心の経営コンサルタント(中小企業診断士)白倉信司の「一言日記-2005.3」

心の経営コンサルタント/中小企業診断士/白倉信司

山梨県活性化の参謀本部長 中小企業診断士 白倉信司(しらくらしんじ)

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2004.3.31(木) 

4時半に目覚ましが鳴るまえに目が覚めました。昨日と同じく早起きすることができました。有り難うございます!さっそく玄関先に行きました。うっすらと稜線が確認できる愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって、「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!

松下幸之助は「道は無限にある」と題して「お互い人間というものは、常にみずから新しいものをよび起こしつつ、なすべきことをなしてゆくという態度を忘れてはならないと思います。お互いが、日々の生活、仕事の上において、そういう心構えを持ち続けている限り、一年前と今日の姿にはおのずとそこに変化が生まれてくるでしょうし、また一年先、五年先にはさらに新たな生活の姿、仕事の進め方が生まれ、個人にしろ事業にしろ、そこに大きな進歩向上がみられるでしょう。大切なことは、そういうことを強く感じて、熱意をもって事に当たるという姿勢だと思います。そうすればまさに、『道は無限にある』という感じがします」と話しています。

人間とは、無限の存在である天地・宇宙が何億年もかけて最後に創り出した有限の存在です。一人ひとりの人生こそ有限ですが、無限である天地・宇宙の生成発展に寄与することができれば有限から無限の存在へと昇華することができます。大言壮語のようですが、わかりやすくいうと、人間というのは、常に自ら新しいものを求めて、為すべき事をなしてゆくという心構えがあれば「道は無限に開ける」ということです。逆に、そういうことに無頓着でその日暮らしのような人生を歩んでいる人は「道は一向に開けない」のです。自分が「道は無限に開ける」というような生き方をしているかどうかを検証するためには、過去の自分と今の自分を比較してみることです。過去に起こった出来事が今の自分にどのように影響しているかを考えてみることです。以下、わたしの過去十年間の歩みを振り返って、自分がどのように変わったかを検証してみます。

十年前(平成七年)--県職員をしており三十六歳でした。県庁職員として中小企業大学校に行かせてくれなかったことが当時はかなりショックでしたが、もしあの時に中小企業大学校に行かせてもらっていたら、その後、県庁を円満に退職することができなかったでしょう。また、必死になって受験勉強をすることもなく、経営コンサルタントとしての知識も生半可なものになっていたと思われます。今となれば、あの時、県職員として中小企業大学校に行かせてくれなかったことに心から感謝しております。

八年前(平成九年)--この年の四月に県職員を辞めて独立しました。三十八歳でした。きっかけは中小企業診断士の資格を活かせる職場に異動できないということでした。当時は、なぜ、自力で資格を取得したのに希望する職場に異動できないのだろうと悔しかったのですが、希望する職場に異動できなかったからこそ独立することができたわけです。しかも四十歳ちょっと前という絶妙なタイミングで独立できたのです。あの時、独立を思いとどまって県職員としてやっていくという決断をしたら、タイミングを逸してその後独立することはできなかったと思います。そして、今でも県職員として凡庸に生きていたと思います。ですから、今となれば、あの時、希望する職場に異動できなかったことに心から感謝しております。

六年前(平成十一年)--経営コンサルタントの仕事が軌道に乗り、とにかく忙しくなりました。この年四十歳になりました。仕事に慣れてくるのに比例して「手加減」するようになりました。すなわち仕事の予算に応じて対応するというビジネスライク(合理的)な姿勢がでてきました。また協同組合山梨総合コンサルタントを設立して、マスコミを始め周りから注目を集めるようになりました。仕事もどんどん増えていきましたので、自分では気づかないうちに傲慢不遜な人間になっていったように思います。生活も少しずつ贅沢になっていきました。当時はそういう自分を成功者になりつつあると評価していましたが、今となれば、当時の自分がしていたことは、すべてが反面教師として、それを戒めとしています。仕事の予算に関わりなく「そこまでやるか」という精神で仕事をするようになれたのは、当時の自分が反面教師として存在しているからです。

四年前(平成十三年)--四十二歳になりました。右肩上がりで増え続けた売上高が踊り場にさしかかりました。時間が取れるようになったので、山梨県が企画した夢甲斐塾の塾生になりました。そこで、塾長である上甲晃先生と出会ったことが今のわたしの原点になりました。仕事をビジネスライク(合理的)に捉えていたわたしが、仕事を通じて社会に貢献できる人間になろうと思えるようになったのは上甲先生のお陰です。夢甲斐塾に入らなければ、今のわたしは存在しておりません。そういう意味で大変素晴らしい年だったと感謝しております。

二年前(平成十五年)--四十四歳になりました。夢甲斐塾の一年は充実した年でしたが、仕事面では大変辛い年でした。夢甲斐塾の後半(平成十四年)には、売上高が対前年比四割減という落ち込みようで、精神的に本当に辛かったのを思い出します。それを乗り越えるために、上甲先生から頂いた「そこまでやるか」という言葉を頭に叩き込んで、凡事徹底を始めるようになりました。それがこの日記です。この日記を始めたのは平成十四年の九月ですから現在で二年半くらいになります。今年の八月でまる三年となります。この日記を毎日続けるという作業からわたしが得たものは、それはもう宝のように沢山あります。この日記を書くということが、わたしを毎日進化されているような気すらします。仕事面でも平成十四年の落ち込みから回復して、なんとか安定してきたように思います。そして、何よりも変わったのは「将来不安」を感じなくなったことです。これは自分でも大した進歩だと自負しています。今はただ、凡事徹底に感謝するのみです。

現在(平成十七年)--今は四十五歳ですが、六月には四十六歳になります。最近は、仕事の幅が広がってきました。経営というテーマを東洋思想の切り口で考えるようになりました。昨年始めた坐禅会からは沢山のことを学びました。つい先日は、坐禅会を開催している円光院の檀家さんの集まりで話をさせてもらえるようにもなりました。昨年開設した生き方塾、創業塾も軌道に乗り、この四月からはバージョンアップして開始することになりました。これからの自分の方向性として仏教を中心に、儒教、道教、神道を学んでいくことがはっきりしました。五十歳までは毎月十冊以上の本を読み、生き方塾、創業塾を続けていくという具体的な目標も立てました。人間として生きるべき道筋がはっきりとみえてきました。

手前味噌で恐縮ですが、十年前から現在までを振り返ってみると、常に新しいものを求め、為すべき事をなしてきたと思います。そして今、大きな声で堂々と言うことができます。人間というのは心がけしだいです。心がけしだいで「道は無限に開ける」のです、と。

ここまで書いて時計の針を見ると6時15分です。今日は自分のことを書きましたので早く仕上がりました。再び玄関先に行きます。東の空が明るくなっています。青い空が広がっています。やはり早朝の一時はいいものです。心が洗われる思いがします。有り難うございます!家に入り、仏間の仏壇にお線香をあげて、チーンと鳴らしてから、「ご本尊さま、ご先祖さま、おはようございます。今日もみんな幸せでした。そして長生きできました。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!それからお風呂に入りました。朝風呂はいいものです。般若心経を唱えました。心が落ち着きます。有り難うございます!お風呂から出て朝ご飯を食べました。焼きおにぎりにおみそ汁と漬け物です。シンプルですが、これが正しい日本人の食事です。ご馳走さまです。有り難うございます!出掛けるまでに時間があるので、本を読むことにしました。森信三著「講話録--真理は現実のただ中にあり」です。いい本です。素晴らしいです。これから森信三師に私淑することに決めました。すでに私淑している安岡正篤師からは知識を学び、それを見識にまで高めたいと思っていますが、見識に高める際に森信三師の実践的な在り方がとても参考になるのです。実践の人です。実践と学問が融合したすばらしい世界です。有り難うございます!事務所に行き、支度をしてからコープやまなしに向かいました。理事会に出席するためです。

近くまで来たところで、何と今日の資料を事務所に置いてきてしまったことに気づきました。電話して、資料を取りに帰るので遅れる旨伝えました。申し訳ございません。結局到着したのは10時半前でした。30分近くの遅刻です。本当に申し訳ございません。反省・・・。理事会はいつものように厳しい中にも和気藹々と進められました。お茶をいただきました。ご馳走さまです。有り難うございます!午前中の部が終了しました。お弁当をいただきました。お茶もいただきました。ご馳走さまです。有り難うございます!食後は読書をしました。もちろん森信三著「講話録--真理は現実のただ中にあり」です。いい本です。素晴らしいです。有り難うございます!13時から午後の部が始まりました。途中でお土産のお菓子をいただきました。ご馳走さまです。有り難うございます!15時前に終了して家路につきます。ちょっと時間があるので、途中馴染みの美容院に寄ることにしました。人が一杯でちょっと待ちましたが、そういう時間こそ読書の時間です。散髪が終わるまでに森信三著「講話録--真理は現実のただ中にあり」を読み終え、以前から少しずつ読んでいた「荀子」も読み終え、そして森信三著(寺田一清編)「一語千鈞(いちごせんきん)」を読み始めることができました。これで三月に読破した本は十五冊となりました。二日に一冊のペースです。年度末で忙しい中、沢山読むことができました。有り難うございます!散髪が終わりました。さっぱりしました。爽快です。有り難うございます!美容院をあとにして家に戻ったのは17時前でした。今日はこれで店じまいにします。ちょっと読書をして、部屋着の作務衣に着替えてからHPを更新しました。今日も充実した一日でした。有り難うございます!明日の朝は駅前掃除ですが、町内のゴミ当番なので、ちょっと遅れていくことになりそうです。早く寝ます。おやすみなさい。

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2005.3.1(火) 目覚ましの音で4時に目が覚めました。今日も二度寝せずにちゃんと起きることができました。有り難うございます!居間に降りて、やかんに水を入れてコンロに火を点け てから玄関先に行きました。今日 からは3月です。もう春です。辺りはまだ暗いのですが青空が広がっているのがはっきりとわかります。そして愛宕山の稜線がはっきりと見えます。その愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!居間に戻って日本経済新聞に目を通します。

松下幸之助は「ほんとうの勇気」と題して「私は一般的に、ほんとうの勇気というものは一つの正義に立脚しないことには、また良心に顧みてこれが正しいと思わないことには、湧いてこないと思うのです。だから、勇気が足りないということは、何が正しいかということの認識が非常にあいまいであるところから出てきている姿ではないかという感じがします。人びとがそれぞれに自問自答して何が正しいかということを考える。そして、この正しさは絶対譲れない、この正しさは通さなければいけないという確固とした信念を持つならば、そこから出てくる勇気は、たとえ気の弱い人であっても非常に力強いものとなる。そういうような感じを私は持っているのです」と話しています。

孔子は「義を見て為さざるは勇無きなり」と言っています。この場合、義とは「何が正しいか」ということの認識です。人間としてどう在るべきか、どう為すべきかを定義するのが義です。それが人間として正しいことと知りながら、それを為さない人は勇気がないということです。孔子はまた「知者は惑わず。仁者は憂えず。勇者は懼(おそ)れず」とも言っています。「知者は道理に明らかだから惑わない。仁者は道理に従い、私欲がなく、事に善処できるから心配することがない。勇者は志気が盛んで果断として物事を行える者だから、恐れるところがない(吉田賢抗著「論語」より)」という意味です。前掲書によると、知仁勇を「三達徳」というのだそうです。また、孔子は「君子が道としてふみ行うものが三つ(知仁勇)あるが、私はどの一つも満足にはできない」と言っているそうですが、孔子ですら「どの一つも満足にはできない」のですから、わたし達凡夫ができないのは言うまでもないことでしょう。孔子に代表される儒者は、できないけれど、一つの理想を掲げてそれを目指していくことを大切にしているのです。

このような儒教の考え方に対して仏教のそれは、一つの理想を掲げてそれを目指すということをしません。良いも悪いもなく、マイナスもプラスもなく、生も死もなく、それらをまるごと受け入れて泰然と構えるのが仏教です。厳しい寒気にあっても、その寒さをそのまま受け入れ、激しい暑気にあっても、その暑さをそのまま受け入れて、そういう厳しい環境の中でも自分が生かされているということに感謝をして、その環境に浸りきるのが仏教なのです。禅語に「莫妄想(まくもうぞう)」という言葉があります。仏教(とくに禅)の本質を伝える言葉だと思います。以下、細川景一著「白馬蘆花に入る〜禅語に学ぶ生き方(禅文化研究所)」から抜粋要約して、「莫妄想」の深い意味を学んでいきます。

《妄想(もうぞう)する莫(な)かれ!と読むことができますが、「莫妄想」と端的に読む方が禅的です。「無業の一生、莫妄想」といわれるように、無業和尚(760〜821)は一生涯、誰が何を尋ねても「莫妄想」で押し通したといわれています。「妄想無き時、一心(いっしん)是れ一仏国(いちぶっこく)」。すなわち、妄想を断ち切ってしまえば、それがそのまま悟りの心境です。「莫」とは、なかれのことで、禁止の意味を表わします。「妄想」とは、一般的には実体のない虚妄(こもう)の想念のことで、色気、食い気、欲気などの邪念、空想、迷心を意味しますが、禅ではもう少し深く考えます。私たちは、常に、生死、善悪、是非、勝敗など、二つの相対する概念を作り出し、その一方に執して苦しみ、迷うのですが、この二つに分けて見る相対的な分別心そのものが、すでに妄想というのです。故に莫妄想とは、生死、善悪、是非になり切ってやって行け!というわけです》。

《江戸時代、広島の尾道の済法寺(さいほうじ)に住した物外(もつがい)和尚(1794〜1867)は、腕力絶倫のため拳骨(げんこつ)和尚と呼ばれた人ですが、あるとき、藩主から呼ばれて入城します。藩主の病は重く、臨終の時が迫っています。藩主は、懐から辞世の一句を認めた短冊(たんざく)を出して和尚に見せます。「花は根に帰ると聞けば我もまた、生まれぬさきの里に帰らん」---花は散っても根に帰るといわれる。私もいよいよ死が近づいてきたようです。死んだら、和尚が言っていた生まれぬさきの里、すなわち本来の自己、父母未生以前の消息へ帰って行きます---。物外和尚、一読して頷くかと思いきや、いきなり短冊を放り出して大声で叱咤します。「この期に及んで何を妄想をかいているのだ!歌なんぞクソ妄想だ!黙ってさっさと死んでいけばいいのだ!」。これを聞いた藩主、ニッコリ笑って頷き、静かに息絶えたといわれています》。

どうです。これが仏教の、仏教の中でもとくに禅の思想です。すばらしいと思いませんか。どんな状況に置かれても、その状況になり切ってしまうのです。朝起きて、あぁ今日も生きている、生かされていると感謝する。家族が顔を合わせて「おはようございます」と挨拶を交わすことができることに感謝する。ご飯を食べて、あぁ美味しいと心から味わい、わたし達のために犠牲になってくれた食材に感謝する。そういう気持ちで生きていく。自分が生かされているということに感謝できれば、みんなが生かされているということに気付き、慈悲の心で人に接することができる。

そういう仏教的な気持ちが儒教的な「義」に行き着きます。そしてその「義」に従って生きていくことを「勇」というのだと思うのです。それが孔子が言う「義を見て為さざるは勇無きなり」だと、わたしは勝手に解釈しているのです。「莫妄想」。生死、善悪、是非になり切って生きたいものです。

ここまで書いて時計の針を見ると6時15分を指しています。いつもよりちょっと早く書き上げることができました。再び玄関先に行きました。扉を開けると夜明け前の東の空に浮かぶ雲が目に飛び込んできました。なんとも美しい並び方です。雲がそうしているのではなく、ただ、そこにそう在る姿はまさに「莫妄想」そのものです。天地宇宙に生かされている自分を感じるひとときです。有り難いことです。有り難うございます!家に入り仏間の仏壇にお線香をあげて、チーンと鳴らしてから「ご本尊さま、ご先祖さま、おはようございます。今日もみんな幸せでした。そして長生きできました。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!そして朝ご飯をいただきます。その前に般若心経を流して一緒に読経します。下の息子が降りてきたので、「おはようございます」と挨拶を交わしてから「生活信条」を読み上げ、合掌して「いただきます」とご飯をいただきました。玄米入りのご飯に豆腐と大根のみそ汁、大根おろしに白菜に鮭と、正しい日本人の朝食です。美味しかったです。ご馳走さまです。有り難うございます!今日は午前中内勤で午後からは研修の講師を務めます。がんばらずにがんばります。有り難うございます!8時前に事務所に行きました。まず読書です。山折哲雄著「日本のこころ、日本人のこころ」です。これは良い本です。勉強になります。本がわたしを呼んでいたのはこういうことかと思いました。そして仕事をします。ある事業の報告書の作成です。捗りました。よしよしです。有り難うございます!電話がありました。三重県の中央会からの仕事依頼です。有り難いことです。有り難うございます!家に戻ってお昼ごはんを食べました。コンビニの冷し中華です。この季節に冷し中華は有り難いことです。美味しかったです。有り難うございます!そして読書をしました。山折哲雄著「日本のこころ、日本人のこころ」です。本当に良い本です。有り難うございます!それから研修会場に向かいました。ちょっと早く着いたので車の中で本を読みました。山折哲雄著「日本のこころ、日本人のこころ」です。有り難うございます!研修は13時半から始まりました。

参加者は熱心に聴いてくれました。お茶を用意していただきました。有り難うございます!担当のSさんに写真を撮っていただきました。有り難うございます!研修が終わったのは16時を過ぎていました。帰りに馴染みの洋服屋さんタマヤさんに寄りました。いつものようにコーヒーをいただきました。ご馳走さまです。有り難うございます!そして、いろいろと話をしました。楽しかったです。有り難うございます!事務所に戻ったのは18時半でした。午前中の仕事の続きをしました。切りが付くところまで仕上げることが出来ました。有り難うございます!家に戻ったのは20時を回っていました。そして今、日記を書いています。今日も充実した一日でした。有り難うございます!

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2005.3.2(水)  目覚ましの音で4時に目が覚めました。最近は二度寝せずにちゃんと起きることができています。有り難うございます!居間に降りていき隣の台所でやかんに水を入れてコンロに火を点け てから玄関先に行きました。有り難うございます!今日は愛宕山の稜線をはっきりと確認することができません。気候はもう春です。2月までとは寒さが違います。毎朝早起きしているのでそれを実感することができるのです。有り難うございます!愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!居間に戻って、日本経済新聞に目を通しました。

松下幸之助は「魂のこもった朝礼」と題して「朝、仕事をはじめる前に朝礼をする会社や商店が多いようであるが、この朝礼をただ惰性で行ってはいないだろうか。会社や商店が順調にのび、世間の評判もよくなる。銀行もお金を貸してくれるし、事業もたやすくできる。そうなってくると、最初全員が真剣であった朝礼も何となく気がゆるみ、形だけに終わってしまいがちである。社長も従業員も一番注意せねばならないのはこうした時期ではないかと私は思っている。だから、朝礼をするならば魂のこもった朝礼をいうものを常に心がけねばならない。そうでなければ朝礼を行う価値がない。形だけなら何にもならないと思うのである」と話しています。

わたしは研修の講師を務めることが多いのですが、独立したばかりの頃は、依頼が少なかったので、一つひとつの研修に全力投球で取り組むという姿勢に自ずとなりました。しかし、事業が軌道に乗ってきて研修講師の依頼が段々増えてくると、講師の仕事に慣れてきて、表面的な話で終わってしまうことがあります。つまり話に「魂がこもならい」状態で話してしまうわけです。そういう話をしていると、なんとなく受講者にもわかってしまうものなのです。「子曰わく、巧言令色(こうげんれいしょく)、鮮(すくな)いかな仁、と」。論語にある孔子の言葉です。「孔子が言われる、口先がうまくて、愛想のいい顔つきをする人には、心からの愛情の現われとしての真実心は少ないものだなあ(吉田賢抗著「論語」-明治書院より)」。研修講師の経験を積めば積むほど、話しをする技術が巧みになります。同じようなことを話しても、普通の人よりうまく話せるようになります。しかし、これは表面的なことであり、話の内容に魂がこもっていなければ、また真実心が少なければ、受講者を感動させることなどできません。

孔子は次のようなことも言っております。「子曰わく、徳有る者は、必ず言あり。言ある者は、必ずしも徳有らず」。「孔子が言われる、道徳の備わった人には、必ず善言がある。心の中に蓄積された徳が、おのずから外へあふれ出て言葉となるからである。しかし、善言を出す人が、必ずしも徳のある人とは言えない。言葉たくみに愛想のよい顔つき(巧言令色)で、外を飾る人もあるからである(吉田賢抗著「論語」-明治書院より)」。まさにその通りです。人前で話をすることが多いわたしには、耳が痛い言葉です。

次に、「魂のこもった」話というのはどういうことをいうのかを説明するために、細川景一著「白馬蘆花に入る〜禅語に学ぶ生き方(禅文化研究所)」から、碧巌録にある「対一説(たいいっせつ)」という禅語に関する一節を要約して引用します。

《『碧巌録』第十四則に、ある修行者が雲門禅師に問いかけます。「如何なるか是れ一代時教(いちだいじきょう)---お釈迦さまが一生涯かけて説かれた教えとは一体なんでしょうか」。雲門云(いわ)く、「対一説(たいいっせつ)」。釈尊は初転法輪(しょてんぼうりん:初めて説法をされたこと)以来、涅槃(亡くなること)まで四十九年間、大勢の弟子や信者たちに毎日毎日どのような説法をされたのでしょうか。恐らく、ただ単なる自分の思想の伝達ではなく、釈尊の人格と、聞く人たちの心のふれ合いではなかったのでしょうか。近頃、書店などで、「上手な話し方」などという本が出ていることがありますが、どんな美辞麗句をつらね、言葉のあやを細工しても、話し手の人間に魅力がなければ、聞き手は感動しません。たとえ短い素朴な言葉でトツトツと話しても、そこに真実があれば、聴衆は深い感銘を残すものです。そういう真実のある話が「対一説」なのです》。

《明治時代の落語の名人といわれている三遊亭円朝と、無刀流をあみ出した剣道の達人山岡鉄舟にこんな因縁話があります。鉄舟はたいへんな母思いの人であり、国事が多忙になればなるほど、いよいよ母を恋う心が増します。ある日、鉄舟は当代の話術の名人といわれる円朝を招いて、「母は私が幼いころ、眠るときいつも『桃太郎』の昔ばなしを繰り返ししてくださった。今日はひとつその桃太郎の話を聞かしていただいて、 母を忍ぼうと思う」と円朝に口演を頼みます。円朝はお易いご用とばかりに、話術をつくして面白おかしく『桃太郎』を語ったけれど、鉄舟はなぜか少しも喜びません。「私の母は学問もないし、話も下手だったけれど、私の心に母の『桃太郎』はしみ通った。しかし、君の話からはそれが感じられない。君は舌で話をしているからだ」。円朝はこの「舌で話をする」の一言が胸に刺さって苦しみます。ついに鉄舟の門を叩いて禅を学び、修禅(しゅぜん)に励みます。あの渋味のある重厚味あふれる円朝の芸風は、その因縁があってから完成したといわれています》。

釈尊がたくさんの弟子を慈しんだように、誰に対しても、自分の子供を優しく諭すように話をすることができれば、「魂のこもった」また「真実心のある」話ができるのだと思います。口先で巧みに話をするのではなく、自分の人格と相手の心がふれ合うような話をしたいものです。

ここまで書いて時計の針を見ると、6時20分を指しています。書き始めたのが5時を回っていましたから、比較的早く書き終えることができました。有り難うございます!再び玄関先に行きます。扉を開けると雲ひとつない東の空が目に飛び込んできました。愛宕山に聳え立つ仏舎利塔が美しく輝いています。雀が三羽電線に佇んでいます。日の出前の朝の風景は清々しくまた神々しいものです。今日もまた天地宇宙に生かされているということを実感することができます。有り難うございます!家に戻り、仏間の仏壇にお線香をあげてチーンと鳴らしてから「ご本尊さま、ご先祖さま、おはようございます。今日もみんな幸せでした。そして長生きできました。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!それから居間に戻って般若心経を流します。読経しました。下の息子が起きてきました。「生活信条」を唱えて、合掌してから「いただきます」と朝ご飯を食べ始めました。玄米入りのご飯と大根のみそ汁、大根おろしに海苔、沢庵と白菜の漬け物という正しい日本人の食事です。美味しかったです。ご馳走さまです。有り難うございます!

8時前に事務所に行きました。まず読書をしました。山折哲雄著「日本のこころ、日本人のこころ」です。やはり素晴らしい本です。仏教と神道の関係がよくわかりました。有り難うございます!それから、ある事業の報告書を作成しました。能率が上がり、切りが付くまで仕上げることができました。有り難うございます!昼ご飯は家で食べます。お蕎麦をいただきました。お蕎麦は大好物です。美味しかったです。ご馳走さまです。有り難うございます!そして読書をします。それからちょっと昼寝です。早起きするとどうしても寝不足になるので、この昼寝が大事なのです。それからまた読書をしてから事務所に向かいました。午前中とは別の事業の報告書を作成しました。午後も能率が上がり、予定していたところまで完成しました。有り難うございます!それから今夜いよいよ最後となる創業塾の準備をしました。そして読書をしてから家に戻り、お風呂に入って、軽くご飯を食べてから、創業塾の会場であるベルクに向かいました。ベルクに到着したのは19時15分です。事前準備をしました。今日の出席者は7人でした。それぞれの人生計画と事業計画を発表していただき、参加者同士の意見交換をしたあと、わたしがコメントしました。昨年の8月から始めて計12回に渡って開催してきた創業塾も今夜が最後です。感無量です。

参加者に修了証を渡して「有り難うございます」とお礼を言いました。長い間お付き合いいただきまして、本当に有り難うございました。有り難うございます!3月25日にベルクで打ち上げ会をやることになりました。楽しみです。有り難うございます!その後、わたしを含めて5人が近くのファミレスに行って親睦を深めました。話は盛り上がりました。家に戻ったのは1時ちょっと前と遅くなりました。そして今、日記を書いています。この時間になると4時起きは無理です。明日は一日内勤なので寝坊させていただきます。今日も充実した一日でした。有り難うございます!

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2005.3.3(木) 昨夜寝たのは2時半近かったので、起きたのは7時半と大寝坊してしまいました。さっそく玄関先に行き、すっかり明るくなった東の空に聳え立つ仏舎利塔に向かって「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!仏間の仏壇にお線香をあげてチーンと鳴らしてから「ご本尊さま、ご先祖さま、おはようございます。今日もみんな幸せでした。そして長生きできました。有り難うございます」とこちらも過去形で合掌しました。有り難うございます!居間に戻って新聞記事に目を通してから、朝ご飯を頂きました。玄米入りのご飯に大根のみそ汁、大根おろしに焼き魚と漬け物と正しい日本人の朝ご飯です。美味しかったです。ご馳走さまでした。有り難うございます!家内を送るために8時半前に家を出ました。送り届けて家に戻ったのは9時半頃。事務所に来たのは10時前でした。

松下幸之助は「ダム経営」と題して「ダムというのは、あらためて言うまでもなく、河川の水をせきとめ、たくわえることによって、季節や天候に左右されることなく、常に必要な一定量の水を使えるようにするものである。そのダムのようなものを、経営のあらゆる面にもつことによって、外部の諸情勢の変化があっても大きな影響を受けることなく、常に安定的な発展を遂げていけるようにするのが『ダム経営』の考え方である。設備のダム、資金のダム、人員のダム、在庫のダム、技術のダム、企画や製品開発のダムなど、いろいろな面にダム、言いかえれば、余裕、ゆとりを持った経営をしていくことが肝要であろう」と話しています。

わたしは経営コンサルタントですから、企業経営者に対して、余裕がある経営を心がけましょうと話していますが、自分のことになると、余裕がある経営にはほど遠い状況です。独立するときに資金的な余裕がまったくなかったことから、自転車操業が続き、軌道に乗ってからも、あれやこれやと無駄な出費が多く、資金繰りに窮する状態が続いております。言っていることと、やっていることが異なると指摘されれば、反論の余地はまったくありません。言行不一致です。しかし、何とか仕事を続けることができていますし、人並みの生活もできていますので、これでよしとしております。また、独立以来、資金的には余裕がない状態が続いていますが、精神的にはずいぶん余裕が出てきたように思います。以前は将来のことを考えると、不安で不安でどうしようもありませんでしたが、今では、どうなるかわからない将来のことなどあれこれ考えても仕方ないと、今やっている仕事に集中できるようになりました。最近は仕事の領域も広がってきておりますので、これからも何とかやっていけると思っています。

我田引水かもしれませんが、そのような精神的な余裕をもてることが、経営者にはとても大事なことだと思うのです。禅語に「尋常一様窓前(そうぜん)の月、纔(わず)かに梅花有れば便(すなわ)ち同じからず」という一節があります。これは、いかにすれば精神的な余裕を持つことができるかを適切に表していると思います。以下、細川景一著「白馬蘆花に入る〜禅語に学ぶ生き方(禅文化研究所)」から引用して、精神的な余裕について学びます。

《禅語の中には梅がよく出てきます。梅はただ単に花が美しいからというわけではなく、厳寒の中を堪えぬいて、美しい花を咲かせ馨(かぐわ)しき薫りを発するために、何かしらわたし達の人生に暗示を与えてくれるようです。「尋常」とは、ふつう一般のこと。窓辺に月が光をさしかける風景は、大小貧富の差なく、どこの家でも美しいものです。その窓辺にたった一枝の梅花があれば、その風情を一変させてまた格別の趣きを呈します。わずかに梅花一枝を添えるか否かで、その風景を薫り高いものにすることができます。その一枝が大切です》。

「尋常一様窓前の月」。ここでは、窓辺に月が光をさしかける風景を表していますが、世の中で起こる出来事というのは、すべて「尋常」なのです。すなわち、ふつう一般であり、その事自体に善悪、正否があるわけではないのです。それを、わたし達がどう捉えるかで、そこに、善悪、正否という価値観が生じるのです。それを分別といいますが、そのような分別をすることなく、あるがままに物事を受け入れることができるかどうかが、「纔(わず)かに梅花有れば便(すなわ)ち同じからず」ということだと思うのです。ここで梅花一枝を添えるということは、心のもちようの喩えだと思うのです。同じ出来事が起こっても、その人の心のもちようで、それがプラスに作用することもあれば、マイナスに作用することもあるということです。心に梅花一枝を添えることができる人、できない人。その違いは、その人の人生を大きく変えてしまいます。前掲書から、梅花一枝を添えることができた人の人生と、できなかった人の人生を比べてみます。

《夫に先立たれた老婦人の二つの例を挙げてみます。近所に住むAさん夫婦は、子どももなく、定年を間近にひかえた仲のよい平凡なサラリーマン家庭でした。ある日会話の折りに、「自分たちには子どももないし、一緒に死ねればそれに越したことはないが、それはなかなかできない相談である。お互いどちらが死んでも気落ちしないように、一つ自分の好きなことに精を出すことにしよう」ということとなりました。ご主人は絵に没頭し、奥さんは人形づくりに熱中して、今までとは違った針のある生活を始めました。不幸にして先年、ご主人が亡くなられましたが、一人残された奥さんは別にふけ込むこともなく、「主人は先に行ってしまったけれど、あの世に行って腕が落ちたなんて言われないようにがんばります」と言って、せっせと人形づくりに精を出しておられます。数年前には及びもつかないことでした。一枝の梅花を添えることができたのです》。

《今一つの例は、昨年十月頃だったと思います。「老醜をさらしたくない枯れススキ」と、一人の老婦人が辞世の句を残して焼身自殺したという記事を読んだことがあります。この老婆は一年ほど前に夫に先立たれ、子どもが四人いたけれど皆な遠くに住まいを持っていて、一人暮らしのようでした。遺書にも、「昨年八月、夫に先立たれ、子供たちも大きくなり、私の役目は終わりました」とあったそうです。役目が終わった! 裏を返せば生き甲斐がなくなったのです。一枝を添えることができなかったのです。そこに趣味だけとは思わないけれど、何か一枝を添えることができたならば、このような形で終わることはなかったはずです》。

《「尋常一様窓前(そうぜん)の月、纔(わず)かに梅花有れば便(すなわ)ち同じからず」。毎日の生活の中に一枝の梅花を添えて、すなわち不同にしたいものです》。

世の中で起こる出来事というのは、すべて「尋常(ふつう一般)」なのです。それを善悪、正否と分別することなく、心の中に一枝の梅花を添えて、泰然と生きていきたいものです。

ここまで書いて時計の針を見ると11時40分を回っています。時間が掛かってしまいました。そろそろお昼ご飯の時間です。午前中は、仕事をせずに読書をして過ごすことにしました。山折哲雄著「日本のこころ、日本人のこころ」を読破しました。山折氏は良寛から尾崎豊まで幅広い日本人を引用して、日本とは何か、日本人とは何かを探っていました。とても勉強になりました。有り難うございます!それから、稲垣泰一著「となりの神様仏様」を読み始めました。今まで読んできた本とは違う視点で書かれた仏教と神道に関する本です。これも、なかなか面白そうです。有り難うございます!昼ご飯を食べに家に戻りました。食後はまた読書をしました。その後事務所に戻り、読書の続きをしました。そしてある事業の報告書を作成します。集中力が高まり効率的に作業することができました。明日の会合で用いるものは完成しました。有り難うございます!そして、明日の日記の随筆部分を書いてしまいました。明日は駅前掃除なので、朝書いている時間が取れないからです。これで、やるべきことは終えました。有り難うございます! その後、読書をしてから家に戻りました。19時半ちょっと前です。そして今、日記を書いています。明日は駅前掃除です。早く寝ることにします。今日も充実した一日でした。有り難うございます!

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2005.3.4(金)  目覚ましの音で4時に目が覚めました。眠い目を擦りながら、玄関先に行きます。まだ暗くてはっきり見えない愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。 有り難うございます!今日は雨が降っています。雨が降ると駅前掃除が大変です。居間に戻って、日本経済新聞に目を通しました。一面に大きく「西部株虚偽記載・インサイダー容疑で、コクド前会長、堤義明容疑者を逮捕」と伝えています。戦後の日本を支えてきた経済人を代表する堤義明氏が逮捕されました。日本は今、大きな転換期を迎えています。わたしは、企業不祥事や犯罪の低年齢化という近年の殺伐たる世相は、日本が西洋化にシフトしすぎた結果の現われであると見ております。したがって、東洋化がこれからの日本の方向性だと思っているのです。しかし、今の日本は米国化に向かっています。これは明らかに間違った方向性です。多くの人にそれを伝えるために、わたしにできる範囲で行動していきたいと思っています。さて、新聞を読んだあとは読書です。稲垣泰一著「となりの神様仏様」を読みました。なかなか味のある本です。こういうことを、わたし達は忘れてしまったのだと思います。わたし達は神仏についてもっと学ばねばなりません。

松下幸之助は「自分で人事をする」と題して「先日、社内で広告担当員を募集したところ、誰も志願しないというのです。これは意外でした。聞くところによると、そういうことを会社に対して言いにくいのではないかということでした。もしそうだとすると、会社がその人の適性を見つけなければならないということになってきます。が、社員が多くなると、人事部がいかに懸命にやっても、一人ひとりの性格を知って適切な人事をすることは、なかなかできないだろうと思うのです。だからほんとうは、本人に人事をしてもらうのが一番いいのです。『私にはこういう適性があるのだ』ということを表現してもらうことが一面非常に大事だと思います」と話しています。

自分の適性を知るということは、なかなか難しいところがあります。と言いますのは、今までの経験を通して「何が自分に合っているか、合っていないのか」ということは、誰にでもわかることですが、それは、あくまでも今までの経験を通してということであり、自分の本当の適性というものは、実はわからなかったりするのです。それを潜在的適性とでも言いましょうか、経験したことがないけれども、やってみたら「自分に合っていた」ということがあるのです。わたしの場合は、それが今の仕事なのです。県庁時代に自分が希望したのでもなく、組織の命令で赴任した職場での仕事をやってみたら「自分に合っている」ということに気付いたのです。その経験を通じて初めて自分の適性というものがわかったのであり、それまでは、自分にそんな適性があるとは夢にも思っていなかったのです。ということは、指導者は自分の部下の潜在的な適性というものを、ある程度見抜く力が求められるのではないか、と思うのです。

安岡正篤師は「東洋宰相学」の中で「政治の要訣は結局人を知り、人を用うるの一点に帰する。いかに自ら手腕力量があっても、いかに自ら出世しても、人を知るの明なく、人を用うるの徳がなかったならば、政治家として談ずるに足りない。近代政界の根本的弱点は名士がひとしく人を知らない点にある。いったん自ら顕要(地位などが高く重要であること)の地位についても、まず抜擢登用すべき人材を平生(へいぜい:つねひごろ)において物色し、締交しておらない」と書いています。このことは、政治の世界だけでなく、人の上に立つ指導者すべてに当て嵌まることではないでしょうか。以下、神渡良平著「安岡正篤人間学(同文館販売)」より引用します。

《安岡正篤は(前掲書の)同じ章で、中国の政治家・張詠(ちょうえい)をあげ、彼が推挙する人物は世に処するに正しく決まったところのある、物を欲しがらぬ、平気で浪人のできる人物であったという。その張詠の人物鑑定はつぎのようである。「およそ人を挙げるのは、退を好む者(浪人したがる者)がよい。退を好む者は廉謹にして恥を知る。もしこれを挙用すれば、忠節ますます堅くして失敗は少ないであろう。奔競する者を挙げてはならない。人と出生を争って奔(はし)り廻る者はよく己を曲げて事(つか)え、媚(こ)び諂(へつら)い、人に知られようとする。もしこれを挙用すれば、必ず才に矜(ほり)り、利を好み、推薦者に累を及ぼすことが少なくない。その者自身、勝手に奔競するから、別にこちらから挙用する要はない」》。

《安岡は人に揮毫(きごう)を頼まれると、よく「六中観」を書いた。「死中、活有り」「苦中、楽有り」「忙中、閑有り」「壺(こ)中、天有り」「意中、人有り」「腹中、書有り」。そのなかの「意中、人有り」は、推挙できる人物をいつも心のなかに秘めているという意味である。優れた人物は交友もまた優れている。自分の人品はどうかと反省するには、どれだけの人が自分の周囲にいるか、あるいは推挙に足るだけの人を育ててきているかと問うてみることである》。

はたして、わたしの周りにどれだけの人がいるかと考えてみると、推挙できる人物かどうかはさておき、年々周りにいる人が増えてきていることは間違いないと思います。これはいいことでしょう。それにしても、安岡正篤師が揮毫を頼まれると書いたという「六中観」というのは、奥深い言葉です。一つひとつわたしなりに解釈してみることにします。

「死中、活有り」---これは、よくわかります。ここで「死」と言っているのは、「死ぬ」ことそのものを指すのではなく、おそらく比喩的に用いているのでしょう。「死ぬような目にあっても」あるいは「死の直前にあっても」、心のなかには「活力、活気」が漲っているよう生き方をしなさい、というような意味だと思います。

「苦中、楽有り」---これもよくわかります。いかに「苦しく」とも、そのなかに埋没することなく、「楽観的」な気持ちをどこかにもっていなさい、というような意味だと思います。

「忙中、閑有り」---これもわかります。自分に当てはめれば、本当によくわかります。寸陰を捉えるという言葉に通じるところがあります。いかに「忙しく」とも、細切れ時間をうまく捉えて、心を落ち着けて平静な気持ちになることが大切だという意味だと思います。また、いかに「忙しく」とも、それに振り回されることなく、心のなかは常に冷静でいなさい、という意味もあると思います。

「壺(こ)中、天有り」---この言葉は有名なので、いろいろな人がいろいろな解釈をしていると思いますが、わたしは、いつどんなときでも、世事に振り回されることなく、しっかりとした自分の信念思想に基づいて対処できる人間になりなさい、という意味だと思います。

「意中、人有り」---これは、前述したとおりの意味ですが、自分を振り返り、周りにいる人がどのように変遷したかで、自分の人間としての成長度が測れると思います。

「腹中、書有り」---これもわかります。やはり人間として成長するためには、読書が必要です。それもただ読むのではなく、座右の書とする本と出会えるかどうかだと思います。安岡正篤師の本はわたしにとって、まさに座右の書であり、それを自分なりに解釈して実践に移してこそ、人間として成長できるのだと思っています。

以上が、わたしなりに解釈した「六中観」です。今のわたしは、これらの言葉を「概念・理屈」として理解しているに過ぎないと思いますが、やがて実践できるような人間になりたいと思っています。

6時5分前に家を出て6時ちょっと前に甲府駅北口に到着しました。今日は一番乗りです。すぐに生き方塾のSさんが来ました。そして夢甲斐塾3期生のMさん夫妻が合流しました。雪交じりの雨の中を手袋をしてゴミを拾いました。手がびしょびしょです。天気のせいか今日は参加者が少ないです。やがてY塾2期生のSさんも来ましたが忙しくてファミレスには行けないそうです。

ファミレスに移動しました。ここでY塾3期生のSさんと合流しました。今日も華ちゃんが可愛かったです。有り難うございます!Mさんに写真を撮っていただきました。有り難うございます!今日の話題は夢甲斐塾の定例会のこと、木鶏クラブのことなどでした。家に戻ったのは8時過ぎです。上の息子が遅刻をしそうだというので学校まで送っていきました。仕方のない奴です。家に戻り、仏間の仏壇にお線香をあげて、チーンと鳴らしてから「ご本尊さま、ご先祖さま、おはようございます。今日もみんな幸せでした。そして長生きできました。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!そして今、HPを更新しています。時計の針は9時を指そうとしています。今日は一日出張です。10時前には家を出て会場に向かいます。10時過ぎに会場に到着しました。大変楽しい集まりでした。勉強になりました。凄い人に会いました。話を聞いて感動しました。こういう人がいる限り、まだまだ日本は大丈夫です。それを支えるコープやまなしはたいしたもんだと思いました。有り難うございます!バイキングも美味しかったです。ご馳走さまです。有り難うございます!会場をあとにして次の仕事先に向かいました。研修講師の仕事です。参加者は熱心に取り組んでくれました。お茶をいただきました。ご馳走さまです。有り難うございます!

写真を撮っていただきました。有り難うございます!研修を終えて事務所に戻りました。ちょっと仕事をしてから家に戻ります。軽くご飯を食べて次の仕事先に向かいます。会議が始まったのは19時ちょっと過ぎです。お茶をいただきました。ご馳走さまです。有り難うございます!参加者は熱心に話を聞き、また意見を言ってくださいました。有り難うございます!家に戻ったのは22時前です。そして今、日記を書いています。今日も充実した一日でした。有り難うございます!

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2005.3.5(土) 今日は土曜日なので、ちょっと寝坊をすることに決めていました。起きたのは6時半を回っていました。さっそく玄関先に行きました。うっすらとピンク色に染まる東の空を背景にした愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!たばこを燻らせながら朝の雰囲気を味わいます。カラスがカァカァ、すずめがチュンチュン、カァ、チュン、カァ、チュンと言葉を交わしているように感じました。天地宇宙に生かされていることを実感できるひとときです。有り難うございます!家に入り、仏間の仏壇にお線香をあげて、チーンと鳴らしてから「ご本尊さま、ご先祖さま、おはようございます。今日もみんな幸せでした。そして長生きできました。有り難うございます」とこちらも過去形で合掌しました。有り難うございます!居間に戻って新聞に目を通します。それから読書をします。そして合掌をして「いただきます」と朝ご飯をいただきました。ご馳走さまです。有り難うございます!なんだかんだと時間が経ってしまい、事務所に向かったのは9時ちょっと前でした。それから日記を書き始めました。

松下幸之助は「庄屋と狩人ときつね」と題して「昔のたとえ話に庄屋と狩人ときつねの話がある。狩人は庄屋の前ではかしこまっている。しかし庄屋はきつねにばかされる。きつねには弱い。そしてきつねは鉄砲で撃たれるかもしれないから狩人はこわい。結局この中で誰が偉いとも何もわからない、という話である。私は今日でもこの話は生きていると思う。勝負に勝つ人が偉いのでも、負ける人が偉くないのでも何でもない。教育する人が偉いのでも、教育を要する人ができが悪いのでもない。それぞれやっぱり一つに生きる姿である。そう考えれば、喜んで人に協力することができるし、また協力を受けて仕事ができるのではないかと思うのである」と話しています。

わたし達が生きているこの社会には、実にさまざまな人がいます。姿形も異なれば、仕事や役職も異なります。頭のいい人がいれば頭の悪い人もいます。運動が得意の人がいれば不得意の人もいます。ほんとうにさまざまな人がいますが、その優劣などつけることはできません。みんないるべくして、そこにいるのであり、生きるべくして、そこに生きているのです。これは人間世界のことだけではなく、生きとし生けるものすべてがそこに在るべくして在り、生きるべくして生きているのです。その在り方、生き方を、そのまま受け入れ、実感し、今ここに、生かされているということに心から感謝できるようになることを「解脱」「実悟」「悟り」「成仏」「涅槃」というのです。

臨済録に「随処に主と作(な)れば、立処(りっしょ)皆な真なり」という有名な言葉があります。以下、細川景一著「白馬蘆花に入る〜禅語に学ぶ生き方(禅文化研究所)」から、この有名な言葉の深い意味を探ります。

《近頃、自主性の喪失、自立せよ、という言葉をよく聞きます。早大教授加藤諦三氏は、ある雑誌の中で、自立していない人間を、「自分で自分を支えられない、つまり自分が自分を信頼していないことであり、従って外からの何らかの影響でたちまち感情が混乱してしまう、故にそういう人たちは自分に適したこと、自分にふさわしいことをしようとするのではなくて、他人を基準にして物事を考える、従って何をするにしてもそこに集中したり、リラックスすることができない、何をやっても確認が持てないのです」と述べられております。このように、自分でこれでよしと納得して完全燃焼させて生きて行くのではなく、見るもの聞くものに心をとらわれて右往左往し、常に不完全燃焼のための不平不満を抱きながら毎日を送っている、剰(あまつさ)え、その不平不満を他人のせいにしてしまう。「随処作主、立処皆真」の語は、こういう類(たぐい)の人たちの多い世の中にこそ、大いに味わう必要があるのではないでしょうか》。

《いつ、どこで、何をするにしても、万縁万境(ばんえんばんきょう:周囲のいろいろな現象)に引きずられることなく、その時、その場の主人公になって自由自在に万縁万境を使って行く。それがそのまま、主体性の確立であり、自立であるというわけです。万縁万境に心をとらわれるのは、心が無心であり得なかったからです。無心になりきれば、「随処に主と作(な)れば、立処(りっしょ)皆な真なり」ということになるのです。沢庵禅師が柳生但馬守(やぎゅうたじまのかみ)に与えた教えの中に、「千手観音(千本の手で衆生済度〔しゅじょうさいど〕するといわれる観音さま)が、そのうちのたった一本の手でも心を奪われたら、他の九百九十九手はその瞬間にあって無きが如きであり、常に一所に心を止めない、無心の境界(きょうがい)にいて必要に応じて動作することによって、千本がことごとく役に立つ」と言っておられます。「無心」があって初めて千手を使いきれるように、万縁万境を自由自在に使いこなせるのです。無心になるとは難しいことではありません。その時、その場で自分でしなければならないことになりきることです。余念をまじえず、精一杯に努めることです。さすれば自分の行為に真実を発見して、その意義を納得することもでき、生きがいを感じることもできるのではないでしょうか》。

万縁万境にひきずられてしまうのは、外からの影響を受けて自己が脅かされるからです。それは自己が確立していないからです。そのような人は、「人の目を基準」にして物事に対処してしまいます。こんなことをすれば、人に馬鹿にされるとか、笑われるとか、逆に、こういうことをすれば、人に褒められるとか、評価が上がるとか、そういう風に考え、行動してしまうのです。これでは、いつも万縁万境に使われてしまいます。そうではなくて、確たる信念思想をもち、人の目など気にすることなく、「天の目を基準」にして物事に対処すれば、「随処に主と作(な)れば、立処(りっしょ)皆な真なり」の境地に至ります。どんなときでも、その時、その場で自分でしなければならないことになりきり、余念をまじえず、無心で対処する心を培いたいものです。

ここまで書いて時計の針を見ると、10時15分を指しています。続けて明日のエッセーを書いてしまうことにします。約一時間で明日のエッセーを書き終えました。これで気が楽になりました。有り難うございます!その後、来週の水曜日に円光院で話をさせて頂くときに用いるレジュメを作成しました。人数分コピーしてホチキスで留めました。それにしても円光院で話をさせて頂けるとは何とも光栄なことです。有り難うございます!家に戻ったのは13時でした。 昼ご飯を食べました。すき焼き丼です。久々に肉を食べました。ご馳走さまです。美味しかったです。有り難うございます!その後はちょっと読書をしました。今日は読書の時間があまり取れません。13時40分頃家を出て木鶏クラブ定例会の会場に向かいました。今年度最後の例会です。来年度からは世話人を引き受けることになりました。がんばらずにがんばります。有り難うございます!まず、現代の代表であるIさんの「自己を語る」です。Iさんは県庁時代の上司でもあります。県のトップまで登り詰めた方です。亡くなった奥さんの話が中心でした。とてもいい話でした。感動しました。有り難うございます!その後、休憩時間にコーヒーを頂きました。ご馳走さまでした。有り難うございます!

それから論語を学びました。隣の人が本を見せてくださいました。有り難うございます!坐禅会の大先輩のKさんが講師を務めました。とても勉強になりました。有り難うございます!定例会は17時に終わりました。家に戻ります。今日は母親の誕生会です。近所の肉屋にやきとりを買いに行きました。昼夜とお肉を食べます。まぁ、たまにはこういうこともあるのです。割り切って食べることにします。有り難うございます!凄いご馳走です。有り難うございます!

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2005.3.6(日) 目覚ましの音で4時に目が覚めました。眠い目を擦りながら、玄関先に行きます。まだ暗くてはっきり見えない愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!居間で日本経済新聞に目を通しま したが、これといった記事はありませんでした。

松下幸之助は「不安に挑む」と題して「いつの世でも、われわれにとって完全に安穏であるという状態はないといってよい。お互い人間である以上、程度の差こそあれ不安動揺なしにはいられないと思う。それが人間本来の姿である。しかしだからといって、ただ不安動揺し、それにおびえてなすところなくウロウロしているというのでは、そこから何も生まれてこない。そうではなく、不安は感じるが、しかしその不安に敢然と闘いを挑み、これを打破していく。むずかしい仕事、困難な要求に直面して、一面に不安を感じるが、半面かえって心が躍る。そしていろいろの考えを生みだしこれを克服していく。そういうふうでありたいと思う」と話しています。

夢甲斐塾での一年を経験する以前のわたしは、「不安動揺」の塊のような人間でした。県庁時代とは異なり、毎月決まった給料をもらえるわけでもなく、今日の仕事が将来を保証してくれるわけでもなく、今後どういう仕事があるのかも決まっておらず、将来の生活のことを考えれば考えるほど「不安動揺」が暗雲のように心の中に広がりました。今でも、その時と何ら環境が変わったわけではありません。つまり、将来どうなるかは、まったくわかりません。しかし、なぜか「不安動揺」というものはすっかりなくなりました。今という刹那を大切に生きることを心がけた結果、将来のことを憂うということがなくなったからです。将来のことなど、いくら考えてもわからないのです。わからないことを考えても仕方がない。そんなことよりも、今というこの刹那を大切に生きよう、と思えるようになったからです。わたしを導いてくださるさまざまな縁に感謝をして、縁という風に乗ってしなやかに生きて行こうと思えるようになったからです。

禅語に「心は万境に随(したが)って転ず、転処(てんじょ)実に能(よ)く幽なり、流れに随って性を認得せば、喜も無く復(また)憂も無し」という言葉があります。実に奥深い言葉です。縁という風に乗ってしなやかに生きて行くということが、どういうことがよくわかる言葉です。以下、細川景一著「白馬蘆花に入る〜禅語に学ぶ生き方(禅文化研究所)」から引用します。

《禅の伝灯(でんとう:歴史)では、釈尊を教主として、第一世、摩訶迦葉(まかかしょう)尊者に始まり、西天(さいてん:インド)では二十八人を数え、その第二十八世が達磨大師に当たり、中国に渡っての禅宗の初祖(しょそ)となられ、ついには日本に伝播されます。西天の二十二世の祖師、摩拏羅(まぬら)尊者の伝法(でんぼう)の偈(げ)がこの語です。「心」とは、私たちのこころです。「万境」とは、いうまでもなく万縁万境、私たちをとりまくいろいろな現象です。「幽」とは、幽玄微妙(みみょう)といわれるように、なんとも表現できない妙(たえ)なる消息、すなわち一言にいってすばらしい消息です。「流れ」とは、万縁万境に推移をいいます。「認得」とは、はっきりと自分のものにすること。「心は万境に随(したが)って転ず、転処(てんじょ)実に能(よ)く幽なり」。私たちの人生は平穏無事のときもあれば、異常事態の真只中に放り込まれることもあります。悲しいこと、うれしいこと、恨めしいこと、いろいろな条件の中で生きていかねばなりません。しかもその条件は次から次へと、推移変化していきます。変化する条件の中で、その場、その場に応じて、臨機応変、自由自在に処していけば、誠に幽玄微妙、すばらしい人生というわけです》。

《しかし、ただ無自覚に万境に転ぜられるのではなく、流れに随って「性」を認識しなければなりません。万縁万境の変化、流れの中で、性を認得しなければなりません。「性」とは、自性、自己のことです。それは自主性の確立です。日頃私たちは自分を見失って他に引きずりまわされることが多いようです。例えば、お金を使うのではなくお金に使われるように、万縁万境にひきずられる。そうではなく、自分を確立して自分が万縁万境を使っていかねばならないというのです。さすれば「喜も無く復(また)憂も無し」ということになるのです。しかし、それは悲しみも喜びも知らない無感情の石のような人間ではありません。喜んでそれに溺れず、悲しんでそれに執(と)らわれないという「幽」なる境界です。いってみれば「流れに随って流れに任せず」というところでしょうか。歌人、甲斐和里子さんの歌に、「岩もあり木の根もあれどさらさらと、たださらさらと水の流るる」とあるように、谷川の流れのように止(とど)まることのない、とらわれのない、ただ流れる、自由自在の無心の消息です。しかし、私たちの現実はどうでしょうか。あちらに心を止め、こちらに引っかかって自由自在を失ってしまいます》。

どうでしょう。縁という風に乗ってしなやかに生きて行くということが、どういうことがわかったでしょうか。あちらに心を止め、こちらに引っかかることなく、「岩もあり木の根もあれどさらさらと、たださらさらと水の流るる」ように、自由自在に生きていきたいものです。

今日は坐禅会の日です。家内と一緒に5時半に家を出て円光院に向かいました。5時35分頃円光院に到着しました。事前の準備をします。週一回の坐禅を始めて一年を経過しましたが、最近になって足の痛みを感じるようになりました。やはり、週一だと少ないのかもしれませんが、なかなか毎日坐ることはできないのです。前半はまったく駄目でした。後半はまあまあです。坐禅というのは本当に奥が深いものです。いずれ、毎日坐るようにしたいと思います。週一でも貴重な体験をさせていただていることに感謝しなければいけません。有り難うございます!坐禅のあとは茶礼です。細川景一著「白馬蘆花に入る」を朗読してくださいました。すでに読み終えてますから内容がよく頭に入ります。勉強になります。有り難うございます!その後、話をふっていただきましたので、3月16日に甲府商工会議所で行うセミナーの宣伝をさせていただきました。有り難うございます!茶礼を終えて本堂を出ると山にうっすらと覆っている雪景色がきれいでした。

写真を撮りました。有り難うございます!家に戻ったのは8時半です。家に戻ったのは8時半です。まずは仏間の仏壇にお線香をあげてチーンと鳴らしてから「ご本尊さま、ご先祖さま、おはようございます。今日もみんな幸せでした。そして長生きできました。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!さっそく朝ご飯をいただきました。坐禅会のあとでいただくご飯は本当に美味しいのです。有り難うございます!その後ちょっと読書をしてから、今、日記を書いています。写真は下の息子が撮ってくれました。有り難うございます!

今日は一日内勤です。がんばらずにがんばります。有り難うございます!と思いましたが、午前中は事務所に行かずに家で読書をすることにしました。それと寝不足解消のためにちょっと寝ることにしました。すっきりしました。有り難うございます!稲垣泰一著「となりの神様仏様」を読破しました。今まで全くといっていいほど無知だった神道のことが少しだけわかりました。日本には如何に神道が根づいていたか、そして仏教と一体となっていたかということがわかりました。有り難うございます!午後から事務所に行きました。まずは掃除をしました。最近サボっていたので、部屋中ほこりだらけです。お陰様でサッパリしました。有り難うございます!家内が来たので、資源ゴミに出すいらなくなった資料を梱包してもらいました。助かりました。有り難うございます!そして仕事に取り掛かります。複数の仕事を効率よくこなしました。その後、読書をしました。昨日木鶏クラブのKさんから頂いた伊藤肇著「人間的魅力の研究」を読み始めました。面白い本です。とても勉強になります。有り難うございます!家に戻ったのは18時を回っていました。読書の続きをして、今、日記を書いています。今日も充実した一日でした。有り難うございます!明日からは内勤が続きます。がんばらずにがんばります。有り難うございます!

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2005.3.7(月) 目覚ましの音で4時に目が覚めました。居間に降りてきましたが、まだ眠くて30分ほど布団に潜っていました。そして、やかんに水を入れてコンロに火を点けてから玄関先に行きました。まだ空は暗いのですが、空気が澄んでおり愛宕山の稜線がうっすらと見えます。その愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!居間に戻って、沸騰したお湯で番茶を入れます。そして長谷川醸造のカリカリ梅を食べながら、日本経済新聞に目を通しました。

松下幸之助は「大西郷の遺訓」と題して「西郷隆盛が次のような遺訓を残している。『国に功労がある人には禄を与えよ。功労あるからといって地位を与えてはならない。地位を与えるには、おのずと地位を与えるにふさわしい見識がなければならない。功労があるからといって、見識のないものに地位を与えるということは国家崩壊のもととなる』と。これは国のことであるが、事業経営についても同じことが言える。あの人は会社に大きな功労がある、だから重役にしようとなりがちであるが、この点は十分に注意しなければいけない。あくまでも、功労ある人には賞をもって報い、その見識ある人に地位を与えることが大事だと思う」と話しています。

今の日本において、政治が堕落しているのは、まさに見識のないものが政府の要職を占めているからだと思います。小泉首相などはその最たるものでしょう。それはさておき、安岡正篤師は、知識、見識、胆識ということを繰り返しその著作に書いています。「活眼活学」では「知識というものは、薄っぺらな大脳皮質の作用だけで得られます。学校に行って講義を聞いておるだけでも、あるいは参考書を読むだけでも得ることができます。しかし、これは人間の信念とか行動力にはなりません」と書いてあります。今の日本には知識のある人は沢山いますが、それを見識にまで高めている人が極めて少ないのだと思います。

では、見識とは何だと申しますと、これも安岡正篤師の言葉を借りると次のようになります。「知識というものにもっと根本的なもの、もっと権威のあるものが加わらないと、知識というものも役に立たない。それは何かといえば見識です。事に当たってこれを解決しようという時に、こうしよう、こうでなければならぬという判断は、人格、体験、あるいはそこから得た悟りなどが内容となって出てきます。これが見識です」。見識というのは、それが単なる知識ではなく、すなわちただ知っているということではなく、事を解決するときの判断基準にまで高められなければいけない、ということです。そしてこれを見識というのです。

しかし、「見識で止(とど)まってしまってはいけない」と、安岡正篤師は言うのです。安岡正篤師を師と仰ぎ、研究し尽くして「安岡正篤人間学」という優れた著作(安岡正篤師の入門本として平成4年に発行されて以来、現在19版が発行されているロングセラー)を書いた神渡良平氏によると、「安岡は見識だけではだめだと説く。反対意見があるとき、見識だけでは、説得して実行させるだけの力に欠けるという。反対や妨害があっても断固貫き実行する力がどうしても必要である。それを胆識という」のだそうです。また、安岡正篤師自身は「決断力、実行力を持った見識」を胆識と定義しているようです。

この「知識、見識、胆識」という概念をわたしの言葉で整理すると次のようになります。「知識とは、単に情報として知っていること。情報を知らない人よりも知っている人のほうがある面では優れているが、ただ知っているだけで実行が伴わないのであればまったく意味がない。また、知っているからといって、物事を批判的に見てしまうような人は、むしろ何も知らない人よりもレベルが低い。何も知らないから、あらゆる物事を素直に受け入れることができる人のほうが人間としてのレベルは上である。知識とは、そういうものである」。次に「見識とは、知識を自分なりに解釈して実践につなげて、それを継続していき、自らの信念思想にまで高めることができた段階である。それは、日常生活の中で具体的な行動として現われるが、何か困難なことに直面した場合、あるいは、周りの人を説得して実行するような場合には、それを実行することが阻まれる。しかし、知識を見識まで高めているという人は極めて少ない」。最後に「胆識とは、どんな困難に直面しても、自らの信念思想を具体的な行動として貫き通す力、あるいは、反対する周りの人々を説得して自らの信念思想の通り実行できる力である。視点を変えれば、自らの信念思想を貫くために死をも恐れぬ境地に達した人が持っている力である。今の日本には見識を胆識にまで高めている人は、ほとんどいないのではないかと思われる」。

以上が、「知識、見識、胆識」についてのわたしの解釈です。わたしは、自分のことを知識を見識のレベルにまで高めようと藻掻いている段階であり、胆識には、まだまだ、ほど遠い段階にいると思っています。いや、それだとちょっと過大評価です。わたしなどは、まだまだ知識の段階で不足しているのです。だから今、できるだけ沢山の本を読まなければならない段階です。安岡正篤師のみならず、古今東西あらゆる先達は「読書」の大切さを説いています。現在、月に十冊以上を読むことを自分に課しておりますが、これをあと五年ほど続けなければいけないと思っています。そのころには五十歳になっています。

もちろん、ただ読書をするだけでは意味がありません。本から学んだものを自分なりに解釈して実践していくつもりです。しかし、知識量が少ないと解釈の幅が狭くなりますので、知識量も増やさないといけないと思っているのです。五十歳まではそれを続けるつもりです。そしてそれ以降は、自らの解釈を体系化して、信念思想を固めていきたい。やがてはそれを胆識のレベルにまで高めていきたいと思っているのです。

ここまで書いて時計の針を見ると6時を回ったところです。今日は早く書くことができました。一時間かかりませんでした。毎日こうだと有り難いのですが、なかなかそうはいきません。いずれにしても早く書けたことに対して、有り難うございます!そして再び玄関先に行きました。玄関を開けるとうっすらとピンク色に染まった東の空が目に映りました。きれいです。愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かってもう一度合掌しました。有り難うございます!天地・宇宙に生かされていることを感じる瞬間です。今日もまた、ここに、こうして生きていることに感謝しなければいけません。有り難うございます!家に入り、仏間の仏壇にお線香をあげて、チーンと鳴らしてから「ご本尊さま、ご先祖さま、おはようございます。今日もみんな幸せでした。そして長生きできました。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!そろそろ息子どもが起きてきます。起きてきたら般若心経のCDを流して、読経します。そして、生活信条を唱えて合掌してからご飯を頂くのです。そういう毎日の何気ないことに、感謝していきたいと思っています。有り難うございます!

8時半に事務所に行きました。まず読書です。伊藤肇著「人間的魅力の研究」を読みます。安岡正篤師が書いていることが随分引用されています。勉強になります。有り難うございます!そして来週講師を務めるセミナーのテキストを作成しました。けっこう時間が掛かります。ほぼ完成したのは14時ちょっと前でした。やれやれです。有り難うございます!家に戻って昼ご飯を頂きます。そして読書です。ちょっと昼寝をしました。そしてまた事務所に向かいます。午後からは同じく来週講師を務める別のセミナーのテキストを作成しました。県外の仕事です。有り難いことです。有り難うございます!なんとか完成させました。有り難うございます!18時に家に戻り、お風呂に入ってから、家内と一緒に小林正観さんの講演会場に向かいました。19時15分前に到着しました。千葉県からAさんが来ていました。席を取っておいてくれました。有り難うございます!

19時をちょっと回ったところで、正観さんが登場しました。およそ一年ぶりに正観さんの話を聞きます。今日の話は無駄がなくてよくできていました。やはり仏教そのものでした。正観さんはわたしを仏教に導いてくれた恩人です。有り難うございます!講演が終わったのは21時をかなり回っていました。家に戻ったのは22時前です。そして今、日記を書いています。有り難うございます!

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2005.3.8(火) 目覚ましの音で4時に目が覚めました。 しばらく微睡(まどろ)んでから居間に降りてきましたが、まだ眠くて布団に潜っていました。そして、やかんに水を入れてコンロに火を点けて 番茶を頂きました。もちろん、長谷川醸造の梅干しと一緒に。それから玄関先に行きました。まだ空は暗いのですが、空気が澄んでおり愛宕山の稜線がうっすらと見えます。その愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!居間に戻 り日本経済新聞に目を通しました。

松下幸之助は「利は元にあり」と題して「昔から『利は元にあり』という言葉があります。これは利益は上手な仕入れから生まれてくるということだと思います。まずよい品を仕入れる。しかもできるだけ有利に適正な値で買う。そこから利益が生まれてくる。それを『利は元にあり』と言ったのでしょうが、実際、仕入れはきわめて大事です。ところが、この『利は元にあり』ということを、ともすれば単に安く買い叩けばよいというように解釈する人があるようです。しかし、決してそうではなく、仕入れ先を、品物を買って下さるお得意先と同じように大切にしていくことが肝要だと思います。そういう気持ちがないと、結局は商売は繁昌しない言えましょう」と話しています。

「利は義の和なり」。わたしの好きな言葉です。すべてをこの言葉に当て嵌めて考えてみれば、今自分がやろうとしていることが正しいことか、間違ったことなのかを判断することができます。例えば「利は元にあり」という言葉を「利は義の和なり」に当て嵌めて考えれば「仕入れ先から安く買い叩いて高く売ること」と解釈することが、いかに間違ったことなのかがわかります。安く買い叩いて仕入れ先を泣かせてまで得た利益は義に反しているのです。大辞林(国語辞典)によると、「義」とは「儒教における五常(仁・義・礼・智・信)の一。人のおこないが道徳・倫理にかなっていること」をいいます。性善説に基づいた王道政治を説いた孟子の言葉を、内野熊一郎著「孟子」(明治書院)の解釈(現代語訳)と背景(説明)から要約・抜粋して取り上げます。

《「王は王で、どうやって自分の国を利しようとばかりいい、大夫(たいふ)は大夫で、どうやって自分の家を利しようかといい、士庶人(ししょじん)は士庶人で、どのようにして自分の身を利しようかとばかりいって、上の者も下の者も、めいめい自分の利益ばかり取ることを追い求めたならば、そのような時は、国家は誠に危ない」》。

《「むかしから、仁者であってその親を棄てさったようなものはまだ一人もない。又物事のすじみちにかなった、義をわきまえた者であって、その君を後まわしにして顧みないなどというような者もまだいない。それ故に、王もまたやはり古の聖王のように、仁義のことだけを考え求めていればいいのです。どうして、利益のことばかりを言う必要がありましょうや」》。

以下、著者の内野熊一郎氏の説明を引用します。

《『論語』にも「利を見て義を思う(自分の利益になる事に臨んだ場合は、その利が義にかなっているかどうかを考える)」(憲問編)、「君子は義に喩(さと)り(物事を道義にかなっているかいないかで理解する)、小人は利に喩る」(里仁編)など、いろいろと義の大切さが説かれている。だが孔子の場合、道徳の最高目標は仁であり、義は仁の実現のためのひとつの要素とも考えられるが、孟子は「仁は人の安宅なり。義は人の正路なり(仁は人にとってこの上もない安らかな居場所であり、義は人にとってこの上ない正しい航路である)」として、倫理道徳の根幹に仁と義とを同列に置いてその大切さを説いている》。

孔子が道徳の最高目標とした「仁」という言葉を大辞林(国語辞典)で調べると「己に克ち、他に対するいたわりのある心。儒教における五常の一」とあります。孟子が「仁は人の安宅なり。義は人の正路なり」とするのは、「義」を貫くと「仁」に至ることができる、と解釈することができます。すなわち「仁」というのは「道徳・倫理にかなったおこない(=義)」を貫くことにより「己に克ち、田に対するいわたりのある心(=仁)」に至ることができるということです。また、孟子は義を貫くためには「浩然の気(こうぜんのき)」を心に養うことが必要だと説いています。以下、前掲書から孟子が言う「浩然の気」の解釈(現代語訳)を要約・抜粋して取り上げます。

《「その気というのは、この上なく大きく、この上なくつよいもので、正しい道を以てこれを養い、そこなうことがなければ、この気はますますひろくゆき渡り、天地の間に一ぱいにみちるようになる。この気たるものは、正義と人道とに配合されてあるものであって、決してそれとはなればなれになることは出来ない。もし義と道から離れれば、気は飢えて、活動が出来なくなってしまう。この気というのは、たくさんの道義の行いがかさなって後、自然に生じて来るものであって、一時的に義が外からやって来て、その義をちょっと行ったら、もうすぐ浩然の気がえられる、というようなものではない。人の行為において、道義を欠いたために、何か心に不満足なことがあれば、この浩然の気は飢えてしまう。(このように、自分の心の中に、道義をつみかさねてゆくのこそ、浩然の気を得るものであるのに、告子〔孟子の論争相手〕は、ただ心を乱すことばかりを恐れて、義を行って気を養うことに務めない)故に自分は『告子はまだかつて義というものをしらない』と言うのだ。なぜならば、彼は義というものを、わが心の中にあると思わず、身の外にあるもの、としているからである」》。

《(浩然の気の養い方について、孟子はつづけていう)「必ず常に浩然の気を養うことをつとめねばならない。しかし、何時までに効果を挙げようなどと、予期してはならない。が、常に心に忘れてはならない。といって、無理に早く浩然の気を養おうとすることはいけない。〜中略〜 浩然の気を無理に早く養おうとするのは、ちょうど苗を早く成長させようとして、心を引っぱって抜く者である。これは益がないばかりでなく、却って害を為すものである」と》。

孟子が説く「浩然の気」とは、安岡正篤師が説く「第二の徳性である習慣」、上甲晃先生が説く「凡事徹底」に通じるものがあります。また禅で言う「実究(じっきゅう)」 に近い概念だと思われます。向嶽寺管長宮本老大師によると「実究」とは、「行いをしっかりと続けること。工夫や努力をすること。禅とはまさしく実究である」ということです。そして、「実究」とはまだ結果が出ていない段階であり、結果が出ることを「実悟(じつご)」といいます。「実悟」とは「解脱」、「悟り」、「成仏」、「涅槃」のことです。「実究」を経て「実悟」に至るのに、何時までに効果を挙げようなどと予期してはいけません。それは人によって異なりますし、予期するものではないからです。こう考えると「浩然の気」と「実究」の概念は 、ほぼ同じといえるでしょう。つまり、水と油の関係に喩えられることもある儒教と仏教には、相通ずるところがあるのです。なるほど、東洋思想とは奥深いものです。

ここまで書いて時計の針を見ると、7時半を回っています。日記を書いている途中で再び玄関先に行きました。東の空がきれいなピンク色に染まっていました。その空を背景にする愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって再び合掌しました。有り難うございます!家に戻り仏間の仏壇にお線香をあげてチーンと鳴らしてから「ご本尊さま、ご先祖さま、おはようございます。今日もみんな幸せでした。そして長生きできました。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!それから般若心経のCDを流しで読経して、「生活信条」を唱えてから「頂きます」と合掌して朝ご飯をいただきました。玄米入りのご飯に大根のみそ汁。大根おろしに海苔と沢庵という日本人の正しい朝ご飯でした。美味しかったです。ご馳走さまです。有り難うございます!今日も一日内勤です。がんばらずにがんばります。有り難うございます!

8時半前に事務所に行きました。まずは読書をします。そして仕事です。集中力が高まり予定以上に捗りました。有り難うございます!13時に家に戻ります。昼ご飯を食べて読書をしました。坐禅会の大先輩であるKさんからいただいた伊藤肇著「人間的魅力の研究」を読破しました。

良い本です。とても勉強になりました。有り難うございます!それから仕事をしました。調査事業の報告書で用いる基礎資料を作成しました。これもまた捗りました。有り難うございます!一区切りついたのでまた本を読みました。武田鐘村著「図解安岡正篤の行動学」です。これは実にわかりやすく安岡正篤師の思想をまとめています。初心者用ですが、とても参考になります。有り難うございます!そして生き方塾の準備をします。過去のことを整理して将来を見据えるです。お手本を示さねばなりません。切りがついたので自宅に戻りました。有り難うございます!時計の針は20時を回っていました。そして今、日記を書いています。今日も充実した一日でした。明日も一日内勤です。夜は円光院で話をさせていただきます。有り難いことです。有り難うございます!

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2005.3.9(水) 昨夜ちょっと飲み過ぎまして・・・、起きたのは6時半を回っていました。さっそく玄関先に行きます。東の空がうっすらとオレンジ色に染まっています。きれいです。その東の空を背景にする愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!鳩が飛んでいます。雀が鳴いています。朝は自然の偉大さを感じさせてくれます。有り難うございます!家に入り、仏間の仏壇にお線香をあげて、チーンと鳴らしてから「ご本尊さま、ご先祖さま、おはようございます。今日もみんな幸せでした。そして長生きできました。有り難うございます」とこちらも過去形で合掌しました。有り難うございます!居間に戻って、般若心経と生活信条を唱えてから「いただきます」と朝ご飯をいただきました。玄米入りのご飯にみそ汁。大根おろしに海苔、沢庵に梅干しと正しい日本人の朝ご飯です。美味しかったです。ご馳走さまです。有り難うございます!

松下幸之助は「三日の手伝い」と題して「『三日の手伝い』という言葉があります。たとえ三日間の手伝いであっても、その仕事に一生の仕事のような心構えで真剣に立ち向かうならば、そこから必ず大きなものを得ることができる、ということです。そうしてこそあらゆる場面に直面しても動じない精神が身につくということでしょう。そう言うと『本業についたらもちろん一生懸命に努力する』と言う人がいるかもしれません。しかし、私のこれまでの体験から言うと、現在与えられた、いまの仕事に打ち込めないような心構えでは、どこの職場に変わっても、決していい仕事はできない。これははっきり申し上げることができると思うのです」と話しています。

仕事をするにあたって、それが本業であろうと、一時的な仕事であろうと、仕事をするという事実においては、何ら変わるものではありません。人間は勝手に時間という概念をこねくりまわして、この仕事は本業であり、明日も明後日も、定年になるまでずっと続けるから、真面目にやろうとか、この仕事は一時的なものであり、ずっと続けるわけではないから、手を抜こうとか、勝手に考えてしまうに過ぎないのです。本業であろうと、一時的な仕事であろうと、たとえ、たった一日限りの仕事であろうと、一所懸命に取り組むことは、当たり前のことだと思うのです。それができない人は何をやってもうまくいかないのです。何をやっても中途半端に終わってしまうのです。

曹洞宗の始祖道元に「只管打坐(しかんたざ)」という言葉があります。伊藤肇著「人間的魅力の研究(日本経済新聞社)」によると、「只管」を「ひたすら」と読むのは間違いであり、「ただ」と読むのだそうです。「ひたすら」というと、あまりしたくはないけれど、しかたがない、とにかく一生懸命やらなくては、という気持ちが入ってきて、そこに一点の濁りがあるから駄目なのだそうです。

たとえば、「親切にする」ことを考えた場合、「ひたすら親切にする」というのと、「ただ親切にする」というのでは、つくとスッポンくらいの開きがあるのだそうです。「ひたすら親切」のほうは、やはり、親切にしてあげなければいけないな、と考えながら親切にしているが、「ただ親切」は、親切にしてあげたからどうなるとか、この人はもともと好きな人だから親切にしてあげるとか、そういうひっかかりがまるでないのだそうです。そして、そのひっかかりがあると、親切が親切ではなくなってしまうのだそうです。

まぁ、凡夫であるわたし達が、その心境に達することは難しいでしょう。しかし、どんな立場で、どんな仕事を与えられても、それを有り難くお受けして、「ただ」という心境で取り組むのは無理だとしても、せめて「ひたすら」という心境で、その仕事に取り組んでいきたいものです。その「ただ」という心境を禅語の「好雪(こうせつ)片々(へんぺん)として別処(べっしょ)に落ちず」という言葉が見事に表しています。以下、細川景一著「白馬蘆花に入る〜禅語に学ぶ生き方」(禅文化研究所)から抜粋・要約して、「ただ」という心境を説明致します。

《『碧巌録(へきがんろく)』第四十二則に、龐居士(ほうこじ)の話があります。龐居士とは、中国の禅界では居士(出家しないで在家のままで禅を修行する人)の代表的存在で、諸方の善知識(宗教的に優れた人)に歴参して修行を積んだ人です。あるとき、居士は楽山禅師の寺から帰ろうとします。何しろ名うての大居士ですから、楽山は弟子に命じて門まで送らせます。折しも季節はずれの雪がちらちら降っています。居士、空中の雪を指さして云わく、「好雪(こうせつ)片々(へんぺん)として別処(べっしょ)に落ちず---春の雪もまた、格別じゃ、この雪は別の処には一ひらも落ちんわい!」 これを聞いた弟子の一人が疑問を持ちます。云わく、「什麼(いずれ)の処にか落在(らくざい)す---じゃ、一体どこに落ちるのだろう?」 その声が終わるか終わらないかのうちに、居士は、「そこにも落ちているではないか、しっかり見ろ!」と、その弟子にピシャリと一掌(いっしょう)を与えます。雪のひとひらひとひらをとくと見て取れ、ひとひらひとひらが落ちるべき処に落ちているではないか。特別変わったところに落ちているのではない、落ちつくべきところに、ちゃんと落ち着いている、ということです》。

「この雪は別の処には一ひらも落ちんわい!」という龐居士(ほうこじ)の言葉こそ、「ただ」という心境を表したものです。雪は人間のように、ああじゃない、こうじゃないと考えるわけでなく、ただそこに落ちているのです。「好雪(こうせつ)片々(へんぺん)として別処(べっしょ)に落ちず」という心境で生きていくことができれば、どんなに幸せなことでしょうか。しかし、わたし達凡夫にはその心境に達することが難しいので、前掲書の著者・細川景一師は次のように結んでいます。

《私たちは、受けなければならないものはどうしても頂戴しなければならないのです。人生にはうれしいこと、悲しいこと、楽しいこと、いろいろなことがあります。これらの一つ一つは別処に落ちるのではなく、当然落ちるべきところに落ちているのです。私たちに落ちてくるものは、いくら逃げても逃げきれません。どうせ受けなければならないのなら、宿命論的なあきらめではなくて、よし、受けてみるぞ、一つやってやるぞ!といった積極的な姿勢で受けてみたいものです》。

ここまで書いて時計の針を見ると、もう10時を指そうとしています。寝坊をするとこういうことになってしまうのです。しかも、お酒を飲み過ぎて、寝坊をするとは・・・反省しなければいけません。さぁ仕事に取り掛かることにします。今日も一日内勤です。がんばらずにがんばります。有り難うございます!すでに8時過ぎには事務所に来ており、それから日記を書いたのです。まずは明日の夜開催する生き方塾の準備をしてから調査事業の資料を作成することにします。集中力が高まり作業は順調に進みました。有り難うございます!お昼を食べに家に戻ったのは12時半でした。お昼ご飯を頂いて読書をしてから出掛けました。駅と金融機関とタマヤさんです。駅では来週出張する三重県までの往復切符を購入しました。金融機関ではお金をおろしました。馴染みの洋服屋さんタマヤさんでは裾上げが仕上がったジーパンを受け取りに行きました。一気に用事をすませることができました。有り難うございます!家に戻りお風呂に入りました。そして事務所に行ったのは15時前です。まずは読書をして、ある調査事業の資料を作成しました。

午前中同様集中力が高まり効率よく作業をすることができました。有り難うございます!18時半前に自宅に戻り、背広に着替えて円光院に向かいました。19時前に到着しました。奥の座敷で武田住職とお話をしながらお茶を頂きました。有り難うございます!19時半を回ってから、本堂で話をさせていただきました。いつもは、和尚さんが話をする演台で話をさせていただいたのです。大変光栄なことです。有り難うございます!参加者は話を熱心に聴いてくださいました。有り難いことです。有り難うございます!話を終えた後は、場所を座敷に移して、ご馳走を頂きました。武田住職の隣に坐らせて頂きました。大変光栄なことです。有り難うございます!武田住職が本をくださいました。 臨済宗妙心寺派元管長梶浦逸外著「人間にとって真に必要なもの〜耐える」という本です。 「耐える」。日々是忍辱をテーマとしているわたしにとって、心に響く題名です。光栄なことです。有り難いことです。本当に有り難うございます!仕事が残っているので中座させていただき、事務所に戻りました。22時ちょっと前です。仕事を済ませて家に戻ったのは23時 を回っていました。そして今、日記を書いています。大変充実した一日でした。とにかく円光院で話をさせていただいたのは、本当に光栄なことです。 有り難いことです。有り難うございます!

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2005.3.10(木) 昨夜、 円光院で話をさせていただいてから、事務所に戻って仕事をしました。家に帰ったのが23時近く、その後HPを更新して寝たのは24時を回っておりました。ということで起きたのは6時半を回っていました。 二日連続で寝坊をしてしまいました。こういうこともあるさと思いながら玄関先に行きました。東の空がうっすらとピンク色に染まっています。きれいです。その東の空を背景にする愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!鳩が飛んでいます。雀 が飛んでいます。朝は自然の偉大さを感じさせてくれます。有り難うございます!家に入り、仏間の仏壇にお線香をあげて、チーンと鳴らしてから「ご本尊さま、ご先祖さま、おはようございます。今日もみんな幸せでした。そして長生きできました。有り難うございます」とこちらも過去形で合掌しました。有り難うございます!居間に戻って、般若心経と生活信条を唱えてから「いただきます」と朝ご飯をいただきました。玄米入りのご飯にみそ汁。大根おろしに沢庵 、納豆に梅干しと正しい日本人の朝ご飯です。美味しかったです。ご馳走さまです。有り難うございます!

松下幸之助は「日本の伝統精神」と題して「私は日本の伝統精神はきわめてすぐれたものだと思います。ではその伝統精神とは何か。その一つは『和を以て貴し』とする平和愛好の精神です。およそ千四百年も前に、この『和』の精神が聖徳太子によって掲げられています。第二は『衆知を以て事を決す』という、つまり民主主義です。古事記にも八百万の神々が相談して事を決したとあります。日本は真の民主主義の本家本元だと言えるでしょう。第三は『主座を保つ』。古来日本人は常に主座を失わずに外来のものを消化吸収し、日本化してきました。この和、衆知、主座という三つの柱を守っていくことは、今後においても大切なのではないでしょうか」と話しています。

最近、講演会などで「今の日本の一万円札は福沢諭吉の肖像になっていますが、やはり聖徳太子でないといけない。決して福沢諭吉が悪いということではないが、今の日本の精神的な基盤をお作りになった聖徳太子でなければいけない」という話をよくします。明治時代に福沢諭吉が提唱した西洋化路線そのものは、時代の流れの中でやむを得ない選択だったと思いますが、しかし、今の日本を見ると、その西洋化路線が行きすぎて、日本古来の伝統文化が忘れ去られ、日本の自己同一性というものが破壊されてしまったと思うからです。やはり、日本人は日本人らしさを取り戻さなければいけない。日本古来の伝統文化をしっかりと身に付けて自己同一性を確保することがこれからの日本の方向性だと思うのです。

梅原猛著「梅原猛、日本仏教をゆく」(朝日新聞社)によると、「仏教は、欽明(きんめい)天皇の十三年(五五二)に百済(くだら)の聖明王(せいめいおう)によって日本に伝来した。この年から二百年後、七五二年(天平勝宝:てんぴょうしょうほう:四)、東大寺という巨大な国家大寺(だいじ)が造られ、その主尊のビルシャナ仏の開眼(かいげん)供養が行われた。このときのことを『続(しょく)日本紀(ぎ)』は、仏教伝来以来かほどの盛儀はなかったと感動をもって記している。たしかにこの二百年で日本は仏教国家になった。このように仏教を日本国家の根底においた最大の功労者は誰かと問われれば、誰もがそれは聖徳太子であると答えるであろう」とあります。

聖徳太子は今の日本の精神的な基盤を仏教により構築したのです。前掲書には「太子の当時、中国仏教は『涅槃経(ねはんぎょう)』中心の仏教から『法華経』中心の仏教に変わろうとしていた」とありますが、涅槃経の『涅槃』とはサンスクリット語のニルヴァーナの音写で悟りの境地のこと。『涅槃経』は釈迦が涅槃に入る(入滅)時の様子を描いた経典類の総称だそうです。また、法華経とは、サンスクリット語でサッダルマ・プンダリーカ・スートラ(真実の白蓮華の経)と題され、紀元前1〜2世紀に成立したとされる初期大乗経典のことだそうです。これは日本において大乗仏教が根付いたことを意味しています。引き続き、前掲書から抜粋・要約すると「『法華経』には、あらゆる仏教を統一しようとするとともに、すべての人を平等に救おうとする精神が強い。この統一と平等こそ太子の日本国家建設のもっとも重要な理想であった。太子が『法華経』を日本仏教の中心においたことは、後の日本の仏教に大きな影響を与える。最澄が『法華経』を中心経典とする日本天台宗を立てたのも、太子の思想を継ごうとしたものであろう。また鎌倉時代の僧、日蓮は日本天台宗が密教や浄土教に強く影響され『法華経』崇拝が衰えたのを嘆き、『法華経』信仰を復興しようとした。このように生前の太子は仏教興隆に大いに功績があったが、死後も生前以上に日本仏教の発展に貢献した」のであります。

引き続き前掲書から抜粋・要約すると「聖徳太子は『憲法十七条』を発布し、『冠位十二階』を制定し、律令制の基礎をつくったばかりか、律令制に欠くことのできない都城の建造や歴史書の編纂をも行った。このような太子の仕事が後の政治家に受け継がれ、律令は近江令、飛鳥浄御原(あすかきよみはら)令を経て、大宝律令、養老律令によって、都城は大津宮(おおつのみや)、飛鳥浄御原京、藤原京などを経て、平城京によって完成された。また歴史書の編纂も『日本書紀』に受け継がれた」とあります。すなわち、聖徳太子は仏教を日本国家の根底におくとともに、日本の律令制の基礎をつくったのであります。大辞林(国語辞典)によると、律令制とは「律令格式によって運営され、規定された政治体制」のことであり、憲法十七条は、役人たちの道徳の基準を示したもので、和の精神を尊び、公正な政治を行うための戒めでありました。

以上のことから、いまの日本の原点は、やはり聖徳太子にあると思うのです。仏教を中心に儒教や道教を加えた三教一致の精神と日本古来からの神道を道の根本としてつくられた憲法十七条に常に思いを馳せることが、日本の古き良き伝統文化を学ぶことに、そして、それを身に付けることにつながるのです。ですから、一万円札は聖徳太子でなければいけないのです。

ここまで書いて時計の針を見ると、もうすぐ10時半を指そうとしています。やはり寝坊はいけません。気を引き締めて仕事に取り掛かることにします。ある調査事業の資料を作成しました。集中力は高まり作業は捗りました。有り難うございます!12時半前に自宅に戻り、昼食を頂きました。そして読書です。昨夜円光院の武田住職から頂いた梶浦逸外著「耐える〜人間にとって真に必要なもの」です。良い本です。心に染みます。有り難うございます!事務所に戻って、しばらく続きを読みました。本当に良い本です。有り難うございます!それから午前中の続きの仕事をしました。集中力が高まり作業は捗りました。有り難うございます!その後読書をして、家に戻り、県庁に行きました。実は今日の午前中に伺う予定だったのですが、完全にうっかりしており、電話して夕方伺うことになったのです。申し訳ございません。うっかりミスを快く許していただきました。有り難いことです。有り難うございます!

写真は昨夜、円光院で武田住職から頂いた狩野探幽筆「雲龍図天井画」大本山妙心寺法堂を風呂敷にしたものです。大変貴重なものですから、机に敷いて使うことにしました。それにしても凄い龍です。この龍を見ていると大らかな気持ちになります。有り難うございます!さて、今夜は生き方塾です。生き方塾も残すところ二回となりました。19時前に家を出て19時15分頃に会場であるベルクに到着しました。事前の準備をします。今日の参加者は10人でした。

写真をH市から来てくれているSさんに撮って頂きました。もう一人のSさんからは4/3に行われるKさんのTを頂いてしまいました。有り難うございます!過去を振り返るシートを用いて、それぞれの過去を振り返り整理していただきました。そしてそれを発表していただきました。過去を振り返ることによって、将来が見えてくるからです。塾が終わったのは22時半 をちょっと回っていました。家に戻ったのは23時過ぎです。そして今、日記を書いています。今日も充実した一日でした。明日の朝は駅前掃除です。早くHPを更新して寝ることにします。有り難うございます!

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2005.3.11(金)  昨夜寝たのは24時を回っていました。4時半に目覚まし時計をセットしておいたのですが起きられずに、気が付くと5時を回っていました。これはいけないと、居間に降りてやかんに水を入れて沸かします。それから玄関先に行きました。うっすらと稜線が確認できる愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!居間に戻ってお茶を飲もうと思ったら、お茶が切れていました。仕方がないのでお湯を飲みながら、新聞に目を通しました。

松下幸之助は「塩の辛さはなめてみて・・・」と題して「たとえば水泳の先生が、三年間講義をしたとします。それでその講義を受けた人がすぐ、泳げるかといいますと、必ずしも泳げないと思うのです。また、塩の辛さというものでも、塩をなめさせることをしないで、塩は辛いぞ、と言ってもわからないでしょう。塩の辛さはなめてみてはじめて、ああこれが塩の辛さやな、とわかるわけです。処世のコツとでも申しますか、お互いの人生において大切な事柄を会得するということも、事を行って、そのやったことを、子細に考え検討してゆくところから、はじめて可能になるのではないかと私は思います」と話しています。

理屈や概念だけでは決して分からないものがあります。それは「実感」です。心の奥底から「ああ、そうか」と感じられることです。「ああ、そうか」という実感がなくて、ただ理屈や概念だけの表面的な理解では、「たんなる知識」に過ぎません。「ああ、そうか」という実感が伴ってこそ、それが「見識」となり、やがては「胆識」となるのです。わたしが今取り組んでいる坐禅というものは、まさに「ああ、そうか」という実感を伴わなければ本当には理解できません。禅の本をいくら読んでも、「ああ、そうか」という実感を得ることはできません。たんなる知識に過ぎません。ただ知っているということは、たいして意味がないことです。養老孟司さんの言葉を借りれば「水を吸い続けているスポンジ」のようなものでであり、それだけでは、存在価値がないのです。

戦後の知識偏重型の学校教育に慣らされてしまったわたし達は、学ぶということは知識を得ることだと勘違いしがちですが、知識を得るというそのこと自体に、たいした意味はないのです。それを実生活の中で活かして初めて意味あるものとなるのです。その活かし方の段階を表したのが安岡正篤師がよく用いる「見識」、「胆識」という言葉です。「見識」とは、知識が生活の中に具体的な行動として活かされ、その人の信念思想に達した段階をいいます。「胆識」とは信念思想が自分の内に影響するだけでなく、外に対して忍耐力、説得力、実行力として発揮され、組織や社会を動かす力にまで達した段階をいいます。このように、知識を見識、胆識にまで高めるためには、知識を生活の中で具体的な実践として磨き上げていくことが必要なのです。知識はたんなる情報ですが、それが見識、胆識にまで高められたときには、知識と人格が一つに重なります。それが「ああ、そうか」という実感なのです。

禅語に「水を掬(きく)すれば月手(つきて)に在(あ)り、花を弄すれば香衣(こうえ)に満つ」という言葉があります。以下、細川景一著「白馬蘆花に入る〜禅語に学ぶ生き方」から抜粋・要約して「ああ、そうか」という実感について説明します。

《「水を掬す」とは、水をすくうこと、「花を弄する」とは、花と戯れること。顔でも洗おうと思ったのか、ふと水鉢(みずばち)の水を両手で掬うと、両手の掌(たなごころ)の中に鮮やかに月が映っているではないか。行きずりの道の傍(かたわ)らに咲く花があまりに美しいのでちょっと戯れると、その香りが衣に移って、いつまでもいつまでも花の香りを楽しむことができる、というわけです。水を掬えば仏法の光が輝き、花を弄すれば仏法の教えに触れる。すなわちいつでも、どこでも、見るもの、聞くもの、在るものすべてが何一つとして仏法の真理から離れたものはない》。

《唐の末期に香厳(きょうげん)智関(ちかん)禅師という方がおられます。禅師は、師である潙山(いさん)禅師から公案を与えられます。「そなたは昔から資性(しせい)聡明、博学宏識(こうしき)で学問研究は十二分に積んだようだが、そのことはさて置き、汝の父母未生以前の一句をいえ」と。「父母未生以前」とは、未だ母の体内を出ないところ、すなわち自分と他の分別以前の絶対的な一句をいえというわけです。この問に対して香厳はいろいろと答えます。しかし、潙山は一向に許しません。香厳はついに、「今までいろいろなことを学び、たくさんのことを覚えてきたが、結局何一つ役立つことがなかった」と一切を投げ棄てて山中に草庵を結び、失意のうちに黙々と行に励みます。しかし、父母未生以前の一句の公案は、香厳の脳裏から片時も離れませんでした。山に入って十八年、ある朝、庭を掃いていると小さな石でもあったのか、竹藪に箒で飛ばされて「カチーン」という音を立てます。静寂を破って鳴った「カチーン」という声で、忽然(こつねん)として父母未生以前の一句を悟るのです》。

その「カチーン」という音が、「ああ、そうか」という実感です。たんに知識を得たことに満足することなく、具体的な実践により見識、胆識に高めていこうと人間を磨いていけば、「水を掬すれば月手に在り、花を弄すれば香衣に満つ」ように、「カチーン」という音が聞こえて、「ああ、そうか」と実感することができるのです。

ここまで書いて時計の針を見ると、もう12時を回っています。今日は一仕事してから日記を書きました。いつものように6時前に甲府駅北口に向かい、6時から掃除をしました。すでに生き方塾のSさんが来てました。さすがです。すぐに夢甲斐塾3期生のMさん夫妻が来ました。やがてY塾2期生のSさんが合流しました。今日はいつもよりゴミが多かったような気がします。

掃除の後は、いつものファミレスで意見交換兼食事をしました。ここでY塾3期生のSさんが合流しました。今日の話題は、先日の小林正観さんの講演会のこと、木鶏クラブのことなどでした。Y塾2期生のSさんから資料を頂きました。いつも有り難うございます!そのSさんと3期生のMさんが写真を撮ってくれました。有り難うございます!I塾のSさんに頼んでおいた論語のテキストを頂きました。有り難うございます!ファミレスを出たのは8時前でした。いつものように、家の周りを掃除してから家に入り、仏間の仏壇にお線香をあげて、チーンと鳴らしてから「ご本尊さま、ご先祖さま、おはようございます。今日もみんな幸せでした。そして長生きできました。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!

HPの更新を途中まで終え、家に戻ったのは13時でした。昼ご飯を頂きました。ご馳走さまです。有り難うございます!そしてHP更新の続きをしました。 読書をしてから事務所に戻りました。まずは読書の続きをします。円光院の武田住職から頂いた梶原逸外著「人間にとって真に必要なもの〜耐える」を読破しました。良い本でした。とても勉強になりました。有り難うございます!それから仕事に取り掛かります。調査事業の報告書の作成です。今日仕上げてしまいます。結構時間が掛かりました。お陰様でほぼ完成しました。有り難うございます!気が付くと何と24時を回っています。疲れ切ってしまいました。明日の朝やる仕事もあるので、このまま事務所に泊まることにしました。やるべきことはやりました。有り難うございます!

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2005.3.12(土)  目覚ましの音で6時過ぎに目が覚めました。昨夜遅くまで仕事をして、そのまま事務所で寝てしまったのでした。一旦家に戻って、玄関先に立ち、はっきりとその稜線が確認できる愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます! 家に入り、仏間の仏壇にお線香をあげて、チーンと鳴らしてから「ご本尊さま、ご先祖さま、おはようございます。今日もみんな幸せでした。そして長生きできました。有り難うございます」とこちらも過去形で合掌しました。有り難うございます!そしてまた、事務所に戻りました。

松下幸之助は「得心(とくしん)がいく仕事を」と題して「私たちが仕事なり商売を続けていく上で、いいかげんな妥協をしない、言いかえれば自分に得心がいくまでは仕事を進めない、ということが非常に大事ではないかと思います。たとえば、かりにある商品に大量の注文があったとします。そういう場合に、ともすれば、あとで注文が取れなくては困るからというので、つい安易に妥協しがちになります。けれども、そのようなときに往々にして失敗があるわけです。ですから、いかなる人の注文であっても自分が得心しない仕事は進めないという基本の考えをしっかり持たないと、仕事が大きくなり扱う品物が多くなるにつれて収拾がつかなくなってしないかねないと思うのです」と話しています。

得心とは、心から納得することです。思ってもいなかった大きな仕事を頂いても、それに慢心することなく、大きな仕事を頂いたからこそ、今まで以上に謙虚な気持ちになって自分が心から納得できる仕事をするように心がけることが大切です。自分のことを振り返ると、独立して三年目から仕事がどんどん増えるようになりました。自分が思ってもいなかった大きな仕事を頂けるようにもなりました。最初のうちは心から納得できる仕事をしていたつもりですが、段々時間が足りなくなって仕事が雑になっていきました。時間がないことを理由にして妥協した仕事をするようになってしまったのです。それでも四年目までは仕事がどんどん増えていきました。すると、これレベルの仕事でもいいのか、というような気持ちになってしまい、得心のいかない仕事を次々とするようになってしまったのです。ところが、そういうことを続けていると、必ず自分に返ってきます。因果応報といわれるものです。五年目には仕事の伸びが止まり、六年目には大幅に減少してしまいました。安易な妥協がもたらした当然の結果と いえるでしょう。

わたし達の生活は、毎日同じようなことの繰り返しです。それに慣れてしまうと、安易に妥協するようになってしまいがちです。そんなに一所懸命やらなくても、結果はそれほど違わないのだからお客さまにはわからないだろう、などと考えてしまうのです。人間の一生なんてたかが知れているのだから、毎日をあくせく働くよりも、面白可笑しく暮らしていこう、などと段々自暴自棄になり、二度とないこの人生を無駄に過ごしてしまいがちです。どうせいつかは死ぬのだ。そんなにあくせく働いても仕方がない、などと無常感を漂わすようになってしまうのです。しかし、それでは何のために生まれてきたのかわかりません。二度とないこの人生を 自分自身が納得したものにしていくためには、そのような無常感を抱いてはいけません。

禅語に「雨ならずして花猶(な)お落つ、風無くして絮(いと)自ずから飛ぶ」という言葉があります。無常の意味を説いたものです。無常の捉え方、対処の仕方を学ぶために、以下、細川景一著「白馬蘆花に入る〜禅語から学ぶ生き方」(禅文化研究所)から抜粋・要約して引用します。

《「絮(いと)」とは柳の木に付くネコの尾のような花のことで、またこれを『いと』ともいいます。雨は降らねど、やはり花は散っていきます。風は吹かずとも、柳の絮は自然に飛んでいきます。咲いた花は必ずしも雨や風のために散るとは限りません。咲いたからには、いつかは散らねばなりません。仏教では諸行無常ということをよくいいます。「諸行」とは遷流(せんる)のこと、存在するすべてのものが移り変わる意。「無常」とは、常のないこと、固定のないことですから、諸行無常とは、言ってみれば一切の万物は皆生滅(しょうめつ)を繰り返し、常住不変のものは何一つないことを意味します。花の散り方にも種々あります。蕾のまま散る花もあり、咲き切って花びら一つ残さずに散る花もあります。人の死に方にも種々あります。天災はもとより、事故の人災で死ぬ人もあります。ポックリ死んでいく人もあれば、悶え苦しんで死んでいく人もあります。人生といっても確実に把握できるのは、即今、此処、自分の一点だけです。その一点に全力投球して生きていけば、たとえどんな死に方でも納得できるのではないでしょうか》。

           昨日は既に飛び去った鳥である

            クヨクヨ思いまどうまい

             明日は未だ捕らえぬ鳥である

              取り越し苦労はせぬがよい

               今日! 今日こそは確かに捕らえた鳥である

                捕らえた鳥だ 殺しちゃならぬ

                 そうだ 今日をトコトン活かせ

                  己の使命を完全に果たし

                   今日のこの日を意義あらしめよ

                    今夜死んでも笑って死ねる

                     そういした価値ある今日たらしめよ

(花園文庫第八集『柳緑花紅』中島義観「一大事と申すのは只今の心なり」妙心寺派宗務本所より)

ここまで書いて時計の針を見ると、そろそろ8時を指そうとしています。今日は甲府商工会議所の経営相談の相談員を務めます。10時からですので、まだ時間があります。明日の日記の随筆部分を書いてしまおうと思います。 明日の日記の随筆部分を書き終えて家に戻ったのは9時を回っていました。歯を磨いて顔を洗い着替えていると9時半を回っていました。バタバタと家を出て甲府商工会議所に向かいました。写真はその時に撮影したものです。

10時から経営相談会の相談員を務めました。午前中一人、午後一人の相談に対応しました。お茶を入れて頂きました。ご馳走さまです。有り難うございます!飴を頂きました。有り難うございます!お昼にはお弁当とお茶を頂きました。ご馳走さまです。有り難うございます!寝違えて手がしびれており字が書けないので代わりに書いてもらいました。有り難うございます!予定よりも早めに終わったので、クラインとに電話して早めに伺いました。クライアントは快く応じてくれました。ここでもまたお茶を頂きました。ご馳走さまです。有り難うございます!一旦自宅により、家内に頼み事をしました。有り難うございます!事務所に戻り、日記の続きを書き、週刊メッセージを仕上げてから仕事をしました。やるべきことはやりました。有り難うございます!家に戻ったのは19時 半を回っていました。そして今、日記を書いています。まだ手がしびれておりまともにパソコンも打てません。どうしたことでしょう。明日の朝は坐禅会です。早めにHPを更新してお風呂に入って、早く寝ることにします。おやすみなさい。たっぷりと寝ます。有り難うございます!

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2005.3.13(日) 目覚まし時計の音で4時過ぎに目が覚めました が、なかなか布団から出ることが出来ずに、起きたのは4時半を回っていました。さっそく玄関先に行き、愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!居間に戻って 、坐禅会に行く支度をしてから、長谷川醸造の梅干しを食べてお茶を飲みました。ご馳走さまです。有り難うございます!

松下幸之助は「よしみを通じて」と題して「最近は商売の上でも競争が大変激しくなり、同業者どうしでも、ともすればお互いを競争相手とばかり考えているようです。もちろん競争意識は必要でしょうが、考えてみれば、誰も争うために商売をしているわけではありません。ですから、近所に新しく同業者のお店ができたからといって、目にカドを立てるのでなく、おおらかに迎える。新しいお店の方も、先輩に対し謙虚な気持ちでいわば『仁義』をきる。そういう好ましい姿は、お客様のお店全体に対する信用を高めることになるでしょう。だから一方で適正な競争をしつつも、同じ道にたずさわるお店どうし、お互いによしみを通じていくことが大切だと思うのです」と話しています。

「よしみ」という言葉を大辞林(国語辞典)で調べると、「(1)親しい間柄。親しい交わり、(2)親しい間柄から生じる情や好意。親しみ」とあります。「〜のよしみで、〜」という言い方をするようですが、最近はめっきり「よしみ」という言葉を聞かなくなったような気がします。それだけ世知辛い世の中になったということでしょう。わたしは経営コンサルタントですから、競争という概念をよく知っています。企業を経営していくためには競争という概念は必要なものだということもよくわかっておりますが、最近は競争という概念に囚われない、というよりも競争を超越したところで経営を行うことがもっとも優れた経営であると考えるようになりました。そもそも競争をするために経営をしているのではなく、お客様や社会に貢献するために、喜ばれるために経営をするのですから、競争などということを意識することはないのです。わたし達は、小さい頃から競争に勝つための教育を受けてきました。テストで少しでも順位を上げようとして努力してきました。しかし、テストで一番になったからといってそれに何の意味があるのでしょうか。そんなことよりも、万物の霊長である人間としてどんな生き方をすればいいのか、どうすれば自分が周りの人に喜ばれる存在になることができるのかを追求していくべきなのです。

「天上天下唯我独尊」。お釈迦さまが生まれたときに発したといわれる言葉です。以下、細川景一著「白馬蘆花に入る〜禅語に学ぶ生き方」(禅文化研究所)から抜粋・要約して、この言葉の持つ深い意味を学んでいきます。

《釈尊は、生まれてすぐに、右手は天を指し、左手は地を指し、七歩周行(しゅうこう)、四方を目顧(もっこ)して、「天上天下唯我独尊」と叫ばれたと伝えられています。釈尊とて、私たちと同じ人間です。生まれてすぐ歩くことなどできるわけがありません。後世の人々が伝説的に「天上天下唯我独尊」と、人間の尊厳を謳(うた)いあげたのです。「右手は天を指し、左手は地を指し、七歩周行、四方を目顧し」とは、宇宙、空間への拡がりです。天上天下を具体的に説明したのです。天地いっぱい、宇宙いっぱいということです。「唯我独尊」とは、お山の大将、おれ一人といった思い上がりではありません。唯我の我は、個人的な私の我ではなく、全体的な唯一絶対の我です。天地いっぱい、宇宙いっぱいの自分のことです。その拡がりの中で、今! 此処に! 自分を確かめるとき、宇宙宏といえども、この自分は一人しかいないのです。だから尊いのです。かけがえのない自分なのです。一人しかいないかけがえのない自分なるがゆえ、大切に生きていかねばならないのです》。

《大森黎(れい)さんの書いた『大河の一滴』という小説があります。その中に、主人公の女性と身体の不自由な嫁との対話があります。「・・・こんなわたしなんて、一体、なんのために生まれて来たんですか、なんだってこんな格好して、今、生きていかねばならないんですか、おしえてください、わたしは、一体、どうして・・・。」、「・・・いつだったか、ずっと前のことだけれど、新聞でこんな文章を読んだことがあります。人間というものは、悠々と流れる大河の水の一滴のようなものだ、という文章です。なんだか、そのときずしんと来て・・・。今でも覚えています。『その一滴は後にも前にもこの私だけで、何万年さかのぼってもこの私だけで、何万年たっても再び生まれてはこないのだ』というその言葉のこと。そして、『しかもなお、その私は依然として大河の水の一滴にすぎない』という言葉も・・・。」 (大森黎ほか『大河の一滴』読売新聞社)》。

《自分が一人しかいない尊い存在であることがわかれば、他人もまた、一人しかいない尊い存在であることに気がつかねばなりません。君もあなたも「独尊」、犬も猫も、それぞれ「独尊」です。存在する万物の一つ一つが、差別を越えて、「唯我独尊」であり、かけがえのない大切な生命を持っているのです》。

企業もまた人なり。それぞれが、「唯我独尊」なのです。競争を意識して争うよりも、お互いに共生していくことが望ましいと思うのです。もちろん、以前の金融機関のような護送船団方式ではなく、それぞれが自立して自分の力で経営をしていくことの必要性は言うまでもありません。それぞれが自立した上で、相手を意識するのではなく、自らの内に目を向けて自らを高めることでお客様や社会の役に立つような経営の在り方が望まれます。

家内と一緒に5時40分に家を出て、円光院に向かいます。45分に到着。坐禅の準備をして、6時から坐禅会が始まりました。今日は久しぶりに落ち着いて坐ることが出来ました。ほんの瞬間ですが、一体、一枚になれたような気がします。有り難うございます!坐禅会の後は茶礼です。山本和尚さんが白馬蘆花に入るを朗読してくださいました。微風幽松を吹く、近く聴けば声愈(いよいよ)好しという禅語を学びました。勉強になりました。有り難うございます!

その後、坐禅会の大先輩であるYさんが、先日わたしが話をさせて頂いたことを紹介してくださいました。有り難うございます!話をふってくれたので3/16のセミナーの宣伝をさせて頂きました。有り難うございます!家に戻ったのは8時半でした。さっそく仏間の仏壇にお線香をあげて、チーンと鳴らしてから「ご本尊さま、ご先祖さま、おはようございます。今日もみんな幸せでした。そして長生きできました。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!ご飯を頂きました。坐禅会の後に食べるご飯は本当に美味しいのです。しかも正しい日本人のご飯でした。重ねて有り難うございます!そして今、日記を書いています。今日は一日内勤です。がんばらずにがんばります。有り難うございます! 日記を書き上げたのは10時半を回っていましたので午前中は家で読書をすることにしました。内野熊一郎著「孟子」を読破しました。大変勉強になりました。儒教の奥深さがよく分りました。有り難うございます!午後から事務所に行きました。ある調査事業の仕事です。集中力が高まり作業は捗りました。有り難うございます!時計の針はすでに18時を回っていました。それから明日行う診断の準備をしました。家に戻ったのは19時半を回っていました。そして今、日記を書いています。これから晩酌をしながら、義経を見ます。今週は金八先生を見られなかったので唯一のテレビ鑑賞です。有り難うございます!今日も充実した一日でした。明日は富士吉田市に行きます。がんばらずにがんばります。有り難うございます!

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2005.3.14(月)  昨夜、義経を見ながら晩酌をして、その後いろいろな話をしながら盃を重ねているうちに、そのまま寝てしまったようです。4時に目覚ましの音で眼が覚めると居間にいました。しばらく起きられずにいましたが、4時半に起きて、やかんに水を入れて、コンロに火を点けてから玄関先に行きました。 かすかに稜線が確認できる愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!居間に戻ってお茶を飲 みました。もちろん、長谷川醸造の梅干しを食べました。今日は新聞 休刊日なので、日記のネタに使用している「白馬蘆花に入る」を読みました。この本は本当に奥が深いので勉強になります。有り難うございます!

松下幸之助は「人間疎外は人間が生む」と題して「現代文明における、科学技術の発達によって人間が軽視され、忘れさられているということが問題になっています。そういった人間疎外をなくすためには常に人間の幸せということが前提にされなくてはなりません。『なぜこういう新しい機械を造るのか』『それは人間の幸せのためである』ということがいつも考えられ、それに基づく配慮がなされるならば、どんな機械が生み出され使われても人間疎外は起こらないと思います。現実に人間疎外のような観を呈しているのは、機械が人間を疎外しているのではなく、人間自身が人間自身を大事にせず、人間疎外を生んでいるのではないでしょうか」と話しています。

世の中が便利になるに連れて、人間が人間らしさをなくしているような気がします。モノが溢れて便利になればなるほど、それに反比例するかのように、わたし達は人間らしさを喪失しているような気がします。辺りを見渡すと自然がどんどんと姿を消して、人工物に取り囲まれています。人間が自分達の思い通りにしようとすればするほど、人工物が増えて自然が消滅していきます。人間というのが自然の一部だということを忘れて、何か一番偉い存在だと勘違いして、人間だけが幸せになればいいと傲慢になり、モノを作れば作るほど、人間らしさをなくしているのです。モノに依存すればするほど、人間らしさを忘れていくのです。

わたしは最近、テレビをほとんど見なくなりましたが、何の不自由もありません。むしろ、テレビを見ない方が、自分の自由な時間を確保することができるので、人間らしく暮らせます。テレビなどなくても一向に平気なのです。また、日記を更新するために早起きすることが完全に習慣になりましたが、夜明け前の空気を体感することが、人間にとっていかに大切なことか、人間は自然の一部であり天地・宇宙に生かされている存在であることが実感できるようになりました。世の中、これだけ便利になれば、もういいではないですか。これ以上大して必要性のない人工物を作って便利にする必要などないではないかとつくづく思うのです。

禅語に有名な「看脚下(かんきゃっか)」という言葉があります。わたし達が人間らしさを取り戻すために、この言葉の持っている深い意味を探ってみることにします。以下、細川景一著「白馬蘆花に入る〜禅語に学ぶ生き方」(禅文化研究所)から、抜粋・要約して引用します。

《「脚下を看よ」「脚下を照顧せよ」。よく禅寺の玄関で見かける言葉です。「足もとに気を付けよ!履き物をキチンと整えなさい」という意味です。中国、臨済宗の中興の祖と言われる五祖法演(ほうえん)禅師には、五祖下三仏(ごそかさんぶつ)といわれる仏果克勤(ぶっかこんごん)、仏鑑慧懃(ぶっかんえごん)、仏眼清遠(ぶつげんせいおん)の三人の名高い弟子があります。ある日、四人は夜のふけるのも忘れて法談にふけります。いざ寺に帰ろうという段になり、提灯を点じて、そろそろ石段を登りはじめます。折しも一陣の強風が吹いて火を吹き消します。あたりは、真暗々(まっくらくら)の闇夜です。そのままでは終わりません。五祖禅師が早速に、「一転語を下せ---仏道上の一句をいえ」と問いかけます》。

《まず仏鑑が答えます。「彩鳳(さいほう)、丹霄(たんしょう)に舞う---彩(いろ)あざやかな鳳(おおとり)があかね色に染まった夕焼け空に大きく舞っている」。すなわち真暗々の世界が、そのまま明白々(めいはくはく)の世界だ、というわけです。次いで仏眼が答えます。「鉄蛇(てつだ)、古路(ころ)に横たわる---ゴロ石の荒れた道に鉄蛇がとぐろを巻いている」。すなわち暗かろうと明るかろうと、自分には関係ないことだ。いかなるときでも寂然不動として一念も動かず、というわけで す。最後に仏果克勤(ぶっかこんごん)が答えます。「看脚下---足もとを看よ」》。

《三人の答えを聞いた五祖禅師は、「わが宗を滅する者は克勤のみ」逆説的に克勤の「看脚下」を肯(うけが)います。「彩鳳(さいほう)、丹霄(たんしょう)に舞う」「鉄蛇(てつだ)、古路(ころ)に横たわる」は、少々理屈が多すぎます。暗々の闇夜に立ち止まって「看脚下」。ごく自然の当を得た答えです。もちろん、ただ単に「足もとを見よ」というだけではありません。そこには、深甚(じんじん)の意があります。仏法の奥義(おうぎ)といえば、何か特別な所にあると思いがちですが、そんな所に法はありません。著衣喫飯(じゃくえきっぱん)、屙屎送尿(あしそうにょう)、一挙手一投足の日常生活の中にこそ求めるべきというわけです》。

《鎌倉時代の禅僧、孤峰覚明(こほうかくみょう)禅師に対して一人の僧が問います。「如何なるか是れ祖師西来意(そしせいらいい)---禅宗の悟りとは何ですか」。師いわく、「照顧脚下(しょうこきゃっか)」。---何を難しいことを考えているのだ!雀はチュンチュン、カラスはカァーカァー、柳は緑、花は紅、朝起きて顔を洗い、腹がすけば飯を食い、喉が渇けば水を飲み、このありのままの世界が、西来意、仏の悟りではないか。お前は祖師西来意の真只中(まっただなか)に立っているのではないか。よく足もとを看よ!というのです》。

これ以上大して必要性のない人工物を作って便利にするよりも、「看脚下」。雀はチュンチュン、カラスはカァーカァー、柳は緑、花は紅、朝起きて顔を洗い、腹がすけば飯を食い、喉が渇けば水を飲み、このありのままの世界を堪能することで人間らしさを取り戻したいものです。

ここまで書いて、時計の針を見ると7時を回っています。日記を書いている途中で再び玄関先に行ったところ、東の空がピンク色に染まっていました。やはり日の出前のひとときは、人間が自然の一部であることを実感させてくれます。その東の空を背景にする愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かってもう一度合掌をしました。有り難うございます!家に入り仏間の仏壇にお線香をあげて、チーンと鳴らしてから、「ご本尊さま、ご先祖さま、おはようございます。今日もみんな幸せでした。そして長生きできました。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!今日は富士吉田市に出張です。がんばらずにがんばります。有り難うございます!

8時半前に家を出て富士吉田に向かいました。御坂峠を越えると雄大な富士山の姿が目に飛び込んできました。雪できれいにお化粧した神々しい姿です。感動的です。有り難うございます!

商工会議所に着いたのは9時半と早かったため、担当者とじっくり打ち合せをして企業に向かいました。いろいろと話をしました。コーヒーを頂きました。ご馳走さまです。有り難うございます!仕事を終えて富士吉田を出たのはお昼です。途中お昼ご飯を食べて自宅に戻ったのは14時です。しばらく休んで事務所に行きました。細々とした仕事を片付けました。夕方早めに家に戻り、親世帯から頼まれた買い物をしに行きました。家内と下の息子と一緒です。本当に久しぶりのショッピングでした。忙しい中で寸陰を捉えての買い物です。その後、馴染みの洋服屋さんタマヤさんに行き、家内にホワイトデーのプレゼントを買いました。コーヒーとお菓子を頂きました。ご馳走さまです。有り難うございます!ズボンかけとハンガーも貰いました。有り難うございます!家に戻ったのは19時半です。そして今、日記を書いています。明日は内勤です。夜は夢甲斐塾の会合があります。今日も充実した一日でした。有り難うございます!

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2005.3.15(火) 昨夜寝るときに目覚ましをセットし忘れたため、起きたのは5時40分と大寝坊してしまいました。さっそく玄関先に行きました。東の空がピンク色というよりも紅色に染まっておりとてもきれいです。自然の偉大さ、神秘さを感じることができました。有り難うございます!その紅色の空を背景にした愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!家に入り、仏間の仏壇にお線香をあげて、チーンと鳴らしてから、「ご本尊さま、ご先祖さま、おはようございます。今日もみんな幸せでした。そして長生きできました。有り難うございます」と、こちらも過去形で合掌しました。有り難うございます!それから朝ご飯をいただきました。玄米入りのご飯に、お豆腐とネギのみそ汁。大根おろしに、焼き魚、きんぴらゴボウという正しい日本人の食事です。もちろんBGMは般若心経です。正しい日本人の生活です。有り難うございます!

松下幸之助は「会社の力を見きわめる」と題して「私は常に自分の会社の自己検討ということをしています。要するに新しい一つの仕事を始めるにしても、それは考えのうちに入れておくだけですぐには手をつけません。きょう手をつけるのは、きょうの自分の食欲に合ったものだけです。それ以上はいくらおいしくても食べません。それが自分の腹であれば、うまく調整できますが、事業欲は食べすぎても調整するものがありませんから、ただ自分の良識によって調整するしか方法がありません。だから常に自己反省をして、あわせて会社の総合力を検討し、それにふさわしい仕事をしていこうと心がけています。そこを見きわめることが、経営者として、非常に大事なことだと思います」と話しています。

経営にしろ、人生にしろ、物事を成し遂げるためには、自分の分にあった、身の丈にあった行動をすることが求められます。そのためには、今の自分にはたして成し得ることなのかを見きわめて、事に当たることが必要なのです。そして、毎日毎日を真剣に生き抜くことが求められます。今この刹那に、自分が成し得ることをやり遂げることです。今の自分にとってハードルが高いと思われることは、すぐにやらないほうがいいのです。しばらくは、自らを鍛えて実力を培い、ハードルを跳び越えられる自信がついてからやるべきです。機が熟すのをじっと待つという忍耐力が人間力を磨いてくれるのです。ですから、この忍耐力、耐えるということはとても大事なことなのです。耐えることが多ければ多いほど人間力がどんどん磨き上げられるからです。

臨済宗妙心寺派元管長の梶浦逸外師は、その著書「耐える〜人間にとって真に必要なもの」の中で、「最初にして最後に私がいっておきたいのは『修行はよく耐えること』の一語に尽きるということです。よく耐える修行を続けていると、いつの間にか、修行者は耐える苦難のなかからいいようのない歓喜を見出すようになってくるのであります。呼んで『耐えるよろこび』。仏教修行というようなものはこのよろこびを発見することによって、一大飛躍を展開していくのであります」と書いています。このように「耐えるよろこび」を見出すことができるようになれば、艱難辛苦を乗り越えて何事も成し得る力、不可能を可能にする神通力を体得することができるのです。

禅語に「古人(こじん)刻苦(こっく)光明(こうみょう)必ず盛大なり」という言葉があります。耐えるということがいかに人間力を磨くかということを表している言葉だと思います。以下、細川景一著「白馬蘆花に入る〜禅語に学ぶ生き方」(禅文化研究所)から抜粋・要約して「耐える」ということがどういうことであるのかを学びます。

《ひとかどの禅僧になるためには、禅の専門道場に入って禅の修行をしなければなりません。道場では一年を雨安居(うあんご)と雪安居(せつあんご)の二期に分け、一期をそれぞれ、入制(にゅうせい)、半夏(はんげ)、夏末(げまつ)の三つの大接心(だいせっしん:特別厳しい一週間の修行期間)と、十二月に行われる臘八(ろうはつ)大接心を設けて、不眠不休の坐禅修行に励まなければなりません。その大接心になると、必ず隠寮(老大師の部屋)の床の間に掛かる軸物がこの「古人刻苦光明必盛大也」の語です》。

《昔、慈明(じみょう)和尚(986〜1039)という人は、六、七人とグループになって参禅に励んでいました。河東(かとう)地方は寒気が厳しく、大勢の修行者は寒さに震えて蒲団にくるまってしまいます。慈明和尚独り、徹夜で坐禅して眠らず、「事実大勇猛心(だいゆみょうしん)を起こして道のために奮励(ふんれい)努力さえすれば、必ず成就することができる」という古人の銘(「古人刻苦光明必ず盛大なり」)を信じて、釈迦何人(なんびと)ぞ! 達磨何人ぞ! 俺もまた、同じ人間ではないか! やってできないことがあろうか! とばかりに、自分で自分の股を錐(きり)で突き刺し、睡気と惰気を振り払って坐禅に邁進します》。

《何事においても、自分の股に錐を刺すほど、私たちは自分自身に対して激しく処しているでしょうか。最小の努力で最大の効果というわけで、要領、効率ばかり気にする昨今ですが、この語から、ただ骨を折る、ただただ、がむしゃらに努力することの大切さを学ぶべきです》。

わたし達は、ともすれば便利、効率ということばかりを追い求めがちです。たしかに、便利、効率ということも、ある面では必要ではありましょうが、そればかりを求めていたら人間として堕落してしまいます。「古人刻苦光明必ず盛大なり」。耐えて、耐えて、耐え抜いて、大勇猛心(だいゆみょうしん)を起こして道のために奮励(ふんれい)努力することが大切なのです。

ここまで書いて時計の針を見ると、もう10時半を回っています。やはり寝坊はいけません。すでに事務所に来ていますので、これから仕事に取り掛かります。今日は一日事務所におります。

夜は夢甲斐塾の会合があります。午後には来客があります。わざわざ事務所に来てくれるのです。有り難うございます!午前中は、報告書作成の準備をして残り時間は読書をしました。武田鐘村著「図解安岡正篤の行動学」を読破しました。安岡正篤師の奥深い思想が単純化されて整理されていました。初心者にはうってつけの本といえます。有り難うございます!昼間は、久々にあのらあめんやさんに行き、みそらあめんとごはんを頂きました。もちろん美味しかったです。相変わらず抜群の美味しさです。有り難うございます!午後からは、報告書を作成しました。途中でお客さまがいらっしゃいました。県庁時代にお世話になった方です。わざわざ事務所まで来て頂きまして大変恐縮なことです。有り難うございます!その後、報告書を完成させました。やれやれです。有り難うございます!そして、複数の仕事をこなしました。やるべきことはやりました。有り難うございます!明日の夜開催する読書研究会の課題本である星野道夫著「長い旅の途上」を読み始めました。人間と自然とがつながっていることがよくわかる本です。有り難うございます!19時前に家に戻って軽くご飯を食べてから、夢甲斐塾の定例会に向かいました。5期生募集のパンフレット内容を話し合います。今日、決定しなければ間に合わないのです。 会場に到着したのは19時半をちょっと回っていました。いろいろと話し合って決めるべきことは決めました。家に戻ったのは22時を回っていました。そして今、日記を書いています。明日は午前中は内勤。午後からセミナーの講師を務めます。今日も充実した一日でした。有り難うございます!

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2005.3.16(水) 昨夜寝るときに目覚ましをセットしましたが、鳴ったのに全く気づかず起きたのは 昨日同様5時40分と大寝坊してしまいました・・・。さっそく玄関先に行きました。東の空がうっすらとオレンジ色に染まっておりとてもきれいです。有り難うございます!その東の空を背景に愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます! たばこを一服してから家に入り、仏間の仏壇にお線香をあげて、チーンと鳴らしてから、「ご本尊さま、ご先祖さま、おはようございます。今日もみんな幸せでした。そして長生きできました。有り難うございます」と、こちらも過去形で合掌しました。有り難うございます!それから朝ご飯をいただきました。玄米入りのご飯にみそ汁 と大根おろしに沢庵、焼き魚にきんぴらゴボウという正しい日本人の食事です。合掌してから頂きました。もちろんBGMは般若心経です。正しい日本人の生活です。有り難うございます!

松下幸之助は「六十パーセントの可能性があれば」と題して「ある仕事をある人にしてもらう場合、その人が適任かどうかということがきわめて重要ですが、実際には、それはなかなかわかりません。それではどうするかということですが、この人だったらまあ六十パーセントぐらいはいけそうだなあと思ったら、もう適任者として決めてしまうのです。八十点までの人を求めるということも不可能ではないでしょうが、しかしそれには非常に時間と手数がかかります。だから、これならまあ六十点ぐらうはあるなと思ったらもう、「君大いにそれをやってくれ」というようにするわけです。するとたいていうまくいくのです。全部が全部ではありませんが、中には百点満点ということもあります」と話しています。

人に物事を依頼する場合、百点満点の人というのは、まずいません。それぞれ長所あれば短所あり、帯に短したすきに長しといった具合で、適任の人というのはなかなか見つからないものです。また、人に依頼するのではなく、自分で行う場合でも百点満点ということは、まずないわけで、多かれ少なかれ何かが欠けた状態で物事に取り組むわけです。それでも、何とか事をなし得るのは、ある程度の適性があるからであり、その適性をどうやって見分けるかがポイントになるわけです。適性を点数で表すと、何をやるにつけ、誰でも、二、三十点くらいは持っているでしょう。しかし、これでは、やはり少ないわけで、最低五十点は必要になります。しかし、五十点では、成し遂げる確率が半分ということであり、やや心細いところがあります。したがって、六十点くらいあれば、適性があると考えてよろしいかと思います。それ以上を求めると、なかなか難しいので、このへんで妥協するのがよろしいということでしょう。適性を表す点数の内訳をみると、ほとんどが精神的なことで、技術的なことは僅かだと思います。つまり、気持ちの問題です。やる気さえあれば技術的には拙くても何とかことをなし得るのだと思うわけです。

禅語に「雲門餬餅(うんもんこびょう)」という言葉があります。前述した「気持ちの問題」を表した言葉だと思います。以下、細川景一著「白馬蘆花に入る〜禅語に学ぶ生き方」(禅文化研究所)から抜粋・要約して「気持ちの問題」ということを掘り下げてみます。

《「雲門」とは雲門文偃(ぶんえん)禅師(864〜949)のことで、言句(げんく)の妙を家風とする雲門宗の開祖です。その雲門禅師に一人の僧が訪れて問います。如何なるか是れ超仏越祖(ちょうぶつおっそ)の談。---ふつう、如何なるか是れ仏! 如何なるか是れ祖師西来意(せいらいい)! と、仏になるのが目的です。しかし、この僧は、「その辺の消息はもう十分に会得した。その上の消息とはどんなものでしょうか」というのです。すなわち、修行に修行を重ねて苦労艱難、学ぶに学ぶの法なく、修するに修するの道もなきところまで至って、学んだ法も、修した道も忘れ果てた、ギリギリの境界(きょうがい)とはどうですか! というのです》。

《雲門禅師、慌てることなく、サラリと、「餬餅(こびょう)」と答えます。「餬餅」とは、胡麻をまぶした焼き餅のことです。元来は辺境の異民族が食したものですが、後漢の頃より、中国でも民衆が食べるようになった餅のことで、それほど上等な食べ物ではなく、粗末な一般的な食べ物だといわれています。雲門禅師が「餬餅」と答えた真意は何処にあるのでしょうか。いろいろと見方はあります。超仏越祖(ちょうぶつおっそ)などと、後生大事に抱え込んでいる僧、そんなもの「餬餅」にも等しいものよ! さっさと食べて忘れてしまえ! と言ったのでしょうか。あるいは、こうして餬餅を美味しく頂くところが、超仏越祖の当処(とうしょ)だよ! と示されたのでしょうか》。

《餅といえば、荻原井泉水(おぎはらせいせんすい)に「豆腐」という面白い随筆があります》。

豆腐ほど良く出来た漢(おとこ)はあるまい。彼は一見、仏頂面をしているけれども決してカンカン頭の木念仏ではなく、軟らかさの点では申し分がない。しかも、身を崩さぬだけのしまりはもっている。煮ても焼いても食えぬ奴と云う言葉とは反対に、煮てもよろしく、焼いてもよろしく、汁にしても、あんをかけても、又は沸きたぎる油で揚げても、寒天の空に凍らしても、それぞれの味を出すのだから面白い。又、豆腐ほど相手を嫌わぬ者はない。チリの鍋に入っては鯛と同座して恥じない。スキの鍋に入っては鶏と相交って相和する。ノッペイ汁としては大根や芋と好き友人であり、更におでんに於いては蒟蒻や竹輪と協調を保つ。されば正月の重詰(じゅうづめ)の中にも顔を出すし、仏事のお皿にも一役を承らずには居ない。彼は実に融通がきく、自然に凡(すべ)てに順応する。蓋(けだ)し、彼が偏執的なる小我を持たずして、いわば無我の境地に到り得て居るからである。金剛教に「応無所住而生其心(おうむしょじゅうにしょうごしん)」とある。これが自分の境地だと腰を据えておさまる心がなくして、与えられたる所に従って生き、しかあるがままの時に即して振る舞う。此の自然にして、自由なるものの姿、これが豆腐なのである。豆腐こそ、悟りきった達人の面影がある・・・。

《餬餅、きっと、豆腐に似た食べものでしょう》。

どうでしょう。「気持ちの問題」ということがわかったでしょうか。適性を点数で表すと六十点くらいあればいい、と書きましたが、それは、豆腐のように、「一見、仏頂面をしているけれども決してカンカン頭の木念仏ではなく、軟らかさの点では申し分がない。しかも、身を崩さぬだけのしまりはもっている」ということではないでしょうか。そして、「煮てもよろしく、焼いてもよろしく、汁にしても、あんをかけても、又は沸きたぎる油で揚げても、寒天の空に凍らしても、それぞれの味を出す」というように、どんな役割を与えられても、見事に調和してしまう豆腐のように物事を為すことができれば、「応無所住而生其心(おうむしょじゅうにしょうごしん)」という境地に達することができるのだと思うのです。何事も「気持ちの問題」だということです。

ここまで書いて時計の針を見ると9時を指しています。すでに事務所に来ていますので、これから午後講師を務める講演会の準備をすることにします。途中仕事の電話があり、それに対応してたりしましたが、じっくりと講演会の準備をすることができました。今日の講演会は知っている方が大勢いらっしゃると思うので、力が入っているのです。有り難いことです。有り難うございます!昼ご飯を食べに家に戻り、13時前に講演会の会場である商工会議所に向かいました。13時10分頃に到着しました。プロジェクターを使用するため事前の準備をしました。講演会のテーマは大変革期を生き抜く企業経営の心構えです。具体的には、1.今、大変革期にあることを認識する、2.生きるために経営者としてすること、という内容の話をさせて頂きました。

多くの方が来てくださいました。知っている顔もけっこう見えます。有り難いことです。有り難うございます!わたしの拙い話を、みなさん、熱心に聴いてくださいました。有り難いことです。有り難うございます!商工会議所の担当者であるHさんに写真を撮って頂きました。有り難うございます!時間が足りなくなって、尻切れトンボで話が終わってしまった感があります。申し訳ございませんでした。しかし、みなさん最後まで熱心に話を聴いてくださいました。有り難うございます!

講演会の後は、同会議所内で会議を行いました。ある事業の今後の進め方を話し合いました。お茶を頂きました。ご馳走さまです。有り難うございます!事業のリーダーであるKさんは、講演会も聴いてくださいました。誠に有り難いことです。有り難うございます!家に戻ったのは17時を回っていました。日記を途中まで更新しました。今夜は読書研究会です。会場を提供してくださっているフランス料理店ベルクのH社長さんは、今日の講演会に来てくださいました。有り難いことです。有り難うございます! 読書研究会は19時半過ぎに始まりました。今日の参加者は生き方塾のMさんとSさん、Kさんとわたしの4人でした。今日は用事のある方が多かったのです。少人数でしたが、楽しいひとときを過ごすことができました。担当のMさん、有り難うございます!次回は会場の都合で第三水曜日ではなく、翌日の4/21に開催することになりました。帰宅したのは23時前です。そして今、日記を書いています。今日も充実した一日でした。有り難うございます!

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2005.3.17(木)  目覚ましの音で4時半に目が覚めましたが、また寝てしまい布団から出たのは5時半を回っていました。また、寝坊です。とほほ・・・。さっそく玄関先に行きました。東の空が朝焼けでも薄紅色に染まっています。きれいです。雀がチュンチュン鳴いています。自然に生かされていると実感できるひとときです。有り難うございます!東の空の愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます! 家に入り、仏間の仏壇にお線香をあげて、チーンと鳴らしてから「ご本尊さま、ご先祖さま、おはようございます。今日もみんな幸せでした。そして長生きできました。有り難うございます」とこちらも過去形で合掌しました。有り難うございます!居間に戻って新聞に目を通します。ご飯の時間になりました。下の息子が起きてきたので、般若心経を読経してから、生活信条を唱えて、合掌して「頂きます」とご飯を食べ始めました。今日も日本人の正しい朝食 を頂くことができました。ご馳走さまです。有り難うございます!

松下幸之助は「修養に場所を選ぶな」と題して「人は若い間の心がけのいかんにより、後にずいぶん差の生ずるものである。もし若い時代に自己実力の養成に励まず、修養に努めなかったならば、必ず後年、後悔するときがくると思う。しかるに若い人の間で「この仕事は自分の性に合わない。あの主任の下ではどうも働きがいがない」と不満をもらす人がある。これは自分中心のものの考え方の弊害であろう。真に自己の適所を見出すまでには、いろいろな経験を積まなければならない。また性格、意見の異なった指導者の下で自己を磨くことによってこそ、かえってよりよく修養が得られるものであることを、深く知らなければならないと思う」と話しています。

「日々是好日」。今年のわたしのテーマです。その前に、「日々是忍辱」。忍び難きを忍び、耐え難きを耐え、そして、「日々是泰然」。何があっても動ぜず、浮かれず、落ち込まずに過ごすことができてはじめて「日々是好日」なのです。「この仕事は自分の性に合わない。あの主任の下ではどうも働きがいがない」などと不満をもらしていたら、とてもこの心境にはなれません。どんな環境であっても、どんな状況に置かれても、与えられた仕事を天地・宇宙から与えられた使命だと捉えて、一所懸命に対処してこそ、人間としての役割を全うすることができるのです。「日々是好日」という言葉は、毎日毎日を大切に過ごそうというような意味で受け取られているようですが、本来は禅語で、大変深い意味があります。そのへんの消息を、細川景一著「白馬蘆花に入る〜禅語に学ぶ生き方」(禅文化研究所)から学んでみましょう。

《「日々是好日(にちにちこれこうじつ)」。この有名な句は『碧巌録(へきがんろく)』という、禅門では一番重要な書物の第六則「雲門(うんもん)日々是好日」の公案に収められています。雲門垂語(すいご:禅家で、師が学僧のために教えさとす言葉)して云わく、「十五日已(い)前は汝に問わず、十五日已後、一句を道(い)い将(も)ち来たれ」。自ら代わって云わく、「日々是好日」。十五日以前のことはもう過ぎ去ったことだ。今日より後どうしたらよいか、誰か一句をいってみよというわけです。十五日以後というけれど、今、即今と解して今日の生き方を問うているのです。「晴れてよし曇りてもよし不二(ふじ)の山、もとの姿はかわらざりけり」と山岡鉄舟が詠じているように、私たちの人生は雨の日もあり、風の日もあり、晴れの日もあります。しかし、雨の日は雨の日を楽しみ、風の日には風の日を楽しみ、晴れの日には晴れの日を楽しむ。すなわち楽しむべきところはそれを楽しみ、楽しみなきところもまた無きところを楽しむ。これを日々是好日というわけです。どんな苦しい境界(きょうがい)に置かれても、これ好日、結構なことですと、カラ元気でなく心から味わえるようにならなければなりません》。

「楽しみなきところもまた無きところを楽しむ」のが「日々是好日」という意味なのです。この言葉の持つ深い意味がおわかりいただけたでしょうか。さて、境野勝語著「『禅の名問答』に学ぶ人間学」には、「日々是好日」という言葉をもっと掘り下げて書いてあります。

すなわち、「十五日経ったということは、禅道場で修行をしている雲水にもいろいろあり、修行して見性した(悟った)者もあれば、まだ見性に到らない者もある。なかには修行することすらできずに台所仕事や庭掃除などの作務に明け暮れて過ごした者もある。つまり、それぞれがいろいろな段階にあるけれど、それに全く関わりなく、見性していようが、していまいが、修行をしていようが、していまいが、そういうことに一切関わりなく、日々是好日だ」というのです。

これは、「修行を積んで見性しているからといって、そんなものは屁のようなものだ。見性していようと、いまいと、修行していようと、いまいと、人間というものは全て同じである。お茶を飲めば誰もがお茶の味を同じように感じることができる。それは見性しているとか、していないとか、修行しているとか、していないとか、一切関わりなく、全く同じである。したがって、お茶を飲むときは、ひたすらお茶を味わう、いや、ひたすらというと、どこか無理をしていることになるから、ただお茶を飲む。そういう心境を『日々是好日』という」ということなのです。どうです。わかりましたでしょうか。

曹洞宗の開祖である道元は、その心境を「只管打坐(しかんたざ)」と言いました。坐禅をするときには、妄想(もうぞう)を捨てるとか、無心になるとか、見性するとか、そういうようなことを何も考えずに、「ただ、坐る」ということです。坐禅をしているときだけでなく、あらゆる時に「ただ、〜する」という心境を持続すること。これが「日々是好日」なのです。「この仕事は自分の性に合わない。あの主任の下ではどうも働きがいがない」などと不満をもらしている場合ではないのです。

さて今日は三重県に出張です。9時半のスーパーあずさで塩尻を経由して名古屋に着いたのは13時前でした。塩尻駅で釜飯を購入して電車の中で頂きました。もちろん合掌してからです。釜飯はとても美味しかったです。ご馳走さまです。有り難うございます!

名古屋駅から近鉄線に乗り換えて会場がある近鉄四日市に到着したのが13時半過ぎでした。仕事を依頼してくださった三重県中央会のSさんが改札まで迎えに来てくれました。雨が降っていたので傘をさしてくれました。助かりました。有り難うございます!会場に着いたらお土産までくださいました。有り難うございます!「給食事業における経営戦略」という演題で一時間十五分ほど話をさせて頂きました。みなさん熱心に聴いてくださいました。有り難うございます!中央会のSさんに写真を撮って頂きました。有り難うございます!

帰りもSさんが駅まで送ってくださいました。本当にお世話になりました。有り難うございます!名古屋駅でちょっと時間があったので、家にお土産を買い、喫茶店で本を読みました。安岡正篤著「東洋思想十講、人物を修める」です。良い本です。四月からバージョンアップする生き方塾のテキストとして使えそうな内容でした。それにしても安岡正篤師は凄いです。有り難うございます!名古屋駅を18時に出て、甲府駅に着いたのは21時ちょっと過ぎでした。駅で県庁でお世話になっているKさんにお会いしました。家に戻ったのは21時半を回っていました。さすがに疲れました。今日の講演会で録音したテープを聴きながら寝てしまいました。ということで、この日記のほとんどは翌日に書いたものです。毎日続けるということは大変なことなのです。しかし凡事徹底を貫いていきます。これからずっと続けます。死ぬまで続けるのです。有り難うございます!

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2005.3.18(金)  目覚ましが4時に鳴りましたが、なかなか布団から出られずに、起きたのは5時を回っていました。また、寝坊です。とほほ・・・。さっそく玄関先に行きました。東の空が うっすらと明るくなっています。もう春です。自然に生かされていると実感できるひとときです。有り難うございます!東の空の愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!

松下幸之助は「年功序列と抜擢」と題して「それぞれ長短のある年功序列、抜擢をどのように行っていくかということは、それぞれの企業の実態、情況により一概には言えないと思うが、私自身について言えば、だいたい年功序列七十パーセント、抜擢三十パーセントというような感じでやってきた。これが反対に年功序列三十パーセント、抜擢七十パーセントになると非常に面白いと思うのだが、それはやはりまだ先のことで、今日の日本においては、年功序列を主体としつつ、そこに適度に抜擢を加味していくことが無理のない姿だと思う。しかし考えてみれば、抜擢の何十パーセントかは賭である。だが、ときにはあえてその冒険をおかす勇気を持つことが、企業発展の上で求められている時代であると思う」と話しています。

バブル経済崩壊後、あらゆる経済対策を打ち出しても全く効果がないことに気が付いた政府は経済の舵取りを米国型の方向にシフトしました。それが小泉・竹中路線です。その路線に乗って企業は米国型の経営手法を取り入れるようになりました。それが能力主義、成果主義です。しかし、その経営手法で再生した企業はそれほど多くなく、以前の日本型経営に戻っていった企業が少なくありませんでした。企業は人なり、という言葉があるように、経営というのは人間が行うものです。人間としての思想の基盤が異なる米国の経営手法を、そのまま日本に取り入れてもうまくいかないのは当たり前といえるでしょう。 思想の基盤が西洋では「陽性」なのに対して、東洋では「陰性」でありますから、西洋である米国の経営手法を、東洋である日本の企業にそのまま取り入れてもうまく機能しないのです。その「陽性」と「陰性」について、安岡正篤師は「易学」から「陰陽相待性の法則」ということを言っております。以下、安岡正篤著「東洋思想十講、人物を修める」(致知出版社)から要約・抜粋して「陰陽相待性の法則」を学んでいきます。

《宇宙・人生の創造・変化、限りない営みをつくつめてゆくと、最後は根本原理に行き着きます。天地・自然の創造・変化というものは、窓の外の樹木を見てもわかりますが、無限の可能性、創造力を含蓄しておりまして、その創造・変化を可能ならしめているのが生の活動力(エネルギー)であります。それは何らかの形で外に発現すると同時に、四方に分派し発生して、進展してゆくのです。このように分化・発展してゆく力を「陽」といいます。ところが創造というものは陽だけでは成り立たないのです。それは分化すると末梢化して、生命が薄れるからです。分化・発展は混乱になり、破滅になる。そこで一方において分かれるものを統一し、それを根元に含蓄しようとする働きがある。その働きを陰といいます。この陰と陽が相まって初めて健全な創造が行われるのであります。このように一切を陰陽相待性の法則で解説してゆこうとする学問を「易学」と申します 》。

《易は変化と同時に発達・連続を説く永生の理論なのです。古来この易の思想は東洋民族の歴史的・伝統的な思想の根本となって、われわれの生活に浸透しております。さて、それでは陰と陽のどちらが本質かということになりますと、陰が根本で、陽は枝葉花実的であります。陰だけでは発展ということがありません。陽が活動し代表になって、それが陰を裏打ちし内に含んで、初めて両方が存在するのです。したがって陰陽の割合は陰が51パーセント、陽が49パーセントぐらいであるのが一番適当であります》。

安岡正篤師は、「陰陽相待性の法則」というのは、あらゆることに当て嵌まると書いています。食べもののことにはじまり、男女のこと、経営のこと、政治のこと、人間の本質的な要素のこと、全てに当て嵌まるのだそうです。ところが、現在の日本の経営をみると明らかに陽に偏っています。すなわち西洋的な経営思想や手法に偏っているのです。本来、経営という言葉は仏教用語であり、その意味は「真理を追究すること」、「自己を磨くこと」、「人間形成をすること」でありますが、そのような、日本に古来からある東洋的な思想が経営に於いては全く反映されておりません。利益追求一辺倒の西洋的な思想に陥っているのです。西洋的な思想は「陽性」ですから、「陰性」である東洋的な思想とのバランスが完全に壊れてしまっているのです。

陰陽の割合は陰が51パーセント、陽が49パーセントぐらいであるのが一番適当であると、安岡正篤師が指摘するように、経営に東洋的な思想をもっとふんだんに取り入れて、陰性がやや多いというようなバランスを取ることが必要不可欠なのです。それなのに、未だに西洋の方ばかりに目を向けているから、経営がどんどん行き詰まるのです。したがって、そろそろ、東洋思想に目を向けないといけないのであります。そのことに、一人でも多くの経営者に気付いてもらいたい、というのが、わたしの思いであり、それに気付いてもらうような活動を行うことが、わたしの天から与えられた使命、すなわち、天命だと思っているのです。

今日は駅前掃除の日です。6時に甲府駅北口に到着しました。すでに夢甲斐塾3期生のMさん夫妻が到着していました。さすがです。雨上がりでしたので、ゴミが地面に張り付いてちりとりにまとめるのが大変でした。相変わらず、ゴミが多い甲府駅前です。やがてY塾3期生のSさんが合流しました。生き方塾のSさんは仕事の関係で今日は参加していません。最近、参加者が少なく、寂しい感じがします。地道ですが、こつこつと続けていく活動こそ、夢甲斐塾に求められると思うのですが、なかなか参加者が増えません。残念なことです。

今日はいつものファミレスが清掃で休みでしたので、別のファミレスに行きました。こちらの方がメニューが充実しています。今日の華ちゃんはご機嫌でした。見ているだけで微笑ましくなります。有り難うございます!Mさんのご主人が写真を撮ってくれました。有り難うございます!今日の話題は、夢甲斐塾のこと、生き方塾のこと、読書研究会のことでした。駅前掃除の日は貴重な情報交換の場でもあるのです。いつもよりちょっと早めにファミレスを出ました。 家に戻っていつものように周辺の掃除をしました。その後、家に入って仏間の仏壇にお線香をあげて、チーンと鳴らしてから「ご本尊さま、ご先祖さま、おはようございます。今日もみんな幸せでした。そして長生きできました。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!そのまま事務所に向かいました。さっそく昨日の日記を書きました。昨日も寝坊したので、朝仕上げることができなかったのです。それから今日の日記を書き始めます。一日溜めてしまうと大変なのです。自業自得です。いや、過ぎたことを悔やんでも仕方ありませんから、今、やるべきことをやるまでです。こういう心境にすぐに切り替えることができるようになったのも、仏教を学んだからだと思います。有り難うございます!日記を途中まで書き上げて家に戻り、HPを更新しました。時計を見るともう昼です。ご飯を食べて、ちょっと読書をしてから韮崎市商工会に向かいました。ある事業の最後の委員会が開催されるのです。コーヒーを頂きました。ご馳走さまです。お茶も頂きました。ご馳走さまです。有り難うございます!委員会は無事終了しました。わたしが作成した報告書を了承して頂くことができました。委員のみなさま、お世話になりました。有り難うございます!会議を終え、雑談をしてから事務所に戻りました。そして日記の続きを書きました。

これから都留市に出張です。クライアントとの打合せがあるからです。17時過ぎに家に戻り、着替えてから17時半前に都留市に向かいました。

途中で吉野家に寄って豚丼を食べました。本当に久しぶりです。やはり牛丼に比べると今一の感がありますが、でも、美味しかったです。有り難うございます!19時ちょっと過ぎにクライアント先に到着しました。ちょっと遅刻です。反省しなければいけません。お茶を頂きました。たばこが切れたので一本頂きました。有り難うございます!22時前に打ち合せを終えました。家に戻ったのは23時を回っていました。そして今、日記を書いています。今日も充実した一日でした。有り難うございます!明日は土曜日ですが午後から出張です。有り難うございます!

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2005.3.19(土) 土曜日だからちょっと寝坊しようと目覚ましを5時にセットしましたが、起きたのは7時ちょっと前でした。またまた、寝坊です。とほほ・・・どうも最近早起きできません。さっそく玄関先に行きました。東の空からはすでにお天道様が昇っていおり、日差しが眩しいです。その東の空を背景にした愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって、「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!家に入り、仏間の仏壇にお線香をあげて、チーンと鳴らしてから、「ご本尊さま、ご先祖さま、おはようございます。今日もみんな幸せでした。そして長生きできました。有り難うございます」とこちらも過去形で合掌しました。有り難うございます!居間で新聞記事に目を通します。そして、安岡正篤著「東洋思想十講、人物を修める」を読破しました。実に素晴らしい本でした。四月から始める新・生き方塾のテキストに使えそうです。有り難うございます!

松下幸之助は「日本の資源は人」と題して「日本の資源は人そのものです。いま日本から人を五千万人も取ったら、日本はまいってしまいます。人が多いのは資源の多い姿です。しかも、普通の資源であったらじっとしていますが、人間は働きます。一方で費やすという点もありますけれど、やはりそれ以上のものをつくり出すものを持っています。われわれは、この人間が資源であるということをはっきりと認識することが大事だと思います。また人間という無限の資源を持っているのだということをもっと教えなければいけないと思います。もちろん人が多いというだけではダメで、その質をよくすることが必要なのは言うまでもありません」と話しています。

人間という資源は、自分を磨いてこそ光り輝くものです。ただ漠然と日々を過ごしていたのでは、一向に資源になりません。ただそこに在るだけです。人間以外の動植物はそこに在るだけで大きな役割を果たしていますが、人間がそこに在るだけでは、何の役にも立ちません。いたずらに飲み食いして貴重な地球資源を無駄に消費するだけです。人間が資源になる、すなわち、自分を磨くためには、さまざまな困難に立ち向かう姿勢、いわば苦労を買って出るような心意気が必要です。しかし、今のわたし達にはそのような心意気は微塵もありません。科学万能主義が蔓延り便利や効率を追い求めて、楽な方へ、楽な方へと流されております。これでは人間が資源になりません。ただそこに在るだけです。人間の究極的な役割・使命は、天地宇宙の生成発展に寄与することなのです。そのためには、自分を磨かなければなりません。人間を人間たらしめるためには、さまざまな困難に立ち向かう姿勢、苦労を買って出るような心意気が必要なのです。

禅語に「窮すれば則ち変じ、変ずれば則ち通ず」という有名な言葉があります。さまざまな困難に立ち向かう姿勢、苦労を買って出るような心意気を表す言葉だと思います。以下、細川景一著「白馬蘆花に入る〜禅語に学ぶ生き方」(禅文化研究所)から、抜粋・引用してこの言葉の意味を学んでいきます。

《この語は五経---儒学で最も尊重される五つの経書、すなわち易経、詩経、書経、春秋、礼記(らいき)のうちの易経にある言葉ですが、禅家では修行者に与える公案に対する取り組み方を示唆する語として重用されています。私たちの長い人生の間にはいろいろな問題、すなわち壁に突き当たることがあります。そして、悩み、苦しんで、何とか壁を突き破って進んでいかねばなりません。一つの壁に突き当たったとき、いつもこの句を思い出してください。「窮する」とは、身を屈(かが)めて入るような狭い穴の意から、きわまるとか、苦しむ等の意味があり、あることに行きづまることです。本当に行きづまれば、そこに、変化(かわり)が出てくるものです。変化が出てくれば通ず、すなわち問題の解決です。壁を突き破ることができるというわけです。「困った!困った!どうしようもない!」と言っているうちは、まだ本当に窮していないのです》。

《苦しいときにはトコトン苦しみ抜くべきです。悩むときにはトコトン悩み抜くべきです。ニッチもサッチも行かないところまで行くべきです。私たちは少々の問題に当たると、すぐ逃げ腰になって、いいかげんなところでごまかして妥協しようとします。徹底的にその問題に取り組む謙虚さと忍耐力を持てば、窮し、変じ、通ず、ということになるのではないでしょうか》。

世の中がどんどん便利になり、苦労することが少なくなるのに比例して、わたし達は謙虚さと忍耐力を失っているような気がします。艱難辛苦に正面から立ち向かうことを避けて、いいかげんなところでごまかして妥協するようになりがちです。これでは、問題は解決しません。そして自分を磨くことができません。苦しいときにはトコトン苦しみ抜き、悩むときにはトコトン悩み抜いて、思いっきり窮することで、今までの自分から脱皮して、自己変革して、新たな境地に辿り着くことを目指していきたいものです。「窮すれば則ち変じ、変ずれば則ち通ず」。心に刻みたい言葉です。

ここまで書いて時計を見ると11時ちょっと前です。やはり寝坊はいけません。最近、こういうパターンが多くなっているので反省しなければいけません。すでに事務所に来ています。今日は午後から出張です。民間からの直接仕事を依頼されました。有り難いことです。有り難うございます!

12時半にクライアント先に向かいました。ちょっと遅れそうなので、事前に電話をしてから出掛けました。到着したのは13時ちょっと過ぎです。現地を見たりしていろいろと相談に乗りました。コーヒーと和菓子を頂きました。ご馳走さまです。有り難うございます!家に戻ったのは16時半頃です。着替えてすぐに事務所に向かいました。明日の日記の随筆部分を書き終えました。これで明日は楽になります。有り難うございます!その後、週刊メッセージも仕上げてしまいました。やるべきことはやりました。有り難うございます!それから細々とした仕事を行い、安岡正篤著「禅と陽明学−下」を読み始めました。以前読みかけたのですが、難しいので途中で止まってしまっていたのです。しかし「東洋思想十講、人物を修める」を読んで基礎的な知識が付いたので再びチャレンジすることにしました。段々と学びが深まっていきます。有り難うございます!家に戻ったのは20時を回っていました。そして今、日記を書いています。 これから晩酌をしてからお風呂に入ります。明日は坐禅会です。早く寝ます。今日も充実した一日でした。有り難うございます!

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2005.3.20(日)  4時半に目覚ましをセットしましたが、全く気が付きませんでした。起きたのは5時前でしす。さっそく、玄関先に行き愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます! 居間に戻って日本経済新聞に目を通します。5時45分頃に円光院に向かいました。6時から坐禅会が始まりました。今日は久しぶりに落ち着いて坐れました。足の痛さもあまり感じなくなりました。こういう日もあります。よしよし。有り難うございます!坐禅会のあとは茶礼です。山本和尚さんが白馬蘆花に入るを朗読してくれました。心に染み入ります。有り難うございます!武田住職が先日わたしが話をしたことを話してくれました。有り難うございます!先週、雪景色の円光院の写真を渡したIさんがお礼に花をくれました。有り難うございます!

家に戻ったのは8時半前です。さっそく仏間の仏壇にお線香をあげて、チーンと鳴らしてから、「ご本尊さま、ご先祖さま、おはようございます。今日もみんな幸せでした。そして長生きできました。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!それから朝ご飯をいただきました。日本人の正しい朝食です。坐禅会のあとのご飯は本当に美味しいのです。ご馳走さまでした。有り難うございます!

松下幸之助は「まず自分から」と題して「反省を求める者には反省を求める、また自分たちにおいて反省すべき点があれば、大いに反省して協力体制をとってゆく。そういうことを誰かが言い出し、誰かがやらねばならないのに、誰もが非常な安易感に浸ってしまって、成りゆきまかせ、他人まかせになってしまっている。それが日本の現状でしょう。これでは物事は好転していきません。きょう一日が過ぎれば、あすはあすの風が吹くだろうというような、事なかれ主義はいつか行き詰まります。お互いに全体として考え直そうという行き方を『誰か』ではなく、まず自分が生み出さなくてはならないことを深く自覚すべきと思うのです」と話しています。

論語の里仁第四に「子曰わく、古者言(いにしえげん)をこれ出(い)ださざるは躬(み)の逮(およ)ばざるを恥ずればなり」という言葉があります。「先生がいわれた。『むかし、なかなか言葉に出さなかったのは、自分でそれを実行できないことを恥じたからである』(吉田公平著「論語」より)」という意味です。これは実に奥深く、また凄い言葉です。いつの時代にも論客は沢山います。よく学び、よく理解して議論することが大好きな人です。こういう人は得てして言葉に出すが実行はしないものです。言葉だけが虚しく空を彷徨い、現実は何も変わりません。論客と言われるほど勉強はしていないが、やたらに口は出すくせに実行しない人も沢山います。言うだけです。何も変わりません。「そのうち、誰かがやってくれるだろう」と、成りゆきまかせ、他人まかせです。このようなことでは、世の中はちっとも進歩しません。

孔子は碩学であるだけでなく、聖人君子といわれるような人徳が極めて高い方です。その孔子が、自分でそれを実行できないことを恥じたから、なかなか言葉に出さなかった、と言っているのです。これは、凄いことだと思います。わたし達はちょっと勉強するとすぐ口に出してしまうものです。自分でできもしないくせに、またやりもしないくせに、言葉を発してしまうのです。実に無責任なことだと思います。もちろん、わたしもその一人ですから大いに反省させられます。論語の陽貨第十七には「子曰わく、道に聴いて塗(みち)に説くは徳を之れ棄つるなり」とあります。「先生がいわれた『道で聞いたことを、そのまま道で話してしまうのは、徳を捨てることだ』(前掲書より)」という意味です。思わず、ドキッとしてしまう鋭い言葉です。わたしは、あれこれと本を読んでは、その内容を引用した話をしておりますので、徳を捨てていることになります。これからは、きちんと自分なりの解釈ができるようになるまで、やたらと引用することは慎みたいと思います。

また、論語の憲問第十四には「子曰わく、其の之を言うや怍(は)じざれば、則ち之を為すや難し」という言葉があります。「先生がいわれた。『ものをいいながら恥を知らない人は、実行するとなるとむずかしい』(前掲書より)」という意味です。口ばかり出して実行しない人は恥を知らないからだというわけです。今の世の中、わたしを含めて恥知らずな人間が跋扈しているようです。わたし達、戦後の日本人が失ったのが、この「恥」という概念です。安岡正篤師は恥というのは敬するという気持ちから生まれるものである、とおっしゃっております。そして、敬するというのは宗教につながるというのです。宗教と正面から向き合ってこなかったわたし達が、恥知らずな人間になってしまったのは当然の理だといえるのかもしれません。さらに、論語の憲問第十四には「子曰わく、君子は其の言を恥じて、其の行いを過ごす」とあります。「先生がいわれた。『君子は発言にはいいすぎないように恥を知り、その行いは十二分にする』(前掲書より)」という意味です。

いやぁもう駄目です。参りました・・・。論語の孔子の言葉から強烈なストレートパンチを四発立て続けに浴びて完全にノックダウンしてしまいました。それにしても、孔子はもの凄い人です。安岡正篤師は「東洋思想十講、人物を修める」の中で孔子のことを次のように評しています。

《恐らく世界の偉人として歴史に伝わっている中で、人間として一番徹底した人、できた人は、やはり孔子ではないか、というのが世界のいろいろな学者達の一致した見方であります。キリストにしても、非凡な偉人であることは間違いありません。しかし、何と言っても三十代の若さでああいう非命に倒れた人です。熟達とか練達という点において釈迦や孔子に比ぶべくもありません。その釈迦も、仏教の開祖として実に偉大な人でありますが、しかし、その存世中に故国が滅亡するという悲劇を味わっておるのであります。そのとき釈迦のもとに、故国が隣国の侵略で滅亡に瀕しておるということが切々と伝えられたのでありますが、釈迦は動じなかった。けれどもいろいろの経典を渉猟しておると、釈迦は毅然として自己の求道に徹したけれど、同時に人間として、やはり故国・肉親が滅びゆくことに無限の沈痛・痛恨を抱いていたことが、ありありと伝わってまいります。その点孔子は、当(まさ)に人間に徹した人であり、また、したがって人間教育、人間を養うことが理想政治の根本でありますから、政治に徹してそれに精魂を傾け、全身全霊を打ち込んで生涯を終わった人であります。その孔子の面目が論語の中に十分といってよいほど滲み出てあります》。

学問は人間学、活学として知行合一でなければならぬとした安岡正篤師ならではの人間観だと思います。であるからこそ、歴代総理大臣が安岡正篤師を師と仰ぎ困難なことに遭遇すると安岡正篤師の箴言に耳を傾けたのでありましょう。しかし、わたしは、孔子よりもお釈迦さまに惹かれます。存世中に故国が滅亡するという悲劇を味わい、そのことに無限の沈痛・痛恨を抱いていたお釈迦さまに、人間としての魅力を感じるからです。仏教の慈悲とは、そのようなお釈迦さまの無限の慈しみ と悲哀を表したものではないかと思うのです。それはさておき、孔子にしてもお釈迦さまにしても、単なる哲学ではなく、人間、如何に生きるべきかを説き続けた、東洋が世界に誇る偉人です。わたし達は、孔子やお釈迦さまに代表される東洋の思想から人間、如何に生きるべきかを学ばねばなりません。時代は間違いなく、西洋から東洋にシフトしていくのですから・・・。

今日は一日内勤です。がんばらずにがんばります。有り難うございます! 午前中は読書をしたりうたた寝をしたりと、のんびり過ごしました。午後から事務所に行きました。ここでもまず読書をします。安岡正篤著「禅と陽明学-下」を読みました。素晴らしいです。本当に勉強になります。学ぶということが如何に人間を奥深くするかを実感しています。有り難うございます!写真は事務所の光景です。机に敷いていた「八方睨みの龍」を壁に掛けてみました。有り難うございます!

そして仕事に取り掛かりました。ある調査事業の報告書の作成です。集中力は高まりとても捗りました。完成の目処が立ちました。有り難うございます!家に戻ったのは19時を回っていました。そして今、日記を書いています。これから晩酌をしながら義経を見ます。明日も内勤です。昼間ちょっと出掛けます。今日も充実した一日でした。有り難いことです。有り難うございます!

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2005.3.21(月) 今日は祝日ですからちょっと寝坊しようと目覚ましを4時半にセットしましたが、起きたのは5時でした。どうも最近パッと起きられません。さっそく玄関先に行きました。東の空はすでにうっすらとピンク色に染まっています。その東の空を背景にした愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって、「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!仏間には東京から帰ってきた妹が寝ているため、そのまま居間に戻り新聞に目を通します。九州で地震があったようです。そういえば、昨夜義経をみていたときに報道されていました。日本列島は地震が多いです。それが自然を敬う心につながっているのだとある本に書いてありました。地震のない国では自然を征服しようと思うそうです。

松下幸之助は「春を楽しむ心」と題して「草木は芽を出し、蕾はほころびて伸び伸びと成長する春の季節。春はまさに万物成長のときと言えるでしょう。私たちもこんな春を迎えて、大いにこれを楽しみ、大いに成長していかなければならないと思います。春を楽しむ心は、人生を楽しむ心に通じます。長い人生には、ときには不愉快なこともあり、面白くないときもありますが、春を楽しむように人生を楽しむ心があるならば、やがてまた春のそよ風のように、心もやわらいで、生きがいも感じられてきます。そして野山の樹々が一年一年と年齢を加えていく如く、お互いの心も、去年よりも今年、今年よりも来年と一年一年成長していくと思うのです」と話しています。

毎日早起きしていると、冬から春に移行する季節の息吹を実感できます。まず空気が違います。冬の凍てつくような空気が徐々に和らいできます。毎朝起きるとすぐに玄関先に出て、たばこを燻らせますが、一月前には半纏を着てマフラーを巻いていたのですが、今は作務衣にマフラーを巻くだけで平気です。また一月前には真っ暗で玄関から望める愛宕山の稜線が見えませんでしたが、今でははっきりと確認することができます。小鳥のさえずりも心なしかウキウキしているように感じられます。寒い冬から春に移行する三月になると何となく気持ちが高揚します。天地・自然の生命力が満ち溢れます。行き交う人びとのあいさつも、「寒いですねぇ」から「温かくなりましたねぇ」と変化します。春を楽しむ心は、生きていることを楽しむ心です。天地・自然に生かされていることに感謝する心です。曹洞宗の開祖道元はこう詠います。「春は花夏ほととぎす秋は月、冬雪さえて冷(すず)しかりけり」。素晴らしい歌です。「冬雪さえて涼しかりけり」という心境はまさに仏教の境地そのものです。その冬が去って春が来るのです。冬がなければ春はない。春がなければ夏はないのです。その移りゆく季節をそのまま「有り難い、有り難い」と味わうのが仏教の境地です。ただ味わうのです。理屈は入りません。今この刹那を感じるだけです。

『碧巌録』に「江国(こうこく)の春風吹き起(た)たず、鷓鴣(しゃこ)啼(な)いて深花裏(しんかり)に在り」という頌(じゅ:禅宗で、悟りの境地などの宗教的内容を表現する漢詩。偈〔げ〕と同じ)があります。以下、細川景一著「白馬蘆花に入る〜禅語に学ぶ生き方」(禅文化研究所)から抜粋・要約して、仏教的に春を楽しむ心を学んでいきます。

《僧、法眼(ほうげん)に問う「慧超(えちょう)、和尚に咨(もう)す、如何なるか是れ仏」。法眼云わく、「汝は是れ慧超」。---私は慧超と申すものでございます。一つ和尚さんにおたずねしたいことがございます。それは「仏」とは一体どんなものでしょうか。法眼答えていわく、「汝は是れ慧超」、すなわち、俺は法眼で、君は慧超だ!ただそれだけだよ!》。

《おそらく慧超は、仏とは、悟りとは、禅とはといった知識を山ほど抱えての質問だったでしょう。法眼はあっさり、それらを投げ捨てて、俺もこうして坐っている!お前もこうして坐っている!これが仏の世界だというのです。柳は緑、花は紅、カラスはカァーカァー、雀はチュンチュン。見るがまま、聞くがままの世界が仏の消息だというのです。その意を踏んで、『碧巌録』の編者、雪寶(せっちょう)が頌(じゅ)した句が「江国(こうこく)の春風吹き起(た)たず、鷓鴣(しゃこ)啼(な)いて深花裏(しんかり)に在り」です。「江国」とは、揚子江に臨んだ国という意味で、法眼禅師が住した寺は揚子江に臨んだ金陵(きんりょう)にあります。「春風吹き起たず」とは、強い風ではなく、そよそよと吹く風をいいます。「鷓鴣」とは山鶉(やまうずら)のことでキジの一種。鶉ぐらいの大きさの鳥。暖かく、そして静かな江南の地方に春がきました。寒い冬も終わり、いよいよ四月です。柳も桜も一斉に芽を吹き、花を咲かせます。春風がそよそよと吹き起こって花びらと戯れます。百花繚乱と咲き競う花々の奥で、鷓鴣が気持ちよく啼いています。しかし、声はすれども姿は見えず、どこをさがしてもその姿を見つけることはできません。いかにも春風駘蕩(たいとう)の長閑(のどか)な風景です。第一句の「江国の春風吹き起たず」は、悠々閑々たる法眼の境界(きょうがい)です。第二句は、見つけようとしても見つけることのできない仏の世界を「鷓鴣啼いて深花裏に在り」に喩えて、仏を求めてウロウロする慧超の消息です》。

これが仏教的に春を楽しむ心です。あるがままを受け入れて、あるがままを楽しむ。難しい理屈はなにもいりません。今この刹那を、ただ楽しむ。そこに仏さまがいるのです。

ここまで書いて時計の針を見ると9時半になろうとしています。すでに事務所にいるので、このまま仕事をすることにします。ある調査事業の報告書を作成しました。集中力が高まり、作業が非常に捗りました。有り難うございます!その後、読書をしました。安岡正篤著「禅と陽明学−下」を読みました。本当に奥深い本です。勉強になります。わたしなど、まだまだ知らないことが沢山あるということを痛感させられました。人間一生勉強です。お昼はファミレスで木鶏クラブの打合せをしました。こちらもいろいろと勉強になります。人間一生勉強です。勉強できることは有り難いことです。有り難うございます!事務所に戻ったのは15時半です。また読書をします。もちろん、安岡正篤著「禅と陽明学−下」です。人間一生勉強です。有り難いことです。有り難うございます!

その後、四月からバージョンアップする「生き方塾」と「創業塾」の案内を作成しました。この塾は受講者が一人でも開催します。わたしが五十歳になるまで、どんどんバージョンアップしながら継続していくつもりです。人生中盤のライフワークとして位置付けました。ということで、気合いが入ってます。有り難うございます!家に戻ったのは19時を回っていました。そして今、日記を書いています。今日も充実した一日でした。有り難うございます!

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2005.3.22(火) 目覚ましを4時半にセットしておきましたが、布団から出たのは5時でした。どうも最近パッと起きられません。春眠暁を覚えず・・・です。さっそく玄関先に行きました。東の空はすでに明るくなっています。その東の空を背景にした愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって、「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!居間に戻って新聞を読みます。最近これといった記事がなかったのですが、今日の日経新聞はなかなか参考にあるコラムが載っていました。その後、朝風呂と洒落込みました。朝風呂はなんとも気持ちがいいものです。ちょっと、贅沢かも知れませんが、わが家は二十四時間風呂なので、いつでもお風呂に入れます。湯船に浸かって般若心経を読経しました。心が落ち着きます。こういう静かな時間を一日一度はもちたいものです。お風呂から上がり、仏間の仏壇にお線香をあげて、チーンと鳴らしてから、「ご本尊さま、ご先祖さま、おはようございます。今日もみんな幸せでした。そして長生きできました。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!それからご飯を食べました。もちろん、BGMは般若心経です。下の息子と一緒に合掌して「いただきます」と唱えてから、正しい日本人の朝ご飯をいただきました。美味しかったです。ご馳走さまです。有り難うございます!それから事務所に向かいました。

松下幸之助は「迷いと判断」と題して、《私は極小の頃から今日までの間、たとえば、『新しい仕事をすべきか否か』を決める場合、全部自分一人で決断してきたかというと、決してそうではありません。自分はやりたいと思うけれども、それだけの力があるかどうか自分で判断がつかないというときも実際ありました。そういうときにはどうしたかというと、第三者にすっかり打ち明けて「いまこういうことで迷っているんだ、君ならどう思うか」と尋ねました。「それは松下君、あかんで」「きみの力やったらやれる」といろいろ言ってくれる。迷ったときには、私は得心(とくしん)のいくまで他人の意見を聞いてみるということをやりながらだんだん大きくなってきたのです》と話しています。

何か困難なことに遭遇したときや新しいことをやるべきかどうか判断ができないときに、周りに相談する人がいる人は幸せです。人徳がある人ほど、相談相手が沢山いるのだと思います。しかし、わたし達凡人が、何かを相談しようとしても、それに適切に答えてくれる人というのは、なかなか見つからないものです。どうすればいいか。その答えは、沢山の本を読むことです。本の中には宝のような言葉が沢山書いてあります。それをヒントにすれば、困難を乗り越えたり、難しい判断ができるようになるのです。

手前味噌になりますが、わたしは一月に十冊以上の本を読んでいます。読書のために一日二時間を捻出することができれば、三日で一冊の本を読み終えます。細切れ時間をやりくりすると一日二時間を捻出することはそれほど難しいことではありません。そういうことを続けていくと、一年間で百二十冊以上の本を読むことができます。わたしが、このように本を読むようになったのは一年ちょっと前からです。それ以前は、せいぜい一年で三、四十冊程度の本しか読んでいませんでした。それも、仕事に直接関係する経営学の本が中心でした。いわゆる理論的なものやノウハウ的なものです。そのような本を読むと、すぐに仕事に応用することができますが、それは、近視眼的な応用に過ぎず、原理原則的な心の拠り所となるものではありませんでした。

そのような表面的な知識をいくら学んでも、わたしの生き方そのものを揺さぶるものではない、ということに気付いたのが一年ちょっと前でした。それからは、現代の本だけでなく、いわゆる古典を交えて読むようになりました。論語や仏教の解説書などです。これらの本は、二千数百年も読み継がれてきたのです。それだけ、長い歴史を読み継がれてきたということは、その本に「本質的なこと」が書いてあるからだと思うのです。いくら文明が発展しても、人間の生き方というものは、変わるものではありません。人間というのは、二千数百年前も今も、同じような悩みを抱えて生きているのです。

偉大なる哲学者であり教育者でもある森信三師が昭和十二年から十四年までの二年間、大阪天王寺師範学校(現・大阪教育大学)で行った講義をまとめた「修身教授録」には、次のように読書の大切さが書いてあります。以下、前掲書「第10講---尚友」から抜粋・要約して紹介します。

《この「尚友」という言葉は、友を尚(たっと)ぶという意味で、この言葉は読書と並べて、古来「読書、尚友」というふうに使われている言葉であります。友と親しむと言わないで、とくに友を尚(たっと)ぶと言ったところに、深い味わいがあると思うのです。ところで、尚友という言葉の意味を、このように考えますと、そんな尊敬するに足るような友人は見出せない、という人があるかも知れません。しかしそういう人は、何も同級生の間と限る必要はないでしょう。友人は必ずしも同級生のみと限る必要はないからです。実際真の友人というものは、一面からは肉親の兄弟以上に深い理解と、親しみとを持つ場合さえ少なくないのです。したがって昔から、「その人を知らんと欲せば、まずその友を見よ」と言われているのも、大なる真理があると思うのです》。

《ついでながら、人を知る標準としては、第一には、それがいかなる人を師匠としているか、ということであり、第二には、その人がいかなることをもって、自分の一生の目標としているかということであり、第三には、その人が今日までいかなる事をして来たかということ、すなわちその人の今日までの経歴であります。そして第四には、その人の愛読書がいかなるものかということであり、そして最後がその人の友人いかんということであります。大よそ以上五つの点を調べたならば、その人がいかなる人間であり、将来いかなる方向に向かって進むかということも、大体の見当はつくと言えましょう》。

《しかしながら、翻って考えるに、今申したようなもろもろの点は、結局は一つの根本に帰するかと思うのです。たとえば、自分の一生の目標を何と立てるかということも、結局はその人が、師の人格に照らされて初めて見出されるものであって、人間は師をはなれては、生涯の真の目標も立たないと言ってよいでしょう。またいかなる書物を愛読するかということも、結局は師の教えの光に照らされて、おのずから見えて来ることでしょう。またその人の過去の来歴というようなことも、その人が自分の師を発見しない間は、いろいろと彷徨して紆余曲折もありましょうが、一たび心の師が定まった以上は、迷いもおのずから少なくなり、また自分一人では決し得ないような大問題については、師の指図を仰いで身を処しますから、結局大したつまずきもなくなるわけです》。

《かくして今友人関係において、真に尊敬するに足る友人とは、結局は道の上の友ということでしょう。したがって道の上の友ということになると、結局は師を共にする場合が多いと言えましょう。つまり同門の友というわけです。かの孔子が論語の始めに「朋(とも)遠方より来るあり。亦(また)楽しからずや」と言っている朋(とも)というのは、実はこの「同門の友」ということだそうです》。

どうでしょうか。読書というのは実に奥深いことであることがわかるでしょう。ただ読書をするのではなく、自分の師を見つけ、師に近づくために読書をするのです。また師といえる人が近くにいればいいですが、いない場合もあります。そういう場合は本が師になります。すでに亡くなった先達を師と仰ぎ、その著作を通じて勉強することを私淑といいますが、師といえるほどの人物が少なくなった昨今では、読書を通じて師を見つけるということが求められるのではないでしょうか。

さて、森信三師が、人を知る標準として挙げた五つの項目をわたしなりに考えてみました。

第一には、いかなる人を師匠としているかですが、恥ずかしながら夢甲斐塾に入る以前は師と仰ぐ人はいませんでした。夢甲斐塾に入ってからは、上甲晃先生を師匠として勝手に仰がせていただいております。そして今では、上甲晃先生ともう一人、偉大なる東洋思想家である安岡正篤師に私淑するようになりました。わたしなど、とうてい及ばない偉大すぎる人だと思いますが、理想は高いほどいいと考えてそういう風に思うようになりました。

第二には、その人がいかなることをもって、自分の一生の目標としているかですが、夢甲斐塾に入る以前のわたしは「山梨において経営コンサルティングというビジネスを成功させること」を一生の目標に掲げていました。しかし、上甲晃先生の薫陶を受けてからは、ビジネスということではなく人間としてどう生きるかということを考えるようになりました。そして今では「経営コンサルタントとしての仕事や各種講演会・塾などでの講演活動を通じて、『利は義の和なり』という考え方を一人でも多くの人に知っていただき、それを実践に移してもらえるような存在になりたい」ということを人生の目的と考えるようになりました。別の言い方をすれば「天地宇宙の生成発展に寄与するような生き方をする人を一人でも多く育てていきたい」ということです。そのためには、まず自分自身がそういう生き方をすることができるようにならなければなりません。

第三には、その人が今日までいかなる事をして来たかということですが、先日、十年を振り返って自分がしてきた事を眺めたところ、自分でいうのも変ですが、まぁいい方向に進んできており、それなりにやるべきこともやってきた、と感じました。とくに昨年始めた「生き方塾」と「創業塾」という私塾がこれからのわたしの方向性を示しているのだと思っております。四月からは、「生き方塾(東洋思想に学ぶ)」と「創業塾(利は義の和なり)」として、バージョンアップしますので、さらに力を入れて取り組みたいと思っております。そういうことの積み上げが「いかなる事をして来たか」という経歴につながると思っております。

第四には、その人の愛読書がいかなるものかということですが、これはすでに書いたとおり一年ちょっと前までは、経営学などの理論的技術的な本しか読みませんでした。この一年は仏教を中心に儒教も多少かじりました。これからは、一月に十冊というペースを五十歳まで続けます。そのくらいの本を読まないと、知識ベースで考えて足りないと思っているからです。内容は東洋思想であります。もっと詳しくいうと、仏教、儒教、道教、神道です。これらが日本古来からの伝統文化そのものです。その日本古来からの伝統文化を学んで、自分自身の自己同一性をしっかりと確立したいと思っているのです。ですから、五十歳までは知識を蓄えて、それをできる限り見識にまで高めていきたいと考えています。実行力のある見識を胆識といいますが、そこまで高めるのは五十歳を過ぎてからだと思っています。そして六十歳までには「天地宇宙の生成発展に寄与するような生き方」をしてみたいものだと思っています。

最後の第五である、その人の友人いかんということですが、はたしてわたしにとって友人とは誰なのかと考えると、う〜ん、と唸ってしまいます。もしかしたら、わたしには友人というのはいないかもしれません。森信三師は《真に尊敬するに足る友人とは、結局は道の上の友ということでしょう。したがって道の上の友ということになると、結局は師を共にする場合が多いと言えましょう。つまり同門の友というわけです。かの孔子が論語の始めに「朋(とも)遠方より来るあり。亦(また)楽しからずや」と言っている朋(とも)というのは、実はこの「同門の友」ということだそうです》と書いていますが、そういう風に考えると「夢甲斐塾の塾生」ということになるのでしょうが、正直申し上げて真に尊敬するに足る友人といえる人はいないような気がします。最近会員になった「木鶏クラブ」の方々は年配の方が多くて、とても友人とはいえないでしょうし、坐禅会も同様です。しいていえば「生き方塾」や「創業塾」に参加してくださっている方の中にそれらしい人がいるような気がします。いずれにしても、同門の友を見つけることがわたしの大きなテーマといえそうです。

ここまで書いて時計を見ると、もうすぐ10時になろうとしています。いつもより、力が入ったために時間が掛かってしまいました。このエッセーは今夜開催する「生き方塾」のテキストとして使用するつもりです。昨年の七月に始めて、今夜を含めて何と十六回も開催してきた「生き方塾」も今夜が最後となります。多くの方に参加していただきまして、心から感謝しております。本当に有り難うございます!四月からは、「生き方塾(東洋思想に学ぶ)」として、バージョンアップします。こちらにも多くの方が参加してくださると嬉しいです。また、「創業塾(利は義の和なり)」もバージョンアップして開催するので多くの方に参加していただきたいと思っております。これらの私塾がこれからのわたしの方向性を示していると確信しております。気合いを入れて取り組みます。どうぞ、よろしくお願い申し上げます。有り難うございます!その後、生き方塾と明日の仕事の準備をして読書をしました。安岡正篤著「禅と陽明学−下」です。勉強になります。難しいけれど勉強になります。人間一生勉強です。勉強できるということはとても恵まれていることです。有り難うございます!お昼を食べに家に戻り、13時ちょっと前に玉穂町に向かいました。ある企業との打合せです。 お茶を頂きました。ご馳走さまです。有り難うございます!

打合せを終えて家に戻ったのは17時前。早めの夕食をいただき事務所に行きました。明日の仕事の準備をしました。明日は一日出張です。メールを確認すると、昨夜HPで情報を掲載したばかりの創業塾(利は義の和なり)への申込みがありました。有り難いことです。有り難うございます!また家に戻り、着替えをしてから、生き方塾の会場であるフランス料理店ベルクに向かいました。ベルクに到着したのは19時15分。事前の準備をしました。生き方塾もいよいよ今夜が最終回となります。 今日の参加者は7人でした。始めにわたしがちょっとだけ話をして、その後は受講者に五つのことを発表していただきました。師は誰か、人生の目的は、なにを為してきたか、愛読書は何か、どいういう友人がいるかです。発表の後は、意見を交換してそれぞれが、これからどういう生き方をしていくかを掘り下げていきました。最後に修了証書を一人ひとりに渡しました。

感無量です。長い間参加していただき、本当に感謝しております。有り難うございます!家に戻ったのは23時です。そして今、日記を書いています。早く寝ることにします。今日も充実した一日でした。有り難うございます!

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2005.3.23(水) 目覚ましを4時半にセットしておきましたが、昨夜寝たのが1時と遅かったため、全く気づかずに、布団から出たのは6時 を回っていました。今日もまた春眠暁を覚えず・・・です。さっそく玄関先に行きました。東の空はすでに明るくなっています。その東の空を背景にした愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって、「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!居間に戻って新聞を読みます。 それから仏間の仏壇にお線香をあげて、チーンと鳴らしてから、「ご本尊さま、ご先祖さま、おはようございます。今日もみんな幸せでした。そして長生きできました。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!それから 朝ご飯をいただきます。合掌して「いただきます」と唱えてから、ご飯とシジミのみそ汁、蒲鉾に、ほうれん草、大根おろしに、昆布のつくだ煮という正しい日本人の朝ご飯をいただきました。美味しかったです。ご馳走さまです。有り難うございます!

松下幸之助は「即断即行」と題して「昔から『兵は神速を貴ぶ』という言葉がある。一瞬の勝機を的確につかむかどうかに勝敗の帰趨がかかっている場合がある。そういうときにいたずらに躊躇逡巡していたのでは機会は永遠に去ってしまう。だから大将たる者は、即断、即行ということがきわめて大事である。これは何も戦にかぎらず、一国の運営、会社でも同じである。情勢は刻々とうつり変わっていく。だから一日の遅れが一年の遅れを生むというような場合も少なくない。もちろんきわめて慎重に時間をかけて事を運ぶことが必要な場合もある。しかし大事にあたって即断、即行できる見識と機敏な実行力は指導者に不可欠の要件だと言えよう」と話しています。

仕事であれ、生活であれ、趣味であれ、何であれ、人間というのは、その時々に「即断即行」をしているものだと思います。慎重に時間をかけて事を運ぶということも、問題に直面した際に「即断即行」した結果として決めたことといいえます。何もせずに愚図愚図しているのも、それは問題を回避・先送りをすることを「即断即行」したわけでありますから、「即断即行」しない人というのは存在しません。問題は行動するぞと決断をできるかどうか、それを実行できるかどうかです。時には行動しないという決断が正しい場合もあります。何もしないほうがいいと大局的に考えて下した決断であれば、それも一つの見識といえるからです。問題は、行動するにせよ、しないにせよ、決断したことをやり抜けるかどうかです。何もしないと決断したくせに、周りから色々と批判されて遅まきながら行動を起こすなどということではいけません。やらないと決めた以上は「誰が何を言おうとやらない」という毅然とした対応が求められるのです。人生というのは一度きりしかありません。その刹那をいかに本気で生き抜けるかどうかで、その人の人生は良くも悪くもなるのです。

「慧玄が会裏(えり)に生死(しょうじ)無し」という禅語があります。以下、細川景一著「白馬蘆花に入る〜禅語に学ぶ生き方」 (禅文化研究所)から引用します。

《京都妙心寺開山、関山慧玄禅師(1277〜1360)の禅風は厳しく、遺著も語録もありません。ただ、三転語(心の目を開かせる示唆に富む三つの言葉)という短い言葉が三つあるのみです。そのうちの一つが、この「慧玄が会裏(えり)に生死(しょうじ)無し」の言葉です》。

或る時、僧の来参するを見て呵斥(かせき)す。僧曰わく、「某(それがし)、特に生死事大、無常迅速の為にして来たる」師罵って曰わく、「慧玄が会裏に生死無し」といって、便(すなわ)ち打って趂(お)い出だす。

《---あるとき、一人の僧が入門を乞います。それをみた関山国師は叱りつけます。僧は言います。私は生死の問題で大いに悩んでいます。時は人を待ちません。ぐずぐずしていることはできません。早急に生死を教えてください!と。しかし、関山国師は、「慧玄が会裏に生死無し」と打ちのめして追い出します。「俺のところには、生だの死だのというものは一切ない!」というわけです。私たちは生まれてきた以上、死んでいかねばなりません。死んでいかねばならない以上、よりよい死に方が問題となります。死に方が問題になる以上、生き方も問題になってきます。「生を明(あき)らめ、死を明(あき)らむるは仏家一大事の因縁なり」といわれるように、生死の問題は私たちにとって一大関心事です。いわんや禅を志す者にとって、生死の解決が一番肝要な事柄のはずです。にもかかわらず、関山国師はどうして「慧玄が会裏に生死無し」と断言したのでしょうか。関山国師は生死の事実を踏まえて、生死に振りまわされない自由の中で、生死を自分のものとしておられたのです。生とは何ぞや?死とは何ぞや?といった観念の遊びの相手をするほど、暇がなかったのです。厳しい生死の実践が国師の日常生活だったのです》。

わたしが最近、しきりに読書を勧めるのは、知識を増やすためではありません。知識を増やすことには何の意味もありません。知り得た知識を自分の思想信念にまで高め、一度しかない人生にどのように活かしていくかが大切なのです。これを活学、人間学といいます。人間、どう生きるべきかということは、その人自身が考えることです。人に教えてもらうことではありません。しかしただ考えただけでは、どう生きるべきかということはわかりません。だから、読書をして知識を得ることが必要なのです。その知識を点から線へ、線から面へと体系化していくのです。その作業はその人自身がやるしかありません。教わりごとではないのです。知識が体系化されて、その人の心にしっくり嵌ればそれが見識となります。単なる情報が思想信念にまで高められるのです。知識が見識になれば、すなわち思想信念になれば、それは行動につながります。自らの思想信念に基づいて行動するようになるのです。その行動とは、厳しい生死の実践です。関山国師は一度しかない人生の刹那を本気で生きていた。だから「慧玄が会裏に生死無し」なのです。このような心境で生きることが、真に人生を全うすることではないでしょうか。

ここまで書いて時計の針を見ると、17時半近くです。朝寝坊したため書くのが夕方になってしまいました。今日は郡内に出張してきました。二件の企業を訪問しました。午前中はコーヒーとお茶を頂きました。ご馳走さまです。有り難うございます!お昼はファミレスですませました。食後にたっぷり読書することができました。安岡正篤著「禅と陽明学−下」です。かなり難しいですが勉強になります。有り難うございます!午後伺った企業でもコーヒーを頂きました。ご馳走さまです。有り難うございます!今日は雨が降っています。写真は郡内から甲府に戻る途中で撮影しました。

家に戻ったのは16時半でした。それから日記を書いていたのです。明日からはちゃんと早起きするようにします。今日はちょっと骨休みをしたいと思います。早起きできるために早く寝ます。今日も充実した一日でした。有り難うございます!

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2005.3.24(火) 昨夜かなり早く(21時前)寝たのですが、目覚ましをセットし忘れて目が覚めたのは5時前でした。 結局早起きできませんでした・・・。気を取り直してさっそく玄関先に行きました。東の空はまだ暗いのですが、愛宕山の稜線は確認できます。その東の空を背景にした愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって、「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!居間に戻って新聞を読みます。その後、 軽く読書をしてから、朝風呂と洒落込みました。朝風呂はなんとも気持ちがいいものです。ちょっと、贅沢かも知れませんが、わが家は二十四時間風呂なので、いつでもお風呂に入れます。湯船に浸かって般若心経を読経しました。心が落ち着きます。こういう静かな時間を一日一度はもちたいものです。お風呂から上がり、仏間の仏壇にお線香をあげて、チーンと鳴らしてから、「ご本尊さま、ご先祖さま、おはようございます。今日もみんな幸せでした。そして長生きできました。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!それからご飯を食べました。もちろん、BGMは般若心経です。下の息子と一緒に合掌して「いただきます」と唱えてから、 ご飯とみそ汁、大根おろし、海苔、アジの開きという正しい日本人の朝ご飯をいただきました。美味しかったです。ご馳走さまです。有り難うございます!7時半に事務所に向かいました。

松下幸之助は「協調性を保つ」と題して 「みなさんが、それぞれの会社の社員である以上は、多数の同僚と相接して仕事をしなければならないということになりますから、人の立場を重んじない、いわゆる協調性の少ない人は困ると思うのです。自分はこう思うが、あの人はああ思うのだな、それも一つの考え方だろうな、というように人の言には耳を傾ける、というところに協調性が成り立つのです。もちろん、自己というものを卑屈にして協調せよというのではありません。けれども自己にとらわれた主張は協調性を欠きます。この点は、どのような立場にいようと考えなければならない、非常に大事な問題ではないかと思います」と話しています。

協調性を欠いている人は、仏教でいうところの「煩悩妄想(もうぞう)」が大きい人です。ほかの人の考え方を受け入れられないということは自分の考え方に固執していることであります。そういう人は、「おれがおれが」という自我(煩悩妄想の最たるものが自我です)が強く、自分の思い通りに事が運ばないとイライラするのです。「煩悩妄想」の正体は「無明」です。人間は、他の動物と異なり、天地宇宙の意思のみで生きている(本能だけで生きる)のではなく、自ら考え行動することを与えられた唯一の存在であり、だから万物の霊長というのですが、それ故、どのように生きていけばいいのかという方向性を失いがちなのです。

人間というのは、灯りが無く真っ暗闇の中にポツンと立っているような存在なのです。そして、これを「無明」といいます。「無明」であるから、「身口意(しんくい:身体と口と心)」が動かされ、さまざまなことをする。それを「行(ぎょう)」といいます。さらに目や耳などの感覚器官である「六入(ろくにゅう:眼耳鼻舌身意-げんにびぜつしんい)」を「六境(ろくきょう:色声香味触法-しきしょうこうみそくほう)」という情報が刺激します。これを「触(しょく)」といい、これを「受(じゅ)」という感受作用となり、すなわち外界の情報を現象として感覚器官が受け取るのです。そして、感覚器官が現象を受け取ることにより生ずるのが「愛(あい)」です。その「愛」に執着するのが「取(しゅ)」であり、これは渇愛のことをいいます。「もっともっと」とひたすら求める醜い心のことです。そしてそれが行き着くのが「有(ゆう)」で、これは所有、独占することです。今の世の中は、この所有、独占に明け暮れているわけです。これこそまさに無明の極みであり「煩悩妄想」のなれの果ての姿なのです。毎日、新聞を賑わしているライブドアの騒動などは「煩悩妄想」以外の何ものでもありません。ライブドアを時代の寵児だなどと論するのは、愚論以外の何ものでもありません。

さて、そのように、人間というのは「無明」であるが故に、「あれもほしい、これもほしい」という「煩悩妄想」に振り回されてどんどん堕落していくのですが、しかし誰もが天地宇宙から尊い命を与えられた存在です。具体的には母親の胎内からこの世に生まれてきます。これを「生(しょう)」といいます。しかし生まれた瞬間から苦しみが始まります。それは人間というのが「無明」であるからです。「無明」であるが故に、あちこちを彷徨い艱難辛苦に耐え、それぞれの人生を彩っていくわけですが、誰もがやがて老い、病気になり、あるいは事故に遭い、死んでいきます。これが「生(しょう)」と「老死(ろうし)」です。これらの連続した因果関係のことをお釈迦さまは「十二因縁」と名付けたのです。

禅語に「野火焼けども尽きず、春風吹いて又た生ず」という言葉があります。これは「煩悩妄想」とどうやって向きあるべきかを示唆したものです。以下、細川景一著「白馬蘆花に入る〜禅語に学ぶ生き方」(禅分化研究所)から抜粋・引用して、この言葉を学んでいきます。

《中国唐代の有名な詩人、白楽天の「古原草(こげんそう)を賦し得て別を送る」という詩の一節です。「離々(りり)たり原上(げんじょう)の草(くさ)、一歳(いっさい)一(ひと)たび枯栄(こえい)す、野火(やか)焼けども尽きず、春風(しゅんぷう)吹いて又た生ず」---「離々」とは草の生い茂るさま、「野火」とは野を焼く火、青々と茂った野原の草も、一年に一度、栄えてはまた枯れます。冬になると野火で焼かれて灰燼(かいじん)に帰してしまうけれど、不思議に根だけが生き残って、三月、春風に吹かれて、また芽を出し、青々と茂ります。生身の肉体(からだ)を持つ私たちは、生命のある限り、憎い、可愛い、欲しいというような本来的な欲望(心の働き)から逃げ出すことはできません。いま、その心の働きを煩悩妄想というならば、私たちは毎日、次から次へと煩悩妄想に押し寄せられています。煩悩妄想をいくら追い払っても、切り捨ててもまた、襲ってきます。まさに「野火焼けども尽きず、春風吹いて又た生ず」です》。

《禅では煩悩妄想がすなたち菩提(ぼだい)、悟りであるとよくいいます。しかし、煩悩妄想がそのまま、ストレートに悟りというのではありません。煩悩を転じて悟りに至るのです。煩悩妄想が悟りの種子(たね)になるのです。煩悩妄想をいったん断ち切り、否定し尽くして、初めて煩悩即菩提、現実即理想といえるのです。否定し尽くすためには、それは血のにじむような修行が必要です。禅は理屈ではありません。あくまでも実践、体験です》。

《六祖慧能(えのう)禅師と並び称せられる神秀(じんしゅう)禅師の偈(げ)に、「身は是れ菩提樹、心は明鏡台(みょうきょうだい)の如し、時々(じじ)に勤めて払拭(ふっしき)して、塵埃(じんあい)をして惹かしむること勿(な)かれ」---われわれの身は悟りの実を結ぶべき樹である。われわれの心は本来清浄(しょうじょう)にして明鏡のように輝いています。しかし、煩悩妄想のために尊い身を汚し、美しい心を曇らせています。故に煩悩妄想を払って、いつも清浄であるように心がけなければならない。毎日毎日が修行であれ---。煩悩即菩提と大ボラ吹いて感情のままに走る事大に「時々に勤めて払拭して、塵埃をして惹かしむること勿かれ」の語は、心して聞くべきではないでしょうか》。

煩悩妄想に振り回されることなく、血のにじむような修行を重ねて、いつも清浄な心を保つ、こういう生き方こそが、人間本来の生き方なのです。煩悩妄想を追い求めるいまの社会の在り方ではたして本当にいいのだろうかと、そろそろ真剣に考えなければいけません。

ここまで書いて時計の針を見ると9時半を指しています。ちょっと用事ができたため、今は自宅に戻っています。しばらくしたら、また事務所に向かうつもりです。それまで本を読んで過ごします。そして事務所に行きました。仕事をしました。締めきり間近の仕事です。切りがついたところで家に戻り昼食を食べました。そしてまた事務所に行きます。まずは読書をしました。安岡正篤著「禅と陽明学−下」を読破しました。難しい本でしたが、勉強になりました。有り難うございます!そしてまた仕事です。時間が掛かります。気が付くと23時を回っていました。今日はこれで店じまいにすることにしました。やれやれです。有り難うございます!明日は駅前掃除です。早く寝ることにします。 写真は事務所の光景です。今日も充実した一日でした。有り難うございます!

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2005.3.25(金)  昨夜も寝たのが24時半と遅かったのですが、目覚ましの音で何とか5時には起きられました。さっそく玄関先に行き、愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます! 居間に戻って新聞記事に目を通します。今日は駅前掃除の日です。6時ちょっと前に家を出て甲府駅前に向かいました。すでに生き方塾のSさんが来ていました。さすがです。しばらくすると夢甲斐塾3期生のMさん夫妻がやってきました。やがて同じく3期生のSさんが合流しました。今日もこれだけしか集まりませんでした。最近参加者が少なくて寂しい気がします。それにしても風が強くてゴミがほとんどありません。強風で吹き飛ばされてしまったようです。しかし、たばこの吸い殻はしっかりと落ちていました。掃除のあとはいつものファミレスで意見交換兼食事をしました。

今日も華ちゃんが可愛かったです。おでこのキズがご愛敬です。昨日転んだとのことでした。生き方塾のこと、夢甲斐塾のこと、講演会のことなどを話しました。楽しいひとときでした。有り難うございます!Mさんが写真を撮ってくれました。有り難うございます!

家に戻って周辺の掃除をしてから、仏間の仏壇にお線香をあげて、チーンと鳴らしてから、「ご本尊さま、ご先祖さま、おはようございます。今日もみんな幸せでした。そして長生きできました。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!それからHPを更新しました。今日も一日内勤です。せっせと報告書を作成します。

松下幸之助は「権限の委譲」と題して「一人の人間の力というものはどうしても限りがある。その限りある力以上のことをしたり、させたりすれば往々にして失敗する。力にあった適正な範囲で事を行うのが一番よいのであって、その事が力に余るようであれば、それを分割して何人かの力によって行わせることが望ましい。指導者としては、仕事を適切な大きさに分け、その分野については責任と権限を委譲して、各人の力に応じた仕事を徹底してもらうことを考えなくてはならないと思う。それぞれの責任範囲をはっきりさせることによって、仕事にムダがなくなり、能率もあがるようになるのである」と話しています。

経営者というものは、いろいろと悩みが尽きないものであります。とくに部下の人心をどのようにして安定させるかということは、経営者のもっとも悩むところだと思います。部下の人心を安定させるためには、やはり部下を信頼することであり、任せるべきところは任せるという権限の委譲をうまくやれるかどうかに、かかっているのだと思います。では、部下を信頼するということは、どういうことであるか。これがまた難しいところでありますが、その根本を考えると、部下が経営者の哲学をどこまで理解しているか、ということだと思います。その理解度に応じて、任せるべきところは任せるというのが、経営者としての大局的な判断の基準になろうかと思います。部下というのは経営者の分身です。経営者の哲学をどこまで理解して、実行してくれるか。それを見極めるのが経営者の究極の役割といっても過言ではないでしょう。どこまで、部下の人心を掌握できるかが経営者としての優劣を決めるということです。そしてこれは、経営者に限らず、すべての指導者に当て嵌まることだと思うのです。

これを仏教に喩えれば、仏教の根本思想を僧から僧へといかに伝道させていくかということであります。経営者の哲学を部下にいかに伝道させていくべきかという大きな課題を考えるときに大いに参考となる「春風に悩乱して卒(つい)に未だ休せず」という禅語があります。以下、細川景一著「白馬蘆花に入る〜禅語に学ぶ生き方」(禅文化研究所)から抜粋・引用して、その課題をどうやって解決したらよいのかを学んでみることにしましょう。

《「春風に悩乱して卒(つい)に未だ休せず」。唐の末期の詩人、羅隠(らいん)の柳を頌(じゅ)した詩の一節です。「悩乱」とは、悩み乱れること、「春風」とは春の風ですが、ここでは煩悩妄想と見るべきです。「花に嵐」といわれるように、花が咲き乱れる頃は春風の強い日が多いものです。春風に吹かれて、せっかく咲いた花が散ってしまいはしないだろうか。もう明日は見事な花を見ることはできないのではないだろうか、と心が千々(ちぢ)に乱れて、悩みが尽きないというわけです。しかも、花も実もある青春時代の頃ならともかく、人生の幾山河を乗り越えて来て、もう終点間近の老熟の域に至っていても、まだ心の安まることができない。悠々閑々、静かな心境で過ごすことのできないことを、「卒(つい)に未だ休せず」と頌したのです。消そうとしても消すことのできない煩悩の炎を、深い悲しみをこめて、「春風に悩乱して卒に未だ休せず」と頌したのです》。

《大応(だいおう)国師の言葉にあります。一人の僧が釈尊の涅槃(釈尊の死)についてたずねるのに答えます》。

師乃(すなわ)ち云わく、「・・・釈迦老子、此の時節に於いて、百花叢裏(ひゃっかそうり)に渾身を蔵(かく)し得たり。然(しか)も是(かく)の如くなりと雖(いえど)も、覚えず、脚露(あしあら)われて直(じき)に如今(にょこん)に至るまで収不得にして、春風に悩乱して卒(つい)に未だ休せず」。

《---釈尊が涅槃に入られたのは、決して滅し去られたのではない。釈尊は咲き乱れた花の中に、また、青々と茂った草叢(くさむら)の中に、全身をお隠しになったのです。しかし、頭隠して尻隠さず。たちまちに馬脚を顕して、今に至るまで収まることができないのです。釈尊は今なお、諸国を行脚して、私たちに説法をし続けておられるのだ---》。

《どんな道でも、その道の深奥(しんおう)を極めることができれば、その道の創始者、開祖、祖師方と親しく接し、同一の眼で見、同一の耳で聞き、同一の舌で味わう消息を得ます。それは、開祖、祖師方が縁のない過去の人ではなく、今なお、私たちのために説法し続けておられる、今なお、私たちと一緒に修行中であるというのです。道を得た感激が深ければ深いほど、祖師方の健在ぶりが納得できるのです》。

「春風に悩乱して卒に未だ休せず」。春風に吹かれて、せっかく咲いた花が散ってしまいはしないだろうか。もう明日は見事な花を見ることはできないのではないだろうか、などと悩む前に、経営者としての哲学をしっかりと確立することが肝要です。その経営哲学を部下に伝え、それがどこまで部下に伝わったのかを見極め、任せるべきところは任せて経営者と部下が一体となることで、次世代に移行しても、今なお、先代が部下たちのために説法し続けているような企業風土を創出することが、経営者としての役割、使命、天命だと思うのです。

9時過ぎに事務所に行きました。まず読書です。そういえば書くのを忘れてましたが、昨日仕事の合間に小島直記著「伝記に学ぶ人間学」を読破しました。いい本でした。伝記の読み方がわかりました。有り難うございます!そして今日は安岡正篤著「佐藤一斎『重職心得箇条』を読む」を読み始めました。薄い本なのですぐに読み終えそうです。それから仕事に取り掛かりました。報告書の作成です。切りがついたところで自宅に戻り昼食を頂きます。そして読書です。安岡正篤著「佐藤一斎『重職心得箇条』を読む」を読破しました。これで今月11冊目です。繰り返し読みたい本でした。有り難うございます!そして事務所に戻ります。報告書を作成します。完成したのは19時を回っていました。やれやれです。有り難うございます!家に戻って着替えてからベルクに向かいました。今日は創業塾の打ち上げがあるのです。ベルクに到着したのは20時ちょっと前。駐車場が車で一杯です。送別会の季節なのです。打ち上げは、Sさん、Aさん、Mさん、Iさん、Oさんとわたしの六人で行いました。料理を堪能しました。美味しかったです。有り難うございます!いろいろと話が弾みました。楽しかったです。有り難うございます!

Iさんが写真を撮ってくださいました。有り難うございます!そして、みなさんにご馳走になってしまいました。恐縮です。有り難うございます!さらに、みなさんからプレゼントをいただきました。これには本当に感激しました。嬉しい限りです。有り難うございます!家に戻ったのは23時を回っていました。本当に楽しい一時でした。創業塾のみなさま、本当に有り難うございます!

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2005.3.26(土)  昨夜24時半前に布団に入ったのですが、なかなか寝付けませんでした。おそらく寝たのは25時半頃だと思います。5時に目覚ましが鳴りましたが、土曜日なので寝坊することにしました。そして6時半前に布団から出ました。さっそく玄関先に行きました。東の空 は日の出直前です。爽やかな東の空を背景にした愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって、「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!居間に戻って新聞を読みます。仏間の仏壇にお線香をあげて、チーンと鳴らしてから、「ご本尊さま、ご先祖さま、おはようございます。今日もみんな幸せでした。そして長生きできました。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます! その後、ちょっと読書をしました。森信三著「人生二度なし〜悔いなく生きるために」です。素晴らしい本です。学ぶところが山ほどあります。有り難うございます!それから朝ご飯を食べて8時半前に事務所に向かいました。

松下幸之助は「見えざる契約」と題して「今日、何千万人という需要者の方がたは、生活を豊かにしていくために物が欲しいというとき、それが現実に手に入らなければ、非常に不自由な思いをせざるを得ないでしょう。私たちはあらかじめそういうことを予期して、万般の用意をしておかねばなりません。それはいわば、私たちと大衆との見えざる契約だと思うのです。別に契約書があるわけではありませんが、私たちはこの見えざる契約、声なき契約をよく自覚する必要があります。そして、その契約を遂行していくために、常日ごろから万全の用意をしておくことが、私たち産業人に課せられた、きわめて大きな義務であり責任だと思うのです」と話しています。

松下幸之助が逝去したのは1989年4月、享年94歳でした。現在は2005年3月ですから、それから16年の歳月が流れたことになります。松下幸之助が現役を引退して相談役になったのが80歳であり、それは1973年のことです。その時から起算すると32年の歳月が流れているのです。1973年というのは昭和48年であり、わたしは中学生(14歳)の時でした。当時を振り返ってみると、わたし達日本人は生活を豊かにしていくことを第一義としており、次から次へと販売される家電製品を求めて生活はどんどん豊かにそして便利になりました。そういう需要者の要求を満たすために、次から次へと新たな製品を世に送り出すことは、当時としては、それが産業界の義務であり責任だったと思います。しかし、今、これだけ豊かになった日本において、それが義務であり責任であるということはできないと思うのです。

地球は今、環境問題という大きな課題を背負っております。日本のように豊かになった先進国を目指して、後進国が経済成長を図っておりますが、そういう際限のない経済活動が地球環境に与える影響は計り知れず、わたし達人類は、地球温暖化のような極めて難しい、そして深刻な問題に直面しているわけです。「見えざる契約」を遂行していくということは、わたし達人間の際限のない煩悩妄想を肥大化させていくことであり、21世紀というのは、物質文明を追求した20世紀の流れを変えなければいけない時代だと思うのです。

ひたすら物質文明を追求している今の人類の在り方に警鐘を鳴らす言葉として「六月に松風を買わば、人間恐らく価無からん」という禅語があります。以下、細川景一著「白馬蘆花に入る〜禅語に学ぶ生き方」(禅文化研究所)から抜粋・要約して、本来の人間の生き方について学びます。

《「六月に松風を買わば、人間恐らく価無からん」。日本特有の腹立たしくなるほどの蒸し暑さのさなか、どこか夕立でもあったのか、涼しい一陣の冷風が松の枝々を縫って、そよそよと吹いてきた・・・。この言うに言われぬ涼しさ、清々しさ、心地よさ、誰でも一度は経験したことがあると思います。いかに精巧な冷房装置や扇風機でも、味わうことのできない風情です。この松風の「ありがたさ」は、たとえ幾千万のお金を出しても買えない、ただ自然のみが施すことができる恵みであるというわけです》。

《近頃、家庭や職場に、クーラーなどが普及して、涼味を人工的に求めることが多くなっていますが、その反面、神経痛、冷え症の人がたいへん増えて、問題になっていると聞きます。お米や果物などは、徹底した夏の暑さに恵まれないと実りも悪いし、甘味も少ないといわれます。人間もまた然り。暑いからといって安易にクーラーなどに涼を求めすぎるから、体に変調をきたすのではないでしょうか。暑いときには徹底的に汗を流して、暑い暑い!それでいいのではないでしょうか。自然の暑さに耐えた人間ほど、一陣の松風にも新鮮な感激をもって喜ぶことができるのです》。

《文明の利器に慣れてしまって、自然の一挙手一投足のたたずまいを振り返る心の余裕と、自然に対する謙虚さ、自然に感謝する心を失いがちです。私たちはこの句に参じて、「一陣の松風、実に涼し」だけではなく、一陣の松風に「価無からん」と千金の価をつけた心意気から、自然に対する心の余裕と謙虚さを、取り戻す必要があるのではないでしょうか》。

《「よく見ればなずな花咲く垣根かな」と、芭蕉の句にもあるように、大噴火、大地震、大風だけが自然の吐いた意見ではありません。よく見れば、自然の意見はどこにもあります。自然の意見が聞こえれば、私たちの人生も、自ずから違ったものになるのではないでしょうか》。

「よく見ればなずな花咲く垣根かな」。いい句です。実に味わい深い句です。何気ないようでいて、実に奥深いものを感じます。物質文明を追求するあまり、わたし達はこのような自然の意見を聞く能力がどんどん低下しているのです。しかし、人間は自然の一部なのです。物質ではないのです。物質に囲まれて暮らすのと、自然に囲まれて暮らすのと、どちらが人間に適しているか。分かり切った話ではないのでしょうか。まったく物質がいらないということではありません。ものには限度があるということです。「少欲知足」ということが求められるのです。21世紀という時代は今の延長線上には存在しません。「六月に松風を買わば、人間恐らく価無からん」という句は、「涼風をエアコンで買うような暮らしをしていれば、人間として生まれてきた価値は無い」と解釈することもできます。過度な物質を取り除き、自然と共生する在り方が人間らしい生き方なのです。

ここまで書いて時計の針を見ると10時半を指しています。今日も一日内勤です。続けて、明日の日記に掲載する随筆を書いてしまいます。昼前に明日の随筆も書き上げることができました。これで楽になります。有り難うございます!続いて、週刊メッセージも作成しました。そしてこれも完成しました。やるべきことはやりました。有り難うございます!家に戻ったのは13時前でした。家族でお昼ご飯をいただきました。今日から息子どもは春休みなのです。

その後読書をしました。森信三著「人生二度なし〜悔いなく生きるために」です。やはり、いい本です。心に染みます。有り難うございます!14時過ぎに事務所に戻って報告書を作成しました。年度末はいろいろな報告書を作成しなければなりません。夕方には完成しました。やれやれです。有り難うございます!そして森信三語録「心魂にひびく言葉(寺田一清編述)を読み始めました。森信三さんの名言を取り上げて、寺田一清氏が解説している本です。これも素晴らしい本です。有り難うございます!家に戻ったのは18時前でした。 お風呂に入って着替えてから、お世話になった飲み屋さんに行きました。今日で閉店するとのこと。寂しい限りです。最後の晩餐ということで、お酒と料理をいただきました。ゆっくりしたかったのですが、明日の朝は坐禅会のため早めに切り上げてきました。いろいろとお世話になりました。有り難うございます!

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2005.3.27(日)  目覚ましの音で4時半に目が覚めました。さっそく、玄関先に行き、うっすらと稜線が確認できる愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます! 居間に戻って、新聞記事に目を通しました。

松下幸之助は「百年の計を立てる」と題して「終戦後、日本が大きな経済発展を遂げてきたということは確かに事実ですが、それが果たして真の経済発展であるかどうかというと、いろいろ疑問があります。少なくとも、二十年なり三十年前に、二十年後、三十年後の日本をこういう状態に持っていくんだという計画を立てて取り組んだのではなく、いわば無我夢中で働き、ハッと気がついたら経済大国になっていた、というのが実情だという感じがします。しかしここへきて、今後ともこういう状態ではいけない。本当に永遠に通じるような正しい哲理哲学のもとに、大きな理念を打ち立てて、そして百年、二百年の計を立てる時期にきていると思います」と話しています。

わたしが提唱する「心の経営」では、できれば、百年先を思い描いて経営理念を打ち立てる、ということをやっていただきます。そんなことを言うと、経営者の中には「明日の事すらわからないのに、百年先の事など思い描けるわけがない」ということを言う人がいますが、「明日の事すらわからない」のでは、経営とはいえません。そういうのは運営といいます。経営ではありません。経営というのは未来を予測して、それに適合していくためにはどういう方向に進んでいけばいいのかを明らかにすることであり、そのベクトルのもとに、戦略を立てて、今為すべきことを明らかにして、組織を固めて従業員を指揮していくことをいいます。

なぜ百年先の未来予測なのかというと、百年先には自分が存在していない、すなわち死んでいるからであります。百年先のことを思い描くというのは、自分が死んだ後のことを想像するということです。すなわち、経営者の私利私欲を完全に拭い去って、その企業が社会にどのように貢献していくべきなのかを定義すること、企業として在るべき理想的な姿を言葉にすることが、百年先を思い描いて経営理念を打ち立てるということなのです。

別の言い方をすれば、企業としての在るべき「大義」を打ち出す、ということです。心の経営が目指すのは「利は義の和なり」という経営です。利益を追求するのではなく、大義、正義を追求するのです。大義、正義とは、企業活動を通じて社会に貢献することに他なりません。大義を立てて、それに基づいて社会に貢献する。そして、その結果として利益があると考えるのです。「巌谷(がんこく)に松を栽(う)う」という禅語があります。以下、細川景一著「白馬蘆花に入る〜禅語に学ぶ生き方」(禅文化研究所)から抜粋・要約して「百年の計を立てる」、「百年先を思い描く」、「大義を打ち出す」ということを学んでいきます。

《あるとき、臨済禅師は一生懸命松を栽(う)えています。そこへ、のこのことやってきた黄檗(おうばく)禅師が、「どうした!こんな深山幽谷の松や杉の木が一杯茂っている所で、わざわざ松の苗を栽えてどうするのか」と質(ただ)します。臨済、答えていわく、「一つには山門の境致とする、すなわち将来この木がどんどん大きくなって、いよいよ修行道場にふさわしい幽邃(ゆうすい:静かで奥深いこと・さま)な境地とするために。二つには後人の標榜とする、すなわち、二百年、三百年後、大樹となった松が人々の目印しとなるために」と言い終わって、その鍬(くわ)を持って地を打つこと三下(さんげ)---トン、トン、トンと三回大地を叩きます》。

《水上勉(みなかみつとむ)作の『桜守(さくらもり)』という小説を読んだことがあります。その後半で、富山県にそそぐ荘川(しょうがわ)の上流にある御母衣(みほろ)ダム工事のために水没する村の話があります。水没する三百余戸の菩提寺の境内に樹齢四百年近い桜の木があり、その木の高さは三十メートル、幹周りは六メートル、重さは四十トンもあろうかと思われる老桜木でした。時の電源開発公社の総裁、芹崎哲之助氏は、その巨桜が湖底に没するのが忍びなく、たとえ何百万円の金を使おうとも、また、世間の猛反対を受けようとも、必ずこの巨桜だけは移植して救おうと決心します。彼にしてみれば、巨桜を救うことによって、水底に没する人々の心をも救えると信じたからなのです。その難工事を竹部庸太郎翁に頼みます。翁は芹崎氏の老桜の命を助けようとする熱心さに打たれ、途方もない難工事を引き受けます。しかし、地元民からは、移植する費用が何百万円もあるなら水没する人々の補償に当てろ!と反対され、植物学者や植木屋さんからは、枯死寸前の桜を移植するなど愚挙だと冷笑されます。しかし、竹部翁はそう思わなかったのです》。

桜の移植は、それほど愚挙だろうか。むしろ、祖先の土地、幼児から愛着をもってきた村だからこそ、菩提寺の庭に育った桜を移植したいのである。四百年近くも生きてきた桜であればこそ、村の魂ではないのか。あの巨桜は、いま水没反対を叫んでいる人たちよりも古く生き、長い間、荘川の流れを眺めてきているはずだった。大事にしなければならないのが生命だとしたら、あの桜こそ大切ではないか。(新潮社『桜守』より)

この芹崎氏や竹部翁が抱いた思いが「百年の計を立てる」、「百年先を思い描く」、「大義を打ち出す」ということです。百年先を思い描いて「大義」を打ち出す。その「大義」に基づいて計画を立てて社会に貢献する。それが心の経営です。わたし達は、ともすれば『桜守』の地元民のように老桜の命を救うよりも、それにかかるお金を補償に当てろ!と「金、金、金」で考えがちです。義よりも利を優先してしまうのです。たしかに、その時はそれでいいのかもしれません。しかし、長い目で見たときに、はたしてそれでいいのでしょうか。利を優先する行為は、巡り巡って人から怨まれることになります。一時的に利益を得ても、長い目で見れば損失となるのです。それに対して、義を優先する行為は、一時的には損失が出ても、長い目で見れば必ず利益が得られるのです。

家内と一緒に5時40分に家を出て円光院に向かいました。この時間になるとすっかり明るくなりました。春を実感できます。やはり早い時間に起きるようにすると、自然の中で生きていることを実感することができます。有り難うございます!

円光院に到着しました。事前の準備をします。足を組むとやはり痛いです。まだ足の形が坐禅向きになっていないのです。今日は恵林寺の老師がお見えになって参禅が行われます。坐禅が始まると同時に「チリリーン」と鈴が鳴ります。参禅をされる方は席を立って老師のいらっしゃる部屋に向かいます。わたしもいずれ参禅したいと思っていますが、まだちょっと早いと思っています。坐禅のほうは先週に比べると今一でしたが、まぁまぁ坐れたほうだと思います。1時間の坐禅を終えて、老師を交えての読経を行いました。武田住職の読経は厳かです。素晴らしい雰囲気の中で般若心経を読経できました。こんなに気持ちがよく読経できたのは初めてです。有り難うございます!その後、碧巌録をテキストに老師の提唱がありました。碧巌録は奥深いです。勉強になりました。有り難うございます!8時からは茶礼です。お茶をいただきました。美味しかったです。ご馳走さまでした。有り難うございます!みなさんからお話しをいただきました。いつものように和やかな雰囲気です。有り難うございます!

家に帰ったのは9時を回っていました。ご飯をいただきます。美味しかったです。坐禅会のあとにいただくご飯は最高です。ご馳走さまです。有り難うございます!午前中はちょっとのんびりすることにしました。本を読んだり、横になったりして過ごします。お昼を食べてから仕事に取り掛かることにします。ちょっと、こういう生き抜きも必要なのです。有り難うございます! 森信三語録「心魂にひびく言葉(寺田一清編述)」を読みました。森信三師は実践を重視した哲学者です。凄いです。こういう凄い人がいるのです。致知出版社の本は素晴らしい本が揃っています。大変に勉強になります。有り難うございます!

午後から事務所に行きました。ある報告書を作成しました。なんとか完成させました。やるべきことはやりました。有り難うございます!そして、森信三語録「心魂にひびく言葉(寺田一清編述)」を読みました。奥深いです。耳が痛くなることが沢山書いてあります。有り難うございます!家に戻ったのは19時です。そして今、HPを更新しています。これから晩酌しながら義経を見ます。今週は金八先生を見られなかったので、初めて見るテレビです。有り難うございます!

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2005.3.28(月)  4時に目覚ましが鳴りましたが、ぐずぐずしていたら、また寝てしまい、気がついたら6時前でした。また寝坊だ・・・。気を取り直して玄関先に行きました。今日は曇りです。愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって、「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!家に入り、仏間の仏壇にお線香をあげて、チーンと鳴らしてから、「ご本尊さま、ご先祖さま、おはようございます。今日もみんな幸せでした。そして長生きできました。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます! それから、般若心経を読経しました「観自在菩薩、行深般若波羅蜜多時、照見五薀皆空、度一切苦厄、舎利子、色不異空、空不異色、色即是空、空即是色、受想行識亦復如是・・・・」。下の息子が起きてきました。生活信条を唱えます。「一日一度は静かに坐って、身体と呼吸と心を整えましょう・・・」。手と手を合わせて「頂きます」と合掌してから、朝ご飯を食べました。ご飯と大根と豆腐のみそ汁、大根おろしにアジの開き、海苔の佃煮という正しい日本人の朝ご飯です。ご馳走さま。美味しかったです。有り難うございます!あれこれ済ませて事務所に行きました。

松下幸之助は「身を捨てる度胸」と題して「人生というものには、いろいろな問題があります。しかし、それらのことも過ぎ去ってみると、あのときに迷わないでやってほんとうによかったな、というような場合が多いのです。そこが大事なところだと思います。ある場合には迷うこともあるでしょう。しかし、しょせん迷ってもお互い自分の知恵裁量というものは、ほんとうは小さいものです。だから、『これはもう仕方がない。ここまできたのだからこれ以上進んで結果がうまくいかなくても、それは運命だ』と度胸を決めてしまう。そうした場合には、案外、困難だと思っていたことがスムーズにいって、むしろ非常によい結果を生む、ということにもなるのではないかと思うのです」と話しています。

何事も「人事を尽くして天命を待つ」という心境で取り組めば、結果は案外うまくいくものです。仮に、人事を尽くすことができなくても、いい意味で「開き直って」事にあたれば、意外とうまくいくこともあります。あれこれと迷って取り組んだ場合と、天命を待つという心境で臨んだ場合とでは、その刹那にかけるパワーがまったく異なるのだと思います。あれこれ迷って取り組んだ場合には、たいしてパワーは発揮されませんが、真っ白な気持ちで望めば、普段のパワーを上回る力を発揮することができるのです。

もう十年近く前のできごとですが、わたしが診断士の二次試験を受けるときに、二週間前まではしっかりと勉強していましたが、職場で大変なトラブルが発生して、肝心要である試験直前の二週間が残業続きで帰宅が深夜になり、計画どおりに勉強をすることができませんでした。上司の理解もあり、試験の三日前からは有給休暇をいただけましたが、それでも勉強量としては不足しておりました。そういう状態で二次試験を受けたのですが、一次試験の勉強を含めて、やるだけやったという自負もありましたので、いい意味で「開き直って」試験を受けることができました。そのお陰で、二次試験も突破することができ、一次・二次ストレート合格の確率が三〜四%という難関試験に晴れて合格しました。そしてそれが今の仕事に、そのままつながっているのです。まさに、気持ち次第で、困難だと思われていたことをスムーズに達成することができたわけです。何を為すにも、人間というのは、気持ち次第でどうにでもなるのだと思うのです。

そのような心境を表した「放下著(ほうげじゃく)」という禅語があります。以下、細川景一著「白馬蘆花に入る〜禅語に学ぶ生き方」(禅文化研究所)から抜粋・要約して、この言葉を掘り下げていきます。

《「放下(ほうげ)」とは、投げ捨てる、放り出す、捨て切るの意です。「著(じゃく)」は命令の助辞で、放下の意を強めるために用います。「放下著」、すなわち煩悩妄想はいうに及ばず、仏や悟りまでも捨て去る、すべての執着を捨て去れ、すべてを放下せよ!というわけです》。

《『五家正宗賛』の趙州(じょうしゅう)和尚の章にある話です。あるとき、厳陽(げんよう)尊者という修行僧が趙州和尚に問います。「一物不将来(いちもつふしょうらい)の時、如何---私は長い修行の甲斐あって、煩悩妄想を断じ、自己本来の仏性を体得して無一物の消息を得ました。これから先、どう修行したらいいのでしょうか」。すると趙州和尚が答えます。「放下著」と》。

《厳陽尊者は一応、如何いたしましょうかと謙遜して聞いていますが、自分の無一物の境界(きょうがい)を見てくれといわんばかりの態度を看て取った趙州は、その無一物の境界も捨ててしまえとばかりに、「放下著」と一喝を浴びせたわけです。厳陽尊者は無一物の消息を得たのかもしれませんが、まだその無一物を誇示しようとする自我が残っています。「放下著」と一喝されても、まだその辺がわかりません。「既に是れ一物不将来、箇(こ)の什麼(なに)をか放下せん---私はすでに荷物を捨て切った無一物の境界です。何もありません。一体何を捨てろとおっしゃるのですか」。趙州和尚、最後に「放不下(ほうふげ)なら坦取し去れ---捨てることができなければ、その無一物を担(かつ)いで去れ」。ここで初めて尊者は気がつきます》。

《私たちは刻苦、血の涙で修行に修行を重ねて、ついに悟りを得ることができます。しかし、善はそれだけでは満足しません。さらに修行を重ねて、その悟りをも、その菩提をも捨て去る修行に打ち込みます。そして、迷いも、悟りも捨て切った洒々落々(しゃしゃらくらく)の消息を目指します。味噌の味噌臭さは上味噌にあらず、悟りの悟り臭さは上悟りにあらず、といわれる所以もそこにあります》。

禅語というのは、じつに味わい深いものです。何事もその刹那に集中して、「只管打坐」のごとく「ただ、それに取り組む」ことが「放下著」という心境だと思います。わたし達は、ともすれば「ああでもない、こうでもない」という煩悩妄想に囚われてしまいます。頭の片隅に「放下著」という言葉を入れておき、煩悩妄想が湧いたときに、「放下著」と自分で自分を一喝したいものです。

ここまで書いて時計を見ると、9時になろうとしています。すでに事務所にいます。今日は昼間から出張です。早めにご飯を食べて11時半頃には家を出ます。今から、その仕事の準備をします。10時半に家に戻り、HPを途中まで更新してから、早めの昼食をいただき、11時半に家を出て仕事先に向かいました。 仕事先に到着したのは12時20分と、約束の時間を5分ほど遅れてしまいました。申し訳ございません。担当者と一緒にヒアリング先に向かいました。上九一色村です。ヒアリング先でいろいろと話を聞きました。お茶とお菓子を頂きました。ご馳走さまです。有り難うございます!それから市川大門に移動しました。そこでまたヒアリングを行いました。いろいろと話を聞きました。そしてまたお茶を頂きました。ご馳走さまです。有り難うございます!写真は家に戻る途中で撮影しました。今日は一日雨が降っています。

家に戻ったのは18時半でした。そして今、日記を書いています。今日も充実した一日でした。明日は一日内勤です。報告書を作成します。がんばらずにがんばります。有り難うございます!

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2005.3.29(月) 4時半に目覚ましが鳴りました。10分ほどぐずぐずしてから布団から出ました。さっそく玄関先に行きました。今日も曇りです。愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって、「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!家に入り、仏間の仏壇にお線香をあげて、チーンと鳴らしてから、「ご本尊さま、ご先祖さま、おはようございます。今日もみんな幸せでした。そして長生きできました。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます! 新聞に目を通してから、本をまくり今日の日記に引用するところに付箋を付けました。そして朝ご飯を食べる前に生活信条を唱えます。「一日一度は静かに坐って、身体と呼吸と心を整えましょう・・・」。手と手を合わせて「頂きます」と合掌してから、朝ご飯を食べました。ご飯と 豚汁、海苔の佃煮、昆布の佃煮、沢庵という正しい日本人の朝ご飯です。ご馳走さまです。美味しかったです。有り難うございます!7時ちょっと過ぎには、着替えて事務所に行きました。 それから日記を書き始めました。有り難うございます!

松下幸之助は「給料は社会奉仕の報酬」と題して「給料というものは、自分の生活を営む上で当然必要であるから、働くことの一つの目的ではあろうが、もっと大事な目的を忘れてはならないと思う。それは自分の仕事を通じて、あるいはそのつとめた会社、商店を通じて、社会に尽くしていくと言うことである。いわば職業人として、産業人としての使命をよりよく遂行していくことである。大きな意味で言えば、人間としての使命を果たしていくことにも通じると思う。だから見方を変えれば、給料というものは、そのように仕事を通じて社会に奉仕貢献していくことの報酬として与えられるものとも考えられよう」と話しています。

やはり、仕事を通じて社会に貢献することが、人間としての本来の役割であり、それを大きくいえば使命、天命ということになるのだと思います。人間の活動を区分してみると、一日八時間睡眠時間を取るとすれば、生涯の三分の一は寝ていることになります。残りの三分の二のうち、半分近くは仕事をしており、残りの半分が家族と過ごしたり、趣味を楽しんだり、自己啓発を行ったりする時間に当てられるわけです。二度とない人生を充実させるためには、仕事を使命、天命と捉えて、仕事を通じて社会に貢献していこうとする意欲が必要なのだと思います。夢甲斐塾塾長・上甲晃先生が「天職は求めるものではない。与えられた仕事を天職に育てるものである」と言ったように、その仕事が合う合わないというのではなく、どんな仕事であろうと、それを天から与えられた使命、天命だと捉え、仕事の中に生きがいを見つけるような生き方をしたいものです。

哲学者の森信三先生は「幸福とは求めるものでなくて、与えられるもの。自己の為すべきことをした人に対し、天からこの世において与えられるものである」と言っております。まさしく、そのとおりだと思います。メーテルリンクの戯曲「青い鳥」で、チルチルとミチルの兄妹は、夢の中で幸福の使いである青い鳥を求めてさまよったが、翌朝目覚めて、我が家の鳥籠に青い鳥をみつけ、幸福というのは身近にあるということを知ったように、幸福というのはどこかにあるのではなく、自分の心が感じるものなのです。そして幸福を感じられるのは、自己の為すべきことをした人、すなわち仕事を通じて社会のお役に立てた人に与えられるのではないでしょうか。

森信三先生は「幸福とは、縁ある人々との人間関係を噛みしめて、それを深く味わう所に生ずる感謝の念に他なるまい」とも言っております。森信三先生に師事して「森信三語録〜心魂にひびく言葉」(致知出版社)を編述された寺田一清氏は、その本の中で、「幸福とは、縁ある人々との人間関係を噛みしめて、それを深く味わう所に生ずる感謝の念に他なるまい」という言葉を、森信三先生の「幸福論」の一つの結論だと書いています。以下、前掲書から要約して引用します。

《この語録は、先生の「幸福論」の一つの結論とも言うべきものです。幸福感の三大条件は、まず自己の「身心関係」で、一応健常な肉体と精神に恵まれているならば、幸せとして感受すべきでありましょう。たとえ身障者であっても、健常者以上に、幸せを満喫している数多くの人達がおられます。第二に「人間関係」での幸福感で、先生はつねづね、人やものやことをよく噛みしめ味わうことの大切さを力説されました。そして世評や人気に左右されず、自分の味覚や嗅覚で噛みしめ匂いを嗅ぎわけるよう説かれました。第三には、「仕事関係」の喜びです。仕事の大小を問わず、成し遂げた喜び、とりわけ一区切りとして一日の仕事を予定どおり完了した喜びについては、この世の極楽です、とまで仰せで、『仕事人間の面目躍如』とも申せましょう》。

わたし達は、「身心関係」において幸せを感受するということを忘れがちです。今、ここに、こうして生きていること、息をして、ご飯を食べて、話をして、仕事ができるということに感謝するということを忘れてしまっているのです。幸福を感じる第一歩は、わたし達が、天地宇宙に生かされているのだということを実感することだと思います。そういう実感があれば、自分だけでなく、あらゆる人々が尊い存在であると感じることができるのです。しかし、そういう実感がないから、「人間関係」において、「縁ある人々との人間関係を噛みしめて、それを深く味わう所に生ずる感謝の念」を感じることができないのです。両親がいたからこそ自分が存在しており、伴侶がいるから孤独でなく、子どもがいるから張り合いがあり、友人がいるから悩みを打ち明けられ、仕事を共にする人々がいるから仕事を通じて社会のお役に立てるのです。そのように、かけがえのない人と人との縁に感謝することができなくなったのが、今のわたし達ではないでしょうか。

「仕事関係」というのは、「身心関係」、「人間関係」を前提にして、人間としての使命、天命を実現するためにあるのだと思います。森信三先生は「世の中はすべて『受持ち』なりと知るべし」と言っておりますが、使命、天命というのは、その人のこの世における「受持ち」なのです。そして、この「受持ち」をまっとうして生きることが「人が生きる」ということではないのでしょうか。

最後にもう一つ、森信三先生の言葉を紹介します。

《人間として最も意義ふかい生活は、各自がそれぞれ分に応じて報恩と奉仕の生活にはいることによって開かれる》。

ここまで書いて時計を見ると、9時ちょっと前です。そろそろ仕事に取り掛かります。一日事務所で報告書を作成します。有り難うございます!ある報告書を完成させることができました。気がつくと13時を回っていました。けっこう時間が掛かりましたが、ほっとしました。有り難うございます!家に戻って昼ご飯を食べました。ご馳走さまです。有り難うございます!それから森信三語録「心魂にひびく言葉」寺田一清編述を読みました。そして読み終えました。素晴らしい本でした。森信三先生は実践の人です。ただの哲学者ではありません。頭が下がります。安岡正篤師とはまた違った意味で偉大なる人です。師と仰ぐべき方です。この先生の生活態度と自分とを比較すると情けないほど自分の駄目さがわかります。本当にいい本でした。有り難うございます!事務所に戻って、まずは、ちょっと読書をしました。森信三著「講話録〜真理は現実のただ中にあり」です。息子どもに読ませたいことが沢山書いてあります。すばらしい人です。こういう先生が沢山いたら間違いなく日本は変わっていくと思います。有り難うございます!

その後、ある事業の報告書を作成しました。切りがついたところで、車で出掛けました。年度末の事務的な手続きがあるのです。写真は車を走らせて仕事先に向かう途中で撮影しました。きれいや空でした。有り難うございます!手続きを終えて、知り合いの会社に寄りました。頼み事があったのです。快く引き受けてくださいました。助かりました。有り難うございます!家に戻ったのは20時前でした。そして今、日記を書いています。今日も充実した一日でした。有り難うございます!

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2005.3.30(水) 4時半に目覚ましが鳴るまえに目が覚めました。さっそく玄関先に行きました。うっすらと稜線が確認できる愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって、「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます! 居間に戻り新聞に目を通します。そして眠い目を擦りながら読書をしました。それから、お風呂に入ります。朝風呂です。眠気が徐々に覚めていきました。お風呂から出て仏間 に行き仏壇にお線香をあげます。チーンと鳴らしてから、「ご本尊さま、ご先祖さま、おはようございます。今日もみんな幸せでした。そして長生きできました。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます! そして朝ご飯を食べる前に生活信条を唱えます。「一日一度は静かに坐って、身体と呼吸と心を整えましょう・・・」。手と手を合わせて「頂きます」と合掌してから、朝ご飯を食べました。ご飯と しじみのみそ汁、焼き鮭、海苔の佃煮、昆布の佃煮、大根おろしという正しい日本人の朝ご飯です。ご馳走さまです。美味しかったです。有り難うございます!7時ちょっと過ぎに 事務所に行き、日記を書き始めました。今日も一日が始まります。有り難うございます!

松下幸之助は「引き下がる決断」と題して「やるべきときにやる、引くべきときに引く、いわゆるこの出処進退ということが、人間として、とくに経営者として一番大事なことではないでしょうか。たとえば、ある一つの仕事がもう一つうまくいかず、やめた方がいいとなった場合、そこにはやはり何らかの犠牲が伴います。世間からもいろいろな批判を受けるでしょう。また信用も失墜するかもわかりません。しかしそれを惜しんでいてはいけない。惜しんでいるとなかなかやめられない。やはりそういうものにとらわれず、やめるべきものはやめるんだという引き下がる決断をすることが経営者として大切だと思うのです」と話しています。

引くべきときに引けず、やめるべきときにやめられないのは、やはりそこに人間としての、あるいは経営者としての意地があるからだと思います。手前味噌の話ですが、わたしが主宰して立ち上げた協同組合山梨総合コンサルタントは現在解散手続きに入ろうとしております。この組合は以前新聞に何度か取り上げられ注目されたこともあり、また、一定の成果を出していたので解散すべきかどうか迷いました。組合を立ち上げたころは、「どうせうまくいかないさ」という陰口も耳にしておりましたが、順調な滑り出しで活動が広がっていきましたので、陰口を言った人々に対して内心「どんなもんだ」という気持ちもありました。ですから、解散するとなると「やっぱりうまくいかなかっただろう」と思われますし、解散することに対して批判や信用失墜ということも多少はあるだろうとも思いました。しかし、最近は仏教などの東洋思想を勉強をするようになったお陰で、そのような社会的な評価に対するこだわりのようなものがほとんどなくなりましたので、そういう周りの雑音を一切気にしないで解散することにしたわけです。人間としての、あるいは経営者として意地を通すことをやめたわけであります。

碧巌録に「浄裸々(じょうらら)、赤洒々(しゃくしゃしゃ)」という言葉があります。これは世間からの批判や信用失墜などに囚われない心境を表しております。以下、細川景一著「白馬蘆花に入る〜禅語に学ぶ生き方」(禅文化研究所)から要約・引用して、その心境を学んでいきます。

《浄裸々、赤洒々---「赤(しゃく)」とは、一糸も掛けず、一物も持たない、はだか、むき出しのこと。「洒々(しゃしゃ)」とは、はっきりとして清浄なこと。「浄裸々(じょうらら)」も赤洒々と同じく、まる裸の一点の汚れもないところをいいます。すなわち、見栄も欲も外聞も捨てて、少しも隠すところなく、人間としてありのままの素裸の状態を「浄裸々、赤洒々」というわけです。それは修行に修行を重ねて、一切を放下(ほうげ)して、純真無垢な赤子のような実に無邪気な消息です。赤子が「オギャー、オギャ−」と泣き叫ぶ姿を見てください。何の欲望も、何の野心もありません。迷悟、善悪、美醜、貧富、自也、是非、一切の分別心(あれこれとこだわる心)を離れて、文字通り天真爛漫、無念、無想、清浄無垢の素裸の世界です》。

生まれし子がしだいしだいに知恵づきて仏に遠くなるぞ悲しき(一休禅師)

《しかし、赤子の姿、そのままに大人になることはできません。目に見、耳に聞き、手に触れ、舌に味わい、知識を増し、分別心を逞しくし、余計なものがいろいろと付いてきます。名誉、財産、地位、主義など、余計な荷物も段々背負い込みます。これらへの執着を断ち切って、きれいさっぱりと投げ捨てた素裸の心を、浄裸々、赤洒々というわけです。夏目漱石は小説『草枕』の中で、「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ」といっています。この智、情、意地をさらりと流して、洒々落々(しゃくしゃくらくらく)、自由自在に生きたいものです》。

《江戸時代初期の曹洞宗の禅僧、桃水雲渓(とうすいうんけい)禅師は、寺も名誉も地位も捨て、乞食となって諸国を放浪します。何ものにも拘束されぬ自由自在の自然の生き方が好きだったのです。その桃水和尚を気づかって、二人の弟子が探索の旅に出ます。正月に出発して、秋ふける頃、やっと、京都清水寺の裏山で大勢の乞食にまじって生活する師を見つけ出しました。弟子たちは一緒に帰るように懇願しますが、桃水和尚は拒みます。さっさと放浪の行脚を続けます。弟子たちは必死でついて行きます。町々を乞食して行くと、一人の乞食が道端で死んでいました。桃水和尚、弟子たちに手伝わせて、遺体を埋め丁重に供養します。そして乞食が食べ残した雑炊をとり上げ、半分ほど旨そうに食べ、残り半分を弟子に与えて食べるようにすすめます。蠅がたかり悪臭が鼻をつきます。弟子たちは固辞しますが、桃水和尚「こんな食物が食べれないのでは、わしとともに行くことはできない」と叱咤します。弟子たちは目を閉じて一口、口に入れますが、たちまち「ゲェッ」と吐きだしてしまいました。弟子たちはついに師についていくことを諦め、桃水和尚は行脚の旅を続けて、「七十余年、快なる哉」と遺偈(ゆいげ)を残して、坐禅をしながら大往生しました。「休々々(きゅうきゅうきゅう)の処、亦た何かを休せん、喫茶喫飯(きっさきっぱん)、他に覓(もと)めず」と、休んで、休んで、休んで、休むことさえ休(や)めた処、渇けば茶を飲み、腹が空けば飯を食い、困(こん)じれば眠る、まる裸の自由自在の人間の生き方、これが乞食桃水の生き方です。桃水和尚の生涯、浄裸々、赤洒々といわなくて何といえましょう》。

わたし達には、とても桃水禅師のような生き方はできないと思いますが、名誉、財産、地位、主義など、余計な荷物を背負い込むことを出来る限り避けることはできると思います。義による人との縁を大切にして、損得勘定による人付き合いをしないように心がければ、自由自在に生きていくことができるのではないでしょうか。浄裸々、赤洒々という心境に少しでも近づきたいものです。

ここまで書いて時計を見ると8時半をちょっと回ったところです。今日は比較的短い時間で書き終えることが出来ました。有り難うございます!これから仕事に取り掛かります。報告書を仕上げることが出来ました。これで残りは二つとなりました。先が見えてきました。有り難うございます!12時半前に家に戻って、昼ご飯をいただきました。ご馳走さまです。有り難うございます!食後は読書です。森信三著「講話録〜真理は現実のただ中にあり」です。やはり、素晴らしい本です。実践の人です。理屈だけでは駄目だということが本当によくわかります。有り難うございます!そして事務所に戻ります。明後日の講演の準備と月刊コラムを作成しました。集中力が高まり両方とも完成させることができました。有り難うございます! 切りがついたので、夕方から出掛けました。

昨日と同じ理由です。知り合いの会社でお願いした資料をいただきました。お手数をおかけしました。有り難うございます!その資料を持って仕事先に行きました。お茶を頂きました。ご馳走さまでした。有り難うございます!帰りに馴染みの洋服屋さんタマヤさんに寄りました。和服のカタログをお借りしました。またコーヒーを頂きました。ご馳走さまです。有り難うございます!家に戻ったのは20時前です。そして今、日記を書いています。今日も充実した一日でした。有り難うございます!明日はコープやまなしの理事会です。お世話になります。有り難うございます!

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2005.3.31(木) 4時半に目覚ましが鳴るまえに目が覚めました。昨日と同じく早起きすることができました。有り難うございます!さっそく玄関先に行きました。うっすらと稜線が確認できる愛宕山に聳え立つ仏舎利塔に向かって、「おはようございます。今日も良い一日でした。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!

松下幸之助は「道は無限にある」と題して「お互い人間というものは、常にみずから新しいものをよび起こしつつ、なすべきことをなしてゆくという態度を忘れてはならないと思います。お互いが、日々の生活、仕事の上において、そういう心構えを持ち続けている限り、一年前と今日の姿にはおのずとそこに変化が生まれてくるでしょうし、また一年先、五年先にはさらに新たな生活の姿、仕事の進め方が生まれ、個人にしろ事業にしろ、そこに大きな進歩向上がみられるでしょう。大切なことは、そういうことを強く感じて、熱意をもって事に当たるという姿勢だと思います。そうすればまさに、『道は無限にある』という感じがします」と話しています。

人間とは、無限の存在である天地・宇宙が何億年もかけて最後に創り出した有限の存在です。一人ひとりの人生こそ有限ですが、無限である天地・宇宙の生成発展に寄与することができれば有限から無限の存在へと昇華することができます。大言壮語のようですが、わかりやすくいうと、人間というのは、常に自ら新しいものを求めて、為すべき事をなしてゆくという心構えがあれば「道は無限に開ける」ということです。逆に、そういうことに無頓着でその日暮らしのような人生を歩んでいる人は「道は一向に開けない」のです。自分が「道は無限に開ける」というような生き方をしているかどうかを検証するためには、過去の自分と今の自分を比較してみることです。過去に起こった出来事が今の自分にどのように影響しているかを考えてみることです。以下、わたしの過去十年間の歩みを振り返って、自分がどのように変わったかを検証してみます。

十年前(平成七年)--県職員をしており三十六歳でした。県庁職員として中小企業大学校に行かせてくれなかったことが当時はかなりショックでしたが、もしあの時に中小企業大学校に行かせてもらっていたら、その後、県庁を円満に退職することができなかったでしょう。また、必死になって受験勉強をすることもなく、経営コンサルタントとしての知識も生半可なものになっていたと思われます。今となれば、あの時、県職員として中小企業大学校に行かせてくれなかったことに心から感謝しております。

八年前(平成九年)--この年の四月に県職員を辞めて独立しました。三十八歳でした。きっかけは中小企業診断士の資格を活かせる職場に異動できないということでした。当時は、なぜ、自力で資格を取得したのに希望する職場に異動できないのだろうと悔しかったのですが、希望する職場に異動できなかったからこそ独立することができたわけです。しかも四十歳ちょっと前という絶妙なタイミングで独立できたのです。あの時、独立を思いとどまって県職員としてやっていくという決断をしたら、タイミングを逸してその後独立することはできなかったと思います。そして、今でも県職員として凡庸に生きていたと思います。ですから、今となれば、あの時、希望する職場に異動できなかったことに心から感謝しております。

六年前(平成十一年)--経営コンサルタントの仕事が軌道に乗り、とにかく忙しくなりました。この年四十歳になりました。仕事に慣れてくるのに比例して「手加減」するようになりました。すなわち仕事の予算に応じて対応するというビジネスライク(合理的)な姿勢がでてきました。また協同組合山梨総合コンサルタントを設立して、マスコミを始め周りから注目を集めるようになりました。仕事もどんどん増えていきましたので、自分では気づかないうちに傲慢不遜な人間になっていったように思います。生活も少しずつ贅沢になっていきました。当時はそういう自分を成功者になりつつあると評価していましたが、今となれば、当時の自分がしていたことは、すべてが反面教師として、それを戒めとしています。仕事の予算に関わりなく「そこまでやるか」という精神で仕事をするようになれたのは、当時の自分が反面教師として存在しているからです。

四年前(平成十三年)--四十二歳になりました。右肩上がりで増え続けた売上高が踊り場にさしかかりました。時間が取れるようになったので、山梨県が企画した夢甲斐塾の塾生になりました。そこで、塾長である上甲晃先生と出会ったことが今のわたしの原点になりました。仕事をビジネスライク(合理的)に捉えていたわたしが、仕事を通じて社会に貢献できる人間になろうと思えるようになったのは上甲先生のお陰です。夢甲斐塾に入らなければ、今のわたしは存在しておりません。そういう意味で大変素晴らしい年だったと感謝しております。

二年前(平成十五年)--四十四歳になりました。夢甲斐塾の一年は充実した年でしたが、仕事面では大変辛い年でした。夢甲斐塾の後半(平成十四年)には、売上高が対前年比四割減という落ち込みようで、精神的に本当に辛かったのを思い出します。それを乗り越えるために、上甲先生から頂いた「そこまでやるか」という言葉を頭に叩き込んで、凡事徹底を始めるようになりました。それがこの日記です。この日記を始めたのは平成十四年の九月ですから現在で二年半くらいになります。今年の八月でまる三年となります。この日記を毎日続けるという作業からわたしが得たものは、それはもう宝のように沢山あります。この日記を書くということが、わたしを毎日進化されているような気すらします。仕事面でも平成十四年の落ち込みから回復して、なんとか安定してきたように思います。そして、何よりも変わったのは「将来不安」を感じなくなったことです。これは自分でも大した進歩だと自負しています。今はただ、凡事徹底に感謝するのみです。

現在(平成十七年)--今は四十五歳ですが、六月には四十六歳になります。最近は、仕事の幅が広がってきました。経営というテーマを東洋思想の切り口で考えるようになりました。昨年始めた坐禅会からは沢山のことを学びました。つい先日は、坐禅会を開催している円光院の檀家さんの集まりで話をさせてもらえるようにもなりました。昨年開設した生き方塾、創業塾も軌道に乗り、この四月からはバージョンアップして開始することになりました。これからの自分の方向性として仏教を中心に、儒教、道教、神道を学んでいくことがはっきりしました。五十歳までは毎月十冊以上の本を読み、生き方塾、創業塾を続けていくという具体的な目標も立てました。人間として生きるべき道筋がはっきりとみえてきました。

手前味噌で恐縮ですが、十年前から現在までを振り返ってみると、常に新しいものを求め、為すべき事をなしてきたと思います。そして今、大きな声で堂々と言うことができます。人間というのは心がけしだいです。心がけしだいで「道は無限に開ける」のです、と。

ここまで書いて時計の針を見ると6時15分です。今日は自分のことを書きましたので早く仕上がりました。再び玄関先に行きます。東の空が明るくなっています。青い空が広がっています。やはり早朝の一時はいいものです。心が洗われる思いがします。有り難うございます!家に入り、仏間の仏壇にお線香をあげて、チーンと鳴らしてから、「ご本尊さま、ご先祖さま、おはようございます。今日もみんな幸せでした。そして長生きできました。有り難うございます」と過去形で合掌しました。有り難うございます!それからお風呂に入りました。朝風呂はいいものです。般若心経を唱えました。心が落ち着きます。有り難うございます!お風呂から出て朝ご飯を食べました。焼きおにぎりにおみそ汁と漬け物です。シンプルですが、これが正しい日本人の食事です。ご馳走さまです。有り難うございます!出掛けるまでに時間があるので、本を読むことにしました。森信三著「講話録--真理は現実のただ中にあり」です。いい本です。素晴らしいです。これから森信三師に私淑することに決めました。すでに私淑している安岡正篤師からは知識を学び、それを見識にまで高めたいと思っていますが、見識に高める際に森信三師の実践的な在り方がとても参考になるのです。実践の人です。実践と学問が融合したすばらしい世界です。有り難うございます!事務所に行き、支度をしてからコープやまなしに向かいました。理事会に出席するためです。

近くまで来たところで、何と今日の資料を事務所に置いてきてしまったことに気づきました。電話して、資料を取りに帰るので遅れる旨伝えました。申し訳ございません。結局到着したのは10時半前でした。30分近くの遅刻です。本当に申し訳ございません。反省・・・。理事会はいつものように厳しい中にも和気藹々と進められました。お茶をいただきました。ご馳走さまです。有り難うございます!午前中の部が終了しました。お弁当をいただきました。お茶もいただきました。ご馳走さまです。有り難うございます!食後は読書をしました。もちろん森信三著「講話録--真理は現実のただ中にあり」です。いい本です。素晴らしいです。有り難うございます!13時から午後の部が始まりました。途中でお土産のお菓子をいただきました。ご馳走さまです。有り難うございます!15時前に終了して家路につきます。ちょっと時間があるので、途中馴染みの美容院に寄ることにしました。人が一杯でちょっと待ちましたが、そういう時間こそ読書の時間です。散髪が終わるまでに森信三著「講話録--真理は現実のただ中にあり」を読み終え、以前から少しずつ読んでいた「荀子」も読み終え、そして森信三著(寺田一清編)「一語千鈞(いちごせんきん)」を読み始めることができました。これで三月に読破した本は十五冊となりました。二日に一冊のペースです。年度末で忙しい中、沢山読むことができました。有り難うございます!散髪が終わりました。さっぱりしました。爽快です。有り難うございます!美容院をあとにして家に戻ったのは17時前でした。今日はこれで店じまいにします。ちょっと読書をして、部屋着の作務衣に着替えてからHPを更新しました。今日も充実した一日でした。有り難うございます!明日の朝は駅前掃除ですが、町内のゴミ当番なので、ちょっと遅れていくことになりそうです。早く寝ます。おやすみなさい。

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