場と参詣道が世界遺産に登録決定」と報じられている。日本では十二番目。道を含む世界遺産は二例目と珍しいという。登録されるのは修験道の拠点である「吉野・大峯」、熊野信仰の中心地「熊野三山」、真言密教の根本道場「高野山」の三霊場と、そこに至る参詣道の一部だそうである。自然礼拝に根差した神道と中国伝来の仏教の両者が結びついた修験道という多様な信仰形態が同じ地域に残る、比類のない霊場・巡礼の道として評価されたという。これまで日本では「古都京都の文化財」など九件、自然遺産で「屋久島」など二件が登録されているという。大島宏之著「この一冊で【宗教】がわかる!」によると、高野山を開創した弘法大師空海は、仏教の事績だけでなく、四国の万濃池の修復や教育機関「綜芸種智院(しゅげいしゅちいん)」の開設などの活動を展開して、835年に高野山にて入定したそうである。 さて今日は駅前掃除の日である。甲府駅北口に到着したのは6時過ぎとちょっと遅刻。すでに夢甲斐塾3期生のMさんが掃除を始めていた。さっそく、わたしも加わる。いつものようにたばこの吸い殻が目立つ。やがて1期生のNさん、4期生のAさん、3期生のSさんが合流した。
掃除の後はいつものように近くのファミレスに移動。わたしが主催する生き方塾のこと、3期生が主催しているスマイルプロジェクトのこと、藤原直哉さんの本のことなどを話した。途中で2期生のSさんが合流。資料とテープをいただいた。有り難いことである。さらに2期生と3期生のSさんが生き方塾に参加してくれるとのこと、これまた有り難いことである。これで生き方塾の申込みは7人となった。一方創業塾はまだ1人である・・・。 ファミレスを7時半に出て、いつものように家の周りの掃除をしてからHPを更新した。 その後入浴してから事務所に向かった。報告書を作成する。切りがついたところで自宅に戻り、昼ご飯を食べて一休み。15時前に家を出て仕事の打ち合せをする。終了したのは17時過ぎ。そのまま馴染みの洋服屋さんタマヤによって、あれこれ話しをした。コーヒーをよばれる。いつもご馳走さま。 事務所に戻って明日の仕事の準備をする。自宅に戻ったのは20時過ぎ。そして今、日記を書いている。明日は創業塾の講師を務める。早く寝ることにしよう。 >>> 心の白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! <<< ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ 2004.7.3(土) 5時前に起床。さっそく玄関先に行き、愛宕山の頂上にそびえ立つ仏舎利塔に合掌する。そして、たばこを一服。今日は随分涼しく爽やかな朝である。青空も広がり、朝焼けでピンク色に染まる雲が美しい。自然に、感謝。有り難いことである。 今日の松下幸之助の一日一話は「是を是とし非を非とする」と題して「人間は、物事を数の大小や力の強弱などで判断しがちであるが、大事を決するに当たっては、そういう利害、損得を超越し、何が正しいかという観点に立って判断しないと事をあやまる。長いものにはまかれろ的な風潮が強いが、指導者には是を是とし、非を非とする見識が望まれる」という内容である。 この言葉は、今の殺伐とした世の中にこそ当て嵌まるように思う。目先での損得判断で動く人が多いが、損得を乗り越えたところに事の本質というのはあるように思う。事の本質というのは、今、わたし達が生きている意味、生かされている意味だと思う。なぜこの世に生まれてきたのか、なぜ生きているのかという視点で世の中を見ると、みんなが幸せになるために生まれてきて生きているのだと思う。辛いこと、悲しいこと、苦しいこともあるが、それでも、人として生まれて、生きていくことは素晴しいことだとお釈迦さまもおっしゃっている。「是を是とし非を非とする」心こそ、今のわたし達に求められているのだと思う。損得を超えろ、長期的に考えよ、百年先に思いを馳せよ、と説いた夢甲斐塾・塾長上甲晃先生の言葉を噛みしめていきたい。 今日の日本経済新聞の一面に「役員報酬平均3200万円、日産は2億円超す」という記事がある。日本経済新聞社が主要百社を調査したところ、2004年3月期の年間報酬の平均が一人当たり3200万円だったという。最近好調な日産自動車は何と2億円を超えているという。庶民的な感覚では「まぁ、こんなに貰って、経営者はいいよねぇ」となるのかもしれないが、一概にそうもいえないほど経営者の仕事というのは大変なものである。その大変さに比べれば平均3200万円というのはけっして高くないとわたしは思う。累進課税がなだらかになったとはいえ、半分程度は税金を納めることになるのであるし、企業の業績によっては次の年はどうなるかもわからない。従業員一人ひとりの生活を、背負っている経営者の責任の重さというのは計り知れないものがある。 日経流通新聞には「メトロ」という富士吉田にあるセレクトショップが紹介されている。なんでも5年前からオリジナルブランド「エールロジェット」を展開しており、東京の伊勢丹新宿店や松屋銀座本店などでも取り扱っており、フルラインが揃っている山梨の店に、わざわざ東京から来る熱烈なファンが多い、と書いてある。これは凄い店である。今年は、仕事で富士吉田市に行くことが多いため、今度、機会を見つけて行ってみようと思う。 さて、今日は商工会連合会主催の「創業塾」の最終日である。わたしを含めて5人の診断士が個別指導に当たることになっている。9時前に家を出て、会場である山梨学院大学に向かった。 午前中は5つのグループに分けてそれぞれの受講生が創業塾を通して作成したビジネスプランについての個別指導を行った。受講生は熱心にわれわれ診断士のアドバイスを受けた。お昼を挟んで午後からは各グループを代表して一人がビジネスプランを発表して、それに対する受講生からの質疑応答、それぞれの診断士がコメントした。 家に戻ったのは17時前。読みかけの安井至著「環境と健康」を読破した。安井至氏のことは理事を務めることになったコープやまなしの理事長から教えてもらった。以前読んで環境に対して問題意識を持つきっかけとなった高木善之氏と全く正反対のスタンスで環境を捉えているという話しを聞いて読んでみたのである。 この本を読んで感じたことは、環境について一般的にいわれている常識とその実態がいかに乖離しているかということである。例えば高木氏はダイオキシン問題を深刻な問題としているが、安井氏は環境への負荷はほとんどないとしている。世の中にはいろいろな価値観を持った人がいるのであり、一つの価値観ばかりに囚われると、バランスを欠いた思想になりかねない。一つの価値観で書かれた本を読んだら、それとはまったく反対の価値観で書かれた本を読むことが必要だと感じた。両極端の意見を聞き、最後は自分の価値観で判断するということが大事だ思う。 写真は、夕ご飯を食べる息子ども。食欲旺盛である。
>>> 心の白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! <<< ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ 2004.7.4(日) 5時に起床。さっそく玄関先に立ち、愛宕山の頂上にある仏舎利塔に向かって合掌をする。たばこを一服しながら東の空をぼ〜っと見る。今日もいい天気だ。朝焼けでうっすらとピンク色に染まる雲が美しい。 松下幸之助の一日一話は「心から訴える」と題して「自分の案を上司に用いてもらうには、誠心誠意に訴えていくことが非常に大事である」という内容である。当たり前のようなことではあるが、実は誠心誠意に訴えるということはとても難しいと思う。服装や髪形など身なりに乱れがあったり、言葉遣いが拙かったり、態度が生意気に見えたりすると、本人は誠心誠意のつもりでも、相手はそうは受け取ってくれない。その意味で、形を作るということは大切なことだろ思う。 昨日の創業塾である受講生から、相手に好意を持たれるためにはどうすればいいか、という質問をいただいた。わたしは、茶道、華道、武道などの日本古来の文化や坐禅などを例にして、「日本の文化はみんな形からはいる。最初に形を作りそれを模倣しているうちに自然と心が備わってくる。今やっている坐禅でも、まず身体の形を整えて、次に呼吸を整える。すると自然に心が整うと教えてもらった。心は目に見えないものであり、いきなり心を伝えることいことは難しい。まず、形を決めてそれを続けるということが大切だと思う」と話した。 わたしが人から好意を持たれているかどうかは知るよしもないが、相手に嫌な感じを与えないように自分なりに工夫しているつもりである。たとえば電話にでるときは「電話ありがとうございます」と言ってから名を名乗るように決めている。また人の話を聞くときは口元を緩めて逆への字になるようにして、笑顔を絶やさないようにしている。感謝の言葉や笑顔で接する人に対して、普通はいい感情を抱くのではないかと思う。それが相手に好意を持たれることにつながるのではないかと思う。自分をよく見せようとするのではなく、相手に感謝の気持ちを持って接して、常に笑顔を絶やさずに、しっかりと相手の話を聞くことが、結果として好意を持たれるのだと思う。 今日は坐禅会の日である。家内と一緒に6時10分前に家を出て、5分前に円光院に到着した。前半の30分はあっという間に時が過ぎたような感じがしたが、後半はちょっと長く感じた。まだまだ心が安定していないようである。坐禅中いろいろとくだらないことを考えたりもした。しかし、坐禅も習慣になってくると、少なくても最初の頃に感じていた苦痛はなくなった。足も痛くならず、呼吸が乱れるということもない。落ち着いている状態を保てるようになっただけでも進歩であろう。 坐禅後の茶礼では、住職の話をたっぷりと聞くことができた。その中に病気であと2年の命と宣告された方と一緒に坐禅を組んだという話しがあった。ふと、もしわたしがあと2年の命と宣告されたら坐禅を組もうと思うだろうか・・・と考えた。そして思った。きっと坐禅を組むだろう。でも、もしわたしの隣に余命2年の人が坐禅を組んでいたら、辛いだろうな・・・とも思った。今日の坐禅会には最近好調なバンフォーレ甲府の監督とコーチも参加していた。茶礼では、選手をまとめるために実行しているコミュニケーションの方法などを披露してくれた。とても参考になった。指導者というのは、部下のことをよく知ることが大切であり、その上でコミュニケーションを取ることで部下を統率するコツだと思うが、それを実行されているようだった。写真は円光院にて撮影した。
自宅に戻ったのは8時半。それから朝ご飯をいただいた。やはり坐禅会のあとのご飯はとても美味しかった。しばらく休んでからHPを更新した。そして事務所に向かい仕事に取りかかった。 まずは週刊メッセージを作成する。仏教シリーズもNo12で一区切りついたので、これからは今月の下旬からはじめる「生き方塾」と来月の上旬にはじめる予定の「創業塾」に関することを書くことにした。まずは、塾のカリキュラムである。これが結構時間がかかり、終了したのは17時を回っていた。その後細々とした仕事もしていたので家に戻ったのは18時半過ぎである。今日はもうこれで店じまいと、HPを更新した。 >>> 心の白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! <<< ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ 2004.7.5(月) 5時前に起床。さっそく玄関先に行き、愛宕山の頂上に見える仏舎利塔に合掌をする。「今日もみんなが幸せでありますように」と。たばこを燻らせながら東の空を見る。今日は曇り空であるが、あまり蒸し暑くなく、涼しい朝である。それにしても今年の梅雨は雨が降らない。このまま暑い夏に突入しそうな感じである。雨が降るべき時は雨が降って欲しいものである。 松下幸之助の一日一話は「責任を生きがいに」と題して、「人が成長するにつれ責任が重くなっていくが、責任を問われるところに、人としての価値がある。責任が大きいほど価値が高いのであるから、責任を問われるところに、生きがいもある」という内容である。 権限と責任は一致する、というのが企業組織論になる。権限が低ければ責任はあまりないが、権限が高くなるにつれて責任も重くなるというものである。これがアンバランスだと組織がうまくいかなくなる。たとえば権限がある上司があれこれと命令して事業を実行した結果、失敗に終わったとしたら、その上司が責任を取るべきであるが、権限のない部下が責任をとらされたとしたら、部下はやっていられないのである。しかし、日本の組織にはこういうことがけっこう多いから困ったものである。また、組織が大きくなるほど官僚的になりがちで、その場合責任の所在があいまいになることがよくある。たとえば、わたしが以前勤めていた県庁などがその最たるものであった。莫大な金額を融資する仕事をしていたことがあったが、融資した会社が倒産したり、事業が傾いたりして回収が困難になることがある。つまり、融資が失敗することがある。しかし、この失敗の原因を突き止め、その時の責任者が問われるということはまずない。つまり大きな権限はあるのに責任は誰もとらないのである。このようなことは県庁ばかりでなく、民間を含めて組織が大きくなるとよく起こることである。最近明るみに出た企業事件を見ればよくわかる。あれだけのことしでかしたのに、当時は誰も責任をとらず、世間に暴露されてから責任をとる、あるいは逮捕されるという形で責任をとる、ということがまかり通っている。松下翁の「責任が大きいほど人としての価値が高いのであり、責任を問われるところに生きがいもある」という言葉を噛みしめていきたい。 さて、今日の日本経済新聞には、中曽根康弘元総理大臣のインタービュー記事が掲載されていた。そのなかに小泉総理について語っているところがあり「二十一世紀の国家像とか基本線について全然話さない。本論なくして各論を先行させている。これでは国民は不安になるばかりだ。彼の癖は視野狭窄(きょうさく)になることで憲法、教育、外交など重要政策の基本線なくしてその場の対応だけで流れてきている。不易と流行(変わらないものとはやり)という言葉があるが、流行ばかり追っている。典型的なポピュリズムだ。基本線を語らないし、やっていることの間に脈絡がない。だんだん、国民のほうも飽きてきたんじゃないだろうか」と痛烈に批判している。それを証明するかのように、同新聞の調査によると内閣支持率は下がっており、民主党の支持率が上がっている。今度の日曜日は参院選投票日である。さて結果はどうなることか。 さて今日は午前中事務所で仕事。事情があって作成が遅れていた報告書を完成させた。これでやれやれである。そして12時前に長坂町に向かった。途中ファミレスにより昼食を食べる。基本的にファミレスはあまり好きではないが、可もなく不可もなしというメリットがある。飲食店は当たりはずれが大きくて、当たると満足するが、はずれると腹立たしくさえなるのである。約束の時間よりちょっと前に打ち合せ場所に到着。しばらく車の中で読書する時間がとれた。というわけで安井至著「続・環境と健康」を読破した。なかなか良心的な本である。誇張された報道などでわたし達が誤解している環境問題について、客観的な視点で切り込んでいる。参考になった。それにしてもこの本を読んで、米国が発展途上国であるという事実がわかった。なるほど発展途上国であるのかと思えば、米国の数多くの不可解な行動も理解できないことはない。 時間になったので待ち合わせ場所に行き、打ち合せを開始した。終了したのは15時過ぎ。写真は長坂から甲府に戻る途中で撮影した。
甲府の街中でカーブを曲がっているときに灰皿がすっとんでしまい、たばこの吸い殻と灰が車内に散乱してしまった。仕方ないので洗車に出す。ちょうどガソリンが少なかったのでタイミングがいいといえばいい。何事もいいほうに解釈することにしている。車がきれいになってスッキリしたところで大月に向かう。途中吉野家により豚丼を食べる。久しぶりである。写真は大月に向かう途中で撮影したものである。
クライアント先に着いたのは19時ジャスト。19時より打ち合せを始めて、あれこれと事業のことを検討する。終了したのは22時半近く。家に戻ったのは23時半と遅かった。そして今日記を書いている。早く切り上げて、寝ることにしよう。 >>> 心の白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! <<< ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ 2004.7.6(火) 起きたのは5時半過ぎと寝坊である。さっそく玄関先で一服する・・・、あっ忘れてたと愛宕山の頂上に聳え立つ仏舎利塔に合掌・・・「今日もみんなが幸せでありますように」。たばこを燻らせながら、ぼ〜っと空を見ていると、電線に燕や鳩が止まっている。じっくり見ると燕というのは品のある鳥である。体の線がシャープで凛々しい感じがする。平和な朝である。 松下幸之助の一日一話は「社長はお茶くみ業」と題して、「社長は形の上では命令しても、お願いするという気持ちを持たなくては職責がつとまらない。社長はお茶くみ業である。実際にお茶くみをするわけではないが、そういう心持ちになることが大切である」という内容である。 松下翁は謙虚である。お茶くみ業という心持ちになれる社長はほとんどいないだろう。仕事柄社長といわれる人と話す機会が多いが、ふんぞり返っている人が少なくない。そんな社長には社員は「はい」と従っているふりをするが、心の中では「へっ、偉そうに・・・」と感じているに違いない。それに対して、どんな人に対しても謙虚でお茶くみ業という心持ちのある社長には、尊敬の念を抱き、この人のためなら、辛くてもがんばろうと思うのではないだろうか。 日経流通新聞の連載コラム「伊藤元重のマーケティング講座」では「開いている安心感が重要」と題して「消費者にとって店がいつでも開いているという安心感が重要であり、二十四時間営業の店であればいつ行っても買い物ができるという安心感がある。店舗の重要な機能として消費者がいつ行っても対応してくれるという安心感があり、気まぐれな消費者の不確実なスケジュールの中で、いつ行っても対応してくれるということは店の持っている重要な機能である」と書いてある。 そんな風に考えてみたことはなかったが、たしかに、お店がいつ行っても開いているということは重要なことである。わたしの馴染みの洋服屋さんのタマヤは二十四時間営業ではないが、基本的に年中無休なので10時から20時の間であれば、いつ行っても開いている。それが安心感となり、買い物するわけでもないのに、近くに行ったついでにふらっと寄ってみたくなる。世間話などをしながらコーヒーをご馳走になり、気がつくと買い物をしているということが多い。 しかし、これを自分に当てはめると「いつも対応してくれるという安心感が重要」ということになるわけであるが、物理的にいつも対応することはできない。何度も電話をいただいてもでられないこともあるし、出張が多いので、いつも事務所にいるわけにはいかない。では、どうすればいいのだろうと考えると、メールという文明の利器があることに気づいた。メールをいただければ、すぐにお応えすることはできなくても、時間のあるときにお応えすることができる。仕事でメールをやりとりすることが当たり前になってきたが、それが「必ず対応してくれるという安心感」につながっているとすれば今の文明社会に感謝しなければいけない。電線や電柱は景観を阻害するなどと云っているとバチが当たるかもしれない・・・。 さて今日は、午前中は事務所に向かい、夜、山中湖村で開催される会議の資料を作成した。お昼を挟んで、午後からは夕方行う仕事の準備である。15時に家に戻り、夕方の打ち合わせ場所に向かった。あれこれと話を聞かせていただき、その足で山中湖村に向かった。
会議の会場である商工会に到着したのは18時45分。さっそく会議の打ち合わせを行い、夕食をいただいた。ご馳走様でした。会議が始まったのは20時前、終了したのは22時であ る。家に戻ったのは23時を回っていた。そして今日記を書いている。これから軽く晩酌をして、早く寝るぞ〜。 >>> 心の白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! <<< ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ 2004.7.7(水) 6時に起床。昨夜寝たのが遅かったので寝坊してしまった。さっそく玄関先でたばこを一服。愛宕山の仏舎利塔に向かって合掌した。今日の松下幸之助の一日一話は「信ずることと理解すること」と題して「大きく生きるためには、信ずることと理解することの二つを全うしなければならない。信を誤らないためには、正しく理解しなければならない。理解を捨てると迷信に陥りやすく、また理解だけで信ずる心がなければ信念に弱さを生じてしまう。信と理解を全うするためには素直な心になることである。正しい理解も素直な心から生まれてくるし、信ずることも素直な心から高まってくる。信と理解がともに高まれば、あらゆる場合に適切な行動ができる」という内容である。 松下翁の一日一話は蘊蓄が深い。信ずることと理解することのバランスは大切である。知性で理解することなく盲目に信ずれば一つの価値観に固まってしまう。カルト宗教の信者などは、入信のきっかけはともかく、その後どんどんのめり込んでいってしまうのは信ずることに偏ってしまい理解することを放棄してしまうからであろう。逆に信ずることを否定して理解ばかりを重視するのを科学万能主義という。近代文明はまさに科学という人間に理解できるものだけを正しいものと決めつけて、科学的には理解不能な宗教のようなものを否定してここまでやってきたのである。その科学万能主義の限界が露呈したのが、今の世の中の混沌であろう。そう考えていくと、今のわたし達に欠けているのは理解することではなく、信ずることであろう。毎朝仏壇にお線香を上げて祖先に感謝するという伝統的な慣習が、信ずる心を育てるのだと思う。しかし祖先に感謝することなど忘れてしまった日本では殺伐とした地獄のような出来事が毎日のように起こっている。 仏教の考え方に六道輪廻というのがある。人間は、天上界、人間界、修羅界、畜生界、餓鬼界、地獄界という六道を彷徨い続けるというものである。今の日本を見ると、天上界、人間界、修羅界という三善道を見出し難い、畜生界、餓鬼界、地獄界という三悪道を彷徨い続けているように感じる。それは理解ばかりを重視して、信ずることを忘れてしまったからではないだろうか。 今日の山梨日日新聞には養老孟司先生のインタビューコラムが掲載されている。最近わたしが覚えている限りでも同新聞の同コラムに養老孟司先生二回登場しているので今回は三回目の登場ということになる。今までコラムとは異なりテーマが拉致問題という政治的なことなので、歯切れの良さを感じないが、今後の日本の進路を示唆することが書いてある。要約すると次のようなことになる。「日本の今後の唯一の政策は『正直は最良の政策だ』ということである。本当に力があれば、相手は自然にこちらを重視するものである。日本経済の発展がそれを実証している。これからの日本にとって大切なのは、真の実力を身につけることである。それがなにか、それぞれの人が、なにか思い当たることがあるはずである」 最初に読んだときはピンとこなかったが、何度か読んでいるうちに深いことが書いてあるような気がしてきた。たしかに本当に力があれば、相手は自然にこちらを重視するものである。これは仕事の世界で考えればピンとくるだろう。ということは今の日本の小泉路線は的外れということだ。これからの日本にとって大切なのは「真の実力を身につけること」とであり、「それがなにか、それぞれの人が思い当たることがあるはずだ」という指摘が実に奥深いと感じるのである。 養老孟司先生がいう「真の実力」とは何だろうか。わたしには、上記した松下幸之助の一日一話にある「信ずること」ではないかと思えるのである。小泉路線には信ずることがなにもない。中曽根元総理が指摘していたように、二十一世紀の国家像や基本線がない政策である。どういう国にするかという国家像は「日本人として信ずることがなんであるかを思い描くこと」である。そう考えてくると、養老孟司先生の「真の実力」とは、日本人の拠り所を明確にした上で示されるものだと考えられる。つまり、宗教観や道徳観の上に成立するものである。 さて、今日は午前中事務所に行き午後から講師を勤める研修の資料を揃える。どの資料を配りどんな構成で話を進めるかを考えた。12時前に会場であるホテル神の湯温泉に到着した。何と講師用に部屋まで用意していただいた。有り難いことである。おまけに、研修会まで時間があるからと温泉にはいることを勧められた。せっかくだからと好意に甘えることにした。七種類の湯があり、それぞれ効用が違うというので、随分のんびりと温泉に浸かってしまった。特に青空を仰ぎながらの露天風呂は最高で、坐禅の時に行う複式呼吸をしてみたら、極楽・極楽という気分になることができた。実に贅沢で癒されるひとときを過ごさせていただいた。部屋に戻ると食事の用意もあるという、経営者兄弟と一緒に懐石風の料理をいただいた。これまた美味しくて大満足だ。わたしごときにこんなに気を遣っていただき、本当に有り難いことである。 その後、別の会場で研修を行う。今日のテーマは「儲かる商売の秘訣とは」である。話の内容は儲けようと考えないことが結果として儲かるということにつながる、という禅問答のようなものであるが、途中、受講者の様子を見ながら話の構成を変えたため、やや一貫性のない話になってしまったが、参加者は熱心に聴いてくれた。これまた、有り難いことである。研修の後は、ラウンジで冷たい飲み物をいただいた。この研修の講師としてわたしを指名してくださったAさんから、先日テレビでも紹介されたカンカン娘という名のトウモロコシをいただき、また、ホテル神の湯温泉の社長からは入浴券までいただいてしまった。感謝・感激であり、誠に有り難いことである。ということで、ホテル神の湯温泉での研修は、誠に有り難い仕事であった。感謝!というほかない。 写真はホテル神の湯温泉で用意された部屋から見た甲府盆地である。春には庭にある桜並木が満開となり絶景となるという。多くの人に、行っていただきたいものである。
夜は夢甲斐塾の事務局会議。ファミレスで11日の入塾式の打ち合せを 行った。2期生のYさん、Sさん、3期生のSさん、K庁のMさんが集まり、19時半過ぎから21時半まで細かいまで打ち合せをした。やるべきことはやった。あとは11日を待つばかりである。
>>> 心の白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! <<< ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ 2004.7.8(木) 6時に起床。最近蒸し暑く寝苦しい夜が続くので寝坊が続いている。さっそく玄関先に行き、愛宕山の仏舎利塔に向かって合掌した。朝焼けこそ見られないが、青空が広がり清々しい朝である。しかし、もう暑い。今日も気温は35度くらいまで上がりそうである・・・。 松下幸之助の一日一話は「欠点を知ってもらう」と題して「指導者は自分の欠点を知り、それを部下に知ってもらい、カバーしてもらうことが大切である。欠点多き上司が自分の知恵だけで仕事をすすめていこうとすると失敗する。欠点を部下に補ってもらってこそ、はじめて上司としての職責が全うできる」という内容である。これまた奥深い言葉である。誰にも欠点はあるが、自分の仕事における地位が高くなるほど、欠点を隠そうとするものである。今の地位に相応しい人間を装いたいという心理になるためだと思われる。しかし、誰にも欠点はあるものである。それを隠そうとすると無理が生じる。その無理が原因で仕事がうまくいかなくなる。人間は「あるべき自分」を目指そうとするものである。それ自体は悪いことではないが、自分は自分であるそれ以上の存在ではない。理想と現実には必ずギャップがあるものだ。理想を掲げてそれに囚われると生きているのが辛くなる。それがストレスの原因となり、心の病にもなる。だから、まず素顔の自分を自分が認めてあげることが大切である。こんな自分でもいいジャン、と思うことである。欠点があってもいいジャン、それを含めて自分を好きになることが大切である。自分で自分を好きにならなければ、誰が好きになってくれるの?と瀬戸内寂聴さんも言っている。心の経営でも、まず自分のことを好きになることからはじめる。ありのままの自分を好きになり、自分を支えてくれている人々を好きになる。すると、毎日、感謝の気持ちで生きることができる。そんな人を周りの人々は応援してくれるのである。自分の欠点も好きになり、それを素直に人に伝える。すると人は自分を応援してくれる。だから仕事もうまくいくのである。松下翁はそんなことを言いたかったのだろうと思う。 今日の日本経済新聞には「二年連続で大企業のボーナスが増え、店頭には明るさが広がっている。ヨドバシカメラ新宿西口本店では、40-50万円のプラズマテレビを現金で購入する客も多い」と書いてある。プラズマテレビや液晶テレビといった薄型テレビが新三種の神器として景気をけん引しているといわれている。その意味では、薄型テレビが売れることは結構なことである。しかし違う視点で見ると手放しでは喜べない。環境という視点である。今の地球は温暖化が問題になっている。その原因はCo2の排出にある。そのCo2排出の原因に電力消費がある。最近読んだ、安井至著「続・環境と健康」によると、「平面テレビは消費電力が少ないような誤解を持ちがちだが、プラズマテレビ方式は消費電力がばく大であるというものすごい欠点を持っている。プラズマは駄目。本来液晶テレビは多少消費電力が少ないのであるが、実はバックライトをかなり大量に貼り付けていて、ものすごく明るい。そのため消費電力を抑える方向を向いていない」とある。 景気回復の面では、薄型テレビが売れることはいいことであるが、環境問題を絡めて考えると実に問題が多いことがわかる。メーカーは商品が売れればいい、消費者は生活が豊かになればいいと思っていると、環境問題は解決しない。自分だけよければいい、経済回復が最優先だという自利の精神から、周りの人によくなって欲しい、経済よりも環境を大切にしたいという、利他の精神へと移行することが大切だ。 今日は昼間は内勤で夕方から出張である。午前中は事務所で提出が遅れていた診断報告書を作成した。昼食を挟んで午後からは、やはり提出が遅れている別の診断報告書を作成。こちらは途中で時間切れとなり、続きは明日やることにした。
夕方は長坂町に向かう。商工会経由でおいでやという商店街の拠点施設で会議に参加。あれこれ議論して終了したのは21時40分。話がだんだん見えてきたことが今日の収穫である。帰宅したのは22時半過ぎ。そして今日記を書いている。明日の早朝は駅前掃除だ。早く寝ることにする。 >>> 心の白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! <<< ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ 2004.7.9(金) 久々に5時に起床。それにしても最近蒸し暑く寝苦しい夜が続く。朝になっても蒸し暑さが残っているようだ。さっそく玄関先に行き郵便受けから新聞を出そうとしたときに、ちょうど新聞配達の人と目があったので「おはようございます」と挨拶を交わす。そして愛宕山の仏舎利塔に向かって合掌した。「今日も一日よろしくお願い申し上げます」。 松下幸之助の一日一話は「自己資金での経営」と題して「会社というものは借金をせずに自己資金の範囲で経営しなければならない。そうするにはそれだけ儲けなければならないが容易なことではない。ただ高く売るのではお客様は買ってくれない。原価引き下げとかサービス提供などに成功する(付加価値を付ける:白倉解釈)より仕方がない。それに成功したら、お客様にも喜んでいただき、自分も適性に儲けられる。そして経営の体質も改善されてくる」という内容である。 無借金経営こそ理想である。それができる企業は高い付加価値をもっており、多少高い価格で販売してもお客様がその製品・サービスを支持してくれるのである。しかし現実にはそのような企業は極めて少ない。だから借金をして投資をせざるを得ないのである。また借金をして投資を行うのであれば、やがてそれが利益となって返ってくる。しかし、運転資金が足りなくなり借金をするようになると知らず知らずに借金が嵩み気がつくと二進も三進もいかなくなることが少なくない。 最近、経営を再生するための診断の仕事を依頼されることが多いが、ほとんどがこのパターンである。借金をすると一時的には経営が楽になるが、計画的にしないと大変なことになる。だから、やっぱり無借金経営こそ理想である。そのためには、魅力的な製品・サービスを提供してお客様から高い評価を得なければならないのである。 今日の日本経済新聞には「さらばサニー」と題して、日産自動車が掲げた『サニー廃止』方針が全国の販売店に波紋を広げていると書いてある。サニーは日産が生んだ戦後最大のヒット商品であり、今秋のフルモデルチェンジを機に新ブランド車を投入する計画だという。かつて「若さ」を象徴したサニーのイメージは「今の若者世代には逆に古臭さを感じさせる」そうである。 たしかに「サニー」という名前からは古臭さを感じる。しかしそれはトヨタの「カローラ」も同じだ。日産のブランド戦略に対してトヨタがどう応じるのか注目したい。 さて今日は駅前掃除の日である。6時に甲府駅北口に到着した。すでに夢甲斐塾3期生のMさんが到着していた。一緒に掃除を始める。今日はたばこの吸い殻以外に空き缶やペットボトルが散乱している。非道い有様であった。他のメンバーがなかなか来ない。終了間際に3期生のSさんがやってきて3人と寂しかった。
掃除の後はファミレスで意見交換兼食事会である。今日の話題は3期生の出発式のこと、4期生の入塾式のあとの食事会のこと、これからの夢甲斐塾の運営について、そして怪しい話であった。ファミレスを出たのは7時半過ぎである。家に戻り、周辺の掃除をしてからお風呂に入った。そしてHPを更新して事務所に向かった。 昨日と同様診断報告書を作成する。なんとか完成させると13時を回っていた。昼食を挟み、午後からも事務所に行く。そして別の診断報告書を作成。時間切れとなり家に戻る。その後、プライベートな用意をこなす。それがまた、けっこう大事なことであるのだ。 家に戻ったのは18時半を回っていた。パソコンを立ち上げると創業塾への申込みと問い合わせがある。有り難いことである。明日はコープやまなしの研修で東京に行く。 >>> 心の白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! <<< ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ 2004.7.10(土) 5時前に起床した。早起きである。しかし、昨夜あまりにも蒸し暑かったのでちゃんと眠れなかった。何度も目が覚めて、その度に水分を補給していたら朝になってしまったという感じである。朝になっても蒸し暑い・・・。もう、たまらん!という感じである。さっそく玄関先に行き愛宕山の仏舎利塔に向かって合掌。「今日もよろしくお願いいたします」。 松下幸之助の一日一話は「おとなの責任」と題して「現代の青年は夢がない、生きがいを見失っているとか言うが、それは社会の問題、おとなの問題とも言えるのではないか。つまり、おとなが青年たちに夢を与えていない、使命感を与えていないのである。そこに今日の日本の根本の問題があるのではないかと思う」という内容である。 今の日本は松下翁が心配していた頃よりももっと非道い状態になってしまった。松下翁と同じように当時の日本を憂いていた大人物がいた。歴代総理から師と仰がれていた安岡正篤師である。このHPでも度々引用させていただいている。人間の本質は「徳性」である。「知識」や「技術」はその次。「徳性」こそが人間の本質。と安岡師は指摘し、今の日本では「知識」や「技術」ばかりが重視され、「徳性」が忘れられている。このままでは日本は大変なことになってしまう。と今の日本状況をズバリと言い当てている。 松下翁は具体的な行動を行った。松下政経塾の立ち上げである。その政経塾に十数年塾頭・副塾頭として関わり多くの政治家を指導したのが夢甲斐塾塾長上甲晃先生である。松下翁の薫陶を受けた上甲先生は「他人 (ひと)を変えようと思っても絶対に変わらない。まず自分が変わること。自分が変われば他人が変わる」と教えてくれた。 今の日本を変えるためには、批判や批評は無益である。ひたすら実践あるのみ。一人の実践がやがて数人に伝播し、数十人、数百人と拡がっていく。そこに、今の彷徨える日本を打破する方向性がある。その方向性と政治とがぴったり重なり合わされば日本は変革できるのであるが、最近の政治を見ていると心もとない。松下政経塾から29人の国会議員が育った今こそ、政治にがんばってほしいものである。 今日の日本経済新聞には「2つの伊右衛門」と題して、飲料業のサントリーと製茶業の老舗である福寿園(京都府山城町)が共同で開発した伊右衛門ブランドが飲料と茶葉として発売したところサントリーの飲料では同社が過去三年間に販売した緑茶新商品の年間販売量を突破し、福寿園の茶葉そのものも、コンビニなどに販路を広げた結果、同タイプの従来商品に比べて十倍の売れ行きを示していると書いてある。このヒット商品が生まれた理由は、サントリーの緑茶飲料がなかなかヒットしないのは、お茶としての「本物感」や「歴史性」などが足りなかったと分析して、老舗の技術力とブランドを生かした共同開発が実現したからという。 なるほど、「本物感」や「歴史性」というキーワードが伊右衛門がヒットした最大の要因であることはまちがいない。そしてこれは正しいブランド戦略といえる。しかし、このブランド価値を維持するためには「本物感」や「歴史性」を貫かなければいけない。それらしく思わせておいて、実は底が浅いことが露呈した瞬間、ブランド価値は低下するのである。 さて今日はコープやまなしの研修で東京に出張である。7時半に家を出て甲府駅に向かった。 駅のホームでK部長さんと一緒になる。そのまま自由席(喫煙車)に乗り込み、たばこを燻らせながらゆったりと東京に向かった。その間、研修の事前準備と、資料を読む。コープが取り組んでいる産直と公開確認会の概要をつかんだ。会場である首都圏コープ本部に到着したのは10時ちょっとまえ。10時から研修が始まった。午前中は、産直を取り巻く情勢と公開確認会の意義という講義を聴いた。とても参考になり有意義であった。昼食はお弁当をいただいた。ご馳走様です。午後からは公開確認会の概要と、その後はワークショップでグループ分けして演習を行った。終了したのは16時。新宿発17時のスーパーあずさで甲府に向かった。
家に戻ったのは19前。HPを途中まで更新してお風呂に入る。そして親世帯で上の息子の誕生会を行った。今日は東京から妹も帰ってきており、14歳になる息子の誕生日を祝った。
写真はその時の光景。上の息子は後ろを向いている。明日は坐禅会だ。早く寝ることにしよう。 >>> 心の白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! <<< ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ 2004.7.11(日) 5時前に起床した。早起きである。このところ蒸し暑い夜が続き、熟睡できなかったが、昨夜は比較的爽やかだったので、たっぷり眠ることができた。さっそく玄関先で仏舎利塔に向かって合掌。「今日もよろしくお願いいたします」。 松下幸之助の一日一話は「礼儀作法は潤滑油」と題して「礼儀作法は社会生活における潤滑油のようなものである。性格、年齢、考え方など異なる人々の間をなめらかに動かす役割を果たしている。だから礼儀作法は心のこもったものでなければならないが、心に思っているだけでは潤滑油とはならない。心と形の両面があいまった適切な礼儀作法であってこそ生きてくると思う」という内容である。これを読んで新渡戸稲造の「武士道」に書いてあったことを思い出した。 武士道には、「礼とは、他人の気持ちに対する思いやりを目に見える形で表現すること」と書いてある。まさに松下翁の言っていることそのものである。武士道には、礼とは外国人から見ると「非常におかしい」ことに映ることがある、と書いてある。 例えば「日陰のない炎天下にあなたがいる。顔見知りの人が通りかかる。あなたは彼に声を掛ける。すると彼は即座に帽子をとる」。ここまでは自然である。しかし、彼はあなたと話をしている間中、日傘をおろしておなたと同じように炎天下に立っている。これを外国人の目から見ると「なんと馬鹿げたことだろう」と「非常におかしい」ことに映る、と書いてある。そして、こう続くのである。「しかし彼の動機は『あなたは炎天下に立っていらっしゃる。私はあなたに同情します。もし私の日傘が二人とも入れるくらい大きいか、または、あなたと私の関係がもっと親しかったら、喜んでこの傘の下にお入れするのですが、けれども今のあなたと私の関係では、日陰を作ってさしあげられないので、私もあなたのご不快をわかちあいます』というものである」。 これを読んで日本人の礼とは何と繊細で情緒のあるものだろう、と思う一方で、わたしを含めて、このような礼をわきまえた人は今の日本にはほとんどいないだろうなぁと寂しい気がした。礼儀作法というのは日本の素晴しい文化であるが、このままでは次世代に継承することができないかもしれない。最近の若者を見ているとつくづくそう感じる。それもわたし達大人の責任であろう。大人が礼儀作法をわきまえていないのに、子供ができるはずがない。 さて今日の日本経済新聞には注目すべききじが二つあった。一つは「日本の国債発行残高が2015年には800兆円を超える」という記事である。これは米国の格付け会社が試算したものであり、長期金利が年1.8%前後で推移すると仮定して計算したものだという。金利が急騰すれば国債残高はさらに膨らみ、財政悪化は進み税収の大半を利払いに充てる必要が出てくるそうである。たしか財務省の試算では2016年度に国債残高が900兆を超えるとあったから、それに比べるとよくなっているようであるが、それにしても凄い金額であることには違いない。税収の約二倍の予算を組み、毎年借金を続けてここまできてしまったのだ。もっと道路がほしい、下水道を整備してほしい、もっと快適に暮らしたいという、目先の損得を優先してきた結果である。 もう一つの記事は「失業率、実態は6%超」と題して、信金中央金庫総合研究所がまとめた労働市場の実態を勘案した失業率は2003年で6.1%と、政府発表の5.3%よりも高いと報じている。同研究所は政府の公式統計の定義では実態より少なくなる傾向があるため、「求職活動をしていない」という理由で統計上の失業者から外されている人が1990年代から急増して、昨年は約59万人に達したと試算した。この人数を加えた「修正失業率」が6.1%になるということだ。最近は景気が回復基調にあるとされており、各種統計調査にもそれを裏付けるデータが示されているようだが、統計調査には落とし穴がある。失業率もその例に漏れないということである。 世間で報じられていることは、鵜呑みにしない方がいい。自分でキチンと客観的に調べてみることが必要である。そのことは最近読んだ安井至著「環境と健康」で痛感した。その本によると、ある基準から先進国と後進国を区分すると、なんと米国は後進国になるという。その理由の一つに経済が発展すると一人当たりのエネルギー使用量は増えるが、さらに発展すると減少する、というものがある。日本や欧州ではそのようになっているが、米国のエネルギー使用量は未だに高止まりしているのである。もう一つの理由に経済が発展すると貧富の格差が拡大するが、さらに発展すると格差が縮小するというものがある。これも日本や欧州ではそのようになっているが、米国における貧富の差は凄まじいものがある。こういう国は「先進国」とは言えず、「後進国」と言ってもいいと書いてある。ところが、小泉路線は日本を米国のような社会にしようとしている。つまり、先進国から後進国になる方向で進んでいるのである。これを多くの国民が支持していること自体が信じられない。今日の選挙結果はどうなるのであろうか。 さて、今日は坐禅会の日。家内と一緒に6時前に円光院に到着した。6時に開始。蝉の音や鶯の鳴き声が自然を感じさせる。呼吸を整えて心が自然と一体になるのを待った。いつもは、茶礼に出て、住職の話を聞くのであるが、今日はやることが沢山あるので、早く帰ることにした。そのまま小学校に用意された参院選の投票所に行き投票してから家に戻る。
HPを途中まで書き上げて、事務所に向かった。週刊メッセージを作成するためである。先週からテーマを「生き方塾」と「創業塾」に変えた。今週は第一回目の「生き方塾」のレジュメのベースとなるものを書くことにした。 限られた時間の中で何とか書き上げる。 13時過ぎに家に戻り、昼食を食べてから県立文学館に向かった。今日は夢甲斐塾4期生の入塾式である。1-3期生有志が集まり準備をする。やがて4期生が続々と集まり、上甲塾長、来賓の天野建前知事と県庁の商工労働部長もお見えになった。そして入塾式は始まった。
最初に開会の挨拶、そして上甲塾長の挨拶のあと、4期生の「私の宝物」というテーマで塾生に自己アピールをしていただく。これは1期生以来続いている恒例の行事である。それぞれの宝物に対する思いを熱く語っていただいた。そして来賓として お招きした天野建前知事と県庁の商工労働部長から塾生に対する激励の言葉をいただいた。天野建前知事時代に県の手で生まれた夢甲斐塾が県の手から離れても、継続して応援していただけることに、ただただ感謝である。
その後、休憩を挟んで上甲塾長の講話。じっくりと話を聞いた。その話は奥深く、そして面白く、4期生をはじめ入塾式に出席した1-3期生有志が真剣にその話に聞き入った。そして感動した。 事務連絡と閉会の挨拶で入塾式は終了した。その後は、会場をフランス料理店ベルクに移しての食事会である。入塾式を終え、リラックスした気持ちで、みんな料理に舌鼓を打った。無理をお願いして安い予算でお願いしたのであるが実に美味しい料理にみんな大満足であった。
食事会は盛り上がり、終了したのは22時前であった。わたしは上甲先生を紫玉苑まで送っていき家に戻ったのは22時半を回っていた。 >>> 心の白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! <<< ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ 2004.7.12(月) 昨夜はHPの更新に時間がかかり、また参院選の結果について報じているTVを遅くまで見ていたため、起きたのは6時過ぎと寝坊してしまった。さっそく玄関先に行き愛宕山の仏舎利塔に向かって合掌。「今日もよろしくお願いします」。湿度が低く、爽やかな朝であり、太陽が眩しい東に広がっている青空が美しかった。今日の松下幸之助の一日一話は「みずからをつかむ」と題して「人それぞれに顔、かたちが違うように、人間は一人ひとり違った素質、才能を持っている。それを自分でハッキリとつかみ、それを日々の活動に、ひいては人生に生かすことができたら、喜びに満ちた生活が営まれ、人生の妙味を味わうことができる。苦しみもあろうが、何物にもかえがたい喜びがあるはずだ」という内容である。 一人ひとり違った素質、才能というのは、その人の特徴、長所、好きなこと、得意なこと、興味のあることのなかに見出すことができると思う。わたしは創業塾などで「自分の長所、好きなこと、得意なこと、興味のあることは何かを見つけてください。それが創業につながるのです。それが見つかれば、生き生きと仕事ができ、楽しくて仕方ない毎日を送ることができます。たとえ一時的に辛いこと、悲しいことがあっても、自分が好きなこと、得意なこと、興味のあることをやっていれば、その辛さや悲しみを乗り越えていくことができます。やがて辛いこと、悲しいことは楽しいこと、嬉しいことになり、仕事があなたの生きがいになるのです」と言っている。 自分自身がそうであったが、自分の素質、才能をつかむことができれば、人生の方向性が見えてくる。そして今何をすればいいかも分ってくるのである。だから、自分の長所、好きなこと、得意なこと、興味のあることを見つけてほしい。もし、それが難しければ、違う角度で考えることもできる。それは今まで自分がしてきたことで、人に喜ばれたこと、褒められたこと、評価されたことを見つけることである。それが自分の素質、才能をつかむヒントとなり、そこから、長所、好きなこと、得意なこと、興味のあることが見つかるのである。それさえ見つかれば、あとは簡単だ。 自分の素質、才能を生かす方向で何事にも挑戦していくことである。すると不思議なことに苦しみが楽しみとなり、何物にもかえがたい喜びを感じることができる。みんな、そういう人生を歩んでいきたいものである。 今日の新聞各紙には、昨日の参院選で民主党が躍進し、自民党が不振だったという記事が大きく掲載されている。民主党の当選者は50人と自民党の49人を上回った。民主党は改選前は38人であるから、まさに躍進である。自民党は改選前50人であるから、苦戦である。つまり、民主党の勝ち、自民党の負けである。それでも小泉総理は政治責任はなく続投するのだという。権力の座にこびなかったことで任期があった小泉純一郎という政治家に対する評価はさらに厳しいものになっていくであろう。今後の政局がどう動くかを見守りたい。 山梨日日新聞には、昨日の夢甲斐塾4期生の入塾式のことが掲載されている。以下、題名を含めて全文引用する。 <<< 時代の地域づくり「担い手」24人入塾 21世紀夢甲斐塾 >>> 次世代の産業や地域づくりの担い手育成を目指す「21世紀夢甲斐塾」(上甲晃塾長)は、甲府・県立文学館で、第4期生24人の入塾式を行った。4期塾生は会社員、自営業者、NPO代表ら24人。上甲塾長が「知識を得ることよりも、今後一年間で築く人脈こそが最大の財産」とあいさつ。塾生も「私の宝物」という題で自己アピールをした。今後一年間、塾生自らが企画した研修を行っていく。また、10日には3期塾生の卒業式に当たる「出発式」を富士山五合目で行った。同塾は県の事業としてスタートしたが、今年4月から塾生による自主運営組織として活動している。 以上である。わりと大きな写真で、わりと目立つ場所に掲載されていたので嬉しかった。さて、今日は午前中ちょっとのんびりして、その後事務所で仕事をした。 まず夢甲斐塾の事務作業など細々とした仕事をしてから、提出が遅れている診断報告書を作成した。切りがついたのは20時半を過ぎていた。資料を整理してから家に戻ると21時前。そして今、日記を書いている。日記では詳しく書けないが今日の午前中、わたしが尊敬するある人から電話をいただいた。そして謙虚であるということがどういうことかを学んだ。偉そうに「人は謙虚でなければいけない」などと言っているわたしであるが、その人に比べれば何と傲慢な人間であるかと痛感した。その人のように本当の意味で謙虚な人間になろうと心に誓った。
写真は坐禅の真似ごとをするわたしである。事務所に籠もっており写真を撮れなかったので、帰宅してから下の息子に撮ってもらったのである。明日も一日事務所に籠もる。 >>> 心の白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! <<< ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ 2004.7.13(月) 起きたのは5時過ぎ。さっそく玄関先に行き愛宕山の仏舎利塔に向かって「今日もよろしくお願いします」と合掌した。比較的湿度が低く、爽やかな朝である。松下幸之助の一日一話は「世論を超える」と題して「指導者は世論(多数意見)を大切にしなくてはいけない。自分の判断だけで事を進めていけば、独断に陥り過ちを犯す。しかし、それは平常の場合であり、非常の場合には、世論を超えてより高い知恵を生み出さなくてはいけない。常は世論を大切にし、世論を尊重しつつも、非常の場合には、あえてそれに反しても、より正しいことを行うべきである」という内容である。 今の日本は(世界も)、非常時である。20世紀の価値観を大きく転換させることが求められている時代である。松下翁の言葉に従えば、今の指導者は、世論を超えてより高い知恵を生み出さなくてはいけない、ということになる。そのような視点で周りを見渡した場合、より高い知恵を備えている指導者がどれだけいるであろうか。今の日本における世論(多数意見)に、景気が上向いてほしい、継続的に経済が発展してほしい、安心して老後を送りたい、もっと快適に暮らしたい、もっと便利な世の中になってほしい、などという前世紀から引き継いだ価値観があるように思う。 非常時の今、指導者といわれる人は、これらの世論にあえて反してより正しいことを行うべきではないだろうか。つまり、景気は上向かないでもいい、継続的に経済が発展しなくてもいい、安心して老後を送れなくてもいい、これ以上快適に暮らさなくてもいい、これ以上便利にならなくてもいい、などと価値観を転換して、21世紀に相応しい新しい価値観を示すことが、指導者に求められているのではないだろうか。 景気が上向かなくても、経済が継続的に発展しなくても、きちんと利益を出している企業はたしかに存在している。そのような企業の特徴は、経営者の人格に基づいた経営理念の確立と従業員との共有化、経営理念に基づく正しい戦略、魅力的な製品・サービス、お客様との一体感などが挙げられる。そのような方向性に企業を導くことが指導者の役割だと思う。 安心して老後を送れなくてもいい、と思えるようになるためには、年金に頼らず老後も自立して生きていけることが前提条件となる。つまり、今までの定年までは会社に勤めてその後は年金で悠々自適に暮らすというライフスタイルを一生現役というライフスタイルに転換する必要がある。 これ以上快適に暮らさなくてもいい、これ以上便利にならなくてもいいと思えるようになるためには、目先の損得で物事を判断すること、ある程度のお金がなければ幸せに暮らすことはできないから人を蹴落としても競争を勝ち抜いていく、などという自分勝手な考え方をやめて、もう十分快適だ、多少不便でもいい、などと考えること。すなわち「足を知る」ということが大切である。 そのように考えられるようになるためには、普段の生活を質素にすることが求められる。人間余分にお金が入ると贅沢をしがちである。贅沢な暮らしをしてしまうと、元に戻すことがなかなかできないのである。だから常に「お金が欲しい、お金が欲しい」と思うようになり、そういう状態で収入が減ると「お金がない、お金がない」とサラ金に走ったりするのである。 しかし、質素な生活をしていれば、それほどお金がかからないのであるから、収入が減ってもなんとかなる。そして「お金が欲しい、お金がない」と思わなくなる。お金に対する執着がなくなるのである。これが「足を知る」ということである。人間、今ここに生きているだけでも有り難いことである。それ以上多くのことを望んでも仕方ないではないか。「足を知る」とは、常に、有り難うと感謝の気持ちを抱くことである。 今日の日本経済新聞の一面に「総人口の推移」という国立社会保障・人口問題研究所のグラフが掲載されていた。それによると、これからの日本の人口は2006年にピーク(12774万人)となり、その後は、次のように減少するという。 高位推計(多かった場合):::2050年に10825万人/2100年に8176万人 中位推計(普通の場合):::2050年に10059万人/2100年に6414万人 低位推計(少なかった場合):::2050年に9203万人/2100年に4645万人 経済の予測はほとんど外れるが、人口の予測はほとんど当たると云われている。2年後にピークを迎えて減少に転じ、最悪の場合は今世紀末には1900年の水準(4385万人)近くまで戻ることになる。人口が減ることに危機感を持つ人が多いが、わずか100年で3倍近くまで人口が増えたことが異常なことであり、これからは減って当然、と考えるべきである。 さて今日は、午前中は事務所で診断報告書を作成する。ここ数日報告書の作成が続いている。なんとか報告書を一つ完成することができた。13時前に家に戻ってお昼を食べる。13時半には家内と一緒に上の息子が通っている中学校に向かう。今日は三者懇談なのである。上の息子の成績や学校での活動などについて先生から話を聞き、また今後のことを相談する。上の息子は来年は三年生になるから、いよいよ高校受験なのである。まぁ学歴など関係ないと思っているわたしであるが、さすがに息子が中卒というのはちょっと・・・と考えてしまうのである。
その後、金融機関で用足しをして、夏物のバーゲンセール中である馴染みの洋服屋さんタマヤに寄る。今日はアイスコーヒーとシュークリームをご馳走になってしまった。有り難うございます。
それからドラッグストアで買い物をして、甲府駅で夏休みの家族旅行の切符を購入した。家族旅行をするのは久しぶりのことで、この夏は瀬戸内寂聴さんが住職を務める天台寺に行って、月に一回の法話を聞いてくるのである。夕方は再び事務所で報告書の作成をする。切りがついたところで店じまい。家に戻ったのは19時半であった。そして今、日記を書いている。 >>> 心の白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! <<< ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ 2004.7.14(水) 4時半過ぎに起床といつもよりちょっと早起きした。さっそく玄関先に行き愛宕山の仏舎利塔に向かって合掌。「今日も一日よろしくお願いいたします」。昨日気象庁が関東甲信地方の梅雨明けを発表したことを現わすように、雲一つない青空が広がり、東の空はうっすらとピンク色に染まっている。チュンチュンという小鳥のさえずりが心地よく気持ちを和ませてくれる。また、湿度もあまり高くなく、爽やかで清々しい朝である。自然の恵みに感謝!。 今日の松下幸之助の一日一話は「資本の暴力」と題して「事業を行なう限り利潤の確保に努めることは当然だが、それは適正な競争によるべきで、手段を選ばぬ過当競争はいけない。ところが現実には自社製品の市場シェアを高めることのみ考え損を覚悟で売る姿が見るけられる。これは資本による暴力であり、大企業がこの暴力的行為に出れば、その業界は大いに混乱し、業界の信用を低下させる。このような暴力は厳しく自戒すべきである」という内容である。 企業が自社製品を損を覚悟で売ることは、普通は自滅行為である。しかし、大企業が資本力を武器に一時的に損を覚悟で自社製品を投入して市場シェアを一気に高めるという戦略をとることがある。これは最初の段階では生産量が少ないため、売るだけ損が出るが、生産量が多くなり一定の量に達すると損が出なくなり、さらに生産量が多くなると利益が出るという、スケールメリットが働くことを前提とした戦略である。一定以上の市場シェアを獲得(一般的には60%以上のシェア)した企業に対抗することは不可能といっていいほど難しいといわれる。だから、一時的には損を出すことを覚悟して一気にシェアを獲得して、圧倒的な市場優位に立つことを狙うのである。 最近の例では、ヤフーがADSLを損を覚悟の低価格で提供したことがこれに当たる。一気にシェアを獲得して市場優位に立てば、将来は利益を独占できると踏んでのことである。今の日本ではこのようなやり方が非難されることは少ない。むしろ、それが競争を促し企業努力を引き出し安くて品質のいい製品・サービスの普及につながると、歓迎する向きが多い。今回の参院選で当選して政治家になった竹中平蔵経済・財政大臣の経済路線などはそれに近いものだと思われる。いわゆるアメリカ型の経営である。たしかにこのやり方によって、品質のいい製品・サービスが普及するという面は否定できない。しかし、これがはたして健全な経済活動といえるだろうか。このようなやり方がまかり通れば、常に資本力がある大企業が勝つことになり、中小企業は対抗することができなくなる。本来あるべき姿は、企業努力により従来と同じ品質を保ちながら、かなり安い製品・サービスを提供しても利益が確保できるというビジネスモデル(経営の仕組み)を構築できたときに、その製品・サービスを市場に投入すべきであり、これが松下翁の言う「適正な競争」であろう。そのような「適正な競争」のなかで、中小・零細企業は大企業に対抗することが可能となるのであり、これが健全な経済活動だといえるのではないだろうか。 今日の山梨日日新聞には「内閣支持初の40%割れ」と題して、小泉内閣の支持率は38.9%と前回調査から16.0ポイントも下落して、不支持率は51.0%と初めて50%を上回ったと報じている。また、政党支持率では自民党が28.8%(前回比5.5ポイント減)、民主党が27.8%(同13.5ポイント増)と二大政党が拮抗したと書いてある。朝日新聞の世論調査では自民党の支持率は27%、民主党は29%を民主党の支持率が自民党を超えたという。日本人というのはバランス感覚に優れているなぁとつくづく感じた次第である。小泉さんにはもう騙されないぞ、だから支持しない。しかし民主党も怪しいものだ、だからほどほどに支持しとこう、ということであろう。 日本経済新聞の「やさしい経済学」という欄では、今日から「所得格差と再分配」と題して、大阪大学の大竹文雄教授の連載がはじまった。題名に惹かれて読んでみたが、なかなか為になりそうである。いくつかの統計調査を引用した文章であったが、たとえば、電通消費者研究センターの調査によると、「勝ち組」と意識している人の割合は、年収1千万円超で約58%、同5百万円〜1千万円で約30%、年収5百万円以下で約20%だという。つまり、年収が多いほど「勝ち組」と意識している人の割合が高い、ということである。また国民生活選好度調査(内閣府)によると、収入や財産の不平等感を感じている人の割合は年々上昇傾向にあり、2002年には22%に達した。これもまた、さきほどの「勝ち組」意識と同様、所得格差が拡大していることを現わしている。この連載では、格差拡大に対する価値判断、格差に対する認識などを掘り下げるという。楽しみである。 さて今日は、8時半過ぎに家を出て打ち合せ場所に向かった。9時に会場に到着。さっそく打ち合せを開始。とある調査事業の委員兼ワーキンググループの主査という大役を務めさせていただくことになった。有り難いことである。その後県庁に行き用足しをしたあと、先日夢甲斐塾の入塾式でお世話になった商工総務課に伺いお礼をした。そして同じフロアにある診断担当のIリーダーと雑談をしてから県庁を出た。それから事務所で昨日途中まで仕上げた報告書を作成した。 昼間は上の息子とエクランにあるあのラーメン屋さんに行ったが、何と休みであった。休み無しでやると言っていたのに・・・。やはり、体力的に相当きついのであろう。仕方ないから息子の食べたいものを優先して他の店でカレーを食べた。コメントはしないでおこう。
エクランを出て近くの商店街にある眼鏡屋さんに向かう。息子の眼鏡が壊れたので治してもらうためである。本当の用事はこれで、どうせならとあのラーメン屋さんに行くことにしたのである。ところが、何と眼鏡屋さんの店長が研修で外出中とのことで眼鏡の修理もできないこととなった。これでは何のために出掛けたのかわからないが、まぁこんなことでもなければ上の息子と二人で出掛けることなどなかったであろうから、いい機会になったと感謝することにした。 また事務所に戻り報告書を作成する。ようやく完成した。夕方、眼鏡屋さんの店長が帰ってきたと連絡があったので息子と一緒に再度店を訪れた。近所だからと息子を店に残して、わたしは長坂町に向かったのである。 商工会を経由して会議の会場に移動。会議が終了したのは22時前であった。家に戻ったのは23時である。そして今、日記を書いている。早く寝ることにする。 >>> 心の白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! <<< ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ 2004.7.15(木) 起きたのは6時と寝坊してしまった。まだ眠い・・・。さっそく玄関先に行き、たばこを一服。愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって「今日もよろしくお願いします」と合掌した。あまり湿度が高くなく清々しい朝である。晴れ渡った東の空が美しい。自然の恵みに感謝である。 松下幸之助の一日一話は「ありがたいお得意さん」と題して「お得意さんの中には、これはよくできている、と嬉しくなるようなことを言って買ってくださるお得意さんもあれば、こんなものはダメだ、と持って帰れと言わんばかりのお得さんもある。ほめて買ってくだされば一番いいけれど、そんないいお得意さんばかりでもかえって具合が悪い。世の中を甘く見、勉強しないようになるからである。厳しいお得意さんもまたありがたいお得意さんと言える」という話である。 わたしも「厳しいお得意さんの苦情には感謝すべきである」とよく言っている。お得意さんの苦情を真摯に受け止めて対応している企業には素晴しい業績を残しているところが少なくない。どんなに優れた企業でも、提供している製品・サービスがすべて素晴らしいということはあり得ない。必ず問題のある製品・サービスが紛れ込んでいるものである。それを教えてくれるのがお得意さんの苦情である。普通のお客さんなら問題に気がついてもそれを口に出してわざわざ教えてくれない。そして二度とその企業の製品・サービスを利用してくれない。つまりお客さんを失うことになるのである。その点、苦情を言ってくれるお得意さんは、その製品・サービスの問題点を指摘してくれるから、企業はその対応策を練ることができる。そして製品・サービスは改良され、多くのお客様に満足をしていただくことができる。つまりお客さんを増やすことができるのである。 またお得意さんの苦情をきちんと受け止められる経営者というのは、よく勉強している経営者である。万事研修。どんなところからも学ぶことができる。本を読んだり講演会に行ったりすることだけが勉強ではない。目の前で起こっている平凡な出来事でも、目を凝らし耳をそばだてていると何かしら学ぶことがあるはずだ。学ぶことがないと感じる人はアンテナの感度が落ちていると気づくべきである。「平凡の中に真理がある」。夢甲斐塾・塾長上甲晃先生の言葉である。 日本経済新聞の「経済教室」には「食料自給率にこだわるな」と題して本間正義東京大学教授の論文が掲載されている。食料自給率の低下を安全保障に結びつけて不安に思っている国民が多いのは、有事の際に食料が確保されることを政府が保障していないからだ、と書いてある。そして、有事によって食料の供給危機が起こった場合に「配給制度」と「国内生産の増大」でこれを乗り切ることが詳細なマニュアルになっているスイスから学ぶことは多いとしている。また、本来、食料安全保障は軍事やエネルギー問題と同様、総合安全保障の一環と位置づけ、有事法制の中に組み込むべきであると提案している。ここまでは、まったく同感である。 しかし、食料自給率の低下を国民の選択の結果として、食材は世界中から手に入り食生活は豊かになった。自給率の低下はこのように貿易の利益の実現の裏返しである、という主張には同意しかねる。 わたしの考え方は、食生活に関する国民の選択は米国に巧みに誘導された結果である。いわば米国の戦略に取り込まれているのであるが、そのことに多くの日本人が気づいていないことが問題なのである。自給率を高めることは、やはり必要であり、それは決して難しいことではない。 国産の食料を購入して食べるだけのことである。安ければいいという経済至上主義をやめて、ちょっと高いけれど安心・安全な国産の食料を購入することである。国産なら安心・安全とは限らないと考える人もいるだろうが、そんな人には「コープやまなし」の組合員になることをお薦めする。 わたしはこの7月から「コープやまなし」の員外理事を務めされていただいているが、その産直に対する取り組みは素晴しいものがある。わが家もコープやまなしを利用しており、スーパーなどにはほとんど行かない。なぜなら、コープやまなしの方が安心だからである。ただし、値段はちょっと高めなので、経済至上主義の人には向かないかもしれない。わたしは経済至上主義を捨てて、幸福至上主義で生きている。だから、毎日幸せである。 さて今日は一日事務所で内勤である。 午前中は新しい診断報告書を書き始めた。切りがついたのは13時。一旦家に戻り、昨日休みで食べることができなかったあのラーメン屋さんに向かう。エクランのエスカレーターを昇って店に近づくと今日はたしかにやっている。よかった、よかったと思いながら店に入り、醤油らあめんを注文。しばし五木寛之の「運命の足音」読みながら待つ。すると出てきました、出てきました、あのラーメンが、さっそくスープを飲む。やっぱり美味い。次に麺を啜り込む。これまた美味い!先日かなり有名なラーメン屋さんでラーメンを食べ、うん、美味いと感心したが、やっぱり、ここのラーメンが一番である。帰り際に精算しながら休みの日を確認すると第二第四水曜日が休みだという。あのラーメン屋さんのファンは覚えておくべし。
写真はあのラーメン屋さんを出てから撮影した。満足して家に戻り、HPを途中まで更新してから事務所に向かった。午前中の続きで診断報告書を作成した。18時前に何とか完成した。これでヒアリングを終えた全ての企業の報告書を完成させた。やれやれである。その後、資料で埋まった事務所を整理して、五木寛之の「運命の足音」を読み始めた。そして読破した。 読み終わるまでにちょっと日数がかかってしまった。それにしても五木寛之が心の中にしまっておいたお母さまの死に至るまでの凄惨な出来事には驚かされた。家に戻ったのは19時半。 今日の夜は夢甲斐塾4期生が会合を開く。わたしもちょっと顔を出すため、20時過ぎにに家を出た。会場に着いたのは20時半、すでに13人の4期生とOBが二人参加して会議は始まっていた。
「4期生として何をしたいのか」というテーマで活発な議論が行なわれた。出された意見は「山梨発見(見直し)」、「食・住・遊・観」、「乗馬体験」、「有機農法(農園)」、「ラジオ・テレビ番組を作る」、「甲府の中心部でイベントをする」などである。最終的には14人の4期生とOB4人が出席して会議を盛り上げた。4期生は粒ぞろいで、今後の活動が期待される。 わたしは会議を途中で抜け出し、家に戻ったのは22時半前であった。そして今、日記を書いている。明日は駅前掃除だ。早く寝ることにする。 >>> 心の白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! <<< ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ 2004.7.16(金) 4時半過ぎに目が覚めた。眠かったが今日は駅前掃除だから起きることにした。さっそく玄関先で愛宕山の仏舎利塔に向かって合掌。「今日もよろしくお願いします」。煙草を燻らせながら東の空を見る。ほんのりとピンク色に染まった空は美しかった。自然に感謝。 松下幸之助の一日一話は「仕事は無限にある」と題して「不景気で仕事がないと言うが、今後百年の日本を考えてみると、その間にほとんどの建物、橋、道路をつくり替えねばならないなど、仕事は無限、困るほどにある。こういう見方をせずに、みずから仕事がないようにして、不景気にしているのが今の日本の実情である。ものの見方を変えないといけない、発想の転換をしなければならない。そうすれば、無限の仕事があることがわかる」という話である。 夢甲斐塾・塾長上甲晃先生が百年先ということをよくおっしゃっているのは、この松下翁の考え方を引き継いでいるからだと思う。単に百年先を見よ、百年先に思いを馳せよと言われても、なかなかピンとこないかもしれない。たしか安井至さんが「環境と健康」という本に「人間の遺伝子というのは目先のこと、しかも自分のことしか考えられないようにできているという。百年先なんて自分が死んでからのことなど考えられないらしい。しかし、それでは環境はドンドン悪化するので大脳で考えることが必要である」というようなことを書いていた。 つまり、普通に平凡に生きていると目先のこと、自分のことしか考えられなくなるのである。仕事についても同じで、普通は目先のこと、利益につながることしか考えられないのだ。だから、松下翁のように、ものの見方を変えること、発想の転換をすることが大切であり、それは大脳、つまり自分の頭で意識的に見方や発想をコントロールすることだと思う。ぼんやり生きていないで、常に百年先を思い描き、今やっていることが百年先にはどのように評価されるのであろうか、人や自然にとっていいことなのだろうか、などと考え続けることが大切だと思う。 目先の視点では見えてこないことが、百年先の視点だと見えてくることがある。たとえば、絶対に売れると確信できる子供向けの製品を開発したとしよう。しかし、それ製品が子供たちに悪影響を及ぼす恐れがある場合、目先の視点で捉えれば、ドンドン売ることになる。しかし、その子供たちの百年後、つまり子供たちの子供、あるいは孫の世代に思いを馳せれば、売ってはいけないという判断になるはずである。恐れがあるのに売ってしまった企業と、恐れがあるものは一切売らなかった企業と、お客様はどちらを支持するであろうか。答えは自明である。 今日の日本経済新聞には、「日本、安全ではない55%」と題して、昨日内閣府が発表した「安全・安心に関する特別世論調査」の結果が掲載されている。「今の日本は安全・安心な国だと思わない」と答えた人が55.9%と、「安心な国だと思う」の39.1%を大きく上回ったという。「身の回りで増えたこと」として41.0%の人が「情緒不安定な人、すぐキレる人」を挙げているという。「安全・安心な国だとは思わない」理由は、「少年非行、ひきこもり、自殺などの社会問題が多発している」がもっとも多く、以下、「犯罪が多いなど治安が悪い」、「雇用や年金など経済的な見通しが立てにくい」、「国際政治情勢、テロ行為など平和が脅かされている」、「医療事故の発生など医療に信頼がおけない」、「食品の安全が脅かされている」、「学校崩壊や学校の安全性の低下など教育環境が悪い」、「社会の連帯感が弱い」と続いている。 このような調査結果を見ると、松下翁が言った「今後百年の日本を考えること」がいかに大切なことかがわかる。そして目先の損得を超え、百年先を思い描くように、自分の意識をコントロールすることが求められているのだ。 さて今日は駅前掃除の日である。6時に甲府駅前に到着した。すでに3期生のMさん夫妻(+赤ちゃん)、4期生のAさんとその友人が来ている。わたしもさっそく掃除に加わる。やがて4期生のSさん、2期生のSさん、1期生のNさん、3期生のSさんが合流し赤ちゃんを含めると10人。こんなに集まったのは久しぶりである。やはり大勢参加してくれると嬉しいものだ。
掃除の後は、いつものファミレスで意見交換会兼食事会。今日の話題は昨夜開催された4期生の会合のこと、来週水曜日に開催する読書研究会のことなどであった。実に楽しいひとときを過ごすことができた。ファミレスを出たのは7時半過ぎ、家に戻ったのは8時前。いつものように家の周りを掃除してから、HPを更新した。 その後事務所に向かう。あるTSOSから依頼された診断報告書を作成する。昼食を食べに家に戻り、ちょっと読書をする。来週の水曜日に開催される読書研究会の課題本である本田健著「スイス人銀行家の教え〜お金と幸せの知恵を学ぶ12のレッスン」を読み始めたのだ。本田健さんの本は「ライフワークで豊かに生きる」と「夢をかなえるお金の教え豊かさの知恵」という二冊をすでに読んでおり、その考え方には共感するところが多い。 再び事務所に向かい、午前中の続きの報告書を作成する。今日中に完成させたかったが、やや手間どり、切りがついたところで終わりにした。明日半日で仕上げよう。家に戻ったのは20時前。そして今、日記を書いている。それにしても暑い一日であった。 >>> 心の白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! <<< ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ 2004.7.17(土) 5時半に起床。さっそく玄関先で愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって「今日もよろしくお願いします」と合掌した。たばこを燻らせながら新聞に目を通す。それほど蒸し暑くなく過ごしやすい朝である。東の空に浮かぶ雲の模様が美しい。自然に感謝、である。 松下幸之助の一日一話は「自他相愛の精神」と題して「個人と個人、国と国との争いは、相手を、社会全体を、世界全体を混乱される。争いの大きな原因は、自他相愛の精神の欠如である。その精神の大切さは昔から説かれているが、いまだに争いが絶えないのは、人びとがその大切さを真に悟っていないからだと思う。争いはみずからをも傷つけることを知り、人類に平和をもたらすために力を合わせることが肝要である」という内容である。 自他相愛の精神とは、自分を愛するように他人を愛し、自国を愛するように他国を愛することだと松下翁は説く。松下翁の薫陶を受けた夢甲斐塾塾長・上甲晃先生は「自分の損得を超えよ、他人の損得を自分の損得のように考えよ」と説く。 「サンユッタ・ニカーヤ(主題ごとに整理された教えの集成)」という原始仏典にある「マッリカー」という有名な物語・・・ある国王がお后に言った。「そなたには、自分よりももっと愛しい人が、だれかいるかね」と。お后はこう答えた。「大王さま。わたくしには、自分よりももっと愛おしい人はおりません。あなたにとっても、ご自分よりももっと愛おしい人がおられますか?」。国王は「マッリカーよ。わたしにとっても、自分よりもさらに愛おしい他の人は存在しない」。国王はだれもが自分が一番可愛いのだとお后との会話により気づかされる。しかし釈然としないので、お釈迦さまにこのことを話した。するとお釈迦さまはこう言った。「どの方向に心で探し求めてみても、自分よりもさらに愛おしいものをどこにも見出さなかった。そのように、他の人々にとっても、それぞれの自己が愛おしいのである。それ故に、自己を愛する人は、他人を害してはならない」・・・。 経営コンサルタントの船井幸雄さんも「誰もが自分を一番大切に思っている。だからこそ他人を大切にしなければいけない」というようなことを言っている。つまり、自分を愛するように他人を愛しなさい、という自他相愛の精神である。 言われてみれば、当たり前のことである。自分が人から悪口を言われたら嫌な気持ちになるから人の悪口を言うのはやめなさい、というようなことである。 しかし、人間というのは、その当たり前のことができない。仏教には「諸悪莫作、衆善奉行(しょあくまくさ、しゅぜんぶぎょう)」という言葉がある。「悪いことはするな。いいことをいっぱいしなさい」という意味である。「そんなことは、3歳の子どもでも知っている」ことである。しかし「3歳の子どもでも知っていることを、80歳の老人ですら実行できない」ことである。 自他相愛の精神も同じであろう。子どもでも知っていることだが、いい大人になってもできないことなのである。「平凡の中に真理がある」と説いた上甲晃先生の言葉を噛みしめていきたい。 今日の日本経済新聞には「日本人の平均寿命」と題して、日本人の2003年の平均寿命は女性が85.33歳、男性が78.36歳といずれも4年連続で延び、過去最高を更新したと書いてある。しかし、男女の平均寿命の延びは02年が男性0.25歳、女性0.30歳であったが、03年は女性でも0.10歳まで鈍化したそうだ。死因の死亡率を分析すると、がんなどの三大死因による死亡率の低下が平均寿命を延ばした半面、自殺の増加が平均寿命を押し下げたことが分ったという。03年の自殺者は前年より2千人以上多い約3万2千人で過去最多だという。 今の日本が危機的な状況にあるのは自殺者の数に現れている。自殺は人間に与えられた特権と考えることもできるが、養老孟司さんが言うように、人間の致死率は100%である。誰でも必ず死ぬのである。やがて死ぬのであるから、急いで死ぬことはない・・・。 仏教の根本思想のひとつに「無常」というのがある。「常が無い」ということであり、わたし達も世の中も変わり続けてるから常という状況はない、ということである。ということは、今日は悪い状態でも、明日は良い状態になるかもしれない。しかし明後日はまた悪い状態に戻るかもしれない。そんなふうにどんどん自分も周りの環境も移り変わっていきますよ、いうことである。 そう考えると、そのような「無常」の中で、今、生きているということは有り難いことなのである。人間というのは、生きているだけで有り難い存在なのである。そう思うことができれば、自ら生きることを絶つことはできないと思うのである。常に感謝の気持ちを抱いていたいものだ・・・。 さて今日は土曜日である。HPを更新して入浴してから渡辺篤史の建もの探訪を見てから、事務所に向かった。 昨日の続きの報告書を作成する。完成したのは14時前であった。これで依頼されていた診断報告書をすべて書き終えた。家に戻って遅い昼食を食べてから、家内と下の息子を連れて買い物に出掛けた。
まずは石和のユニクロに行き、浴衣を購入した。浴衣と帯と下駄を購入して4千円弱とバカ安である。ユニクロは偉い。家内は息子どもの洋服を購入したようだ。
その後、イトーヨーカドー昭和店に行き、息子が食べたがっていたサーティワンのアイスクリームを食べた。家に戻ったのは18時。そして今日記を書いている。明日は坐禅会だ早く寝るぞ。
>>> 心の白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! <<< ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ 2004.7.18(日) 5時ちょっと前に起床。さっそく玄関先でたばこを一服してから、愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって「今日もよろしくお願いします」と合掌した。昨夜は雨が降っていたため、いつもより随分涼しく、爽やかな朝であった。 松下幸之助の一日一話は「公事のために人を使う」と題して「企業の中にはさまざまな職種があるが、それどれをとっても、一つとして私の仕事はない。みな、企業が事業を通じて社会に貢献していくために必要なものである。その必要な仕事をやってもらうために人を雇い、使うのである。常に社会の公器としての企業の使命というものに照らして、何が正しいかを考えつつ、人を使うように心がけなくてはならない」という内容である。 わたしが提唱する心の経営では、企業が事業を通じて社会に貢献していくことを、いわば当たり前と捉える。したがって、社会に貢献することよりも利益を捻出することを優先する経営姿勢を否定している。しかし、現実には利益を捻出することを優先する企業の方が圧倒的に多いことを、経営コンサルタントの仕事を通じて痛感している。しかし、これではいけない。こんなことを続けていくと日本はドンドンおかしな方向に走ってしまう、という思いで「利益は社会貢献の結果」と考える「心の経営」の考え方を力説している。そして「心の経営」を実践している企業を事例として紹介している。しかし、松下翁のような本当の意味で立派な経営者が少なくなってしまった現在では、若い経営者がお手本とするような「心の経営」を実践する企業を見つけることは、なかなか大変なことである。全国的にみれば稲盛和夫さんが名誉会長を務める「京セラ」とか、鍵山秀三郎さんが相談役を務める「イエローハット」などの名前が浮かぶくらいであろうか。しかし、身近に県内をみると、観光カリスマである舩木上次さんが社長を務める「萌木の村」、わたしの尊敬する経営者である長谷部勝也さんが代表を務める「フランス料理店ベルク」、以前講演会を聴いて感動した細谷憲治さんが会長を務める「ホテル鐘山苑」を直ぐに思い浮かべることができる。そして、数百年の歴史がある地場産業の老舗「印傳屋上原勇七」もそうであろう。 夢甲斐塾塾長・上甲晃先生が毎月発行している「デイリーメッセージ」が昨日届いた。読んでみると「何かが違う」と題して「印傳屋上原勇七」のことが書いてある。 「パリなどに出かけた時、グッチだ、ヴィトンだなどと目の色を変えている女性を見ると、それが自分の妻や娘であったとしても、軽薄さをなじりたくなる。『やっぱり日本人は、甲州印伝でなければならない』と盲信している私」とベタ褒めである。そして、次のように続く。 「私は、財布入れ、名刺入れ、ベルトなどの日常品に限り、甲州印伝を愛用している。何よりも、私でも買える程度の価格なのがありがたい。妻はいつも、バッグがほしいと言う。ルイヴィトンなら首を大きく横に振る私も、甲州印伝なら首を縦に振ってもいいかと思わないこともない。聞くところによると、二十万円以上の価格のものを買うと、『生涯保証』とか。お買い上げいただいたお客様の名前を登録して、『一生涯、保証します』との心意気は、まさに志の姿である」。 実は、夢甲斐塾4期生の懇談会が開催された先月25日、わたしは甲府駅まで上甲先生を迎えに行き、そのまま県庁で上甲先生と商工労働部長との顔合わせを兼ねた会談に随行した。会談が終了してから懇談会がはじまるまでにちょっとした空き時間があったので、印傳屋上原勇七本店にある印傳屋博物館にご案内したのである。本当はフランス料理店ベルクにお連れしたかったのであるが、時間が足りなかったという事情もある。 印傳屋博物館には偶然にも上原勇七さんがいらっしゃったので上甲先生をご紹介した、というのが舞台裏である。上甲先生は印傳屋の幹部社員と随分長い時間話をしていた。わたしも、それとなく聞いていたが、「さすが印傳屋だ」と思わせる話が多く、事業を通じて社会に貢献するという企業の姿勢がひしひしと伝わってきた。 さて今日は坐禅会の日だ。家内と一緒に6時前に円光院に向かった。到着したは5分前とちょっと遅かったので早足で本堂に入り準備をした。そのためか息遣いを整えるまでに時間がかかった。今日は参加者が少なく、ちょっと寂しかった。坐禅のよさを身体で感じるためには毎週続けて参加することが大切だと思う。わたしも家内も今まで一度も休んでいないので、そのことはちょっと誇れるような気がする。坐禅のあとは茶礼。お茶をいただきながら住職の話などを聞いた。
いい話が多くてとても勉強になった。その後、すぐ傍の市民霊園に行きわが家のお墓にお線香をあげてから家に戻った。8時半であった。それから朝ご飯をいただいた。坐禅会のあとで食べるごはんは本当に美味しいのである。自然に、感謝!という気持ちになる。 今日の午前中はゆっくり過ごすことができた。こんなにのんびりしたのは久しぶり 。感謝である。午後から事務所に行って、週刊メッセージを作成した。先週今週と生き方塾と創業塾の第一回目のレジュメ概要版を作成した。これに肉付けすれば塾で使用できる。しばらく週刊メッセージで塾のレジュメを公表することにする。夕方は、家内と一緒に近くのスーパーに買い物に行く。今日の晩ご飯は親世帯と一緒に食べることにしたため、その準備である。わたしは大好物である焼き鳥を購入したので大満足である。冷酒も購入したので、ちびりちびりとやりながら焼き鳥を食べることにする。う〜ん、幸せである。焼き鳥と冷酒で幸せになれるのだから安いものである。
>>> 心の白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! <<< ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ 2004.7.19(月) 起きたのは5時半とちょっと寝坊した。昨夜早く寝たのでたっぷりと睡眠をとることができた。さっそく玄関先に行き、愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって「今日もよろしくお願いします」と合掌した。そして、煙草を燻らせて、朝の空気を味わった。昨日に続き涼しくて爽やかな朝である。松下幸之助の一日一話は「会社の病気の早期発見」と題して「癌は早期発見すれば治すことができるが、手遅れという場合も少なくない。それは会社の経営にも当て嵌まる。気がついたときにはもう末期の状態で手のつけようがないということが往々にしてある。だから、どんなに順調に発展している会社・商店であっても、常に自己診断することを怠ってはならない。欠陥を早く知ることができれば、手当も可能である」という内容である。 わたしは経営コンサルタントが本業であるが、昨年度は中小企業再生支援協議会の仕事を通じて企業再生の相談を多数受けた。そして今年度は企業再生の可否を判断する経営診断を依頼されることが多い。その仕事を通じて感じるのが、松下翁の言う「早期発見」の大切さである。 相談を受けたときに「なぜ、もっと早く相談に来なかったのか」、「なぜ、もっと早く気がつかなかったのか」ということをよく感じる。その理由を辿っていくと、経営者の財務的知識の不足にあることが多い。企業の業績は決算書に現れる。人間でいえば健康診断書である。会社の経営に問題が起これば、必ず決算書のどこかに現れているのである。決算書を読みとるには財務的知識が必要であるが、その知識が不足しているため、決算書に現れている問題を読みとることができない経営者が少なくない。20世紀の高度経済成長から安定成長の時代であれば、経済全体が伸びているから、経営者に財務的知識が乏しくても、何とかなったかもしれないが、バブル経済崩壊後から現在にかけてはそうはいかないのである。 今こそ、経営力が問われているのだ。もちろん財務的知識=経営力ではない。財務的知識は経営力の一部を読みとる能力であり、一部とは数字で現わされた経営活動の結果のことである。一般的に優秀な企業とは、数字で現わされた経営活動の結果がいい企業のことをいう。 経営者たるもの自分の会社の経営活動の結果として現わされた数字を良否を読みとることができなければいけない。当たり前のことであり、それを読めないということは恥ずかしいことである。しかし、それを読めない経営者が少なくないというのが現実の姿である。 財務的知識を習得することはけっして難しいことではない。独学だと体系的に把握することが難しいのできちんと理解できないかもしれないが、専門家に体系的に教えてもらえば、きちんと理解できるはずである。財務的知識の乏しい経営者は講座やセミナーなどに参加して体系的に学ぶことをお薦めする。その際、講師の評判をチェックすることがポイントである。財務的知識は専門用語が多いので、それが一つのハードルになっている。専門用語がぽんぽん飛び出る講師が受け持つ講座やセミナーは受講すべきでない。初心者は付いていけないだろう。体系的に全体像を示して、できるだけ平易な言葉で、必要なところにポイントを絞って話をしてくれる講師の講座やセミナーを受講すべきである。わたしの「創業塾」はそれを心がけている(ちょっと宣伝・・・)。 今日の日本経済新聞に掲載されていた「ゼミナール、ニッポンの観光戦略G」に富士河口湖町の取り組みが紹介されていた。2003年11月に町村合併で誕生した富士河口湖町は、海外からのアクセス面では不利な地域だが、人口約2万4千人の町が約8万5千人もの外国客を集めているという。そしてその背景には河口湖から眺める富士山の眺望と温泉の存在があると書いてある。国際観光振興機構がまとめた調査によれば、都道府県別外国人客来訪率で山梨県は11位であり、大都市圏を除けばさらに上位になり、富士山の人気の高さがうかがえるとしている。 無いものを嘆くな、有るものを生かせ、という言葉がある。山梨には有るものは沢山ある。たとえば富士山である。八ヶ岳もそうだし、南アルプスもそうだ。そういうものを生かせるかどうかが地域活性化の分かれ目になる、ということだろう。富士河口湖町の取り組みは素晴しいと思う。 今日の午前中は、まず恒例のトイレ掃除を行ないシャワーを浴びてから事務所に行く。MTS会から依頼されているアンケート調査票(案)を仕上げてメールで送付した。お昼には自宅に戻って昼食を取る。13時には韮崎市に向かった。NKKMWに参加。直接的な仕事ではないが、今後実施する予定の仕事の参考にするためである。50名くらいが参加してグループに分かれて熱心に議論を交わした。いろいろと参考になった。
終了したのは17時前。家に戻ったのは17時半を回っていた。そして今、日記を書いている。今夜は幼馴染みとの納涼会がある。きっと遅くなるので日記はここで締めることにする。 >>> 心の白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! <<< ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ 2004.7.20(火) 昨夜は幼馴染みとの納涼会で帰宅したのが2時を過ぎていた。6時に起きて、近所の自販機までたばこを買いに行く。その時見た西に広がる青空と浮かぶ雲が美しかった。玄関先で、愛宕山の仏舎利塔に向かって「今日もよろしくお願いします」と合掌してからたばこを燻らせて新聞記事を眺めた。そして、寝室に行き新聞記事を選んでから、また寝た・・・。再び目が覚めたのは9時を回っていた。そして今、この日記を書き始めたところである。 松下幸之助の一日一話は「仕事の上手に」と題して「日本の武道の一つに『弓道』があるが、達人の域に達すると、眼かくしをして矢を放ってもピシャリと的を射るという。この域に達するには一朝一夕では覚束ない。一歩一歩上達していくのである。『仕事』にしても、これと同じことが言えると思う。『仕事の名人』まではいかなくとも『仕事の上手』にはなれると思う。百本の矢を射れば、少なくとも八十本は的に当たるという『上手』の域まで高めたいものである」という内容である。 どんな仕事でも、また趣味の分野でも、達人とか名人の域に達した人がいる。それらの人に共通なのは、 その仕事や趣味が「好き」だということである。「好きこそものの上手なれ」という言葉があるが、「好き」なことでなければ達人とか名人の域に達することは難しいと思われる。 よく「仕事は生活のためにしているのだから、好きなことを仕事にしている人などごく一部である」というようなことをいう人がいるが、「それは違う」と思う。 たしかにほとんどの人は自分が決して好きではない仕事に就いているのかもしれない。しかし、その仕事を好きになればいいではないか。好きなことを仕事にすることはできないことかもしれないが、今している仕事を好きになることはできることである。このように考えてみたら どうか、と言いたい。そんなことを言うと「そんなことはできない」とすぐに否定する人がいる。しかし、「できない」と思ったら100%できない。「できる」と思った人だけができるのである。 日経流通新聞の連載コラム「伊藤元重のマーケティング講座」では、「3分間のお幸せ」と題して、「消費者は24時間という時間制約の中で、あくせく動くだけではミタされない。2〜3年後の『大きな幸せ』という大目標に向かって無我夢中で生活する人もあるかもしれないが、多くの現代人にとって日々の安らぎは必要であり、毎日小さな幸せが必要である」とかいてある。そして「ビジネスの視点からは、こうした3分間の幸せを提供できるかどうかが成功の大きなポイントであり、これはすべての企業が問われる重要なテーマである」と結んでいる。 わたしは、この3分間を「今」と読み替えてみた。企業が提供する商品・サービスが「今」のお客様の幸せに貢献しているかを問うているのだと思う。そして「今」も「将来」もお客様の幸せに貢献するような商品・サービスが本物 であり、そのような商品・サービスを提供する企業が本物の企業だと思う。これからは、「本物」しか生き残れない時代なのだ。 さて、ここまでHPを書き上げるともう11時前になっていた。お風呂に入って病院に行く。手の指に湿疹ができて痒くてたまらないのである。塗り薬と飲み薬をいただいた。さっそく薬を付けるといくぶん痒みが治まったような気がした(気のせいかも・・・)。病院の待ち時間で今読んでいた本田健著「スイス人銀行家の教え」を読破した。本田健さんの本はこれで三冊目である。お金という切り口から入り、最後はお金が必要ない理想の世界を描く、その奥深さに感心した。 その本の中で「美学が伴うビジネス」の六つの条件が示されているところがあった。とても印象に残ったので紹介することにする。 @人を喜ばせること、A多くの人を巻き込むこと、Bお金の流れを生むこと、C関わる全員がハッピーになるような仕組みをつくること、Dリピートができる可能性を持つこと、E感動、感謝、癒やしがおこること 以上である。なかなかこの条件を全て満たすビジネスをすることは難しいと思う。この基準で測るとわたしの仕事はビジネスではないぁと思った。とくにBは難しい。しかしBがなければビジネスとは言えない。Bは経営者がいなくてもお金が回っていくような仕組みのことであり、この段階に達しないとビジネスとは言えないのである。 家に戻ってお昼を食べてから、高木善之著「新地球村宣言」を読み始めた。しかし、家ではエアコンを使わないことにしているので暑くてたまらない。ということで事務所に行った。いよいよ、来週はじまる「生き方塾」では環境問題について取り上げるが、その参考資料として必要なのだ。 夕方家に戻り、HPを途中まで書き、家内と一緒に靴量販店に行った。とにかく毎日暑いので靴など履く気がしない。涼しげなサンダルを見つけるためである。手ごろな価格のサンダルを見つけ、ご満悦で家に戻った。写真は家に戻る途中で撮影したものである。
さて、今日はこれから夢甲斐塾の例会である。19時過ぎに会場であるシグマホールに向かった。その途中に見た夕焼け空が美しかった。
道路が込んでいたので会場に着いたのは20時前であった。1-3期生の有志が集まり、今後の運営について議論をした。その内容は、@今後の例会への4期生参加について、Aチーム分けをどうするかについて、B今後の事務局体制についてである。
議論は活発に行なわれ、終了したのは22時半を回っていた。家に戻ったのは23時過ぎ。そして今、日記を書いている。軽く晩酌をして早く寝るぞ。 >>> 心の白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! <<< ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ 2004.7.21(水) 昨夜も寝たのが遅かったので、起きたのは7時前と寝坊した。今日から息子どもは夏休みである。下の息子がラジオ体操から帰ってきた。ぼ〜っとした頭のまま玄関先に行き、たばこを一服。すでに陽は高く昇っており日差しが直接目に入り眩しい。抜けるような青空が広がり美しい。もうかなり暑いが、清々しい朝でもある。それにしても昨日は甲府で39.9度まで気温が上がった。千葉では40度を超えたところもあるという。今年の夏は本当に暑い・・・。そのためか最近はあまり食欲がなく、朝起きてもお腹が空いていない。夏バテかもしれないなぁ。 松下幸之助の一日一話は「世間は神の如きもの」と題して「事業が大きくなってくると、いろいろな問題が起こってくる。その解決策の根本を求めているうちに、『世間は神の如きもの』という考えに行きついた。自分のしていることが当を得ていると、世間は必ず受け入れてくれる。世間の見方は正しい、この世間とともに懸命に仕事をしていこう、と考えている」という内容である。 松下翁がここで言っている「世間」とは「需要(ニーズ)」のことだと思われる。すなわち、企業が提供する製品・サービスが需要に合致したものであれば売れるし、そうでなければ売れない、ということであろう。それを「神の如きもの」と表現しているのだと思われる。経済がどんどん発展する過程の日本ではそのような捉え方ができたであろう。あれこれ悩まず、市場原理に従っていればよかった時代である。しかし、今はどうであろうか。「世間は神の如きもの」と素直に需要に合致したものだけを売っていればいいのであろうか。わたしはそうは思わない。むしろ、「世間は悪魔の如きもの」と考えるべきではないか。「もっと便利に」、「もっと快適に」、「もっと豊かに」という需要に応えるだけでいいのだろうか。それが、今、さまざまな問題として顕在化してきているのではないだろうか。「世間は神の如きもの」と考えてしまうと、問題はどんどん深刻になっていく。 日本経済新聞には「熱波消費かく乱」と題して、局地的な豪雨や熱波が日本列島を襲うなかで、ある都心の百貨店ではビアガーデンの売上げが前年の二倍になり、大型プールを持つホテルではオープン後の入場者数が前年の五倍になったと報じている。また、沖縄に水をあけられていた北海道への旅行客が盛り返しており、昼間短距離でタクシーを利用する人が増えているという。 同記事によると、昨日(20日)観測史上最高気温を記録したのは39.5度の東京都をはじめ、甲府(39.9度)、千葉(37.8度)の産地点であり、アメダスのデータでは、千葉県市原市牛久で40.2度、埼玉県越谷で39.7度を観測したという。関東では今日(21日)も35度を超す「酷暑」になる見通しだという。この以上熱波の原因を東京大学の山形俊男教授らは、赤道の日付変更線付近の海水面の温度が過去20年間の平均よりも1-2度高い状態が約10ヵ月続いていることに注目しているという。都心の熱波はヒートアイランド現象の影響で「湾岸部や汐留の高層ビルの建設ラッシュで海風が遮られ、熱がこもりやすくなった可能性がある。また冷房機器、自動車の熱の排出が増えたのも原因」とみられるそうだ。 今、高木善之著「新地球村宣言」を読んでいるが、その中に「ここ数十年、地球は随分暑くなったように感じるが、地球平均の温度上昇は50年間で0.3度しか上がっていない。ところが、今後100年で平均4度、最大5.8度の気温上昇が予測される」と書いてある。二酸化炭素などの温暖化ガスが増加し、地球の気温が徐々に上がる「地球温暖化」問題である。 この地球温暖化問題は、「もっと便利に」、「もっと快適に」、「もっと豊かに」という「世間は神の如きもの」という考え方で進んできた近代文明が引き起こしたものといえる。この夏の猛暑が地球温暖化の影響かどうかは、わからないが、暑いからエアコンを使いタクシーに乗るという生活を続けていると、間違いなく温暖化ガスが増加する。つまり、地球温暖化が加速することになる。 つまり、昔のように「世間は神の如きもの」と考えてしまうと、問題はどんどん深刻になるだけである。「世間は悪魔の如きもの」と考え、「もうこれ以上便利・快適・豊かにならなくても、いいじゃないか」という発想が、すでに「便利・快適・豊か」を手に入れた先進国において求められる。 さて今日は午前中事務所で細々とした作業を行ない、午後一でやまなし産業支援機構内にある山梨県中小企業再生支援協議会で打ち合せを行なう。その内容は秘密である。
この協議会には昨年夏から今年の春まで「窓口専門家」として週に一回程度勤務していた。今年度は外部の専門家としての参加である。打ち合せのあとは企業に伺ってヒアリング。再び協議会に戻り、今後の仕事について打ち合せをして帰路についた。途中で、馴染みの美容院であるクラブカットに寄り散髪してもらった。 前回からまだひと月も経ってないが、毎日クソ暑いので髪の毛がちょっと伸びただけで気持ちが悪いのである。思い切って坊主のような髪形にしてもらった。あぁほんとうにさっぱりしたぞ〜っと家に戻った。すぐに着替えてフランス料理店ベルクに向かう。 今月から夢甲斐ネットの読書研究会の会場としてベルクを使用させていただくことになったのである。今日の課題本は、本田健著「スイス人銀行家の教え」である。この本を読んで感じたこと、考えたことをみんなで発表しあった。お金持ちという切り口で入って、人生論を語っているこの本は素晴しいというのが共通認識のようだ。
今日の参加者は夢甲斐塾1期生のNさん、2期生のSさん、4期生のAさん、Sさん、Yさんとわたしの6人である。次回は4期生のSさんが担当に決定した。8月18日19時30分からベルクで行なう。課題本は後日Sさんが指定することにした。帰宅したのは22時半。そして今日記を書いている。 >>> 心の白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! <<< ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ 2004.7.22(木) 昨夜もまた寝たのが遅かったので、起きたのは7時前と また寝坊した。ぼ〜っとしたままベランダで、たばこを一服。昨夜雨が降ってくれたお陰で涼しく爽やかな朝でもある。昨日はついに甲府で40度を突破した。 なんと観測史上2番目だそうだ。山梨日日新聞の一面に大きくそのことが報じられていた。記事によると、日本列島は昨日も強い太平洋高気圧に覆われ、関東甲信や東海地方を中心に35度以上の猛暑が続き、甲府では午後1時過ぎに40.4度を記録したとのことである。全国の歴代最高気温記録というのが同記事に添付されており、1位が山形で記録された1933年7月25日の40.8度、昨日の40.4度はそれに次いでの歴代2位である。甲府はそれ以外にも一昨日の39.9度が歴代6位、1994年の39.8度が7位、2001年と1994の39.7度が8位と、歴代最高気温記録のベストテンのうち4つに顔を出しており、驚きである。 同新聞には「地球規模でも異常気象」と題して、毎年異常気象による災害が起きるが、今年も東欧や中国を熱波が襲った。マケドニア、ルーマニアなどの東欧では7月上旬に異常高温を記録して、マケドニアでは最高気温が43度に達し、熱射病などで15人が、ルーマニアでも18人が死亡したと書いてある。逆に昨年は猛暑だったドイツでは、一転して冷夏になりビールの消費量は低落したそうだ。ニュージーランドでは、7月17日からの48時間で250ミリの降雨量を記録し、増水した川が氾濫し、住民約1500人が非難したという。被災地を訪問したクラーク首相は「天候はますます不安定になっている」と語ったそうだ。 わたしが今読んでいる高木善之著「新地球村宣言」には、「世界各地の異常気象」として、1998年から99年にかけて世界で10億人以上が異常気象の被害を受けており、それが原因で米国や中国、ロシアなどでは穀物生産量が減少している。温暖化は世界各地で異常気象や気候変動としてはじまっている。と書いてある。 また、以前読んだ船井幸雄著「この世の役割は『人間塾』」には、最近、世界各地で異常気象が発生しており、気象庁の「全地球異常気象監視速報」では、2003年5月28日から6月3日までの一週間だけでも次のような異常が報告されているという。 @中国東北区・・・異常小雨。平年の30%以下 Aモンゴルから中国北部にかけてと朝鮮半島北部・・・異常高温 Bボルネオ島からパラオにかけて・・・異常高温 Cインド南部・・・異常高温・異常小雨。アンドラ・プラデーシュ州マチリパトナムでは、最高気温45度以上の日が続き、1100人以上が子房。パンブラディシュでも約40人死亡 Dヨーロッパ・・・平年より2〜6度高い異常高温 など・・・・・ 日本における今年の猛暑も、身近なところで地球温暖化がはじまっていると考えるべきだろう。 さて、今日の松下幸之助の一日一話は「フグの毒でも」と題して、「わが国では、いいものが発明されても、一つでも欠陥があれば、すべてだめ、としてしまう傾向が強い。言ってみれば、フグの毒を発見してフグを食べるのを一切やめてしまうようなものだ。私たちは、フグの安全な調理に成功した昔の人に笑われないよう、物事を前向きに考え、知恵をさらに高めていくことが必要だと思うし、それが人間としての大きな使命の一つだと思う」という内容である。 世の中、完璧などというものは何一つないと思う。であるから、どんなに素晴しい発明でも一つぐらいの欠陥があって当たり前といえよう。それを受け入れた上で上手に活用することが人間の知恵というものである。一つ欠陥が見つかると、それを大げさに捉えて過剰反応してしまうのが日本人の悪いところである。最近の例でいうとBSEの全頭検査などが挙げられる。 このように日本人が過剰反応してしまう責任はマスコミにもあるようだ。新聞やテレビなどで大々的に取り上げられる報道の内容が、必ずしも正しくないことが少なくない。情報の嵐の中で暮らしているわたし達は、そのことを見抜くことが求められている。新聞やテレビを鵜呑みにせずに、自分の頭で検証していくことが、人間の知恵というものであろう。 そのような知恵を身に付けるためには、バランスのいい情報収集が欠かせない。これは、一つの価値観に染まらずに、あらゆる価値観を受け入れることである。実際には、あらゆる価値観を知ることは難しいので、対局の価値観を知っておけばいいと思う。具体的にいうと、地球環境問題というテーマについて、経済活動を否定する価値観と肯定する価値観の両方を学ぶことである。対局の価値観を知っておけば、バランスのとれた価値観をもつことができる。 今日は午前中自宅で読書。高木善之著「新地球村宣言〜世界再生への道」を読破した。いろいろな意味で参考になった。次のように、わたしの考え方と一致するところもあった。 「目先、お金、経済、ビジネス」から、「未来、いのち、環境、子どもたち」へと、「今さえよければいい」から、「自然との調和、一体感」へと価値観を転換すべきである。 午後からは事務所に行って、来週から始まる生き方塾のテキストを作成するための準備をした。家に戻ったのは19時過ぎ。そして今、日記を書いている。
写真は玄関先で一服するわたし。今日は一日内勤で写真を撮ることができなかったので、下の息子に撮ってもらったのである。明日は駅前掃除だから寝坊できない。早く寝るぞ。 >>> 心の白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! <<< ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ 2004.7.23(金) 5時前に起床した。さっそく玄関先で新聞に目を通しながらたばこを一服。その後愛宕山の仏舎利塔に向かって「今日もよろしくお願いします」と合掌した。それほど暑くなく、爽やかな朝だった。東の空がうっすらとピンク色に染まって美しかった。自然に感謝である。 松下幸之助の一日一話は「末座の人の声を聞く」と題して「長という立場で会議をするとき、若輩といわれる人から意見が出ることが非常に大切である。そのためには末座の人が遠慮なく意見が出るような雰囲気をつくることが、長たるものの心得である。末座の人から意見が出たら、喜んでそれを聞く素直さ、雅量をもつことが非常に大事である」という内容である。 指導者にはカリスマ的な要素も必要であるが、それ以上に部下の意見を聞くということが大切だと思う。よくワンマン経営者という言葉を聞くが、事業が行き詰まったときや難題にぶつかったときには、ワンマン経営だと方向を誤ることが多いようだ。企業に限らずあらゆる組織において、指導者が暴走すると組織が崩壊してしまうことがよくみられる。そもそも組織というのは、それを支える人々があってはじめて機能するものであり、上から下へのトップダウン方式だけでは、うまく機能しない。したがって、松下翁の言うように、組織の末座にいる人達から意見を引き出すような雰囲気を創り上げるのが指導者の心得である。 その組織特有の雰囲気を企業風土や組織風土という。優れた組織には必ず素晴しい組織風土があるものである。組織風土とは、その組織に属する人々に共通する価値観や行動様式のことをいう。それは経営理念に裏付けられたものであり、経営理念を具現化したものである。 例えば、「感謝の心を大切にして、事業を通じて社会に貢献する」という経営理念があったとすれば、これを具体的に現すのが組織風土である。したがって、その組織に属する人々は何事にも感謝するという価値観をもち、感謝を現わす具体的な行動をしなければならない。それができてはじめて経営理念が生きてくる。それができなければ経営理念は単なる念仏にすぎない。 今日は、日本経済新聞と山梨日日新聞の両紙とも、「昨年の自殺者が過去最悪の3万4000人になった」ことを報じている。正確には34,427人であり、02年よりも2,284人多く、統計を取り始めた1978年以降もっとも多いという。負債や事業不振、生活苦などの「経済・生活問題」が動機とみられる自殺者は初めて8千人を超え8,897人となり、過去最悪だった02年をさらに更新。動機別の25.8%(1/4強)を占め、94年の11.2%に比べて2倍以上の割合に増えたという。年齢別でも50代以上の中高年が60%近くで、不況の影響を反映した結果となった。自殺者を職業別にみると、@無職(16,307人)、A非雇用者(8,474人)、B自営業者(4,215人)、C主婦・夫(2,781人)の順である。なんと自殺者が3万人を超えたのは6年連続だという。 このように毎年3万人以上の自殺者がでるのは、経済的な豊かさだけを求めて突き進んできた従来の路線が明らかに間違っていたことを示していると思われる。 夢甲斐塾塾長・上甲晃先生が毎月発行しているデイリーメッセージ(H16年6月号)によると、国民総生産量ではなく、国民総幸福量という価値観を基準にしている国があるそうだ。九州程度の面積の国土に人口70万人のブータンという国である。ブータンの国王は16歳で国王の座に着き国中を歩き回った結果、「わが国の民は物は貧しくとも心は豊かだ」ということに気が付き、近代化が心の豊かさを脅かす時が来たらブータンが滅びると思ったそうである。そして「目標は国民の幸せになることであり、経済成長自体を国家の目標としてはいけない」という志で国を運営しているのだという。なんという素晴しい国王だろうと感心した。 日本が犯した過ちは経済成長自体を国家の目標として、経済が成長すれば国民も幸せになると考えたことにある。デイリーメッセージによるとブータンでは、「人々の幸せに満ちた生活を可能にしてくれる自然環境、精神文化、文化伝統、歴史遺産を破壊し、その上家族や友人と地域社会の絆までをも犠牲にするような経済成長は、人間の住む国の成長とは言えない」とされているそうである。日本が犠牲にしてきたものがあまりにも大きかったことに気付かされる。 さて今日は駅前掃除の日である。6時前に甲府駅北口に到着した。まだ誰も来ていないかなと辺りを見回すと夢甲斐塾3期生のAさんの知人がもう掃除をはじめていた。わたしもさっそく掃除をはじめると3期生のMさん夫妻がやってきた。今日も華ちゃんと一緒である。そして4期生のもう一人のAさんとMさんも合流。Mさんは今日が初めてである。さらに3期生のSさん、2期生のSさんも合流して計8人+赤ちゃんとなった。
掃除のあとはファミレスで意見交換会兼食事会。今日の話題は、日本の進路研究会のこと、年末の食事会のこと、それぞれの仕事のことなど。ファミレスを出たのは8時を回っていた。 家に戻り周辺を掃除してからHPを更新した。 これがけっこう時間がかかる。その後入浴して金融機関で用足しをした。昼間自宅でご飯を食べ、ちょっと一休み。午後からは家内と一緒にまた金融機関に行き用足しをする。ちょっと遅れてしまったが納めるべきものを払ってほっとした。そのまま金融機関の近所にある馴染みの洋服屋さんタマヤに行き、猛暑用の上着を購入した。とにかく今年は暑い日が続くので外出先でもTシャツ一枚で過ごすことが多いが、長時間エアコンの冷気を浴びていると身体が冷え切ってしまう。そんなときにちょうどいい上着である。今年は質素な生活を心がけているので新しい服を購入するのはそれに反するかもしれないが、 昨年までと比較して、洋服の購入をかなり抑えているので、たまにはいいさ、と自分に言い聞かせた。家内も一緒に世間話をしながらアイスコーヒーと和菓子をいただいた。いつも、ご馳走様です。 タマヤを出てドラッグストアに向かった。とにかく毎日暑いので冷たいものが飲みたくなる。自販機で購入するとけっこう高くつくので激安のお茶をまとめ買いした。195mlと小さめだが、30缶で千円と1缶当たり33円という安さである。これには大満足して二箱(60缶)購入した。これで今年の夏は乗り切れそうだ。その後は事務所で生き方塾のテキストの準備をして家に戻ったのは19時前。今日はこれで店じまいとする。40度を超えた頃に比べると涼しくなったが、それでも暑いが続く。 >>> 心の白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! <<< ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ 2004.7.24(土) 昨夜早く寝たので4時に起床した。さっそく玄関先に行き愛宕山の仏舎利塔に向かって「今日もよろしくお願いします」と合掌 。その後日本経済新聞に目を通しながらたばこを一服。それほど暑くなく、爽やかな朝だった。5時に再び玄関先に山梨日日新聞をとりに行くと東の空がうっすらとピンク色に染まって美しかった。自然に感謝である。 松下幸之助の一日一話は「利害を超える」と題して「ある日、自社製品の販売を引き受けてもらえないかという話を持ってこられた人がいた。普通であれば、自分にできるだけ有利になるように交渉するが、その人は『すべてをまかせる』という、自分の利害を超越した態度をとられた。私はその態度に感激し心を打たれた。われわれは自分の利害を中心にものを考える。これは当然かもしれない。しかし、それを超越した姿に対して心を動かされる」という内容である。 「自分の損得を超えよ、みんなの損得を自分の損得のように考えよ」。このHPに何回も登場する夢甲斐塾塾長・上甲晃先生が繰り返し説く言葉である。松下翁の薫陶を受けた上甲先生は自分の利害を超越した高邁な精神が今の日本人に欠けており、このことが日本を堕落させたという。今の日本を救うためには、若者が高邁なる精神を高く掲げること、すなわち己の損得を超えた高い志を持つことが必要との思いから「青年塾」を立ち上げ、若者の育成に尽力されている。 山梨県においては県が将来のリーダーを育成するために立ち上げた「夢甲斐塾」の塾長として、平成13年から現在にかけて1-3期生の自主研修を指導された。そして先日4期生が入塾して今後1年間の自主研修の指導が始まった。 夢甲斐塾はこの春には県の手から離れ、卒塾生による自主運営に移行している。今まで県から出ていた予算はなくなったので、卒塾生が自ら年会費や寄付金を負担する形で予算を確保することにした。そして、予想以上の予算を集めることができた。この何の見返りもない年会費や寄付金を負担するという行為こそ、「自分の損得を超え、みんなの損得を自分の損得のように考える」という高い志に支えられているものと卒塾生の一員として自負している。 夢甲斐塾は山梨をよりよくするための具体的な活動をこれから継続的に行なっていく。現在このHPでも紹介している夢甲斐ネット駅前掃除と読書研究会もその一部であるが、まだまだスケールが小さく十分な活動とはいえない。しかし、1-3期生で三十数名、4期生が二十数名が結集して一つの方向に動きつつある今、これからの展望が見えてきた。 日本経済新聞は「割高食料品で10兆円の損」と題して「経済財政白書」を紹介している。経済のグローバル化の影響を分析した今年度の白書は、消費者がグローバル化による価格下落の恩恵を享受しにくい経済構造にも焦点をあて、関税や規制の壁で輸入が増えず、食料品などの必需品で海外より割高な商品を買う「コスト高消費」から抜け出せないと分析しているようだ。 わかりやすく言うと、安い海外産を自由に選べるようになれば、家計は恩恵を受けるが、現実には輸入品の割合はわずかにとどまっているということだ。白書は輸入品が増えれば消費者は食料など生計費を安上がりで済ますことができるが、現在は10兆円損をしていると分析している。 これこそ経済最優先の暴論の典型であろう。簡単に言えば安く手に入ることが全てに勝るという考え方である。「安ければいいのか、環境や健康などどうなってもいいのか」。日本政府は相変わらず経済至上主義の近視眼(目先しか見えない)馬鹿である。 「自分の損得を超えよ、みんなの損得を自分の損得のように考えよ」という言葉を日本政府に聞かせたいものである。 さて今日は午前中から事務所に籠もり、いよいよ来週第一回目の塾を開催する「生き方塾」のテキストを作成した。週刊メッセージに概要版を掲載したが、それを掘り下げていく。家での昼食を挟んで午後からもテキストを作成した。切りがついたところで家に戻った。 今夜はお世話になっているフランス料理店ベルクで開かれる「サマーナイトジャズコンサート」を聞きに行く。何と206回目のコンサートである。206÷12=17.1666であるから、始めてから18年目に突入しているのである。継続は力なり。なかなかできることではないと感心する。家族を連れて18時過ぎに家を出て、ベルクに到着したのは18時半過ぎであった。開演は19時から。今日の出演者はピーター・モンゴメリカルテット。ギター、テナーサックス、ベース、ドラムスというやや変則的な構成である。普通はピアノが入るのであるが、ギターがその代わりをするものと思われる。 いよいよ演奏がはじまった。コンサートは通常レストラン内で行なわれるのであるが、夏に限って野外特設ステージで行なわれる。これがまた開放的で気持ちいい。おまけに食事をしながら聴けるので実にリラックスできるのである。
家に戻ったのは22時前であった。明日の朝は坐禅会だ。早く寝ることにする。 >>> 心の白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! <<< ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ 2004.7.25(日) 5時ちょっと前に携帯の目覚ましで目が覚めた。それにしても蒸し暑い朝である。しばらく、ぼぉ〜っとしてから、玄関先に行き愛宕山の仏舎利塔に向かって「今日もよろしくお願いします」と合掌 した。その後、たばこを燻らせながら新聞をぼぉ〜っと眺めた。朝からこれだけ蒸すのは初めてではないだろか。とても爽やかな朝とは言い難い・・・。 松下幸之助の一日一話は「三回ダメを押す」と題して「新しい仕事を進めるときは、上長の人に承諾を得ても、実行するに当たっては三回ダメを押したい。一度だけ承認されても、それで良しとしてはいけない。上長に一度はんを押してもらったからといって事足れりという考えでは、生きた仕事はできないと思う」という内容である。 新しい仕事をするときには、念には念を入れなさいということであろうか。あるいはもっと深い意味があるのであろうか。わたしはサラリーマン経験が15年ほどあるが、上長に三回もダメを押すなどということは一度もなかったように思う。だから今日の松下翁の言葉はどうもピンとこないのである。まぁ一般論としては企業というのは環境変化に適合し続けなければ存続できないので、一度承認されたことも環境変化により、その判断が変わっていくから、環境が変化したと察知できるようなことがあったら、ダメを押しなさい。ということ理解しておこう。 山梨日日新聞の一面には「世界の食品大手脱フロン」と題して、コカ・コーラ、マクドナルド、ユニリーバーという世界的な食品メーカー三社が、温室効果の高い代替フロン・ハイドロフルオロカーボン(HFC)を冷媒に使った冷蔵庫や自動販売機などの利用を世界的にやめることを決めた。と報じている。同新聞によると、ハイドロフルオロカーボン(HFC)とは、成層圏のオゾン層を破壊するために使用が禁止されたフロン(CFC)の代替物質として開発された化学物質であり、オゾン層に影響を与えないとして、冷媒やほこり飛ばし用のスプレーなどに広く使われているが、温室効果に関しては二酸化炭素の数千倍から一万倍以上と大きく、冷蔵庫やエアコンの冷媒の主流であるHFC134aの温室効果は、二酸化炭素の約千三百倍に上がる、という。 つまり、オゾン層の破壊を防ぐために開発された代替フロンは、オゾン層こそ破壊しないものの、ある意味でそれ以上に深刻な地球温暖化を加速する温室効果がある、ということだ。オゾン層が破壊されると有害紫外線が直接地上に届くため、皮膚ガンや白内障に罹りやすくなるといわれている。それに対して、地球温暖化問題は地球の平均気温を引き上げ、今後100年で最大5.8度も上昇すると予測されている。そうなると、海面の高さが上がり多くの大陸が沈没するという事態すら予測されている。その地球温暖化を加速させるのが代替フロンといえよう。そのように危険なものを世界的な食品メーカー三社が利用しないと決めたことは評価できる。しかし、もっと早くやめることはできなかったのか疑問である。ハイドロフルオロカーボン(HFC)は97年の地球温暖化防止のための京都議定書の規制物質であり、それから6年以上経過しているのである。 コカ・コーラ、マクドナルド、ユニリーバーという世界的な食品メーカー三社は社会的な利益よりも自社の利益を優先してきたということだろう。 日本経済新聞の一面には「エアコン猛暑で増産」と題して、猛暑で八月のエアコンが品不足になることが確実となり、大手メーカーがエアコンを大幅に増産。ダイキン工業は前年比三倍強に、松下電器産業は二・五倍に生産台数を増やす。と報じている。たしかにエアコンが売れれば経済が伸びる。しかし、CO2の排出は増えて地球温暖化は加速する。便利・快適を求めるわたし達の生活そのものが地球環境を破壊しているのである。 さて、今日は坐禅会の日である。家内と一緒に円光院に向かった。到着したのは6時10分ほど前とちょうどいい時間である。やがて坐禅会が始まる。蒸し暑いこともあり集中できない。途中で足が痛くなり、姿勢を正すなど散々な出来であった。今日は恒例の茶礼がないため、帰り際に長老のNさんに「来週、家族旅行で坐禅を休む」ことを伝えた。来週の日曜日は、岩手県の天台寺で瀬戸内寂聴さんの法話があるので、それに合わせて家族旅行を計画したのである。
家に戻って、朝ご飯を食べる。やっぱり、坐禅の後のご飯は美味しい、と大満足。それからHPを途中まで書き上げて事務所に向かった。 今日は生き方塾のテキスト作成と週刊メッセージの更新が重なりけっこう忙しい。まず生き方塾を切りがつくまで作成した。何とか20Pまで書き上げる。なかなか力作だと自画自賛である。でも、ちょっと難しいかも・・・。その後、週刊メッセージを更新する。内容は生き方塾二回目のレジュメ概要版である。終了したのは18時半を回っていた。それにしても、昨日から今日にかけて、生き方塾へ3人が申込んでくれた。これで12人となった。HPと口コミだけでこれだけ集まれば大したものである。申し込んでくれた方、本当に有り難うございます。それにしても、山日に二回も記事掲載依頼を出したのに、うんともすんとも言ってこないぞ。山日に記事として掲載されればもっと申込みが増えるかも、と内心期待しているのだが・・・。 >>> 心の白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! <<< ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ 2004.7.26(月) 5時過ぎに起床。さっそく玄関先に行き、愛宕山の仏舎利塔に向かって「今日も一日よろしくお願いします」と合掌した。今日は久しぶりに雨が降っているので涼しく爽やかな朝である。また雨なのに東の空はうっすらとピンク色に染まっており、不思議な天気である。自然の奥深さを感じた。感謝、である。それにしても甚平では肌寒く感じるほどの陽気である。連日猛暑が続いていたが、今日は快適に過ごせそうである。 松下幸之助の一日一話は「経営にも素直な心が」と題して「成功する経営者と失敗する経営者の大きな違いは、公の心でどの程度ものを見ることができるかにある。私心(私的欲望)により経営を行なう経営者は必ず失敗する。私心に打ち勝つ経営者が事業を繁栄・発展させることができると思う。私心にとらわれず、公の心を優先させるということは、素直な心になるということであり、素直な心で物事を見ることができるように、自らを戒めることが大切である」という内容である。 今の日本の企業にもっとも求められており、かつ欠けているのが「公の心を優先させる」ことではないだろうか。松下翁は「公の心」は「素直な心」だというが「素直」という言葉の意味をよく考えるべきである。国語辞典(大辞林)で「素直」という言葉の意味を調べると次のようになる。
(1)性格や態度にひねくれたところがなく、あえて人に逆らったりしないさま。 松下翁の言う「公の心」につながる「素直な心」とは、上記の(1)〜(4)のすべてに当て嵌まることだと思われる。ひねくれてなく、癖がなく、飾り気がなく、物事をまっすぐに見ることを「素直な心」と解釈していいだろう。 人間というのは、おぎゃあと生まれてきたときがもっとも素直な心をもっているのだと思う。誰もが生まれたばかり赤ちゃんを見ると、その一点の濁りもないきれいな瞳に惹かれるだろう。それは素直な心の現われのように美しいものである。その素直な赤ちゃんも、だんだん年を重ねていくうちに、いろいろなことを覚えて徐々に素直な心を失っていく。それは、人間が創り出した小賢しい知恵を得るたびに、天から授かった素直な心を手放していくようにみえる。 年を重ねるに連れて、ひねくれ、癖がつき、飾り気が出てきて、物事をまっすぐに見ることができなくなるのが人間の常というものではないだろうか。これを良く表現すれば、その人なりの価値観が確立していくということである。価値観とは曇りガラスのようなものである。曇りガラスを通して見るから、物事がまっすぐに見えないのである。 つまり、「素直な心」とは「自分の価値観を脱ぎ捨てて、透明なガラス越しに世の中を見られる心」のことである。自分では当たり前のように思っている「価値観」を疑ってみる必要がある。人にはそれぞれ色々な価値観がある。そのどれが正しいとか間違っているとかいうものではない。価値観というものが「曇りガラスのようなもの」であることを知ることが大切なのである。 今日の日本経済新聞に掲載されている「やさしい経済学--小世界の新組織論」は、なかなかおもしろそうである。今日は第一回目「狭い世間の不思議」と題して次のようなことが書いてある。 我々の日常は不思議な縁に満ちており、日本人は「世間は狭いですね」、英米人は「小さな世界ですね(イッツ・ア・スモール・ワールド)」とよく言う。「スモールワールド現象」という成句もあり、専門的には「六度の分離(接続)」現象として知られている。例えば転職のような人生の重大情報は知人を約六回たどれば得られるという経験則を表わす。ハーバード大学の社会心理学者ミルグラムは1960年代に大量サンプル実験を行ない、確かに「六度の分離」現象が存在することを実証した。まさにスモールワールド(小世界ネットワーク)の証明である。 以上である。これは実に興味深い現象である。しかも科学的に実証されているというからおもしろいではないか。わたし達が普段何気なく使っている「口コミ効果」というのは、この「六度の分離」現象として捉えることができるかもしれない。しばらく、この連載に注目したい。 さて今日も生き方塾のテキストを作成するため、一日事務所に籠もった。 テキストの作成は、結構手間がかかり、仕上がったのは18時であった。あ〜疲れた。でも満足がいくものができたぞ。ちょっと字ばかりのような気もするが・・・。31ページのボリュームがあるから、話しきれないかもしれない。その場合は二回目の塾で話すことにしよう。ところで、今日また、生き方塾への申込みがあった。これで13人となった。感謝・感激・有り難う。けっきょく山日には掲載されなかったけれど、これだけ集まれば大したものであると自画自賛した。その後、明日の仕事の準備をする。終了したのは21時を回っていた。ちょっと、疲れましたと、今日はこれで店じまいにする。
写真は夕方近所で撮影した夕暮れ時の風景である。 >>> 心の白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! <<< ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ 2004.7.27(火) 5時に起床。さっそく玄関先に行き、愛宕山の仏舎利塔に向かって「今日も一日よろしくお願いします」と合掌した。 昨日に引き続き今日も涼しく爽やかな朝である。東の空に浮かぶ雲の合間から顔を出す青空が美しい。朝陽を背に眩しく輝いている。自然に感謝!である。今日 もまた快適に過ごせそうだなぁ、と思いながらたばこを燻らせた。 松下幸之助の一日一話は「人間の幸せのための政治」と題して「忘れてならない大切なことは、政治は人間の幸せを高めるためにある、ということである。過去においては、政治にて苦しめられ、血を血で洗うということもあった。しかし、そうした好ましくない姿は政治本来の姿ではない。政治は本来、人間の活動をスムーズに進めるために、調整調和をはかり、共同生活の向上をはかって、一人ひとりの幸せを生み高めることを使命としている。この『政治は本来、人間の幸せのためにある』ということを正しく認識し合う必要があると思う」という内容である。 今の政治家をみていると、「政治は人間の幸せを高めるためにある」とはとても思えない。むしろ「政治は個人の懐を肥やすためにある」という言葉がぴったりである。しかし、松下翁が開設した松下政経塾出身の政治家が国会議員の三十名近くを占めるようになった今、政治もよい方向に変わりつつあるような気がする(というか期待している)。 考えてみれば、政治だけでなく、どんなことをする場合でも「人間の幸せを高めるために」ありたいものである。それぞれの仕事を通じて、お客様に喜んでいただき、感謝していただくことができれば、それはお客様の幸せを高めることになる。そのお客様の幸せが仕事をする人の幸せになり、その仕事をする人の幸せが同僚の幸せになり、会社の幸せになり、そして家庭の幸せになる、というような流れが理想的である。人はみな、幸せを求めており、願っており、そうなりたいと思っている。しかし、実際には幸せに生きている人は少ないように思う。 先日の新聞に出ていたように、今の日本では自殺者が毎年3万人を超えており、それが6年も続いているという。幸せなら自殺などしないだろう。 幸せに生きていくためにはどうすればいいか、をテーマに今夜から「生き方塾」を開催する。広告宣伝費を一切かけずにHPを中心にインターネットだけで塾生を募集したが、13人の塾生が集まってくれた。「生き方塾」では、「幸せは求めるものではなく、感じるものである」というわたしの考え方をベースにしながらいろいろな先達の思想を勉強してその智慧を人生に生かす方法を考えていく。今日が第一回目で、計十回開催する。途中からでも参加可能なので、興味がある方は申し込んでほしい。 日本経済新聞には昨日連載がはじまった「やさしい経済学--小世界の新組織論」が掲載されている。昨日紹介した「スモールワールド(小世界)」の理論をされに掘り下げており、重要な情報は親しい友人ではなく、遠い知人が提供してくれると書いてある。なぜなら、親しい友人の生活圏は本人と大して変わらず、そこからもたらされる情報も似通っているのに対して、遠い知人が属する社会は、本人や親しい友人の住む世界から隔たっており、そこからの情報は「構造的」に重複や過剰が少なく、異質で豊かであるからだという。なるほど、と思う。 そして、重要な情報を得るためには、遠い知人とのネットワークをどう作るかということが大切なことに気がつく。わたしが参加している夢甲斐塾などは遠い知人の集まりなので重要な情報が得られることが多いことになる。 さて今日は8時半前に富士吉田商工会議所に向かった。今年からスタートしたある制度に基づく企業診断を行なうためである。
9時半過ぎに会議所に到着。一服してから担当者のMさんと一緒に企業に向かった。あれこれと話をして終了したのは12時を回っていた。昼間は名物吉田のうどんを食べる。うん、美味い。またまたMさんにご馳走になった。いつも本当にすいません。そして、有り難うございます。食べ終わって直ぐに二件目の企業に向かう。ここでも、あれこれと話をして終了したのは15時を回っていた。いったん会議所に戻り、冷たいものをいただきながら今後の打ち合せなどをして会議所を出たのは15時半頃。家に戻ったのは17時を回っていた。甲府に戻って感じたのは、富士吉田が涼しくて快適だったことである。甲府は相変わらず暑い・・・。 すぐに、事務所に行って夜の生き方塾で使う資料を揃える。18時10分過ぎ頃生き方塾の会場であるフランス料理店ベルクに向かった。18時40分にベルクに到着。すでにSさんが会場に来てくれていた。塾生が集まりぐあいを確認しながら19時過ぎに塾を開始。まずは、わたしがこの塾を開いた目的とわたしにとっての幸せとは何かを話して、その後、塾生一人ひとりの自己紹介と塾に期待すること、幸せとは何かを発表していただいた。営業職なのに売ることよりもお客様に幸せになっていただくことを考えて行動したら、結果として売上げが伸びたとか、毎朝、家族が顔を合わせることが幸せであるというような素晴しい話を聞くことができた。
その後、休憩を挟んで、資本主義から幸福主義へと、というテーマで、先進国と後進国の格差をどうみるかという講義をした。環境問題など堅苦しい話が続いたので、ちょっと退屈したかもしれないと反省点が残った。次回はもうちょっと工夫しよう。最後に簡単なディスカッションをして塾が終了したのは22時10分頃である。それから有志が近くの飲食店に集まり、あれこれと話をした。話は盛り上がり気がつくと1時になっていた。家に戻ったのは1時半前。そして今、日記を書いている。生き方塾に多くの人が参加してくれて、ただただ感謝の一日であった。 >>> 心の白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! <<< ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ 2004.7.28(水) 昨夜帰宅したのが深夜1時半近く、寝たの3時と遅かったので、起きたのは8時と大寝坊した。すでに新聞は居間に届いていた。記事を眺めながらベランダでたばこを一服した。今日もいい天気である。それにしても昨日の生き方塾は大勢の人が集まってくれたなぁ、それにそのあと近くの飲食店に集まり、1時まで話をするなど、みんな熱心でいい会になりそうだ。 松下幸之助の一日一話は「降格は公の心で」と題して「部長が適任でない場合どうするかは、非常に大事な問題である。日本の会社ではとりかえることはむずかしいことだが、やりにくいことをやらなければ物事は成り立たない。そういうときに、個人の情としては忍びなくても、会社は公のものであるから変えなければならない、と考えるべきである」という内容である。 昨夜、生き方塾が終了してから、多くの人が近くの飲食店に集まって、いろいろな話を遅くまでしたことは上記のとおりであるが、その中で、ベストポジションという話をさせていただいた。例えばある人がある会社に入って、いろいろな職場を経験する中で自分に最も適した職種を見つけることがペストポジションである。場合によっては、その会社の中には自分に最も適した職種は見つからないかもしれない。であれば、他の会社に移って、その中で見つけるべきである。今までは一つの会社にはいると、自分に適した職種が見つからなくても、その会社にしがみついて定年まで過ごすことが少なくなかった。それを終身雇用と名付けていた。しかし、今の会社には適職が見つからない人を雇用し続けるだけの余力はない。それぞれの従業員が適職を見つけて、能力を発揮してもらわなければ、会社の存続すら難しい時代である。したがって、一つの会社に限定することなく、また、人を雇うか、雇われるかに関係なく、ベストポジションを見つけることが求められているのである。言葉を換えれば「自立する」ということである。 今日の山梨日日新聞の一面には「夏の夜彩る幻想舞台」と題して、萌木の村舩木さんが主催している「清里フィールドバレエ」のことが掲載されている。昨夜開幕したフィールドバレエは今年で15周年を迎える。「グランドステージ」と題して「コッペリア」「クルミ割り人形」「ジゼル」の古典名作三本を日替わりで全幕上映する。初日のプログラムは「コッペリア」。夏の夜空の下、森を背景にライトアップされたステージ上で、川口ゆり子さんや今村博明さんら一流ダンサーやバレリーナが華麗で幻想的な世界を繰り広げた。舞台は8月2日を除き、同9日まで連日開幕するそうだ。 清里に文化を定着させたい、本物の地域ブランドを確立したい、という思いで幾多の困難を乗り越えて15年間もバレエ上演を続けている萌木の村舩木上次さんは、今や山梨になくてはならない人物である。舩木さんは、わたしが参加している夢甲斐塾の活動にも協力してくださっている。まだ力不足のわたし達ではあるが、舩木さんの力も借りながら山梨を変革する活動をしていきたいと思っている。その舩木さんが生涯をかけている「清里フィールドバレエ」を多くの人に観に行っていただきたいと願っている。 さて今日は来客があるため、10時半前に事務所に向かった。11時にお客様がいらっしゃった。うち一人はわざわざ東京から来ていただいて恐縮である。お土産までいただいてしまった。感謝・感激、そして有り難いことである。お客様がお帰りになった後は、細々とした作業を行ない13時半に自宅に戻った。朝食兼昼食をいただき、しばし休憩。15時頃本屋さんに行き時刻表を購入。今週末家族旅行で岩手に行くので必要となったからである。その後、昨夜生き方塾にも参加していただいた馴染みの洋服屋さんタマヤに寄る。先日購入した猛暑用のジャケットの袖詰めができあがるころだ。いつものようにアイスコーヒーをいただきながら、昨夜の塾のこと、塾生のことなどを話した。家に戻りクリーニング屋さんに行ってから、洋服の整理を行なった。
18時過ぎに長坂町に向かった。商店街の拠点施設おいでやで行なわれる会議に出席するためである。エアコンを付けていたため、しばらくすると両腕がゾクゾクしてきた。さっそく購入したばかりのジャケットを羽織ることができた。会議が終了したのは21時半を回っており、家に戻ったのは22時半であった。そして今、日記を書いている。明日は一日コープやまなしの理事会である。 >>> 心の白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! <<< ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ 2004.7.29(木) 6時に起床とやや寝坊したが、8時まで寝ていた昨日に比べればましである。さっそく玄関先で愛宕山の仏舎利塔に向かって「今日もよろしくお願いします」と合掌した。昨夜雨が降ったようで路面が濡れている。そのため涼しく爽やかな朝である。しかし湿度は高い。甲府の夏は過ごしにくいのである。東の空に顔を出している青空が美しい。自然に感謝である。 松下幸之助の一日一話は「力の限度にあった仕事を」と題して「二、三人の人を使っての個人企業の経営者としては成功したが、十人、二十人と人が増えるとうまくいかない人もある。このことは、経営者だけでなく、部や課の責任者、一社員が仕事をするうえでの心構えの点で大事な教訓となる。自分の能力を知り、自己の適性・能力にあった仕事をしなければいけない、ということである。適性・能力にあった仕事をすることにより、自分自身、会社、世の中にも貢献できると思うのである」という内容である。 これは、昨日書いたベストポジション(適職)にもつながる考え方である。ベストポジションを見つけるということは、自分の身の丈を知る、ということでもある。80しか能力がないのに、100の仕事をしようとしてもどだい無理であり、一時的にうまくいっても長続きはしない。また、能力はどの仕事を選んだかによっても違ってくる。例えば、営業では80の能力しかない人が、事務では150の能力を持っている、ということがよくある。自分の適性・能力を知り、それにあった仕事を見つけることができれば理想的だが、自分の適性・能力というのは簡単にはわからない。であれば、与えられた仕事に全力を尽くして、その中で適性・能力を確かめ、社内の異動や転職などにより、他の仕事も経験して、また適性・能力を確かめる、ということを繰り返すしかない。やがて自分の適性・能力がわかってくるであろう。 手前味噌の話で恐縮であるが、わたし自信、長い間自分の適性・能力というものがさっぱりわからなかった。そして、それがわからないときには、自分の好き・嫌いで適性を判断していたように思う。国鉄に入社して複数の仕事を経験し、県庁に転職して複数の職場を異動するなかで、これが自分に適しているという仕事に出会うまでに10年以上はかかった。そのくらいの時間をかけてじっくりと自分の適性・能力を知ることが、その後の人生を充実したものにしてくれると思う。若い人は焦らず、かつ多くの仕事を体験して自分の能力・適性を知ってほしい。また、能力・適性というのは仕事を通して磨かれていく、ということも忘れないでほしい。 今日の山梨日日新聞には「高齢化率20.9%で最高」と題して、山梨県の今年4月1日現在の高齢化率(65歳以上の高齢者が人口に占める割合)が前年を0.4ポイント上回る20.9%と過去最高となったことを報じている。高齢化率が高い市町村は、@芦川村50.7%、A早川町47.2%、B丹波山村43.5%、C下部町39.3%、D中富町35.6%の順であり、過疎が深刻な山間地域が上位を占めている。逆に高齢化率が低い市町村は、@玉穂町11.9%、A昭和町12.6%、B竜王町12.6%、C忍野村13.2%、D田富町13.4%の順であり、人口が増えている地域である。ちなみに高齢化率の全国平均値は19.4%だという。今後もどんどん高齢化が進んでいく。 さて今日は、コープやまなしの理事会がある。9時半頃家を出て会場に向かった。 途中から雨が降ってきた。10時前に到着して会議室へ入る。さっそく理事会が始まった。午前中の部が終わったのは12時を回っていた。お昼は用意していただいたお弁当をいただいた。ご馳走様でした。食後の一服をしていると、午後の部が始まる時間になった。午後の部が終了したのは15時半近くであった。和気藹々とした雰囲気ではあるが、活発な議論が交わされた。
16時半前に家に戻って、明後日からの旅行の準備をした。そして今、日記を書いている。今日はこれで店じまいにして早く寝よう。明日は早朝駅前掃除、何人来てくれるか楽しみである。 >>> 心の白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! <<< ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ 2004.7.30(金) 5時前に起床。さっそく玄関先で愛宕山の仏舎利塔に向かって「今日もよろしくお願いします」と合掌した。 広がる青空とオレンジ色に染まった雲が美しい。自然に感謝しながら、たばこを燻らる。そして、新聞記事に目を通す。 松下幸之助の一日一話は「声をかけるサービス」と題して「商売をする上でサービスは大事であるが、特に故障や不満のないときのサービスが大事である。だんだん暑くなってきた頃、お客様のところに立ち寄って『去年の扇風機の調子はどうですか』と声をかける。また『お納めした品物の具合はどうでしょう』と聞いてみる。いわば『声のサービス』である。これは全くの奉仕ですぐにどうというものではないが、お客様にしてみたらどんなに嬉しく、頼りに思われることだろう。そういうところに商売の真の喜びを感じなければならないと思う」という内容である。 とことん、お客様の立場になって考える。これが商売の原点である。たとえ、売上げに全くつながらなくても一度販売した製品・サービスについては、機会があれば気にかけるという姿勢がお客様からの信頼につながる。しかし「言うは易く行うは難し」で、なかなかこれができない。ついつい目の前の売上げに心を奪われて、買ってくださったお客様のサービスにまで手が回らない。そういうことが往々にしてある。わたしも人前では偉そうなことを言っているが、ついつい目の前のことを優先してしまうことがままある。これではいけないとわかっていながら、ついつい目先に囚われてしまう。そのようなことをなくすためには、常に買ってくださったお客様のことを気にかけるような仕組みを作ることが大切だと思う。仕組みといっても、大それたものではなく、買ってくださってから一定期間経過したら、「使ってみて調子はいかがですか」とか「何か不具合はありませんか」などと、ちょっとした気遣いができるような仕組みである。最近は、パソコンが普及しているから、顧客名簿を作成して機械的に手紙を出すということも簡単にできるが、印刷した文字では心が伝わらない。そのような手紙を忌み嫌う人いる。気遣いの手紙は手書きが一番である。 今日の日本経済新聞には「『姑息』意味取り違え7割」と題して、「げきを飛ばす」「姑息」「ぶぜん」について、70%前後の人が本来の意味とは異なる意味で理解していることが調査でわかった、と報じている。本来の表現ではない「的を得る」「押しも押されぬ」を使っている人も半数を超え、慣用句などの従来とは異なる用法が広がっているそうである。例えば、「げきを飛ばす」の本来の意味は「自分の主張や考えを広く人に知らせて同意を求めること」であるが、このように理解している人はわずか15%で、74%の人は「元気のない者に刺激を与えて活気づけること」と理解しているという。また、「姑息」の本来の意味は「一時しのぎ」であるが、このように理解している人はわずか13%で、70%の人は「ひきょうな」と理解しているという。さらに、「ぶぜん」の本来の意味は「失望してぼんやりとしている様子」であるが、このように理解している人はわずか16%で、69%の人は「腹を立てている様子」と理解しているという。わたしもその例に漏れず、本来の意味を取り違えて理解している慣用句が多いことに気がついた。読者のみなさまは、どうであろうか。 さて、今日は駅前掃除の日。いつもより早めに家を出たので、甲府駅北口に到着したのは6時5分前であった。すでにY塾2期生のSさんの車が止まっている。すでに掃除を始めているようだ。わたしもさっそく掃除を始めようとしたところ、4期生のSさんが到着した。今日はT町で仕事があるとのことである。一緒に掃除を始めた。青空が広がっているのに雨が降っており路面が濡れている。すぐに、4期生のAさん、3期生のMさん、1期生のNさんが合流した。
掃除のあとは、いつものファミレスで食事兼意見交換会。ここから3期生のSさんが合流。今日の話題は、3期生が進めているスマイルプロジェクトのこと、先日開塾した生き方塾のこと、夢甲斐塾の活動のことなどである。ファミレスを出たのは7時半過ぎ。いつものように家の周りを掃除して家に戻ると8時であった。さっそくHPを更新して、シャワーを浴びてから事務所に向かった。 午前中は、いろいろとたまっている作業を行ない、昼食を挟んで午後からはまず、金融機関で用足しをしてから、自宅で「週刊メッセージ」と「月刊コラム」を更新した。本来は8月1日(日)に更新するのであるが、岩手に行っているため更新できないので今日やってしまったのである。 内容は毎日日記に書いてきた、松下幸之助の一日一話とそれに対するわたしのコメントの抜粋である。まとめていた気がついたのであるが、日記を毎日エッセー風に書くようになってから、時間は前の倍以上かかるが、「週刊メッセージ」や「月刊コラム」に匹敵するほど内容が充実している。今は松下翁の一日一話を受ける形で書いているが、そのあとは、上甲晃先生のデイリーメッセージのように毎日をエッセー風に書くようにしようと思う。 明日の早朝から8月2日の夜まで岩手県に家族旅行にでかけるので、しばらくHPを更新できなくなる。ご了承いただきたい。戻ってきたら旅行の体験をHPに書くので期待してほしい。 >>> 心の白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! <<< ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ 2004.7.31(土) 4時に起床。今日から家族旅行である。その準備をするために早く起きた。5時に玄関先に行き愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって「今日もよろしくお願いします」と合掌する。雨がぱらついているが、朝焼けが美しい。自然に感謝である。
今日の松下幸之助の一日一話は「自分自身への説得」と題して「説得は、自分自身に対してすることが必要な場合もある。自分の心を励まし、勇気をふるい起こさねばならない場合もあるし、自分の心を抑えて、辛抱しなければならないときもある。私が大切に思うことの一つは、自分は運がいいと自分に言い聞かせることである。本当のところはわからないが、自分自身を説得して、運がいいと信じさせるのである。そういうことが大事だと思う」という内容である。 経営者に限らず、わたし達は順風満帆なときばかりではない、何をやってもうまくいかず鳴かず飛ばずの日々を送ることもあるし、大きな失敗をして気持ちが落ち込むこともある。そんなときは前向きに考えろ、プラス発想しろ、などと言われても、そんな気持ちに切り替えられないものだ。「あの時、こうすればよかった」とか「あんなことをしなければよかった」などと過去を振り返り、くよくよと悩んでしまう。以前のわたしは、こういうときでも、前向き志向・プラス発想が大切だと考えていた。過去は過ぎたことであり、くよくよしたところで、仕方ないからである。それよりも、気持ちを切り替えて、前向きにプラスに考えることが大切だと思っていた。しかし、最近、仏教を勉強しているうちに、無理してプラスに考える必要はない、と思うようになってきた。 松原泰道老師の「禅のこころ」という本に「南無地獄大菩薩」という言葉がある。いずれ地獄に行くことが決まっているのであれば、無理してそれを避けるよりも、思い切って地獄にどっぷり浸かってしまい、そこから光(菩薩)を見出そう、というような意味だと理解した。それから、無理してプラスに考える必要はない。むしろ一時は、思いっきりマイナスに考えて、マイナスに浸り、マイナスと同化して、そこからなにかしらの光を見出すことが大切だと考えるようになった。いわば、前向きなマイナス志向である。マイナスの中から光を見つけると、その光はやがて燦然と輝くようになり、自分を一回り成長させてくれるだろう。取って付けたようなプラス発想などよりも、地獄の底から這い上がろうとして見つけた光(菩薩)の中に真実の進むべき道があるように思う。 そして、地獄から這い上がるためには「自分は運がいい」と自分に言い聞かせ信じさせることが大切である。それは「今はこんな境遇にあるが、自分は必ず立ち直る」という根拠のない自信を持つことができるからである。自信に根拠などいらない、ただ自分で信じればいいのである。 さて、いよいよ旅行に出発だ。しばらくパソコンから離れるので更新ができないが、旅行から帰ってきたら、体験談を掲載するのでお許しいただきたい。では、行ってきます! さあ、親子揃って甲府駅に向かった。お弁当を買ってから7時22分発のあずさに乗り込む。わたしは朝からビールを飲んでご機嫌である。本当に久しぶりの家族旅行である。去年の1月に富士吉田市のホテル鐘山苑に行って以来である。今までの家族旅行はほとんど自家用車だったから、電車でのんびり出掛けたのは初めてである。下の息子は大はしゃぎで、思春期で難しい年頃の上の息子もまんざらでもなさそうである。みんなお弁当を食べ終えると眠くなりウトウトとしはじめたが、下の息子は目を輝かせて車窓の景色をカメラにおさめていた。
やがてあずさは東京駅に到着。ここで新幹線に乗り換えた。しばし時間があったので、わたしはホームに用意された喫煙ルームでたばこを一服。缶詰状態でニコチン中毒者がたばこを燻らせているのは、なんとも惨めなものである。まるで犯罪者が集まっているようだ。
やがて新幹線がプラットホームに入ってきた。早速乗り込む。しばらくして車内販売が回ってきたのでまたまたビールを買って飲み干した。これまたご機嫌である。新幹線はやっぱり速い。車窓の景色が流れていく。本を読んでゆったり過ごす。しばらすると仙台に到着。仙台はビルが建ち並び大都会である。そして盛岡に到着。仙台に比べると盛岡は田舎である。甲府に毛が生えた程度であった。ここで新幹線は秋田行きと八戸行きに分かれて、わたし達は八戸行きで二戸に降りた。駅に隣接している物産館のレストランで昼食をいただく。わたしは名物だという五穀じゃじゃめんを食べた。そして、冷酒を一合よばれたのである。これまたご機嫌である。なんだか一日中お酒を飲んでいる。食後は物産館で地元の名産品を見物した。
移動の疲れがとれたので、二戸の観光名所を歩いて回ることにした。岩手は涼しいと思っていたが、やたらに暑い。汗だくだくになってシビックセンターという施設に到着した。 お酒は汗となってすっかり抜けたようだ。シビックセンターでは下の息子が工作教室で不思議な貯金箱を作り大満足であった。 上の息子もまんざらでもなさそうだった。
それから九戸の城跡に歩いていったが、もう汗だくで大変であった。しかも期待はずれ。くたくたに疲れたのでタクシーで旅館に向かった。やれやれである。
さっそく、温泉に入った。あ〜極楽・極楽である。そして晩ご飯をいただく。わたしはここでもまた、冷酒を三本ほどいただき、ご機嫌である。久々の家族旅行は楽しい一日であった。 >>> 心の白倉は、あなたの「夢と志」を実現します!! <<< ※※※※※※※新企画!! 心の白倉の「生き方塾」と「創業塾」※※※※※※※ |